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blog九年目突入

 今日で、このblogも満八歳となる。いわばこのblogの誕生日だ。あれから、もう、八年も経つのかと考えると、時の流れが速い。始めた頃は、まだ親父が生きていたのかと思うと驚く。毎日、書く事に溢れ、真っ直ぐにblogに取り組んでいた。しかし、八年も書いていると、毎日書けるほどのネタが無くなる。特にここの所は、ごまかし方だけが上手くなった気がする。人生観も大分変わった。毎日書く事を、何度も辞めようと思っているうちに、八年も経ってしまった。思考力、記憶力、視力が特に下がった気がする。毎日書いていると、考えている暇も無いし、眼も悪くなる。それから不思議なことに、頭で記憶していたことを書き下すと、その記憶は抜け出してゆくことにも気が付いた。昔から、悩み事や考え事があると、ノートに書き下して思考を整理していたが、まさか毎日書く事になるとは思ってもいなかった。だが、習慣というのも恐ろしいもので、それに慣れてしまうのである。ケセラセラで気楽にやればいいのに、深刻に考えてしまう日も多々ある。悪いクセだ。さて、九年目を迎えて、どうしようか悩む所だが、一度、コンピューターとかスマホ、TVなどのあらゆる情報ツールから、完全に解放されてみたい。壮大な開放感に包まれたい、というのが本音だが、せいぜい、ゴルフに行く程度だろう。しかも、ゴルフに行っても、下手だから開放感を味わうどころか、ストレスをためて来るような気がしてならない。予定日は二ヶ月以上先だが、その間に、夏に集まる会の段取りやら、WINDOWS10への更新をしなければ。暑い日が続く中、寝苦しくて頭を悩ませている。カラリとした暑さなら問題は無いのだが。何はともあれ、九年目突入の節目の日。気合が入る。

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ゆっくりと考える

 明日書く事を今日一日ゆっくりと考える。

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試練

 この毎日blogを始めてから、もうすぐ2900話目となる。辞めたいと思ったことも、逃げたいと思ったこともゴマンとある。特に、不調なときには、買ってでもネタが欲しいと思った。ノイローゼになった事もある。海外からでも打ち続けた。この八年弱続けてきて、最も悲しかったことは、blog文化というものが廃れてしまったことである。どれだけ大切な事を書いても、意味が無いのである。自分の友人との約束を死ぬ覚悟で守り続けてきた。3.11の時にも、辛い思いはしたが、投げることだけはしなかった。諺に言う、『桃栗三年、柿八年』とは、どういう事かも解ってきた。単なる芸事を指すだけの言葉では無いな、と。芸事に限れば、落語家だったかなんだったかは忘れたが、修行中は24時間(寝ている間も)芸について考えられなければ駄目だ、と言った人がいた。私も、この24時間縛りのblogを通じて、片時も頭から離れることは無かった。証拠に、日付更新の深夜0時が近付いてくると、自然と目が覚めるのである。こんな事をしていて・・・などと考えると、頭がおかしくなる。それが、不器用なりにも、自分の道なのだと信じなければ、到底耐えられない。耐えられるはずが無い。もう一つ、私の中には、死んでも男同士の約束を守る、という信念があった。誰に何を言われようが、放っておいた。生き方の優先順位が違うのだから仕方がない・・・最近、よく、私が思うことは、毎日blogとは、試練なのではないか?ということだ。私が本当に文章というものを愛しているかどうかへの試練なのかと考えるようになった。

