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2015年6月

食事が出来る喜び

 近所の病院へと行ってきた。早く着き過ぎでも二番目。待つこと80分。診察はエコー。半年前に総合病院で胃カメラを飲んだ際の診断である、十二指腸の炎症と肝機能の低下を指摘される。以前、総合病院で頂いた、ネキシウムという薬を持って行くと、胃や十二指腸の炎症には最強の薬だと聞かされた。これは一日一回。まだ充分残っていたので、他に食後に一日三回飲む粉末の胃や十二指腸を保護する薬と消化剤を2週間分頂いた。会計を済ませ、処方箋薬局に寄った頃には胃痛はほとんど治まっていた。病院というのは不思議なもので、行っただけで体調が回復するから不思議だ。14時間何も食べていなかったので、がっつり行こうかと思ったが、辛抱してバナナとヨーグルト。食後に早速、処方された薬とネキシウムを飲んだら、胃痛が消えた。その後も寝込むほどの胃痛は無く、晩は、よっぽど家族三人で天ぷらうどんというコースに行きたかったが、念には念を入れて、茶碗蒸しとバナナ。そして今朝を迎えると、完全に痛みが消えている。ここ三日間、バナナと杏仁豆腐とヨーグルトと茶碗蒸しで過ごしてきた鬱憤が爆発した。朝からパスタを食べてみると、その美味しいことこの上無い。処方された薬を食後に飲み、今に至るが、何も問題は無い。何気ない食事が、これほどありがたいものだったのかと痛感。禁酒四日目だが、お酒とのつきあい方も考えなければならない。禁酒はもうしばらく続けるつもりだ。

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病院に行くか・・・

 六時間ほど寝た後の目覚めでは、胃の痛みを感じなかったが、一時間ほど経つと痛みを感じだした。blogの事を考えると胃がシクシクなりだす。昨日と同じ現象だ。昨日は午前3時から4時半までの間にblogを仕上げ、午前5時からの、サッカーのなでしこジャパンの試合を観ようと思ったが、胃痛のため前半は寝てしまい、後半から観戦。寝ると胃の調子が良くなるのは何故だろうか。観戦している間は胃は大丈夫だった。勝ったのを見届けると、無性に腹が減り、しかもバナナと杏仁豆腐とヨーグルト以外のものが食べたくなり、勢い余ってベーコンエッグを食したが最後、激痛に見舞われ、再び横になることを余儀なくされた。眠くも無いのに、ただ、ジッと痛みに耐えながら目を瞑る。苦行以外の何物でも無い。遅い昼食にヨーグルトを食べ、野球のデーゲームをTV観戦。終了と同時に再び横になる。また、目を瞑る。体の力を抜くように心掛けた。午後8時にバナナを二本食べると、再び激痛。もう、泣きたかった。ジッと耐えていると、腹部全体が痛くなり、『俺、死ぬのかなあ』などとロクな事を考えない始末。そうしているうちに、就寝。途中何度も目覚める。日付が変わった頃からは安眠できたが、午前3時に起床。現在、午前5時前。病院に行くべく何も食べてはいない。病院・・・行きたくねえなあ。しかし、背に腹は替えられぬ。さて、これから少し横になろうか。

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弥吉、おまえもか

 現在27日の午後11時過ぎ。30分ほどのうたた寝から目を覚ました所だ。今朝ほどでは無いにしても、胃痛は続いている。一日中うたた寝をし、多くの夢を観た。食事はバナナと杏仁豆腐とお粥。昨晩の1時半に激痛を生じてから一日弱。寝ては起き、起きては寝、を繰り返していた。食べ物の事を考えただけで胃痛が激化したが、午後3時頃、胃痛は激痛から鈍痛に変わった。バナナと杏仁豆腐は胃痛をひどくしなかったが、それでも寝ていた。思考力など無い。午後4時過ぎに目覚めると、痛みは朝の1/5程になっていた。テレビを少し観た後、これまた一ヶ月ぐらい調子を崩し、月曜日に診察を受けてフクビクエンと診断された母が弱音を吐いていた。耳を傾けずに、弥吉君(ミニダックス・♂)を観察していると、ずっとおとなしく寝ている。様子がおかしいのに気付き、呼びかけても尻尾を振るだけ。なんでも、食いしん坊の弥吉君が二日ほど食欲が無いとのこと。弥吉君に近付き、あれこれ話しかけながら、撫でてやったり、揉んでやったりしていると、鼻が乾いている。さわるのを止めると、鼻で催促してくる。いつもと異なるのは、眼を大きく開けて、顔を私のふくらはぎの上に乗せて、何かを訴えている。呼吸も荒い。心持ち耳が熱い。弥吉君、風邪を引き、熱でもあるのではないかと心配。食欲の無い弥吉君というのは明らかにおかしいのだ。車で動物病院に連れて行ってやることになり、診察を受けると、風邪とのこと。注射を打ってもらい薬を頂き、帰宅。ぐったりしていたが、夕飯を母に要求。復活したかと思ったら、舌を出して荒い呼吸をし、しんどそうにしている。弥吉、おまえもか、と思っていたら私の胃痛も増している。運転で神経を使ったからかなと思いながら、再び寝る。細切れに午後8時半迄、寝ていたが、起床。お粥を食べると胃に痛みが復活。弥吉君を撫でてやり、再び寝る。少し痛みが治まった所で居間でパソコンチェック。blogを書こうかと思ったら、まだ一時間半も時間があるので再びうたた寝、30分で起きると、痛みが増している。そしてこれを書き、今に至る。現在28日午前0時。弥吉君が横で寝ている。私も調子が良かったら看病するのだが、これを書き、胃の痛みが増した。弥吉君の様子を見てから、寝に入ろう。胃痛、早く治れよな。

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激痛が走る

 昨年の十二月に発症した胃痛と似た症状が、今朝目覚めると発症。胃に激痛が走っている。半年前の段階で調べて頂いたら、消化器内科の系統は全て異常なしだったので、少し様子を見るべく、安静にしておく事に決めた。幸い、その時に処方された薬の余りがあるので、それを飲んでいる。しばらく安静にして、おとなしい食事にする。腹巻きをしたら痛みが和らいだ記憶があるので装着しよう。謎の胃痛が復活したことを話すと、弟が、「胃が痛いと何も出来ない。生の大根がいいらしいよ」と教えてくれた。体を少しいたわるべく、おとなしくしていよう。

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成功って何だ?幸せって何だ?

