ギャンブル

馬券とギャンブル

 今は亡き、馬券予想の神様、大川慶次郎氏が、JRAで三着までを当てる馬券が出たときに、三着馬を当てるのは邪道、と言っていたのが忘れられない。今でこそ、三連複、三連単、などは当たり前になってしまったが、少なくとも私は買ったことが無い。単純に馬の世界を人間社会に当てはめる気は無いが、勝たなければ生き残れないのである。これまで、いろんな馬を観てきたが、報われるものとそうでないものとは雲泥の差である。だから、私は、よっぽどのことが無い限り馬刺しは食べられない。いわゆる桜肉は、よう食べん。あの時の未勝利線で惨敗した馬か、と思ってしまうのだ。また、博打としては、勝ってはいるが、何度も痛い思いをしての結果だ。これまで競馬場に行って負けたことは無いが、最悪の場合は勝ち分がラーメン一杯というときもあった。家路が遠いだけに、空しさだけが残るというものだ。私がその事を話すと、「勝つだけいいじゃない。オケラ街道って知らないの?寺山修司よ」という娘もいた。そういう場合、コイツはバカな奴だと私は相手にしない。寺山修司が、車は持っていなくとも馬主だったことぐらいは知っている。家出を勧めながら、自分は過去の女を裏切り女優と結婚し豪邸に住んでいたことも知っている。矛盾の無い人間などいないが、不純な人間は嫌いだ・・・こんな事を考えていたが、よく考えると、今週はダービー前のスペシャルウイークである。日本ダービー・・・かつて私が馬券で三連覇したときに、『もういい。これ以上、運を使いたくない』と思わせたレースでもある。有馬記念でも馬券で四連覇した次の年に負けた。ギャンブルというものは、欲張りすぎたら、必ず角が立つように出来ている。来週の日本ダービーはおそらく買わないであろう。

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温暖化と競馬

 私が昔、布団を積んだ車で、東北・北海道と旅した時、馬産地である新冠(にいかっぷ)のユースに泊まったことがある。私はトウカイテイオーが好きなのだが、サクラローレルのファンとステイゴールドのファンの若い男女と一緒になった。ユースの談話室には競馬関係の資料で埋め尽くされていた。みんな、競馬ファンから寄贈されたそうである。夜には希望者だけの競馬談義が若いオーナー中心に交わされたが、みんな個性的。昔はオグリキャップなども拝観できたのだが、その時には、もう公開されていないということであった。残念至極。競馬ファンが多いのを考慮して、夕食は鹿肉のシチューだった。その頃の夏の北海道は、まだ過ごしやすかった・・・しかし今、夏の北海道でも、車中泊で下手をすると死ぬ。気温が30℃弱まで上がっている。私は競馬場に行って負けたことは無いし(家から遠いので)、グランプリにはめっぽう強かった。また、今のボールペンはダービーで勝った時のものだ。今でこそやらないが、競馬では、まずまず浮いている。私の頃とは、GⅠのローテーションも気候も何もかにもが変わってしまった。梅雨前線が北海道の辺りに行ったりして、昔の私の予言である、『北海道に梅雨?』というblogも当たってしまったのかも知れない。とにかく日本全体がひどい状態だ・・・それはともかく、私が当てた宝塚記念で、印象深いのは、二着に牝馬が入った時のことだ。私は競馬についても、かなり研究したが、『牡馬に比べて牝馬は夏場に強い』と記憶していた。人間でも男女を比較すると、相対的に女性の方が体脂肪率が高い。馬も変わらぬ。ここ数年の牝馬の活躍は、温暖化と関係があるのでは?と考える。いずれにせよ、そういう推論などを考えている時が、競馬の予想は一番面白い。