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三時間悩んでみて

 ネタ探しに三時間悩んでみて、書けないということは、今日は書くなという日なのだろう。

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いろいろあった七年間~毎日blog満七歳

 毎年書いているが、今日6月11日は、毎日blogの満七歳の誕生日である。いろいろとあったなと振り返る。タイマーは使わないので、七年間、24時間縛りの生活に何度も悲鳴を上げた。最初の頃こそ、いくらでも書く事があったが、月日が経つにつれて、ネタ枯れに苦しむ事が多くなった。途切れるのが怖くて、深夜の十二時過ぎにUPするようにもなった。最初の頃の作品をコンピューターで観るのが大変なので、ココログ出版で自費で本にした。しかし、ココログから出版出来るサービスが無くなり、五冊目で終わりか、とも考えたが、印刷会社と個人的に交渉しようかとも考えている。いいものが書けない時には苦しんだが、よくよく考えてみると、私は、文章がうまくなる訓練だけではなく、締め切りを守る絶対さや、アイデアの出し方、膨らまし方、文学的アナロジーによる連想、また、文章的には、語尾のあり方、構成の仕方、オチの付け方、引用の仕方、話の力点(視点)の移動による壁の突破法、描写力、伏線の張り方、ユーモアのセンス、また、内容としては、理系文系問わず、総合的に考えること、あらゆる事への問題意識と情報収集と自論のあり方・・・要するに、自分の文章のスタイルの模索をしてきたのだと思う。しかし、基本的には、blogとはエッセイに過ぎない。電子書籍の出現によって、今後の文学界がどういう形態へと推移するのかも読めないほど、時の流れは速い。また、毎日blogというのはセワシ過ぎて、将棋にたとえるなら、早指しどころか秒読みで、何もかもが雑になってしまう。一番コタえたのは、先日観た、NHKのクローズアップ現代の『単身赴任のあり方と変化』の内容で、自分の友人も二人、家族の大事な時期に、嫌でも単身赴任している現実と照らし合わせて、自分だったらどうだろう?と考えた時、自分はやりたい事として物書きを志し、大学院まで通わせてもらっていたのに、退学する道を選び、結婚も捨てて身軽なのにもかかわらず、文章を書くために喜んで(魂の)単身赴任みたいな真似が出来るだろうか?と考えたら、必ずしも二つ返事で喜べない自分がいる事に気が付いたからだ。確かに書く事は好きだが、書く事の辛さや怖さを嫌というほど知ったからだと思う。天は物事を人間が創造するのに必ず汗をかかせる。その代わり、達成した時にはご褒美をくれる。これは、どんな仕事でも変わらない・・・昨日、ふと気が付いた事がある。どんな人の人生にだって、必ず、他の人とは代えがたいオリジナルドラマというものがあり、それはフィクションに勝る、ということだ。これで、少しは希望が見えたが、毎日blogについては考えざるを得ない。『毎日』を取って実験をしてみたいが、未だ継続力に自信が持ち切れないない事と、エッセイ以外でいろんな事を試したい気持ちと、創造のスタイル(動機?)への疑問との間の三つの因子の間でのトレードオフ状態だ。いずれにしろ、様々な意見を聞き、最終的には、自分で決断するだろう・・・長くなってしまいましたが、八年目に入ります。毎年の事ですが、読んで下さる方々がいなければ、私は続かなかったでしょう。東日本大震災の後、バタバタしていて、一行でいかに意味のある事を書くかという失態もありましたが、あの時でも、読んで下さった方がいたから、私は幸せ者です。重ね重ね、ありがとうございました。本来なら、自分の誕生日より嬉しいblogの誕生日に、一人ビールかけでもしたい気分ですが、禁酒中です。おかげさまで、消されたblogを除いて、もうすぐ2600話です。イチロー選手の4000本安打がいかに凄い記録か身にしみて分かります。支えて下さった皆様全てに感謝です。ではでは。

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2500話突破

 婆ちゃんの他界などによって、忘れていたが、気が付いたら2500話を突破していた。ここのところ、気にしていないぐらいだったのだが、あのイチロー選手が4000本以上打っているのだから、この道を選んだ私としては、追い越したい・・・先日、NHKかNHKのBSで、面白い放送をしていたので観てみた。それは、戦国武将が山賊ならば、海にも海賊がいるという話であった。親父の先祖は九鬼水軍で、信長に味方したらしい。一方、瀬戸の母方の先祖は村上水軍で毛利に味方したらしい。一回目は村上水軍の圧勝。二度目は九鬼水軍が鉄工船をこしらえて圧勝したそうだ。TVを観ていると、いろんな説が飛び交っていたが、注目したのは、銭を取って道案内したりと、いろいろとやっていたそうである。実際、しまなみ海道で、村上水軍資料館にも行って、当時の最高級の品々が展示されていた。家系図を見ても、必ずしも長男が次ぐわけでは無く、たくさんの養子縁組がなされていた。結局、村上水軍の本拠地は、小さい島か大きい島かで、説は二分されていたのが当時。現在では大三島では無く、小さい方の島と観るのが妥当らしい。勢力圏は知らぬが・・・刀狩りの時のが、家の床下からも刀や槍が出てきたそうだが、親父の方の九鬼水軍は、家康の国替えで、丹波に行ったらしい。お袋が自慢げに、「殿様の御殿医をしてらしい」と言った瞬間に、「あんたら、敵同士で結婚しているじゃない」と言った。

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毎日毎日僕らは鉄板の~

 私が六年半以上blogを書いてきた事には意味がある。大学の同期の友人達の宴でそれは始まった。一人一つずつ、次の集まりまで約束事をしようではないか、との提案だった。中には、ごまかす奴や、嘘をつく奴もいた。しかし、私は堅実に守った。それが、彼等から僕への思いやりだと信じたからである。自費出版もした。一冊7000円だという。馬鹿馬鹿しくて辞めようかとも思ったが、未練があった。どうしようもねえなあ、と思っているうちに、いくつか私に甘い話が来た。友達経由で。けれど、順調に書いていた小説が40話っきりで書けなくなった。主人公はそこから女と同棲するはずなのに、全くイメージが湧かなかった。経験が無いからである。苦しんだ。苦しんだ挙げ句に友達に、「申し訳ないけれど・・・」という言葉を送った。屈辱以外の何物でもない。某出版社との契約まで受け付けてくれていたのだ。私は、本屋に行って、その出版社の本を二冊程買った。どちらもゴミ箱行き。levelが低すぎたのだ。吉本ばななの本を読む暇があったら、僕は古典を読む。村上ロンの小説も最悪だ。中身が何も無い人間が偉そうにしているだけだ。類似しているのは石原慎太郎。太陽族だか何か訳が解らない小説で芥川賞を採った。あれは大きな間違いだと思う。文学界にとって。芥川龍之介の切れ味には、尊敬の念を抱く。しかし、芥川賞には興味が無い。もらっても辞退する。それほど評価する者達が堕落していると言うことだ。