 イソップ童話の『ウサギとカメ』の話をある友人をしていたら、人生に於ける『成功』という言葉が、喉に詰まった魚の骨のように引っかかり、悩んだことがある。私は、大きな業績の裏には深い影が必ずある事を知っていたからである。それから、私は、『成功』という概念を捨てた。と言っても、別に人生を捨てたわけでは無い。『成功』というものは、求めなければ得られないものだが、私にはとりわけ欲しいものでは無かっただけである。どなたか『成功』の定義を納得できるように説明して下さる方がいたら、教えて欲しい。人生には、それ以上に大切な事が多すぎるとわたくしには思われるのだ。可能性を求めて大学に行ったはずなのに、逆に生き方が窮屈になるだけだった。こんなものはいらねえ、と若気の至り。後悔など無い。不思議と私は、後悔したことが無いのだ。その時々の自分の決断を信じているから。『成功』という言葉に不信感を持ちつつ過ごしていたら、やがて、『愛』とか『幸せ』という言葉に置き換わった。時代の風潮として現実味が無くなったからである。『愛』という言葉と勝負しても、大海を相手にしているようで、勝負にならない。安っぽい言葉になってしまったと思うが、つかみ所が無いのである。私個人としては、『愛』には、仏教でいう、慈愛の概念が無ければならぬと考察する。それ以外は嘘だと思った方がいい。最後に、最近よく見かける、『幸せ』の概念。人それぞれだろうが、無欲でなければならぬ。自分が幸せではないと思ったら、独り旅に出るといい。様々なものが見えてきて、普段、自分がどれだけ恵まれているか、涙するまで返ってこない覚悟で。結局、青い鳥は足下にいることに気付かされるのだ。そうやって人間は成長して行く様に出来ている。『成功』『愛』『幸せ』・・・どれも己の心の状態の問題では無かろうか?

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日常に転がっているもの

 よっぽど困らない限り、私は即興でこのblogをこしらえる。勿論そこには作法はある。当然、ネタが決まっていないときには頭を悩ます。出来るだけクオリティの高いものを提供したいからだ。でなければ、八年以上毎日blogなんて続かない。ネタをどうやって見付けるか、というのはトップシークレットに近いことなのだが、普通の人では理解できないので明かす。同じ物をどういう視点で見るか、にかかっている。普通の物を普通に観ないことが肝心なのだ。ヒントはいくらでも転がっている。要は、それができるかどうかなのだ。諸行無常ということを念頭に世の中を見れば、この世も少しは棲みやすいものになるであろう。どんなに辛い思いをしても、自分の仕事に誇りを持っていれば耐えられるどころか頑張れる。肝心なのは、心の眼なのだ。それさえ曇っていなければ、日々新たな発見がある。だから、私は時々、心の眼を研ぐ。自分と向き合い、問答をする。問答では、いつも、私の心の弱さが滲み出てくる。このblogを書いている今でさえ、問答している。相手は手強い。ちょっとした心の隙に入り込んでくる。この文章を打っている途中から、どういう終わり方にしようか考えだした、私の心のその部分の隙を問答の相手は見逃さない。参ったな、とつくづく思う。八年も書いていると、きれいな終わらせ方をするのは楽勝なのだ。いつもはそうしている。しかし、今日のblogは友人へのメッセージでもある。私は最近、将来のことをよく考えるようになった。物書きでは食ってはいけないことも含めて。複雑な気持ちである。やりきれない気持ちになることもある。blogを書いている事自体が矛盾しているのだから。しかし、『桃栗三年柿八年』とはよく言ったものである。最初は、コミットメントについての言葉だと思っていた。たしかにそれもある。しかし、それ以上の言葉なのだ。今の私には、それだけしか言えないし、言葉では上手く説明できない手応えがあるのだ。隠しているわけでは無い。私も未だ長い階段を登り始めたばかりなのだから。

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姿勢で判る

 塾講師をやっていた頃、新入生が入ってくると、いつからか机に向かう姿勢だけで勉強が出来るかどうかとか伸びしろがどれくらいあるかといった事が判る様になった。具体的にどうこう言えないのだが、出来る子は、机に向かう姿勢が美しいのである。友人の故親父さんで、休みになると雀荘に通っていたリュウさんが、同じような事を語っていたらしい。麻雀が強いかどうかは姿勢を見れば判る、と。リュウさんはカミさんから小遣いをもらった事が無いそうである。凄いと思ったが、粋な人でもあった。友人の家で徹マンをしていた時に、朝方、誰からともなく、吉牛(吉野家の牛丼)喰いてえな、という話が出て、俺だったら、玉子も頼む、いや、玉子よりも味噌汁を選びたいな、などと話しながら麻雀を売っていると、その部屋がリュウさんの寝室の隣だったのか、聞こえていた様子。リュウさんがいきなり入ってきて、「これから吉野家行くけれど、他に買ってくるもの無いか?」と言われてしまった。一同、申し訳なさの中に食べさせて頂いた記憶がある。さすが雀鬼、参りましたという他ない。後年、みんな社会人になると、私の家に三人が突然やってくる様になった。親父が元気だった頃の話だ。正直言うと、私はあまり麻雀が好きでは無いので、代打ちを親父に任せたこともある。故親父は麻雀が大好きだったのだ。雀荘に通うほどではないものの、社内麻雀では横綱クラス。そんな親父を観察していると、私とは打ち筋が違っていた。どう判断しても、納得がいかなかった。後で親父に聞くと、「お前の友達から巻き上げるわけにはいかんやろ」の一点張り。親父は爪を隠したのだろう。その代わり、私の友達の性格を見事に言い当てた。麻雀に向かう姿勢で解ったとのこと。麻雀をメインに書いてしまったが、物事に取り組む姿勢一つで、ベテランは一瞬で器量を見抜くのだな、と恐れいった次第。何事も無駄なことなど無いのだ。真剣に取り組まなければいけない。

