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祖母の一周忌

 私は行くことに反対した。傷つくだけで、他は無駄だからだ。祖母の一周忌のことである。しかし母は、切符を取りに駅へと向かった。一日20回は、体調が悪いと言っている。こちらもめげるというものだ。確かに、体調が悪いのは解る、でも、何でそんな時に無理をするのか。ばあちゃんの命日は6月10日である。決して6月7日ではない。欲ボケした親戚どもが勝手にそう決めたのだ。四十九日も暑いからと、勝手に33日にした。信心深かったばあちゃんに対して失礼である。死者を悼むためでは無く、生存者が権利ばかりを主張する。こんな法要があるか。改めて言うが、私は、そんなものに参加するな、と言った。私の母は言い返さない人なのだ。強烈な皮肉や罵声を浴びて帰ってくるのが目に見えている。そして、不満を私にグチグチ言うのだ。これではやっていられない。得るものと言えばイヤミだけ。親戚としての縁は切れている。縁切りした相手に同調するほどのお人好しなんてあるものか。伊丹十三監督の『お葬式』はいい所に目をつけている。遺産相続の時に、その人間の本性が出るのだ。私は全ての祖父母を失ったが、リアルに人間模様を観てきた。すると、まともな親戚などいなかった。嫌気が差して、外に出て唾をはき出した。母は基本的に、遺産放棄してきた。姉弟仲の方が重要だと。しかし、そういう風に考える人間は少ない。自分の主張ばかりを通す人間の醜い顔しか浮かばない。そういう連中と母は合わないのだ。難癖つけられて、悲しむ母の顔を見たくないのだ。だから、行くな、と言った・・・よく考えてみると、祖母の一周忌がメインなのに、それをないがしろにしてしまっている自分に気付いた。仏壇で念仏でも唱えようか。賢いばあちゃんだったな・・・

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