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入院中の思い出話  (屈辱の壁)

 その日も睡眠不足で、朝の散歩に行くと12時間ぶりの一服は体がクラクラした。雨がしとしと。既に私は売店で散歩用のビニール傘を購入している。そうだ、今日は栄養相談だったな、と思いだし、午後の一時前には母と私と、栄養相談を受けるべく別棟の一階の椅子に座って待っていた。間もなく栄養相談が始まったが、いきなり体重と体脂肪率を計られた。肥満気味だと言われ、食事の説明について話が進むのだが、私は酒を止めたら痩せることぐらいは解っていたので、退院後のお酒とのつきあい方を考えている旨を伝え、黙って聴いていた。すると、食事のカロリーがどうのこうの、油は採るな、工夫しろと解りきっていることを話し出したので段々私は腹が立ってきた。聞いているとカネがかかる話ばかりなのだ。母は黙って聴いていたが、私はついに逆に質問しだした。「失礼ですが、ご自分で食材は購入してらっしゃいますか?」「はい」「だったら、ここの所の食材の半端じゃあ無い値上がりもご存じですよね」「はい」「うちは、週に一度、激安スーパーで買いだめをして、安く抑えることに必死なんです。それにうちの母だって、食物科を出ているんだから、先生の仰ることは解ります」「・・・」「肥満気味と仰られていましたが、私が二十歳の頃は57Kg しかなかったんです。二十歳の頃にクスリを飲み出して、太りだしたんです。母だって若い頃は痩せていた。でも、クスリを飲み出して太ったんです」「確かにそういう薬を飲むと太る傾向がありますね」と言われた頃には、私は頭に血が上りだしていた。栄養指導をするのが仕事なのは解るが、人にはいろんな事情があり、好きでそうなったのでは無い事を無視して、心の傷に土足で踏み込まれている気がしたからだ。続けて私は、「あなたはこれまでの人生で何か捨てたものはありますか?」と聞いた。「?」と沈黙。「私は二十歳でクスリを飲み出した時点で、結婚を捨てました」「・・・」「病気と闘いながら、大学院まで行きましたが、心の傷が癒えないままに、大学に退学届を出して、大学も捨てました」「・・・」「七年前に親父は死にました。八年間のがんとの闘病生活の後にです。その後は、私一人で母を支えてきたようなものです」「・・・」「貴女にはお子さんはいますか?」「います」「・・・そうですか。あなたは一人になるのは恐くありませんか?」「恐いです」「誰も好きで独りぼっちになる人なんていませんよ」と言った所で、「お袋だって食物科出ているんだからカロリー計算ぐらい余裕で出来ます。問題は、人には様々な事情があるということです。誰も好きで不摂生する人なんかいない。そこのところがあなたには解りませんか?」とまで言った所で、私の眼からは涙がこぼれていた・・・栄養相談が終わり、私は、お袋と散歩に行った。ぐちゃぐちゃな気持ちの中、雨に打たれながら、自分を落ち着かせるべく、病院の壁をにらみ続けながら、タバコを四本吸った。点滴の管を観ると、血が逆流している。お袋は黙っていたが、私はその壁を、『屈辱の壁』と名付けた。

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