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ワンワンワワン

 最近は早朝にblogを書くことが多い。好きでそうしているわけではないのだが、なんでも、マウスの実験例によると、寝る前にストレスが掛かると体内時計が狂いやすいとか。私は夕飯を食べたら眠くなるのでそうしているだけである。しかし思うのは、朝が早いと、一日が長く感じられるということである。これはいいことだ。時間を上手く使っている気分になる。早起きは三文の得とはよく言ったものだ。睡眠時間も短くて済む。その代わり短時間の昼寝はするが。昨日は、十日ぶりの買い出しの日。買うものリストで、やけに私の配分が多かった。頭が痛くなるが、そこは役割。ドライブに目覚めた弥吉君に、「今日はお留守番だぞ」と朝から言い聞かせる。駐車場でクーラーの無い中、彼を置き去りにすることは出来ぬ。それこそ、熱中症になってしまう。家を出ていく時には、彼も覚悟した様子。私は新しいサンダルを試そうか迷ったが、交換したブレーキパッドの感触を確かめたくて、履き慣れたサンダルを選んだ。運転してみると、ブレーキを踏んだ時の明確な感触の違いは無かった。しかし、ブレーキパッド一つ取っても、即座に事故に結びつくものだからナメてはいけない。まあいい。暑い買い物を終え、帰宅すると、弥吉君がワンワンワンと怒りで吠えている。車の荷出しを終えた私は、弥吉君をねぎらった。弥吉君の好きそうなチーズも私が選んだものだ。マッサージしてやってからあげたら、一発で機嫌が直った。ここのところ、暑い中、駐車場に車を止めて活動することが多く、弥吉君は留守番ばかり。今度、どこかに連れて行ってやりたいと思っているのは本音。彼が外に興味を持つことはいいことだから。と、思っていたら、弥吉君が涼を求めてやってきた。弥吉君は不思議と夜型なのだ。

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ディーラーにて  (駆け引き)

 「いやあ、あの車、親父の形見みたいなものなので、あれだけ丁寧に観て頂けると幸いです」と再び切り出し、「所々にタッチアップペイントの後がありますけれど、あれ、全部、自宅の車庫でやっちゃったんですよね」と続けざまにジャブ。営業の方は、「そうなんですか」と思案顔。「だから、あの車より大きな車は入らないんですよ」と説明すると、相手方は作戦を変え、「ところで車検がまもなくですね」と来た。「考えておきます」と返事し、「あの、ブレーキパッド以外に何かありましたか?」と質問。営業の方は車へダッシュ。時間稼ぎだ。間違っても、もうスタンドで予約しています、なんて言えない。コーヒーを飲む。戻ってきた営業の方は、「特に無いそうです。何か気になる点はありますか?」と聞くので、「特にないです」と応える。「車検はいつもどちらで?」と再び聞くので、仕方なく「なじみのガソリンスタンドです」と返答。「ガソリンスタンドの方が安いですもんね・・・そのかわり、うちはしっかり整備させて頂きますよ」と言うので、「それは解るんですが、ディーラーさんとスタンドじゃあ、どうしてもスタンドの方が頻繁に通うじゃあないですか。スタンドの方とも親しくなっちゃうんですよね」と説明。内心では、二回に一回ぐらいはディーラーで観てもらったほうがいいな、と思ったが、口には出さずにポーカーフェイス。後は適当に車の話に持っていって時間切れ。代金35047円をぎりぎりで払ったら、自然とお互いに笑いが出た。「ありがとうございました」とお礼を言い、ディーラーのユウウツから解き放たれて安心したが、よく考えてみると結構な出費だ。良かったのか悪かったのかが微妙。帰宅し、日めくりカレンダーを観ると、三りんぼうで『万事に用いて不可。財産を失い、寿命を損ずる。昼のみ吉』と書いてある。当たっているなあ、と腕を組んだ。

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ディーラーにて  (パッド残り1mm)

 このままでは、メカニックさんも私も二度手間になってしまう、と思って悩んだ。正月に銭洗い弁天で洗った千円札ならあるのだが、極力使いたくない。メカニックさんに事情を話し、「少し考えさせて下さい」と言うと、「解りました。では、とりあえずリアだけパッドを交換しますんで、終わったら、また来ます」と言ってくれた。その千円札は、母が宝くじで当てた縁起物でもある。それに、そもそも、47円はあるのか?とジャリ銭入れを観てみたら、なんと、500円玉が二枚入っており、見積もりの35047円に何とか足りる。ラッキーだと思った。ゴルフの打ちっ放しに行くときの為に、入れてあったものなのだ。メカニックさんが再び来たときに、即金で払える旨伝え、作業に取りかかってもらった。払えることは払えるが、財布がスッカラカンになるな、と思いながら、何で見積もりが予想金額を上回ったのだろうと観てみると、リアのブレーキパッドよりフロントのブレーキパッドの方が微妙に高いのだ。何故かは知らぬ。しかし、ホッとした私に、「リアのブレーキパッド、残り1mmだったそうですよ」との声。警戒していた営業マンが寄ってきた。「そうなんですか」と返事して、車検問題と新車の押し売りに対して警戒感を強めた。そこでまず、私が先手を打って、「ここからメカニックさん達の様子を観ているだけで、幸せになります。いい雰囲気の職場ですね。僕はエンジンに惚れて、大学の機械科行きましたけれど、エンジン周りの設計も面白いでしょうが、現場もやっぱりいいですねえ」とニコニコ話したら、「そう仰って頂けるのは嬉しいです。ちなみに私も理系でしたよ」と営業マンの方。その一言で、この男、論理が通じるだろうし、ゴリ押しタイプでは無いな、プライド高し、と分析。ここからは交渉術の勝負となる。

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ディーラーにて  (千円足りねえ!)

