恋愛

男としての最低限の意地

  前回の九月の集まりにて。

友人「店長、美容師の娘とは続いてんの?」
店長「別れた」
友人「今付き合っている娘はいないの?」
店長「今はいない」
 私「いないのか…珍しいこともあるものだな」
店長「とりわけ珍しいことでもないんだけれどな…」
 私「男女関係について色々と教えてもらった昔が懐かしい」
店長「あの頃は休みなしで夜に営業していただろ?」
 私「ああ…花見の時の娘に告白されたって言っていたね」
店長「俺にあまりにも時間が無かったことが悪いんだけれど、お互い接点が無かったんだよな。そしたら、銀行に勤めていたから給料がよくて、俺を食わせる代わりに仕事辞めて、もっと会う時間がほしいって言ったんだよな…あいつとはそれで別れた」
 私「…解る」
店長「俺にヒモになれって言っているのなら、勘違い甚だしいんだよな…まあ、もう昔の話だ」
 私「…男として生きる根拠の最低限の意地があるよな。ヒモになる男も駄目だし、そんな男は認められない…何で解らねえのかな?いくら男女平等って言ったって、男には男にしかできない事があるし、女には女にしかできない事があるのが現実なんだ…って、俺が昔に付き合っていた女なんか、俺に金を全額負担させて男尊女卑だっていう馬鹿だったな」
店長「あの頃のお前は相当荒れていたけれど、それでも女は守ってやんなきゃなんねえんだよな」
 私「どれだけ悔しくても、男が弱音を吐いちゃあいけねえ、とも教えてくれたな…ありがとうな。時間が経たないと冷静になれないし、そこで初めて気づく事も多いんだよな」

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男女の貞操観念について

 性という概念を考える前に、基本的に、この世には、男と女とニュートラルな方しかいない。誰が勝っているだのと言う気にもなれない。少数派のニュートラルな方々は、男女が欠陥品として産まれてきたとするならば、パーフェクトな存在なのかも知れない。しかしながら、少数派であることから苦しんできたに違いあるまい。ここではその方々には失礼かもしれないが、男女間の話をしたい…私は何故だか解らないが、男として産まれてきた。男とはどういう存在でなければならないか(女性に接する態度も)、ということは、親父の背中を観て学んできた。私は、男女間に友達関係など無いという信念である。しかしながら、女性と喋れない、いい歳をした男を哀れに思ったのだから、きっと、私は、人間として女性を観ているのだと考える…私は、過去に無邪気に女性と仲良くなって、大火傷を負ったことがある。肉体面ではなくて、メンタルの面でだ。それ故、トラウマに捕らわれている私のメンタルが、これから物申すことになるかもしれぬ。今、私が仮に、「日本の文化とは何だ?」と外人に聞かれたら、きっと、「アメリカだ」と答えるであろう。単に、『アメリカ』といっても、様々な点がある。戦後に生まれた日本人として、言いたいことは山ほどある。しかし、ここでは、男女間の貞操観念について書いているのだから、そこに絞る。まずは、アメリカと日本との間での男女付き合いのあり方からだ。私が知っている限りで、アメリカで育った帰国子女の友人は、『根無し草問題』について悩みながらも、男女間の関係については、日本の友人達とは正反対の答えを出していた。具体的に言えば、アメリカ人と日本人では、男女関係とそれに伴う肉体関係の問題の価値観が正反対だったのだ。ここで問題なのは、友達付き合いの延長線上としてのコミュニュケーションとしての男女間の肉体関係が、果たして許容されるのか?という問題でもある。何も、フリーセックスの時代とは解釈してはいないが、そこにモラリズムや信仰の問題、もっと単純に、いかに自分を大切にするか、という問題が関わってくる。初対面で飲んだ後、「どうして、自分をもっと大切にできないんだ」と、降りやまぬ雨の中、安易な日本人の女の子を、叱ったこともある…男女の貞操観念について洋の東西を問わず常に難問である。『人それぞれ』と言ってしまえばそれまでだが、確実なことがいくつかある。崩れない絆など無いということだ。

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Love is over (by English)

Love is over.
I wondered which one was wrong.
But, I decide to depart from you.
It sounds very sad frase for me.
Cause' it meens endless love.
Love is over.
It's the best choice for you & me.
Though there are no reasons above us.
Love is over.
You may say it cuz we're so young & taking wrong feellin'.
But, I'm beleavin' someday we'll meet in the smillin' face.
Love is over.
Don't cry cause' you're a mother.
Please, forgive me & forget me soon.
But, I'll never forget about you.
Anyone couldn't be warm to my heart in any cases like you.
Cause' I'm thinking about you it anytime.
Maybe you're the last lover of me.
Love is over.
Every time I'm hoping your happiness.
Just inside of your heart.
Love is over.
I wanna say to you have to hearing your mind voices.
They are all things I really want for you.
Please, don't miss the way you had by the spirits.
Look & think of your life by your really own hearts.
Maybe, you'll find your own soul of your life.
Love is over.
Now, I want to cry, but I can't...
So, go through outside of my mind, and find your love in your family.
Love is over. uh,,,
Find your treasures at your family,please...
Love is over......
P.S. I found myself in my life & someday I'll find someone.
      So,don't care about me no more & I'm hoping your happiness anytime.