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潰れゆく会社

 近頃の@niftyの横暴はふざけすぎている。私は自分の貯金から、月あたり600円弱を引かれていたが、向こうから、一方的に手数料みたいな金を客負担にさせた。それで、『無料blogなら@nifty』と謳ってやがる。何で金払っている奴が馬鹿を観て、そいつらをささえなければならないのだ。無茶苦茶な話である。今日、自分のページを見ると、アクセス解析ができなくなるという。これもふざけた話だ。私はblogを書く際、必ずアクセス解析から入る。稚拙な観に来てくれた事への感謝の念があるからだ。大体、今の@niftyは腐っている。天気予報と占いのページは、いつまでも塞がっている。私のせいか@nifty君のせいかは知らないが・・・そもそも、私は、infoweb系と契約したのであって@niftyとは契約してはいない。@niftyが勝手に買収したのである。ユーザーにとっては、とにかく迷惑千万な話である。その因縁で、友人からの、ウイルス疑惑をかけられた。なんとも迷惑千万な話である。以前・・・と言っても十五年ぐらいの話ではあるが、国際電話詐欺にも遭った。その友人は、すぐにそれを消した方がいい、と教えてくれて、即座に消した。料金700円ぐらいだった・・・@niftyさんも健全な態度でいろよな。1プロバイダーさんとして張ってんだろ?今、俺の友人及び知り合いでベンチャー張ってた奴は皆苦しんでいる。資金繰りで・・・@niftyさんもどっかの子会社になる時代なんだぜ。

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今年もこの日が来たか

・朝、遅めに目覚める。『今年もこの日が来たか』と寝ぼけながら思う。下に降りると人の気配がない。玄関で、愛犬の弥吉君がスフィンクス状態。『そういえば、お袋、病院に行くって言ってたなあ・・・』と思い出す。トマトを切って、朝食とする。皿を洗い、日めくりカレンダーをめくると、6月11日だ・・・そう、このblogの誕生日なのだ。満六歳になる。親父の他界などによって、消えてしまった所が二カ所あるが、六年間、一日も休まずに書き続けてきた。もう、六年も経つと、習慣になってしまい、特別な感慨もない。しかし、よく考えてみると、小学生の子供が卒業した様なものである。『いろいろあったな』と思うが、親父の死と3.11が一番大きな事件だった。私はこのblogを書く前のアイドリングとしてメールボックスをチェックし(最近は、FBの友達からのメールを読むのを楽しみにしている)、Googleのニュースをチェックしてから、書くことにしている。今日も、そんな作業をしているうちに、お袋が帰ってきた。「ただいま」という声が聞こえたので、「おかえり」と声を掛けると、サプライズがあった。お袋が花束を渡してくれたのである。六周年と言うことで、バラの花六本とかすみ草をプレゼントしてくれた。以前、友人が「花を貰って喜ばない奴はいない」と言っていたが、意味が解った気がした。卓上の花瓶に飾っている。

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潰れゆく会社

・昨日の午前十時ピッタリに、@Niftyのお問いわせ係に電話を入れ、クレームをつけた。私は、ぶち切れモードに入っていたのだが、オペレーター(使えない)が女性だったので、手を抜いてやった。問題は一昨日のblogが、原稿からアップデートされなかった事による。途中でフリーズ(何で数学・・・)して、タイトルだけしか反映されなかったことに、ぶち切れたのだ。ここ数日、アップデートする度に調子が悪い、何とかならないのか?ともクレームをつけた。すると@Niftyさんは、サーバーがどうのこうの言ったあげくに、「お客様の端末の問題としか考えられません」と、非は我が方にある、と断言した。いきり立った私は、「お前の会社、そういう商売していたら、絶対に潰れるぞ。いい加減なこと言ってるんじゃあねえよ」と言い、「お前の会社に、無い金払って、利用してやってるのに、おまえら杜撰な仕事しかしねえで、その金で飯食っているとはどういうことだよ!!」と言い、続けて、「もしあんたの子供が殺されたらどう思う?今回の件は、自分の子供殺されたような気分だぞ!!」と言いたいことを言わせてもらった。未だに激怒している。

・仏教でいう六道では五番目に畜生(犬や猫など)が来る・・・では、それを馬鹿にする奴は、それ以下であろう。そういう奴は、人間道を歩いているつもりでも、最低の地獄道を歩んでいるのである。

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