 午前十時から開店だろうと思い、ユウウツな気分で車のディーラーに行く準備をしていたら、雨が小雨になった。昨日のblogで触れたタイヤ近辺の異常音は雨の日でもするのか疑問だったが、重い腰を上げ、ハンドルを握るとしっかり音はしてくれた。小雨なので、窓を少しだけ開け音を聞いていると、右のリアタイヤが怪しい雰囲気。おそらくブレーキパッドだろうと思いながら運転、まもなく到着。受付のお姉ちゃんが出てきたので、車の状態を説明し見積もりを依頼。店内に通されると既に多くの人が着席している。後で確認したら、九時半からとのことだった。フリードリンクにアイスコーヒーを選び、迷わずメカニックさん達の作業の様子が見える窓際の独り席に座る。五台ぐらいの車が同時にメンテナンスされている様子をじっと観察。私は運転も好きだが、車そのものが好きなのだ。メカニックさん達の無駄の無い動きに感心しながら、コーヒーを飲む。まもなく奥から二台目に右のリアタイヤが外された車が上がる。読みは当たっているかな、と待つこと10分強。担当のメカニックさんに名前を呼ばれた。リアのブレーキパッドが要交換とのことで、見積書を渡された。16000円強。フロントの見積もりも勧められ、私は33000円位と予想して承諾。やっぱり、パッドだったか、とリアの見積書を見ると、受付のお姉ちゃんが正確に伝えてくれていたので感心していたら、再びメカニックさんがフロントとリアのブレーキパッドの見積書を持ってきたので、観ると35047円。あれ?と思い、慌てて財布を観ると、34000円しか入っていない。1000円足りない。見積もりだけのつもりだったので、お金を用意してこなかったのだ。

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雨がしとしと

 梅雨に入ってから、やっと梅雨らしい雨がしとしとと降っている。屋根にぶつかる雨音と、雨滴がポタン、ポタンと時々落ちる音、庭のアジサイが色づき、いかにも梅雨らしい風情。気温は下がったが、湿度が上がり、肌に来る温気に少しイライラ。少し早足で歩くとジトッとくる。それでもせっかちだから、歩く速度は落とさない。さて、今日は買い出しに行こうと思っていたが、昨日、車を運転していると、速度を抑えて走っていたら、後輪のあたりから異音がした。ブレーキパッドは今年の車検で観てもらおうと思っていたが、ブレーキペダルではなく、アクセルを踏んだ時に、目立たないが甲高い音が鳴ったので、ディーラーに近々持っていかなければならない。嫌だな・・・なじみのガソリンスタンドで既に車検の予約をしているから、その前にディーラーに行くのはかなり気まずい。原因不明なのが不安を煽る。親父の形見とはいえ、古い車なので、これ以上お金を掛けたくは無いという思いもある・・・雨がしとしと。行く気が萎える。車の重要なパーツでは無いだろう事は判るので、それだけが気休め。そんなことを考えているうちに、時計の針だけが進む。案ずるより産むが易し。行くことにしよう。気が変わらないうちに、身支度をするか。って、まだ、朝だった。行くまでに雨が止んだらいいなあ。

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プライバシー

 以前、開高健と吉行淳之介が下らぬ対話集の中で、作品が英語版だと、もっと儲かっていたのになあ、というような話をしていた。要するに、読者層が増えていればという様な話をしていたということである。しかし、私は首を捻った。金持ちには慣れるかも知れないけれど、それだけプライバシーが無くなるって事が解らないのか?と。また、私の個人的な意見では、二人とも大差は無いのだが、あえて言うならば、開高はともかく、吉行の作品は日本的情感に訴えるものであり、外人には理解できない情感。受けるとすればフランスぐらいだろう。世界的名誉を受けたとしても、プライバシーに関してはまだ作家だから逃げ道がある。ジーコが初めて日本に来た時に、家族で電車に乗っていても、普通に過ごせていたそうだ。しかし、その名が日本中に轟くと、『あっ、またか』という感じで、電車には乗れなくなったそうである。当然、窮屈に感じただろうが、家族の協力や、本当に好きだから耐えられたのだろう。本来の私だったら、電車にも乗れないというのは耐えられないだろうが、好きでやっていることのためにそうなるのならば、耐えられる。要は自分の有り様への覚悟なのだ。単に、金、地位、名誉だけを何も知らずに追いかけていたら病が待っているだけだ。何かを選ぶとは、他の物を捨てるのと同義である。前にも書いたが、一般市民の私でさえ、時には風光明媚で何も無い所へ行きたくなる。ゴチャゴチャうるさいのは捨ててしまって。現在の私の一番の気分転換法は湖に手こぎボートで漕ぎ出して、人気の無い所でオールをたたみ、寝っ転がってボーっとしていることだ。現代人には、そういう時間が欠けている気がするのである。私にも。

