ゲーム

UFOキャッチャー恐るべし

 私は、UFOキャッチャーで三個ぐらいしか人形を取ったことが無い(元来、興味が無かったのであるが・・・)。ある時、中高時代の後輩にその話をすると、「僕は千円で十五個ぐらい取りました」と言うので、試しにコツを聞いてみた。すると、千円投資するとします。最初の八百円は死に銭として、人形を積み上げます。残りの二百円で一気にその山をくずすんですよ。と教えてくれた。私はこの話を聞いて、裏に女がいるなと思ったが、黙っていた。その後輩からは、三十越えて結婚しないのは、遊び好きかモテないかのどちらかだそうですね。と言われた。私の経験上もピッタリ当てはまっていたので、そうかもしれないなあ、と頷く。ちなみに、その時には、未婚の奴が四人いた。でも、一人にはフィアンセがいて、友人代表の挨拶をさせてもらった。非常に名誉なことである。吞まねばならず、飲み過ぎてもいかず、という、極めて微妙なポジショニングだった。スピーチの最中、緊張からか頭の中が真っ白になった。次の言葉を探すべく必死で私の頭の中をルーティーンが廻る。思い出して、必死になってしゃべった。卓に戻って、「おつかれさん」と言われたが、「疲れた」というのが精一杯っだった。一人だ笑った奴がいたが、私は、「おまえは、やったことが無いから笑えるんだ」と言ったら、黙った。

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おんぼろルービックキューブにて

 私が小学校の低学年の頃、『ゲームウオッチ』なるものと、『ルービックキューブ』なる玩具が流行った。『ゲームウオッチ』とは、任天堂の商品で、ゲームボーイを百倍位チャチにした時計付きのゲームだった。あんまりにも流行っていたので、母が、「うちの子らにも買ってあげようか?」と父に相談したところ、父は断固として反対した。その当時は、何故、父が反対したのか解らなかったが、今では解る。要するに、教育上、建設的では無いのだ。一方で、『ルービックキューブ』とは、一辺10cm位の立方体の六面に異なる色が配置されていて、一面3×3のピースで成り立っており、いかにバラバラな六面の色を素早く回転させて、色を元通りにするか、という玩具であった。これも、一家に一つはあるぐらいに爆発的にヒットした。父は、これなら買ってもいい、ということで、習い事から帰ると、母が手渡してくれた。弟と二人で取り合いになったが、それも最初の頃だけの話である。一度、色をバラバラにしたルービックキューブは、六面のうちの一面は容易に揃えられるが、二面はなかなか揃わないのである。バラバラなキューブを即座に揃えられる人は、TVに出ていた。弟も私も親父も母も、家族全員がギブアップした。そんな時、私の友達が、ルービックキューブの法則性が書いてある紙を私だけに見せてくれた。彼はそれをマスターしていたので、私の前で六面揃えてくれた。しかし、その頃には、ルービックキューブのブームなどとうに過ぎていた。

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こんなものがあっていいのか?

 私が子供の頃、裕福な家庭の家の子は、当時、流行っていたおもちゃを持っていた。自慢するのだが、相手にする方も、「すげ~な」とか、「貸してくれ」などと言っていたが、二度目に同じおもちゃを見せびらかされても、相手にしない。すぐに飽きるからだ・・・故親父は、絶対にそういうものを買ってくれなかった。ねだると、「自分で作れ」で終わり。くだらないおもちゃなどには振り向きもしなかったが、アイデアを言って、面白かったら材料だけを買ってくれた・・・先日、弟の次男坊が来たが、いきなり小型ゲーム機を取り出し、「おっちゃん、怖い顔をしてくれ」と言うので、訳の解らないまま、部屋を真っ暗にし、下から懐中電灯を当てて、化け物みたいな顔をしてみた。甥っ子はケタケタ笑う中、お袋とか、兄貴とか、ミニ・ダックスの弥吉君の写真を撮っていた。何に使うのか不思議に思っていたら、写真を選んで、3Dの画面で、対象を打ちまくるのだ。それでスコアを稼ぐ・・・こんなゲームがあっていいのか、と憤りを覚えた。別に自分が打たれていることに腹が立っているわけじゃあ無い。倫理的に、子供の教育上、問題がある上に恐怖を感じた。昔、近所の馬鹿三兄姉の兄貴が、空気銃の弾に針を刺して、雀を打っていた。これと同じ事をやっているのと変わらないでは無いか。真ん中の娘は、高校時代から合コンで、ガキの頃、お袋の貴重品をぶっ壊しまくった、暴れ馬だった。末っ子は、ファミコンを弟とやっていて不利になると、リセットボタンを押す奴だった・・・今では、弟の次男が同じ事をしている・・・ユウウツでたまらない。

