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ゴルゴ13の傾向と対策

 初めのうちこそ、何気ない殺しが多かったゴルゴ13だが、ゴルゴの生い立ち話などが数回登場したりする。結局、ゴルゴの生い立ちや目的は藪の中なのだが、他にも、狙撃の腕前を披露するために、新式の銃を持った他のスナイパーと対決させたり(ゴルゴのバナナシュートみたいなシューティングもあった)している。また、冷戦時に連載が始まった『ゴルゴ13』は、圧倒的にそのネタが多かった。冷戦崩壊後はゴルゴはどうなるんだろう?と勘ぐった私は、杞憂に終わった。いつの世もどこかで何かが起きている以上、不滅なのである。作者のさいとうたかをは、怪しい殺しは、実在の人物にまで手を付けるようになった。具体的には、冷戦崩壊後の民主化運動のデモの中、ルーマニア元大統領チャウシェスクの銃殺映像が世界に流れたが、ゴルゴ13の世界では、あれは実は影武者で、本物がヘリでソ連に逃亡しようとした所をゴルゴが狙撃したという無理な設定。また、ダイアナ妃事故死も、もう一人の殺し屋が車のブレーキに細工を施し、パパラッチが来る前にバイクで追走してリモコンでブレーキが利かない状態にし、事故を起こさせるのだが、このバイクを追走していたゴルゴは事故現場で恋人のドディを殺し、ダイアナは観ただけで間もなく死ぬと見抜き、もう一人の殺し屋も追いかけて始末する、という設定。無茶苦茶である。このあたりから、『ゴルゴ13』という漫画は、国際問題になるのではないか?と疑念を抱き、無茶な設定が馬鹿馬鹿しくもあり、私は読むのを止めた。しかし多分、フセインや金正日やビン・ラディンを殺したのも、ゴルゴという事になっているのだろう。9.11で、相当ネタを作っただろう事も容易に想像がつく。作者は現在、ウズベキスタンに注目しているのではないだろうか・・・怪しい殺しはないか、と。読者は、現実に怪しい殺しがあったら、しばらく経ったら、『ゴルゴ13』のネタにされていないかチェックしてみるのもよかろう。

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ゴルゴ13のキャラ立ちとタブー

 ゴルゴ13(デューク東郷)は高額な報酬を受け取って、暗殺などの依頼を引き受けるプロのスナイパー(狙撃手)である。一匹狼で謎に包まれている。最初の頃のゴルゴ13は、やたらめったらよく喋っているのに対し、巻を増すごとに言葉数が減り、最後には『・・・・』がやたらと多くなる。著者のさいとうたかをは、前回挙げた、背後に人を立たせない習性の他に、握手をしないという習性を新しい読者にどう説明するかで依頼者を利用する。また、ゴルゴ13が通称である事も・・・つまり、依頼者に全て話させるのである。余計な話は、「・・・・」で、ゴルゴは必要最小限にしか話さない。具体的には、ゴルゴが新聞の広告欄などで依頼がある事を知ると、依頼者を人気の無い場所に呼び出す。依頼者はそこにやってくるが、最初はゴルゴが見当たらない。ゴルゴは安全を確認して壁などを背に現れる。依頼者が驚き、思わず「ゴル・・・」と言いかけるが、大慌てで、「Mr.デューク東郷」と言い直し(ゴルゴ13は通称だから)、右手を突き出すのだが、また慌てて、「おっと、あなたには握手という習慣が無いのでしたな」と言わす。するとゴルゴが「要件を聞こう」とだけ言い、依頼人が事情を話す。その間、ゴルゴはずっと「・・・・」で、「(スイス銀行のゴルゴの口座に)入金を確認次第、行動に移る」と、これで依頼は成功である。このパターンが何度かあった。また、もっとダイレクトに、ゴルゴが握手をしないことをゴルゴ自身に、「俺は、利き腕を人に預けるほどの自信家ではない」と言わせたこともあった・・・ここで疑問に思うのは、上の二つの制約だけで、ゴルゴの生活は成り立たないはずである。だから、ゴルゴが食事をしているシーンなどを想像することはタブーなのだ。女を抱く時でさえ、騎乗位ばかりである(背後を取られないためにだろう)。