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早朝墓参り

 昨晩は一時間半ほどで目覚めた。寝直そうと思っても体が受け付けそうに無い。あきらめて階下の居間に降り、扇風機をつけてくつろいでいると、物音がする。誰か起こしちまったかなと思って耳をそばだてると、テッテッテッテッという軽やかな音。ドアがゆっくりと開き、弥吉君(ミニダックス・♂)だと判った。私が起きたのを知り、涼みに来たのだ。ソファーの上で彼は寝だした。寝汗が気持ち悪かった私はシャワーを浴びる。さっぱり。月曜日に寝坊したので、今日こそは墓参りに行かねばならないな、と独り気合を入れる。時計は四時半になっていた。ニュースを点けて気象情報を見ていると、母が起きてきた。よく寝たので体調がいいとのこと。弟も起きてきて、三人で朝からパスタを食べる。天気予報によると、午前九時には雨雲がかかるとのこと。七時までには行かなければならぬと判断。弟が出て行った後、すぐに、弥吉君を連れて出発。弥吉君が車に乗るのは十日ぶりで、いささか興奮気味。時間が掛かるので、弥吉君の水飲みまで持っていった。最初のコンビニで仏花と弥吉君用の水を補給。待っている間中、弥吉君はヒュンヒュン言っていた。一路、墓へと向かう。BGMにサザンの葡萄を書けていると、ジャージャー麺はともかく、無性に杏仁豆腐が食べたくなった。早朝なので道は空いている。と、海に出た。弥吉君にとって生まれて初めての海、特に感慨部会ものは無い様であった。空は曇天。いつ雨が降り出してもおかしくはない。一時間弱で墓地に到着。弥吉君を散歩させながら、蒸しているけれど涼しい日だな、と感じる。墓参りを終わらせ、水飲みに水を注いでやっても弥吉君は無反応。丁度、七時過ぎ。この時間ではドラッグストアはやっていない。それを覚悟で来たのだ。母の体調もあるので、帰宅することに決定。どうしても杏仁豆腐が食べたかったので、家の側まで来ると、再びコンビニへ。母に千円札を渡し、杏仁豆腐三つとチューハイと弟用のビールを購入。弟は、飲んでも一日にビール一缶なのだが、ビールを飲む日には週に一度ぐらい、私の分まで買って来てくれる。私も買い出しの時などに、弟ビールを買っている。コンビニを出ると雨がぽつぽつ降り出した。早出作戦成功。帰宅すると、弥吉君は水をがぶ飲みし、舌を出してゼーゼー息をしている。疲れもあるのだが、往復二時間のドライブに興奮しすぎた模様。「弥吉、大丈夫か?」と声を掛けると、尻尾で返事。しかし、食べることを生き甲斐としている弥吉君は、私と母が杏仁豆腐を食べ出すと、寄ってきた。そして、後は泥のように寝ていた。

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不覚

 不覚にも父の月命日の日に寝坊してしまった。というより、一日中寝ていたという方が正確かも知れない。何故だか解らないが、一日中眠かったし、体調も最悪であった。昼に目覚めると、お袋も調子が悪いらしく、顔色に血色が無い。今日は止めにしよう、と決定。風邪薬も切れており、購入に向かわねばならぬ。一番コタえたのはドライブを楽しみにしていた弥吉君の不満げな顔。その後、ふて寝してしまった。期待に応えないとな、と思いつつ、16日の天気を調べると限りなく雨に近い曇り。私は頭を抱えた。墓参りに行けるかどうか微妙なのである。昨日より幾分気温は下がるものの、どうなるのかは天気次第。最悪でも弥吉君をドライブに連れて行かないと、彼がグレてしまう。ほんの些細な事なのだが、こういうことが、結構、重要であったりするし、私自身も車の運転が好きなのだ。故親父も死ぬ二週間前まで車を運転していた。旅行好きな人で、学生の頃、日本中、くまなく旅をしていた人だった。私の旅好きは、親父の影響かも知れない。私が車の免許を取ってから、遠出するときには交代で運転するようになった。最初のうちこそ私の運転を怖がっていたが、私が慣れてくると、ドライバーが二人いると楽やな、と言ってくれた。私から言わせると、親父の運転の方が荒いのだが、慣れていたので何とも思わなかった。それなのに、親父はゴールド免許。職場の人みんなが首を捻ったそうだ・・・今の車は十年経つが、60000キロしか走っていないし、何より親父の形見だ。丁寧にメンテナンスをしている。こないだの買い出しで、水抜き剤を入れた。セルフのスタンドが増えて、水抜き剤を入れないで走っている車も多いのではないか。半年に一回は入れておくものである。そうしなければエンジンが傷み、車の寿命が短くなる。最近気になるのは、ブレーキパッドの異音である。八月の車検の時に観てもらうつもりだ。

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弥吉君のワクワク

 いつものようにフェイスブックをチェックしていたら、阪神ファンの友人のどうしようもない投稿。コメントを書いたら、返信、でまた返信を繰り返していた。それだけで一時間。しょうも無いことをお互いにつつき合う。『マートンやる気ねえだろ、ストライクの見逃し方で解る』とコメントしたら、『巨人の白人の左ピッチャー、あれは打てねえ』などという感じで、返って来るので、延々と話し込んでしまった。でも、いいものだ。中高時代の友人と二十年振りでもホットな会話が出来たのだから。一方で、懐かしい方からのコメントが昨日あった。通称モモパパさんで、五年振りだった東北の方。お会いしたことは無い。しかし、blogを通じて、犬の気持ちと見届ける飼い主の気持ちを語り合った仲だ。それに変わりは無い。大震災で案じてはいたが、言葉を掛けられなかった自分。それは、御方を察しての、充分な配慮の上での、微妙な心遣いである事は理解して頂きたい。久々にページを見て嬉しく思った・・・それはそうと、我が家の愛犬である弥吉君(ミニダックス・♂)が最近ドライブに目覚めだした。寒さ暑さには弱いし、運動不足。そんな弥吉君が外の世界に目覚めた。こうなると止まらない。私が独り出かけるときにも、連れてけ!とばかりに吠えまくる。私は臆病なのは嫌いだ。良い方向の好奇心ならば伸ばしてあげるべきだと考える。弥吉君が前向きなのは評価している一方で、明日の親父の月命日の墓参りで、暑さバテしないか心配だ。犬は汗をかかない代わりに、舌で温度調節する。すぐにバテるだろうなと想像しつつ、明日への戦略を練っているところである。

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サケが食えなくなる?

