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入院中の思い出話  (27号室)

 入院二日目の昼は、静かだった。私の点滴は断食中なので左腕の二本の針を通して、一日にのべ7回交換。寝不足で頭が働かない中、夜となる。すると、隣のじさまが、また騒ぎ出した。絶対安静なのに、起き上がろうとして看護師さんを困らせる。しまいには雄叫びを深夜零時まで挙げ続ける。そのじさまは、看護師達に、ベルトでガチガチに固定されて、叫びまくり、終いには、「死ぬ~、死ぬ~」と我が儘放題。すると向かいのベッドのじさままで、「おかあちゃん」と叫び出す始末。結局、隣のじさまは睡眠薬を飲まされていた。私はよっぽど何か言ってやろうかと思ったのだが、辛抱。blogを更新して寝たのは、夜中の一時半のことだった。また、そのじさま、寝ても鼾が凄く、どこまでもうるさい。結局、その日も三時間睡眠。断食をしているので余り眠れなかった。ひどい部屋に入ったものだ、と思っていたら、看護師さんが再び私に、「他の部屋に空きが出たので移りませんか」と打診された。三回ほど打診されたが、私は、「次にここに来る方が可哀想でしょう」とか、「私も決してきれいな人間ではありませんから」などと言って、断った。すると、四度目は、三人の看護師さんがやってきて、部屋の移動を頼まれたので、仕方なく了承。新しい部屋の窓際に移動することになった。後で知ったことだが、この27号室、ちゃんと意味があったのだ。手に負えない患者ばかりを扱うための部屋なのだ。だから、ベッドに固定バンドが備え付けられていたのだ。何故私がこの部屋に入れられたのかは、後でお袋に聞いた話だが、アルコール性急性膵炎で入ったために、私にアルコールの禁断症状が出ないか様子を観ていたらしい。お酒は好きだけど、別にアル中って訳じゃあないのになあ、と馬鹿馬鹿しくなった。私はいくら飲んでも、決して酔うことは無かった。まあいい。新しい部屋は静かで快適だった。最初に入った27号室には、ちゃんと意味があったのだ。問題患者ばかりを扱う部屋だったのだ。病棟にはそういう部屋も確かに必要なのである。別にプライドが傷つくことも無かった。むしろ、それをきっかけに、看護師さんたちの私への対応が柔らかくなった。三日目には膵臓の炎症値も半分ぐらいまで下がり、主治医から、「順調に行けば、一週間位で退院できるでしょう」と言われ、安心した。この先生は感じのいい先生で、粋でもあった。ここから、私の入院生活は好転しだすのだ。

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