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Love is over

・鴎陽霏霏さんの『Love is over』を聞いて、私の心のけじめが着いた。男バージョンンが欲しいな、って自分で適当に作ってみるか。この曲に限って言えば、美空ひばりは解っていない。

・思えば無神経なことを無意識のうちに書いてた。ごめんなさい。
・『北の国から』に凝っている昨今、初めて観たときは泣いた。
・異国の地で、金がなく、公園のハトを焼き鳥にしようかと考えたことはあるかな?
・僕におさがりのゴルフクラブをくれた、ゴルフの師匠である友人に、「ドライバーをアウトtoインに振るとフェードが掛からないかい?」と聞いたら、「フェードは俺には無理だ。。。」との返事。多分、私のフェードはまぐれだろうけれど、ちょっぴり嬉しかった。友人の書く通り、飛距離は、30y位落ちたけれどもね。また、友人とゴルフを語りたい。
・僕には確かに男友達しかいない。けれど、みんな男であればいいなんて考えた事は無い。そこには、男女間に友情関係は成り立たないと、昔から考えている自分がいるのは確かだ。
・『ダイヤのクイーンは引いちゃあいけないよ。お前をなぶるだろうから』『勝負するなら、やっぱり、ハートのクイーンだろ』『俺に言わせりゃあ、結構いい札来てんのに、お前は手に入らないものばかり欲しがるからな』(『Desperado EAGLES』英語堪能な友人の1996年位の時の訳) これを、別のとある友人に話したら、「俺だって手に入らないものしか欲しくないぞ。それに、ダイヤな女の方が好きだ」という、面白い返事。結局、「ダイヤな女って猫みたいなかわいらしさがあるし、家族次第でハートのクイーンに化けもするだろ」というラインで男性視点からは落ち着いた。
・キャリアのためにする留学ならしない方がいい。特に女性は…欧米に留学しても、その国の人からは相手にされない(偏見を持たれる(イチローでさえそうでしょ))事実と、妥協的に東洋人とくっつくのが関の山だからだ。
・・・

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衝撃的な体験

 何から話せば良いのだろうか。昨晩は考え事をしていて、寝付きがものすごく悪かった。私は男兄弟で、男子中、男子高、機械科と、男ばかりの世界で育ってきた。大学に入った時には、女の子と口がきけない自分がいた。そのせいで、大学一年の時には何人かの女の子を傷つけた。後期試験は勉強が手につかず、ほとんど白紙で出したが、前期試験でそこそこ点をかせいでいたので、留年せずに済んだ。その時、私は自分を責め、傷つけた女の子達に恋人が出来るまでは、恋愛は封印しようと決めた。自分の本能が理性に勝ることを知った私には、自分を組み立て直す時間が必要だったし、同時に、異性と口がきけない自分を修正しようとも思った。自分の中のモヤモヤが落ち着いた頃、私にはいろんなタイプの友人が出来ていた。その後、荒行(ご想像にお任せするが、相手にも親御さんがいることを考えていたので、悪さは一度もしなかったし、自惚れることもなかった。醒めている自分がいる事にも気が付いた)を積んで、男女関係なく普通に話せる自分を作った。一年の時のけじめを付けるために、告白もした。見事に振られた。その後もいろいろあったが、私の本質を見抜く女性とは出逢えなかった。しかし、女性を観る眼は養っていたつもりだったが、昨日、ツイッターである女の方に質問攻めにされた。どうして私の女性観を試す様なことをするのだろう?と思いながら、テキパキと応えていたが、岡本敏子さんの言葉で詰まってしまった。正直に、「これは難しいです。即答できません」と書いた。その後もいろんな女性の言葉による質問が出てきたが、段々自分が丸裸にされていることに気が付きだした。かっこの悪いことも書いたが、最後に、私を救ってくれたのも、岡本敏子さんの言葉だった。たしか、「素敵な男でなければ女はつまらない。そういう人の力を引き出せる様にすることが実は女としての努めなの」みたいな言葉だったと記憶している。これを読んだ時、体に電流が走った。完全に一本取られた気がしたし、本当の女性としての言葉であり、自分の胸の内にぽっかりと穴が空いたと同時に、かなわぬ気がした。続けて、女性としての覚悟の言葉も出ていたが、本物の女性の前では、男は何て無力な生き物なんだろうと、骨身に沁みた。女心というものがまるっきり解っていない自分に気付かされた・・・何だか無性に岡本敏子さんの本が読みたくなった。買ってよんでみることとしようか。