 二週間ほど前のニュースで、本来ならこの時季に出航しているはずのサケ・マス漁船団の船が根室港に全隻停泊している映像が映された。同時に、あのあたりの船はロシア近海で漁業している事を初めて知った。毎年、日本がロシアから漁業権を買っていたのだ。漁場については初耳。なんでも、今年はその漁獲割り当て率で揉めていたそうだが一昨日、七割減で決着が付いた。ロシア側の主張としては海洋資源の保護が名目だが、裏にプーチンの影が滲む。プーチン政権になっても、ロシアはロシア。何も変わってはいないし、むしろ悪化した。世界中がロシアのやり方を相手にしなくなった。その事はまた、ペレルマンについてまとまったら書く。サハリン沖の油田に出資した企業は、ロシア人の国民性を何も解ってはいない馬鹿だと思った。いわば、レモンを掴まされたのだ。レモンを掴むとは、重要な所で偽物を掴むという意味に他ならない。どうでもいいが、今の株高を憂う。リーマンショックの時に買った株が四倍以上の値。売って、落ちたときに買い直そうかと迷う。私が商人だったら、日本産のサケを買い漁る。一方で、外国産にもパイプを作ってサケを確保する。そして、時機を待ち、高値の所で売り払う・・・この、高値で売るタイミングというのが難しい所だが、欲張らないことだ。最高値では売れないのだから、腹八分目で売ればいい・・・それにしても、食卓から本当にサケが遠のいたとなったら、かなり寂しい。

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あのヒレ肉あるかな

 牛肉の生肉に続き、豚肉の生肉も法律で禁止された。私は元々、肉を生で食べることはないのだが、ステーキなどの牛肉の焼き方は、レア好みである。矛盾しているようだが、牛肉のレアなら、平気だが、豚肉がレアだと、もっと火を通す。寄生虫などの問題からだ。ガキの頃から、そう教えられた。他にも、鶏の骨は食べてはいけない(鳥の骨は割れると硬くて鋭いから、内臓を傷つける)など。迷信だとは思ってはいない。当たり前だろと思っていたので、豚を生で食べるというニュースには驚いた。そんなことはどうでもいい。昨日は買い出しに行ったのだが、そこのスーパーは安い物と相場の物があり、置いてある物と置いてはいないものがある。目玉は和牛で、ただでさえ安い上に、以前、ヒレ肉がもも肉と同じ値段であった時があった。ヒレ肉とは、牛一頭、およそ400Kgの中で4Kgぐらいしか取れない貴重な部位だ。弟が安過ぎることに首を捻っていた。それからというもの、そのスーパーに行く度に、激安のヒレ肉を探していたが、半年以上見付からなかった。弟が疑問視する中、私と母は、それがそのスーパーのウリだと思っていた。昨日、期待しないで行ってみると、あった。が、値段を観ると、もも肉の数倍する。完全なる錯覚であった。というわけで、昨夜の夕飯はもも肉のステーキだったのだが、質が落ちていた。しかし母に言わせると、普通のデパートでは倍の値段が付くという。何だか得したのか損したのか解らないが、めでたく牛肉のステーキが家族で食べられたことだし、何も言うことは無い。ヒレ肉が激安だった謎は残るが、多分、何かの手違いであろう。吉野家の牛丼が300円で食えず、ガソリン価格も暴騰している時代、喜んでいるのは民間では無く、国の借金が軽くなった政府そのものである。いづれ、株価の大暴落でも生じ、天誅が下るであろう。いまの政府は、国民の金で大博打をしようとしているだけだ。勝てるわけがない。どっぷりやられ、日本沈没が待っているだけだ。それにしても、年金とか郵貯で博打するなよな、ド素人が。

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畜生、雨かよ

 一週間振りに、早朝打ちっ放しに行ってから、十日ぶりの買い出しに行く予定が、雨。起きた瞬間に、「畜生、雨かよ。折角、昨日、散髪したのに」と舌打ち。打ちっ放しは延期にしても、十日も買い出しに行っていないと、家の備蓄食料がつきてしまう。こんなに間隔が空いたのは久々だが、お袋の体調不良が原因。私は気合で二日で治したが、お袋は三週間続いている。なんでも、動くことは出来るのだが、動いてしまうと翌日の体調が優れないとのこと。気候変動についてゆけないというのもあるようだ。それでも、今日の買い出しは外せない。車にガソリンを入れなければならないのだが、ガソリン価格の高騰に拍車が掛かっている様子。何とかならないものか。円安になって消費税が上がってと、物価が上がる一方でロクな事が無い。それはそうと、軽井沢でのゴルフ、八月後半におおよそ決まった。一緒にラウンドする店長が練習したいらしく、そこまでずれ込んでしまった。話が出てから、そこがまとまらず、気が付いたら梅雨入り、そしてついに昨日、軽井沢の北、浅間山の噴火警戒レベルが2に引き上げられてしまった。日本中で火山が噴火し、休火山の富士山でさえ噴火が危惧されている状態で、箱根と浅間山がグツグツ模様。軽井沢ゴルフプランは大丈夫なのか疑念を抱く。まあ、私も腰の具合が悪いので、ラウンドまでに何とかしなければならないのだが。どちらにしろ、八月後半だと暑そうだな。暑さ対策もしなければ。これからの日々、いろんな意味で、いろんな調整が待っている。気合を入れよう。