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明後日、ゴルフだというのに・・・

・明後日ゴルフに誘われたのだが、体調管理も心的管理も出来ていない。というのも、ドラクエに久々にハマってしまい、カジノで死闘を繰り広げていたからだ。600枚のコインを貰い、いかに早く増やそうかと夢中になっていたのである。カジノには、ビンゴとルーレットとスロットがある。最高で500枚まで賭けられる。と言ってもこのチップ、一枚20Gするから、500枚賭けることは、10000G賭けるのと同じ事である。最初はビンゴから徐々に、などという性格ではない私は、ルーレットでいきなり500枚賭けをして2000枚までコインを増やし、後はスロットでひたすら稼いだ。その後、一回500枚賭けのスロットで勝負し、いきなり777が、二回やってきた。景品交換所に行ったら、全部獲れなかったので、60000枚弱のコインから、その巨大スロットに挑んだ。紆余曲折有ったが、再び777を二回引いて、景品交換所で交換する物が無いくらい儲けた・・・すると不思議なもので、カジノに行く意味が無くなったと同時に、ゲームにもアキが出てきて、何だかやっているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。多分、しばらくは封印するであろう・・・ってそれをやってる暇があったら、ゴルフの練習にでも行かんかい、と説教されている気がした。明日、晴れれば、絶対にゴルフの練習に行く。ちなみに、今やっているのはドラクエ8であって、好きな作品の一つだ。

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シャンチー

・昔、在る友人が新婚の頃、ドンペリを持って、共通の友人の所へと遊びに行った事がある。ドンペリを持って行ったのは、勿論、新婚の友人夫妻を祝福する為だった。だがしかし、「こういう美味しいものは、早く頂かないと」という、ホストの友人の奥さんが気合いを入れて飲まれてしまい、あっという間に空き瓶と化した。私は、『一万二千円が吹き飛んだ・・・でも、お酒というのは飲む為にあるもの』と、あっさりしていた。その後、鍋となり(確かキムチ鍋だった気がする)、みんなで同じ釜の飯を食べたものだ。その後、私がくつろいでいたら、その酒豪の奥さんから、「将棋の稽古を付けてくれないかしら」と頼まれたので、マグネット将棋を久々に打った。お互い実力が解らなかったので、奥さん先手の平番で打ったのだが、友人のかみさんが、段違いに弱いことが解った。知っていれば駒を落としたのだが、しかし、そうすることも出来ず、速攻で勝ちに行くか迷ったのだが、その中間点で指すことに決めた。途中、「中国にもシャンチーという将棋みたいな者があるんだよね(そのマダムは中国人と日本人のハーフなのだ)」というようなフォローを入れながら、圧勝した。そして、感想戦になったのだが、私が、「序盤から角先の歩は付いちゃあダメだよ」と言ったら、マダムは鋭く、「まあ、あなた、手を抜いていたのね」と言われてしまったのだが、基本的な駒組みなどを教えてあげた。そうして私は、「俺なんて毎日、親父とニギっているから、仕方がないよ」とごまかした。

・何故、私がシャンチーとかインド将棋の知識を持っていたかといえば、当時は毎月、NHKの『将棋講座』を読んでいたからである。尤も、その店は潰れてしまったのではあるが・・・