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我が恋愛観

 齢四十一、相手にされなくて独身でいるわけではない。十年以上忘れられない人もいた。友達の妹も紹介された。でも、私の心の中では、一人の人にぶち当たる。自分で言うのもおかしいと思うが、私の思春期は高一の夏だった。それまでは、ぼっちゃん狩りで、真っ赤なほっぺをしていた。中高男子校だから、通っていた数学塾でしか、女性と知り合う機会が無かった。私の膝が硬くなって、大人としての自覚を持ちだした頃、大人になって初めての初恋をした。悩みは耐えなかったが。塾中の男がマドンナの噂をし、塾の女の中には、私を意識している人が居ることを知って、辛かった。恥も掛けないのだ。息苦しくて仕方が無かった。名誉な事なのだろうけれど遠慮したかった。未だ、ティーンエイジャーの頃のことである。しかも相手は年上ばかり・・・人間というものは、本気で恋をすると、体が勝手に動くものだと、大学の時に知った。屈辱感で一杯だった。一番辛い時には、体が電車に飛び込むのを必死で押さえた・・・歳月が経ち、私は本当にマドンナに惚れていたのか疑問に思う様になった。同時に、色香だけで自分は動いていたのではなかったか?と疑った。しかし、想い出は消しゴムでは消せない。焼き捨てるぐらいの覚悟が必要なのだ。現在では、音信不通。携帯などなかったからかもしれない。今日のblogで一番肝心な所は、女の良さというものも、男の中では変態し続ける、ということなのだ。たくさんの人に出会い、別れ・・・女性に関しても、心(ハート)を一番に置く様になった。

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どうして自分はこうなんだろう?

 ここ数日間、阿呆となっている。一辺に私に、様々なことが降りかかったのだ。何かしながら、常に他のことを考えていた。自分は、もう41である。一身上の都合から、好きになった女にも無愛想を貫いてきた。普通の私だったら、あえて意地など張らない。適当に、である。そう考えると、何であの女にだけ意地を張るのかよく解らなくなる。コンプレックスかと思うとそうでもない。あえて言うならば、私の男友達に比べても、その娘は感情で話している。もう、女なんてどうでもいい、と割り切った頃に彼女の結婚の話を聞いた。私は長年の呪縛から解かれた気がして、相手にしなかった。『よかったね』で終了・・・のはずだったが、彼女は思いの外、私の生活に入ってきていた。そこからは、必死で受け取れる、私の前に行こうという姿勢。この娘もバカなんだなとしか思わなかった。それは、私が優れているとかいうことではなく、向上心の強さを感じた・・・最近、私には、ややこしいことを悩まなくなった自分がいる。いろんなハード・ショックに壊されかけている自分がいる。そんな私の為に、十年間、変わろうとした彼女がいたのだ・・・その衝撃の方が、今現在、私の胸に響いている。響きすぎて、茫然自失となる。生意気なことを書いたりしたのも、申し訳ない。貴女は貴女の幸せを掴んで欲しい・・・先程、二十年前の自分の写真を見たが、今との違いに驚いた。一番驚いたのは、『コイツ、危なっかそうだな』というのが私見。あの頃は、逞しさが欲しくて、がむしゃらだった。割り切りすぎている、今の自分を見つめ直す。思い出させてくれたのは、貴女。どうぞ、最高の祝福に悩まれます様に・・・ありがとう。