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blog九年目突入

 今日で、このblogも満八歳となる。いわばこのblogの誕生日だ。あれから、もう、八年も経つのかと考えると、時の流れが速い。始めた頃は、まだ親父が生きていたのかと思うと驚く。毎日、書く事に溢れ、真っ直ぐにblogに取り組んでいた。しかし、八年も書いていると、毎日書けるほどのネタが無くなる。特にここの所は、ごまかし方だけが上手くなった気がする。人生観も大分変わった。毎日書く事を、何度も辞めようと思っているうちに、八年も経ってしまった。思考力、記憶力、視力が特に下がった気がする。毎日書いていると、考えている暇も無いし、眼も悪くなる。それから不思議なことに、頭で記憶していたことを書き下すと、その記憶は抜け出してゆくことにも気が付いた。昔から、悩み事や考え事があると、ノートに書き下して思考を整理していたが、まさか毎日書く事になるとは思ってもいなかった。だが、習慣というのも恐ろしいもので、それに慣れてしまうのである。ケセラセラで気楽にやればいいのに、深刻に考えてしまう日も多々ある。悪いクセだ。さて、九年目を迎えて、どうしようか悩む所だが、一度、コンピューターとかスマホ、TVなどのあらゆる情報ツールから、完全に解放されてみたい。壮大な開放感に包まれたい、というのが本音だが、せいぜい、ゴルフに行く程度だろう。しかも、ゴルフに行っても、下手だから開放感を味わうどころか、ストレスをためて来るような気がしてならない。予定日は二ヶ月以上先だが、その間に、夏に集まる会の段取りやら、WINDOWS10への更新をしなければ。暑い日が続く中、寝苦しくて頭を悩ませている。カラリとした暑さなら問題は無いのだが。何はともあれ、九年目突入の節目の日。気合が入る。

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ばあちゃんの一周忌

 昨日は体調不良で寝っぱなしだったが、幾分回復したように思われる。というよりも、今日は父方のばあちゃんの命日(一周忌)なので、無理矢理体調を整えた次第。お供えをし、経を上げ、一時間位のお経のCDを流しながら、線香を絶やさぬように気を付け、冥福を祈る日なのだ。冥福を祈ると言っても、CDが流れている間は、ばあちゃんの思い出話をする。また墓参りにも行きたい所だが、予定は立っていない。あそこの墓を訪れると、必ず何かが起こるのだ。昨秋に参った所、いきなりカーナビがぶっ壊れた。カーナビの無い旅というのもいいものだが、市街地では相当に運転しづらい。地図のソフトは数年前に新しい物に替えたが、第二東名を走っていると、ナビに情報は無かった。その他、新しく出来た高速などのデータも不充分である。まあ、日本の道は一本に繋がっているから、臨機応変に対応すればいいだけのことだ。さてはともかく、明日を万全の体調で迎えられなければ、亡き祖母を心配させてしまう。針仕事で家計を助けながらも、旦那(じいちゃん)の顔を立てることも忘れなかった。コーヒーが好きなので、入れてあげると、ものすごく喜んでくれた。台所にポットはないのか聞いてみても、らしきものは全部壊れていた。魔法瓶があったので、お湯を沸かして注ぎ入れて、コーヒーとミルクと砂糖をお盆に載せて持っていってあげた。ばあちゃんは、朝のお勤めが終わると整形外科に、昼のお勤めが終わると新聞を読んでいた。もちろん夜のお勤めも欠かさない。信心深い人だった。ばあちゃんと仏壇で拝んでいると、「家は浄土真宗東本願寺大谷派なんやで」と語り、線香を三本に折ってから火を点ける独特の作法を伝授してくれた。三つに折ることの意味も本で読んだことがあるが、忘れてしまった。我が家では、親父の葬式以来、忘れて線香が途絶えたことがない。人が亡くなるとは、そういうことなのだ。

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体調が優れぬ・・・

 このところの寒暖の激しさにやられたのか、体調が優れぬ・・・思考力が皆無。寝るとするか。

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「いかんでええ」

 母がいじられるのがどうしても許されなかったので、私は、母に行くなと言った。疲れ果てて眠りに落ち、起床すると、母の姿があった。正直、驚いた。母は神戸に行くのを拒否したのである。腑に落ちない点があったので質問すると、夢で二回、「いかんでもええ」と親父に言われたそうだ。それで母は決意したのだ。私はと言うと、レトルトのカレーとカップラーメンで飢えを凌ごうと考えていた。せめてパスタぐらいは作れよな、というご指摘もあろうが、何分、疲れ果てていた。と同時に、これ以上母が傷つくことも無いなと安心した。親族は母の弟の叔父さんを除いて、みんな敵である。金銭感覚の狂った自己主張だらけの人間しかいない。その為に人を傷つけることなど容赦ない。嘘が本当になる。罰当たり者の集団だ。一周忌と言っても、ばあちゃん方の親戚は誰も来ない。生前にばあちゃんにひどい目を合わせた事を知っているからだ。そういう意味では、神戸のおばはんは誰からも認められていない。親父の姉貴に当たる叔母さんだって、自分の事ばっかりだ。もう、そういうのは抜きにして、慎しまやかにばあちゃんの成仏を祈りたい。お針仕事で一家を支えたばあちゃん。晩年は腰がひどかったらしい。そんな苦しみを十年以上背負ってきた。九十八まで生きたが幸せだったのだろうか?家で良ければ、いつでも面倒見てあげたのに。真にこの世は世知辛い。空しさと悔しさと怒りが胸の中で交錯する。悔しい。どこまでも悔しい。親父が、息子が、自分より先に逝っても、覚悟していた。頭の中にはどういう世界が拡がっていたのだろう。謹んでお見送りする。

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祖母の一周忌

 私は行くことに反対した。傷つくだけで、他は無駄だからだ。祖母の一周忌のことである。しかし母は、切符を取りに駅へと向かった。一日20回は、体調が悪いと言っている。こちらもめげるというものだ。確かに、体調が悪いのは解る、でも、何でそんな時に無理をするのか。ばあちゃんの命日は6月10日である。決して6月7日ではない。欲ボケした親戚どもが勝手にそう決めたのだ。四十九日も暑いからと、勝手に33日にした。信心深かったばあちゃんに対して失礼である。死者を悼むためでは無く、生存者が権利ばかりを主張する。こんな法要があるか。改めて言うが、私は、そんなものに参加するな、と言った。私の母は言い返さない人なのだ。強烈な皮肉や罵声を浴びて帰ってくるのが目に見えている。そして、不満を私にグチグチ言うのだ。これではやっていられない。得るものと言えばイヤミだけ。親戚としての縁は切れている。縁切りした相手に同調するほどのお人好しなんてあるものか。伊丹十三監督の『お葬式』はいい所に目をつけている。遺産相続の時に、その人間の本性が出るのだ。私は全ての祖父母を失ったが、リアルに人間模様を観てきた。すると、まともな親戚などいなかった。嫌気が差して、外に出て唾をはき出した。母は基本的に、遺産放棄してきた。姉弟仲の方が重要だと。しかし、そういう風に考える人間は少ない。自分の主張ばかりを通す人間の醜い顔しか浮かばない。そういう連中と母は合わないのだ。難癖つけられて、悲しむ母の顔を見たくないのだ。だから、行くな、と言った・・・よく考えてみると、祖母の一周忌がメインなのに、それをないがしろにしてしまっている自分に気付いた。仏壇で念仏でも唱えようか。賢いばあちゃんだったな・・・

