趣味

アテ馬と神様とライアンと

 私は馬刺しを食べない。何故ならば、負け馬の肉だからだ。バブル期には年間一万頭のサラブレッドがいたが、牡馬のほとんど全ては馬刺しになる。残るのは、強い馬の遺伝子だけのサラブレッド社会に於いて、種牡馬となるのは人気馬か強い馬だけである。その代わり、一度種牡馬になれば、牧場でも好待遇されるのだ。以前、私が読んだ本によると、種付けの際、本命馬と異なり、牝馬をその気にさせるため、アテ馬という牡馬がおり、いざとなったら、本命馬とすり替えるという話が載っていた。このため、アテ馬はノイローゼになるそうな、とも書いてあった。半分本当で半分嘘な印象を持ったのは言うまでもない。まあいい。競馬に於いては、みんな強い馬を好きな馬とする。強い馬には共通して、過去の馬たちの面影が残る。私が府中に行ったとき、メジロブライトが勝った。その時、脳裏をよぎったのは親父であるメジロライアンのダービー二着の時のイメージだった。メジロライアンと言えば、神様、大川慶次郎が愛した馬でもある。オグリの引退レースで、神様がTVの生放送で、「ライアン!!ライアン!!」と叫んだのは有名な話だ。しかし、その理由を知るものは少ないと思う。神様は、当時、某競馬新聞のメインであった。ある日その新聞を読んでいると、神様が新馬戦の頃からメジロライアンに惚れ込んでいたのである。ライアンは期待通りの道を進む。神様は、さぞかし幸せであっただろう。しかし、なかなかライアンはGⅠを勝てない。最後にようやく勝って、種牡馬となる。数年後、神様が寿司屋で倒れて死んだと聞いた。大往生である。神様はシンボリルドルフが最強だと言っていたが、ディープインパクトについてどう思ったのかを聞きたい所である。

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わたくしは

 わたくしは、わたくしの望まぬ方向で、わたくしの立場としての大河を渡った・・・それは、ルビコンといふのかもしれぬ。わたくしが捨てたはずのものだった。人間の裏切りにも身を捨てた。血情と裏切りの中に自分を見いだした・・・それが、こんな形態で、実の母親にも裏切られるとは!!!!・・・君もきっとかなしんだらうね。家の母親は鼾をかいて眠っているよ。

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県名人の弟子の弟子

・浪人することになり、私は宅浪することに決めた。現役で合格した友人達から、参考書を何冊も貰い、勉強していた。浪人と言っても、ガツガツ勉強するタイプではなかったので、時々親父と碁を打って気分転換していた・・・親父は碁にのめり込んでいた時期があったそうで、現に親父の友人が、県名人になったりもしていたそうである(真っ先に電話を頂いた)その人も大学に行ったのだが、いざ、碁の勝負となったら、教授が頭を下げていたらしい。親父も、その人から碁を伝授され、全盛期でアマチュア初段ぐらいであったらしい。私も小学校の二年生の時に、親父から囲碁を伝授され、一番調子のいい時で、置き石が三つという具合であった・・・一方将棋では、私の方が強かったが、がんになった親父と指す時には、あえて、酔って指した。親父の将棋の駒組みは、矢倉と右穴熊しか知っていなかった様子だったが、私は一切研究はしなかった。負けるのは悔しいが、余命少ない親父に、あえて、威張らしてあげようと思ったし、それで親父が病について、うさ晴らしできるのなら、それでもいいと思ったのである。

・私の浪人時代、新聞の囲碁・将棋欄を読むのが日課だった。勿論、親父との対戦の為である。しかしその頃は、実力差が激しく、親父と碁を打っても、負けまくっていた。打つ時にはしらふなのだが、受験生にもかかわらず、就寝の時には白と黒のパズルが脳裏をよぎって、眠れなかった。仕方がないので、冷蔵庫から親父のビールを拝借して眠りに就いていた。多分、親父は気付いていたと思うが、黙っていてくれた。