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生物学を学ぶには

 競馬をやるのが一番いい。

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あの卓何かに取り憑かれているんじゃあねえのか? その2

 時計が午前二時を回った頃、『短気』が久々に三ファンの役を上がった。『短気』は得点計算できないので、代わりに『肉のみ』が得点を言う。私は、『あれ?』と思った。点数がおかしいのである。でも、黙っていた。知らない『短気』が悪いのである。『チビ眼鏡』も黙っていた。みんなが適当に上がる中、『短気』が上がった時に『肉のみ』がまたやった。私は、ワザとやっているな、と確信した。『短気』は気付かない。気付いたのは、それから数局後だった。『短気』が眠気の中、猛然と『肉のみ』に文句を言った。『肉のみ』は必死にごまかす。『短気』は得点計算が出来ないので強くは言えない。『短気』は怒り心頭となった。私と『チビ眼鏡』はここがチャンスとばかりに、『短気』を狙い撃ちした。勿論、『肉のみ』も。どんな博打でも、頭に血が上るとやられる。『短気』は、まるっきり上がれなくなり、代わりに点棒がどんどん減っていった。それで余計に怒るから、他の三人の思うツボである。結局、朝の六時までやって、『短気』は+30P位までに落ち込み、『肉のみ』は大分、盛り返した。そこで終了。短気は怒って帰って行った・・・『肉のみ』もスッカラカンになったが、借金をしなくて済んだ。苦し紛れにやったのだろうが、『肉のみ』のやった事は、友情にはヒビが入るかも知れないけれど、博打である以上、スキのあった『短気』が悪いのである。悔しがるのは、帰り道でいいのだ。それまでは冷静でいなければならない。

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あの卓何かに取り憑かれているんじゃあねえのか? その1

 大学二年の時のクラスは、機械工学科という事もあり、男ばかりだった。それはそれで、いろんなジャンルの友達ができた。今回は、その中でも麻雀友達の話を書く。月に一度ぐらいは学生街の雀荘で徹マンを打っていたのだが、一度、凄い夜があった。私以外の面子は、皆、一年の時に同じクラスだったようだが、大学デビュー。一方、私は、小学校の五年生の時に父に仕込まれた。ただ、私はあまり麻雀が好きではないため、付き合い程度にしか打ってこなかったので、それ程強くはない。勝ち越してはいるが・・・その晩は、一番ヘボな『短気』君が、いきなり、親でダブル役満を上がった。みんな唖然として、私もかなりヘコんだ。『肉のみ』君と『チビ眼鏡』君は、『短気』をカモにしようとしていたので誤算だった様子。こういう時は、ミスを待つか、押し切られるかのどちらかである。私は『短気』が初心者なので、転機を待った。日付を過ぎた頃、『短気』にいい手が来ているのに、上がれない状態が続いた。一番やり込んでいる『肉のみ』が仕掛けたが、空振り。数局後、私に目の覚める配牌が入った。結果、大三元を上がる事が出来、一安心していると、なんと、次の半荘で、『チビ眼鏡』も大三元を上がった。一晩に役満が三回も出る事など、まずない。他の卓から、「あの卓、何かに取り憑かれているんじゃあねえのか」という声が聞こえた。これで焦ったのは、一人だけ大きくヘコんでいる『肉のみ』である。彼は非常手段に出た。 (つづく)

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勝負弱いおっちゃん

・将棋は小学校一年で、碁は二年で、麻雀は小学五年の時に、親父から伝授された。前にも書いたが、小六の夏期講習から戻ってくると、面子が揃ったと言って、家族で喜ぶ様な家である。いっつもみんなで待ち構えているのである。当時の一日の小遣いが、昼食費も含めて千円であった私にとっては、十円でも負けられなかった。なので、友人がバスの中で井上靖を読んでいても、私は麻雀の攻略本を読んでいた・・・中学に入り、親父が会社の人達を我が家に招き、大麻雀大会が二度ほど行われた。みんな、飲みながら、徹夜で打っても平気だったが、三日目の朝には、三人だけが残り、「これじゃあ、サンマで打つしかねえか」という人がいる中、親父から私に命令が飛んだ。「お前、入れ」と。面子の中の親父の部下である一人の人が、「もう、これで本当に勘弁して下さいよ」と言っているのを聞き、ここはチャンスや、と思った。逃げに廻ったギャンブラーは、尻の毛までむしられるのである。いざ、打ち始めてみると、私にいい手が来たので、リーチを掛けると、そのおっさんが見事に振ってくれ、裏ドラまでのり、ハネ満となった。その時のおっさんの悔しそうな表情は、今でも覚えている。次に何局かアガリが無い中で、私はトイ面のおっさんが、ダマでテンバッている気がしたので、降りた。すると案の定、泣き言をいっているおっちゃんが見事に振り込んだ。最後のトドメは、親父がそのおっちゃんを飛ばして終わった。私にとってはいい小遣い稼ぎになった次第である。