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ゴルゴ13の名前の由来

 ゴルゴ13が今も続いているのかは知らないが、100巻前後までは、昔結構読んだ。デューク東郷ことゴルゴ13の名前の由来があまりにもマヌケな設定で始まっているのを、みなさんはご存じだろうか?第1巻の初っぱなで、(確か)マルセイユあたりの娼館で、ゴルゴ13は女を買い、部屋で葉巻を吹かしているシーンから始まる。娼婦が後から抱きつこうとしたら、思わず反射的に手刀で叩いてしまう(ゴルゴ13は背後に回られると必然的に攻撃してしまうからだ)。娼婦が騒ぐと、用心棒が数人入ってきて、取り押さえられ、(今のゴルゴなら手刀一発で用心棒など倒してしまうはずなのだが・・・)刑務所送りとなる。ゴルゴというネーミングは、デューク東郷の異様な雰囲気が、キリストが磔にされたというゴルゴダの丘を連想させるということから、ゴルゴというネーミングが決まる。13というのは、デューク東郷のムショでの部屋の番号が『1214』で13が抜けている事から来る。これで、デューク東郷は晴れて『ゴルゴ13』と呼ばれるようになるのである。また、この頃のゴルゴ13の顔は常人の顔をしているのだが、巻を重ねるごとに常人離れした顔つきになる。特に、眼が細くなり眼球の黒目の部分がほとんど無くなり、もみあげが強調されるようになって行く・・・故親父の会社のテニス仲間で、ゴルゴ松本なんかよりも、もっとゴルゴ13に似ている人がいたらしい。えらく男前で、みんなからツッ込まれていたそうだ。

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ドラゴンボールのデフレ

・学生時代、漫画のジャンプを持ってきている奴がいた。そいつが読み終わってから、私が、「ドラゴンボールだけ読ませてくれ」と頼むと、快く貸してくれた。クラスの連中も集まっていたのだが、私が、「なんでこいつら死んでまで修行していているんだ?俺だったら死んだ後ぐらいゆっくり眠りに就きたいよ」と言ったら、みんな大爆笑していたのだが、「俺もそう思う」と言う奴等ばかりであった。続けて私が、ドラゴンボールの内容について、「最後の方で敵が強くなってきたら、パターンとして、先鋒が飲茶であって、『ビシ、バシ、ドカ・・・飲茶が死んだ』みたいな展開ばかりじゃあねえかよ。あれは、野球で言ったら、トップバッターに一番ヘボな奴を持ってくる様なものだろ。あれは致命的な作戦ミスなんじゃあないのか?それで毎回主人公の悟空が修行しすぎて遅れてやってくるんだよな。設定的にはワンパターンなんだよな」と論評を述べると、みんな頷いていた。誰かが、「相手のボスキャラの強さのインフレも止まらねえんだよな」と言ったので、私が、「インフレだけならともかく、前のボスキャラの方が強いというデフレを起こしているんだよな」と言ったら、別の誰かが、「そろそろ連載終わりにしてもいいんだけどなあ・・・そろそろと話していた。みんな、『引っ張り過ぎだよな』という結論に落ち着いた。結局、ドラゴンボールの批評会となった。

・高校時代の友人がドラゴンボ-ルについて、「観てみろよ、これ。普通の漫画家ならトーンを貼り付ける所なのに、全然使ってねーだろ。それがすごいところなんだ」と言ったので、私が「あの描き方は、大友克洋の『AKIRA』のパクリじゃあねえか」と言ったら、彼は何も言い返す事ができなかった。

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ドラゴンボールでの悟り

 私と同じく、母も悩み、辛抱する人であった。父は悩みがあっても、家庭の中では一切態度に出さない人だった。それに比べると私の我慢などまだまだ甘い。もっと人間として成長したい。見習うべき存在が両親であるということは、恵まれている証拠かもしれない。

 あれは、私が中学生か高校生の頃だったと思うが、母が風邪で寝込んだ。寝込んだといっても、それほど強力な風邪ではなかったらしく、退屈そうにしていた。まだガキだった頃の私は、退屈しのぎに漫画の『ドラゴンボール』を持って行って、読んでみたら?と勧めた。普段なら少年漫画など相手にしない母が、手にとって読み始めた。よっぽど退屈であったのだろう。

 それから十数年経った後に、母が私に、「あのとき勧めてくれた『ドラゴンボール』のワンシーンで、『これだ!』と思うシーンがあり、それからは一切悩まなくなった」と僕に打ち明けた。とっくに昔の話なので、そんなものかな?と、僕は思ったと同時に、どのシーンであるかを知りたくなった。しかし母は、内緒だと言って、全く教えてはくれなかった。この状態は現在に至っても同じである。そして、私に、「誰にも解らないと思うよ」と言い残した。ただ、それで、かなり助かったということを僕に話してくれた。何気なく勧めたのだが、『ドラゴンボール』で悟りを開く人も珍しい。

 『ドラゴンボール』のどのシーンかは今でも謎である。

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『どこでもドア』

 『どこでもドア』は閉じたら一つ、開いたら二つ。・・・いったいいくつあるのか?

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