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サッカーの王様、ペレ

・大学二年の春休みの事であろうか、弟とサッカーゲームをしていた際に、昔の豪傑達が集まっているチームがあった。豪傑達の中でも、背番号10はペレである。私が、普通のチームを選んでも、なかなか弟に勝てなかったので、豪傑チームを選んだ。それでも、なかなか勝てなかった。仕方が無いので私は作戦を変えることにした。ペレにボールが渡ったら、必死にドリブルさせ、歌を歌うことにした。たしか、「ペーレーペレペレ、俺は~王様~」などと歌ったはずだ。これが弟の笑いのツボをつついたらしく、勝つことが出来た記憶がある。尤も、三試合しか勝てないワザではあったが・・・

・とある新婚の友人に、「セックスは真剣にやれよ」と二回も同じ事を言ってしまった・・・『芸がねえ』と反省する一方で、『どうしようもねえ奴だな』と、後で自己嫌悪に陥った。

・塾講師仲間でゲームの話になった時、繊細だが面倒見が良く、話をしても、笑いが止まらない講師が、初代ファミコンの話になった時に、「昔のことですけど、俺のファミコン、長時間やり過ぎて、火を噴きましたよ」と語っていたのが傑作だったので、私が、「レーシングマシンじゃあるまいし」と言って爆笑していた。火を噴いた時点で、大慌てで水を掛けたらしく、「それじゃあ、火攻めに水攻めじゃないか」と言って再び笑い・・・「それにしても、ファミコンで自宅が全焼なんて事になったら、出火原因を言うのも恥ずかしいじゃないですか」と言うので、「そうなったら任天堂を訴えるしかないな」と応えたら、「それも恥ずかしすぎますよ」と言っていた。

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木こりの与作

 何かの塾の帰りに、小学生の私と弟は展示品のTVゲームをやっていた。夜も遅くなったし、帰ろうかというときに、母とバッタリ会ってしまった。気まずくて、私も弟も黙っていた。母は私達を地下のファストフード店に座らし、溜息をついた。私と弟はもう、二度としな(バレな)いようにしようと連れションがてらに約束した。

 塾にはちゃんと通っていたので、その晩に、おとがめはなかった。話を聞いた父も悩んだと思う。中学・高校はスクールウオーズの世界。その面子と付き合わせたくなかったのだとも思う。我が家からしばらくその話題は消えた。私と弟も早く帰るようになった。

 するとX’masシーズンがやってきた。親父は私と弟に、どんなゲームが欲しいのかを聞いた。私と弟は即答したが、父は、「近くのゲームセンターに行かないのなら買ってやる」とだけ言った。速攻で店に行き、欲しいソフトを二本買ってもらった。一本は『木こりの与作』であり、イノシシや蛇と格闘しながら木を切ってゆくゲームだった。ゲームスタートの時に、「ヘイヘイホー、ヘイヘイホー」という機械音が流れていた。もう一つは父が選んだもので、いくつかのスポーツが入っていたと思う(テニスも卓球も同じルールなのだが)。その晩は、家族の笑い声が絶えなかった。

 ガキだから、私も弟もすぐに次のものに興味が行ってしまう。私は受勲勉強で忙しくなり、弟もクラブの練習が激しくなる。

 ある日曜の、昼過ぎに試験が終わった私は、家に帰り、部屋のドアを開けた。埃をかぶるとまでは言わないが、古くなったゲーム機で、父が一生懸命イノシシと戦っていた。

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カードゲーム

 昨日は雨がひどかったので、最寄り駅前のデパートまで、お袋を送迎した。買い物にも同行したが、手巻き寿司とのことで、余裕で一万円を突破したのには驚いた。まあ、半年に一度の贅沢なのだが。刺身のツマを買い忘れたので、弟夫妻に依頼した。