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親父の本当の十八番の歌

・未来に希望を持てる曲として、曲名は忘れたが、『きっと、想像以上に、騒がしい未来が、僕を待ってる♪』という、スピッツの歌を、風呂場で歌っていた。風呂から上がり、下着を着て、居間にいったら、「あんたも脳天気だねえ」と言われながらも、お袋が話を始めた。お袋が、カラオケで、親父に全部、自分の十八番(おはこ)を盗られた話だった。私もカラオケに行った友人の曲を歌をすぐに覚えるという現象と同じだと思った。いざ、親父達とカラオケに行ってみたら、始めは北島三郎などの演歌を歌っていたが、お袋の歌まで盗ってしまい、お袋は歌う曲がなくなってしまった。でも、お袋は黙っていた。そんなお袋に、井上陽水の曲を紹介した所、いい曲だと、乗り気だったが、いざマイクを持つと、全く歌えなかったらしい。かし、同じ陽水でも、親父はだみ声で『少年時代』まで歌っていたので、母を不憫に思い、あの、糞詰まりの様な声を出す、中島みゆきの『時代』や『わかれうた』を紹介した・・・しかし、親父の本当の十八番は、『五番街のマリー』だった。昔に別れた女の様子を聞きに言ってくれ、という渋めの曲だった。親父がカラオケに行けた時期、親父がその歌を歌う度に、いっつも親父をからかいながら、親父の青春時代を思った。

・昔、音楽の専門学校に通って卒業した奴と、話をする機会があったのだが、酔った席で私が、「俺、歌詞書くから、お前曲書け」と言ったら、「専門的に作曲するんなら、五万は取るぞ」という返事が返ってきたので、「お前に詩の世界は解らん」と言ったら、「お前も、音楽のことは解らないだろ?」と言われ、「お前の人生、そんなに高いものなのか?」と言ってケンカになり、お互いのプライドのぶつかり合いになった。

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運動不足解消のために

・運動不足と気分転換のために、半月に一度くらい、ゴルフの打ちっ放しに通う癖がついた。グローブこそ買ったものの、肝心なクラブやスパイクが買えないので、いつもクラブを借り、サンダル姿で通っていた。上手い人のフォームを観察しながら、上達の道を求めたのだが、何分サンダルでは、良いフォームにならないことが解りだしてきた。最近はドライバーとピッチングウエッジしか借りないのだが、PWの練習は少ししかしない。『ゴルフの基礎はアイアン』とは解っているのだが、気分転換に、折角、広い打ちっぱなしに行っているのだから、ドライバーばかりを打つ。最初てんで駄目だったが、四回通うちに、150Yは普通に飛ぶようになった。こないだ行った時に、『何で同じ、ドライバーなのに、隣の人は250Y飛ばすのに、私は150Yなんだろう』と疑問に思った。すると自分のスイングの悪さが解るというものである。そもそも、サンダルだと右足の回転が鈍くなる。それでも真似していたら、五十球に一球だけ、170Y越えをした会心の一発が決まった。それでも満足できずに、上手い人のショットを観ていると、遠心力を効かせて、力まず打っているのがよく解った。それを真似するのである。ドライバーの微妙な傾斜にも気が付いたし、それを意識したら、飛んだ。私は初心者なので、オーナーさんは、いつもプロに習うことを勧めてくれるが、何分金がない。基本の大切さは痛いほど解っているのだが、あくまで、気分転換なのである。それでも、もしも、ゴルフ道具一式を揃えるならば、そこで買わざるを得ない状況になりつつある。

・学問を続けた結果、日本のどの大学の入試問題も楽勝になった(大学を出ておいて、成長しないことは許されない)。しかしながら、数学の話をするのは好きなのだが、若い頃にもっとも得意だった計算が出来なくなってきた。成長したのか、退化したのか、解らない年頃である。

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『グローリリゼ-ションノの敗北』

 グローバリズムなんて、吹っ飛べ

日本が無くなる前に

誰かが何かをしなくては、事は動かない

絶対に、この国を滅ぼしてはならない

 「私の祖国はどこなの?」と

滅んだ国の少女が言う

いったい帰国子女には

どこに根を張る場所があるのだろう

 革命的な仕組みの中で

地図に写らぬ、多くの人が、迷い続ける

いつまで成長すれば、僕達は

どこを母国と呼べるのかと

 全てが悪いとは言わないが

子供達はどんな思いをするだろう?