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告白

 私は、これまでの人生の中で、「つき合って下さい」と告白したのは三度しか無い、それも三打数一安打。高校まで男子校で大学も機械科。女っ気の無い所だった。友人などはパーティーや合コンに明け暮れて、女性と付き合っていた。留年組の友人の中には、同棲している奴もいた。試験後の飲みで、部屋中に世界中の酒の空ボトルが置いてある友人に、「酒と女とどっちを選ぶ?」という質問をしたら、「酒じゃあ」と言っていたが、就職が決まると、女を選んだ。まあそれも良し。かわいいではないか。私の場合は、大学一年の時に恋に堕ちた。前期試験で警告を食らったのはドイツ語だけであったが、後期試験はドイツ語以外頭に入らなくて、全科目白紙。留年も覚悟したが、前期の貯金で何とか二年に上がれた。恋の病である。私はクラスでも目立っていた方なので、友人から、「あの女は性根が悪いで」などということを何度も繰り返し聞かされた。大学二年になり、半ば専門に移った秋、思い切って告白したが、「1日考えさせて」という返事のまま、振られた。思いの丈を告白して振られたのだからすっきりした.彼女の耳に入らない友人みんなの席で、振られたことを告白、潰れるまで飲まされた。中途半端な想いがすっきりして、落ち着いた。二度目の告白も大学三年の時。同じ娘だった。その時は、門前払いで、他に男を作っていた。私を想ってくれる女性は他にもいた。だから、彼女らが男を作るまでは、独り身でいようと決心した。だから、未だに独身なのかも知れない。三度目は、大学院を辞めた後、塾講師をしていた時に、仲良くなった娘だった。付き合うことになったが、ねだるばかりのクズだった。精神的にイカれてもいた・・・もう、思い出したくも無い。心をえぐられた傷は深く、自分を立て直すのに精一杯だった。あれから十年以上。友人はみんな結婚し、子宝に恵まれ、私は気ままにやっている。そんなスタイルは嫌なのだが、これまで相手にしてきた女がひどすぎた。自分を責めすぎた。本当の意味で素直にというか、精神的に裸になれる自分になりたい。

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惚れそこない

・私は女に不自由してきた。高校の時の数学塾で惚れた女の子は、二人とも年上だった。年下だけれども、私立ということで、一年上のクラスに入れられた私には為す術が無かった。当然、哀しい結末が待っていたし、まさしく一期一会だった。私が大学に入った際、その娘らは、もう別の人生を歩んでいるんだろうと悟った。胸に響く、強烈な失恋の詩が私を襲った。・・・それから数ヶ月して、私は、クラスのある女の子に惚れていることに気付いたが、それは間違いであった。気が強くて女性的な魅力が全然無かった。大学一年の時、四人の女性を見捨てた私は、大学四年間、彼女を作らないことに決めた・・・そのうちに、私は女の嫌な面を持っていない女性に憧れてきた。うちの大学に通ってきていた女共は、どいつもこいつもペルシャ猫の様だった。そんな中、研究室の友人の元彼女と出くわした。ボーイッシュなタイプで、時々、うちの研究室に顔を出していた。何故か、研究室の入り口にいる彼女の存在に気付くのは、私が一番早かった。気付いたら、煙草を吸いに行く振りをして、そいつと話すのだが、そいつが最後に発した一言は、「私、来年からここにいなくなるの」という言葉だった。なんでも、東大の大学院の院試に受かったとのこと・・・複雑な気持ちだったが、私は、「おめでとう」と言い、「俺、お前からパワーもらっていたんだから、お前がいなくなると困るよ」とうっかり言ってしまった。すると彼女は、「そういうことは、もっと早く言ってよ」と言っていたので、私の方が、「気が付かなくてごめんな」と謝っていた。同輩の元彼女だから、ずっと黙っていたが、その娘は、「この馬鹿野郎」と言って、最後に涙を見せた。

・一件複雑に見えても、物事たるものは、実はシンプルに出来ている気がして仕方がない。

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仮面の告白

・大学二年の時に一年の時のクラ友だった女の子との待ち合わせをして、思い切って告白した事がある。私は、告白してOKをもらうには、いささかタイミングが悪いと考えていたが、断行した。よく考えてみると、その女は、つまらない、学問的ではない成績型の勉強に明け暮れている様だった。何でこんなにつまらない女に告白したのかは、現在となっては不思議である。あれから、もう、二十年が過ぎた。ただ、告白する時には、相手の瞳をまっすぐ観て、「俺と付き合ってくれないか?」と言った。その娘は、私の目を観ずに、「一日考えさせてくれない?」と言った来て、結局、フラれた・・・一度、大学一年の時に、仲の良かったクラ友と、三島由紀夫の『仮面の告白』という自伝的な処女作について語り合った事があった。その際、私は、「あいつ、デビュー作の冒頭に大嘘書いているだろう。『仮面の告白』の冒頭で、「私は、産まれてきた時のことを覚えている」なんて書いてやがったが、そんな事、医学的にも生理学的にも、ありえねえ」とクラスの、ど真ん中で言い放ったら、友人が、渋く、「そもそも、『仮面の告白』というタイトル自体がおかしいやろ。矛盾しているじゃあねえか」と聞いて、私は、思いついたかの様に、「そうだよな・・・仮面が告白することなんて有り得ねえじゃあねえか。それは必ず、矛盾に満ちている・・・振り返れば、あいつは一度も正面から告白した事なんて無いんだろうし、人をおちょくってる作家だよな、あらゆる意味で」と言って、三島の馬鹿馬鹿しさについて、言い放っていた。

・三島が割腹自殺する際にブッた演説は格好悪かった。同じ由起夫なら、鳩山由紀夫君にも自決するぐらいの覚悟で国政に当たってほしい。

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