 みんながそろうと、「いただきます」から始まり、みんな好きなものを食べていた。私は夜の飲み会もあったので控えめに食べる。うちの弟の長男は、もう小学校の四年生になるらしいが、野球のリトルリーグのギャプテン兼ピッチャーをやっている。将来の夢はプロ野球選手になることだそうだ。好きな選手は松坂らしいのだが、海を渡ってメジャーリーガーになる気は今のところないらしい。

 食事が終わったら、次男坊とお袋が遊び、弟と長男坊で、なにやらカードゲームを始めた。行き場をなくした弟のかみさんと私とで、DSのパズルをやっていた。迷路の最長距離を書けとかいうもので、これが結構ややこしい。別の問題はすんなり解けたが。

 と、横を見ると長男坊と弟が真剣にカードゲームを熱くなっている。大人がのめり込むくらいに複雑には出来てはいないと思うのだが、強いカードがある方が阿東的に有利らしい。宝くじを買う金があるのなら、プレゼントしてあげたいとも思ったけれど、子供の遊びは一過性である。何でもかんでも与えていいというものでもないところが難しい。僕はそれを観ながら、もめ事が起こった際の、相撲でいうところの行事みたいな事をやっていた。

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たまごっちも駄目だ

 昨日は昼から晴れてくれたので、車で、母と、父の墓参りに行ってきた。行き帰りの車の中では、現在、私が目標としている資格のCDを聞いていた。大方解ったことは、テキストを三回繰り返し読んで、過去問を解きまくれば、取れる資格だということだった。

 試験まで半年あるのだが、時間をもてあましそうである。並行して別の資格の勉強でも初めてやろうかと思ったが、とりあえず今日のところは自重しておいた。車を車庫に入れ、家に入ると、数日前に、私が送った質問状の返答が来ていた。しかし、いくら読んでも解らない。

 そんな折、友人からの電話が鳴った。質問状の旨を告げると、友人は笑いながら、「当たり前じゃねーかそんなの。解ってねー奴が、解らない奴に説明しているんだから」と言っていた。これには私も笑った。

 その後も友人との会話は続いたのだが、二人いる娘さんにはネット禁止で携帯も持たせないとのこと。理由は、物事の分別も付かないうちからそんな物を与えたら、ロクな人間にならないとのことだった。その点は僕も同感である。そして、放任主義はよくないという意見で一致した。「でも、今時、携帯を持っていないっていうのもかわいそうだから、『たまごっち』位ならいいんじゃねーか?」と提案してみたら、友人は、「駄目だ。あれ、死んだらリセットできるだろ」と言った。私は、「確かにな。人生にリセットボタンなんて無いもんな」と応えた。

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寝正月

 今年の正月はよく寝ていた。というより、やたらと眠かった。まさしく寝正月である。おせちも食べたし、駅伝も観た。のんびりとした正月であった。よく考えてみると雑煮を食べてはいない。家の雑煮にはカキを入れるのでいいダシが出てうまいのである。これを食べなかったことだけが心残りというところか。

 昨日の昼には弟の家族がやって来て、みんなで手巻き寿司を食べた。特に弟の子供達がよく食べるのには驚いた。嬉しそうに食べていたので、作った母も嬉しかったろう。弟の子供の長男の方は明太子を、次男はイクラをバクバク食べていた。私と弟は新年なので、早々に一杯やっていた。梅干しを入れたコップに焼酎を入れ、炭酸で割って乾杯といったところである。

 その後、子供達がDSを取り出して遊んでいた。貸してもらって大人の脳力を計る奴をやってみたが、なかなか上手くいかずに嫌気がさした。そして、よく見るとマリオカートがある。マリオカートならスーパーファミコンでさんざんやった。弟の子供に勝負を挑むも四連敗。ガキパワー恐るべし。細かいので、やたらと肩が凝ったが、ガキどもと親睦を深めた。・・・そうだ、お年玉も渡した。痛い出費だったが、ガキどもが喜ぶ顔を見ると、なんだかこっちまで嬉しくなる。

 さてと、今日は葬式に行く母を最寄りの新幹線の駅まで送らねば、御免。

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