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ウダウダ言う奴

・夏の合宿で、当時、大学四年生だった私達は、M1の先輩に麻雀に誘われた。やりたくなかったのだのだが、先輩命令で雀卓と牌を借りてきた。やる際に、根に持つ奴だと思ったので、接待麻雀を打つことにした。風速は五で馬もあったのだが、ひたすら、その嫌な先輩を打ち筋を眺めているうちに、『これは相当なヘボだ』という結論に達した。本気で打つ気はなかったのだが、振り込まないようにだけはしていた。私に来る牌はほとんどクズ牌だったので、染めてみたりもしたが、ある局で引っかけリーチをかけた。染めてはいなかったのだが、迷彩を利かせてのリーチだった。すると、その相性が合わない奴は、牌を捨てる前に、10っ分ぐらい掛けて、「お前、これ、引っ掛けリーチだろ」と言ってきたので、「そんな卑怯な真似はしませんよ」と言ったら、お見事に振ってくれた・・・この場合聞く方が悪いと決めつけている私は、三味線を弾いたが、聞いてくる方が悪いのである。その後、そいつのウダウダも止まらなくなり、「お前が汚い待ちをしているのは、解っていたんだけどなあ」と言われても、私が、「だったら、振らないで下さいよ」と言い、結局その日は徹夜になった。私とそいつが潰し合い、私が上がっていた分だけプラスになり、2着になったが、そいつはボロ負けだった。私は何度も修羅場をくぐってきたし、小学生の頃からやっていたのである。負けるわけにはいかなかった。誘ってきたのは向こうの方だし、最初から勝つ気がなかったのに責められても仕方がない。

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生徒からの思いやり

・塾講師時代に、私が担当していた生徒の一人に、「俺は、ナリタブライアンから競馬を教わった」という生徒がいたので、私が、「お前、甘めーよ。俺なんか、シンボリルドルフの頃から知ってんだぞ」と言って、過去の名馬を追いかけてきたことを告げ、「馬券こそ買わなかったものの、競馬新聞の読み方は、中一の時から知っていたぞ」と言い、「そんでな、お前の言うナリタブライアンは、確かにブライアンズタイムの最高傑作だけれども、血は残らねーと思うぞ・・・お前とは年も離れているし、仕方がねーんだけれど、年季が違うんだよ、年季が!!本気で馬券取りたいのなら、英語じゃなくて、競馬の講義をしてやろうか?」とまで言った記憶がある。とりあえず、「馬券を取りたいのなら、『ダビスタ』をやりまくれ」と言って、「俺はダテに有馬四連勝していないし、ダービーだって三連覇だ」と言って、払戻金で買ったボールペンを触らせてやった・・・その生徒は、中高一貫校ということで、競馬の話ばかりしていた。『ダビスタ』について教えてやったり、最近の競馬の傾向について講義していた。そいつの理論を聞く限りでは、「まだまだ、四分の一人前だ。それだと、必ず敗北する。JRAは汚ねえから用心しろよ」とだけは教えといてやった。

・競馬の話を良くした生徒とその友達が、私によくなついてくれたので、特別に卒業祝いをしてやった。昼飯をご馳走し、その後、カラオケで歌いまくったことがあった。うっかりと、時計を観るのも忘れて、そいつらを夜の10時頃に返したことは、明らかに私のチョンボであった。後で聞いた所、競馬好きの生徒は、母親にきつく叱られ、泣く程怒られたらしいが、私の事は、一切言わなかったらしい。私は、申し訳ないと思ったが、気楽に、『あいつも男なんだな。これからも、きっと上手く行く』と嬉しかった面があったのは否めない。