アイデンティティが薄れて、寂しさは広がってゆき

本当に良い、時代のために、ひっそりと

静かに、幼い子供達が、涙を浮かべているよ

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『車窓から』

 のんびり走る、車窓の隙間から

いつも見かけていた先輩が

木立並ぶ公園の陰に座っていた

私は あの時の横顔が 忘れられない

 誰かとの恋に破れ

疲れ果てていたのでしょうか

貴女は、憂いの面影で

ただただ、俯いていた

 市電は何事もなかったかの様に

貴女の姿を横に滑らせて

私は何も言えない中

仕草の中の溜息をのみ込んでいた

 あれから何年も経ったのに

いつも忘れられない、あの日の姿

きっと、一生、胸から離れないでしょう

今は幸せである様に祈っています

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神秘の一行

 最近は、私の詩作に押されてか、暇があったら母も、殴り書きの様な詩を書く様になった。私は調整役で、、一人苦しむ。母の味を消してはいけないし、自分のものにする気は毛頭無い。従って、素直にペンを走らせるのだが、私では、仕切れない一行が、必ず母の詩にはある。そんな一行を大切にして欲しい。

 母に『桑田佳祐』を聞かせてあげた。歌詞カードを見せながら。すると、お袋は、「時代が違うね」とポツリともらした。私が、「桑田佳祐って天才だろ?」と聞いたら、「確かにその通りだけど、私達の頃の価値観では許されなかった」と言うので、「常識に流されすぎているんだ!!」と、私は声を張り上げた。詩に国境はない。打ち破らなければ!!

 母は、幼い頃から、バイオリンまで習っていたらしい。しかし、美に関するセンスは、皆無に近い。だから、骨董屋に寄っても、私と趣味が異なる。高い買い物などしないが・・・けれども、母の書く詩には、斬新な、今まで聞いた事のない一行「があるのだ。

 余り影響されていない、自然の天然水というか、貝殻の底の真珠というか、そういう『光る一行』があるのだ。それがなければ、私など母を相手にもしていない。その、輝く一行が観たくて母の詩を眺める。恋愛ものばかりだが、最初はそれでいい。母の青春と、多感な日常が浮かび上がる。時々、ふと、私よりも上手いんじゃあないかと、私を悩ませる。

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『星空の夜』

 眩しすぎる 舞台では

一番大切な光線の中に 輝いていた

貴女のどこが 変わったのか

黙って全てを 受け留めた

 時に、僕は 田舎を思ふ

世話になった じいちゃんとばあちゃんと

子供の頃から 多くの 苦しみを

背負ってくれた My Home

 星がきれいな 瀬戸の海

満天の星が 慰めてくれた

美しい星々は 教えてくれた

疑う前に 大切な人を 信じなさいと

 宇宙の全ては 判らないけれど

いつもロマンを 与えてくれる

何で、そうなのかは 解らないけれど

海辺で観る星空に 弟と母を祈った

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『アトリエのある風景』

 若いけれども、名もない絵描きが

『これは』という女に、自分の絵を見せて

涙を重ねてきた、美しい表情を持つ貴女に

モデルになって頂けませんか、と告白した

 彼女は自分の心の底を、見抜かれた気がした

なぜなら彼女は同じ様に、川沿いの道を

ミュージカルのオーディションに向かう途中だったから

けれど、その絵描きの、情熱に惚れた

 彼女は、彼のアトリエに

何度も何度も足を運んだ

いつしか、彼の描いてくれる自分に

最高の悦楽を感じる様になった

 二束三文の生活の中、必死に描いても

パン代すら、絵の具代すら無くなって

その女は、「自分を売る」と言った

どうしようもなくもめる中、彼女は泣きながら出て行った

 ただの絵描きから、画伯にになった彼は

あらゆる手段で、彼女を捜したが

『シルアテナシ』の電報ばかりだった

彼は改めて、彼女との日々を思い返した

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