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カモがネギしょってるぞ

・もう、十年以上前の話だが、飲んだ後に、みんなで麻雀を打ちに行った。ほとんどが、いつもの面子の中で、新参者はノリ君だけだった。私は、その雀荘の全自動卓のすごさに驚いていたが、ポーカーフェイスで通していた。すると、ノリ君が、しぶしぶ打っていると言わんばかりに、こう言った。「目の覚める様な手、こねーかなー」などと、ヘボの一般的決まり文句を言うので、すかさず私が、「ヘボに限って、そういう風に言うんだ。芸がねえ。折角、徹夜で付き合っているんだから、もう少し、気の効いた事を言いやがれ」と言い放った。ノリ君は、それでツキが落ちたのか眠ってしまったのかは知らないが、負け続けた。私の場合、普段、打っている面子では、少々のことを言われても、動じたりはせずに、不動心という心をキープするのが重要なのだが、ノリ君は動揺し、余りにも、崩すのが簡単な相手だった。彼には、誰からともなく、「おまえバクチに向いてねーぞ」などと言われて、他の連中からも、カモにされた。その時、別の友人が放った言葉は、「何か、今晩は、鴨が葱を背負って来ている感じだな・・・ところで、この辺に吉野家って無かったっけ?」などと、横からゆさぶっていた。ノリ君もナメられているわけでは無いのだが、こうなると、もう上がれない。誰も振り込まなかったのだが、ノリ君の目は、ことごとく潰された。あれでは勝てるはずが無い。男子校のバクチと」いうのは、それほど甘いものでは無い。

・人生、一度きり。配慮のある中で、『好きに生きろよ!!』

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俺に買いに行かさせて下さい

・大学の研究室時代、私が競馬新聞を読んでいる所(時効)、仲のよいて先輩が、「折角の有馬記念だし、俺も買ってみようかなあ・・・でも素人だしなあ」と迷っていたので、「それだったら勝負ですよ」と言って、事細かに説明した。「お前が、そこまで研究しているなら、お前に乗るよ」と言われたので、何としても、この先輩に勝たしてあげたいと思った。そして、私は、「このレースは三頭で走る様なものですよ」と言った所、その先輩が「千円までしか出せないけれど、予想はお前に任せる」と言ってくれた。そして、再び解説に入った後、私のキャリアをおもしろおかしく聞いてもらった。そして、肝心な一言として、「GⅠだから、どの馬も勝ちに来ていますが、飛び抜けているのは、この三頭です。それでも、あえて二頭となると一番人気の、組み合わせですね。私は、三番人気の馬が好きなんで、そっちを本線にしますが、もちろん一番人気の馬も買いますよ」と言うと、私の、馬鹿な方の部下が、「僕も混ぜて下さいよ」と、言って来たが、私はそいつを信用していなかったので、予想しか教えなかったが、そいつは「俺が買って来ますよ」と、言ったので少しは見直した・・・年明けに、思い出したかのいように「先輩、馬券ヒットしたじゃないですか!!」と言うと、先輩は、思い出したかのように「本当か?」という話になったのだが、問題は「俺が買って来ますよ」と、言った私の部下だった。配当金なんかはどこ吹く風、受け取った金まで、支払おうとしなかった。私はブチきれて、「お前、先輩の金をノんだのか?」と言い寄ったところで、先輩が、「もういいよ」と言っていたので、余計、腹が立った。そいつに、「お前には、バクチを打つ資格はねえぞ!!二度と手を出すな!!」と言って先輩に、千円程、受け取って貰らおうとしたが、その先輩は、受け取らなかった・・・申し訳なさで一杯だった。

・先輩の結婚式で頂いたベルは今でも気分転換の時に使わさせて頂いている。

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