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どうしているかなあ

 梅雨入りしていないにもかかわらず、降りしきる雨の音とともに目覚めた。最近は夕飯を食べると眠くなり、寝ている。昨日今日と蒸し暑さが無く、寝苦しいわけでもない。中途半端な格好をしていると、むしろ寒いぐらいだ。先程、日めくりカレンダーをめくったら、6月6日。芸事を習い始める日であると同時に、懐かしい友人の誕生日だ。大学一年の時のクラ友で、その後もつきあいが続いた。多分、彼の生涯の中で、私が一番の悪友だろう。彼は書道五段より上、小学校六年生にして公文で微積分を解き、歌は上手く、料理が得意で酒にも強い。ギャグセンスも抜群。何をやっても喰っていける。数理科で修士号を取り、その後は資格を取ろうとしていた。私も数学が好きだったので、TVなどで難しい概念が出てくると、よく教えを請うた。教えを請うといっても、例えばフェルマーの最終定理について、あの、国家の品格の藤原君の説明が解らないので聞いてみると、「大丈夫だよ、藤原君も解ってないから」などという感じである。資格を取るといっても、全然本気で勉強しない。多分、その資格の勉強が全く面白くなかったのであろう。全然関係の無い本ばかり読んでいた。しかし、30代のある年、一念発起して、どっぷり勉強する、という宣言があった。私は、しんどいときはいつでも連絡をくれ、と言って、それから電話を掛けないようになった。まさかそれが最後の電話になるとは思わなかったが、なってしまった。彼が資格を取ったのかどうかも知らない。なんとなくだが、彼は実家に帰っている気がする。そんな気がしてならない。今でも会いたい気持ちに変わりが無い、懐かしい友人である。

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打ちっ放し通いと腰痛

 いつになるか解らぬラウンドのために、昨日も貴重な晴れの日と、打ちっ放しに行ってきた。連絡から、のべ四回目。それまでずっと、7Iで芯をとらえる練習をしていたが、スプーンを取りだして練習し始めた。打つといっても、半分は素振り。ティーアップし過ぎてテンプラが上がった前回の反省を生かし、一番低いティーにした。打ってみると、いきなり180y近く。よっしゃよっしゃと喜んでいたが、腰痛が。前屈みの姿勢になると痛みがうずく古傷だ。これは無理が出来ないことは経験則から判っている。前回の疲労もとれぬままに、昨日は50球で切り上げた。スプーンは別名フェアウェイウッドとも言う。ロングホールなどで、2打目に一番使うクラブでもある。ティーアップして10球ほど打ったら、ティーアップせずに地べたでの練習を繰り返した。およそ150yくらいか。これまで何度も感じてきたことなのだが、クラブは力んで振ってはいけない。クラブの芯を捉えると、軽い力で面白いように飛んで行くのだ。野球のバットの芯と一緒である。コントロール重視で行くなら、スイングスピードを落とすのも一つの手段である。ところで、何故、今回、史上最高の飛距離が出たのかは解らない。面白くなくてもアイアンの練習を続けたからなのか。基本の大切さを身にしみて味わった。とわいえ、今までのラウンド前の調整では150球は打っていたのだが、腰痛に悩まされている。ドライバーが苦手なので練習したいが、一番腰に負担が掛かるという矛盾。今回、調子はいいのだが、腰痛がひどい。本当に行けるのだろうかと思いながら練習している。しかも、こないだのラウンドで、練習場というのは最高のコンディションだということを、大叩きして解った。できれば、もっと早く行ってバンカーの練習をしたいのだが、腰が許すかどうか。久々にカラリと晴れた早朝に思ったことであった。

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錦織効果

 昨日の今頃、テニスの全仏オープンで錦織選手が負けたのを引きずりながら寝に入った。blogを書こうとパソコンを立ち上げたときの情報では、続けざまに2セット落としている事を知り、厳しいな、と思って作業に入った。集中出来なくなるのでTVは点けず、文章を打ち終わった後で、ネットのニュースで確認したら、試合がまだ続いている。大慌てでパソコンを閉じ、TVを点けた。試合は第4セット中盤。錦織選手が押していた。これはまだ分からない、と思った私は夜型覚悟で観戦することに決める。セットカウントが2-2になった時点で、TVでは、錦織選手の第5セットの取得率が歴代選手の中で1位であるとのデータを流していた。試合の流れからいっても、錦織選手が有利。しかし、相手は格下とはいえ、地元フランスの選手で、錦織選手は完全にアウェーという雰囲気。しかも、相手選手はギャンブルに出た。しかも、それが当たる。第2ゲームをブレイクされた時点で暗雲が立ちこめ始めた。テニスはサービスゲームをブレイクされたら、ブレイクし返さないと負ける。試合の流れの中で相手選手に狂いが生じるのを期待して観ていたが、強気を貫き通していた。明らかに錦織選手が押されているな、という状況で、画面は師匠である、マイケル・チャンコーチを映したが、ポーカーフェイス。結果、相手選手の流れのまま、第5セットを落とし、セットカウント2-3で敗北。錦織選手の全仏は終わってしまった・・・このblogを書く前にフェイスブックをチェックすると、本拠地のフロリダに帰る際の錦織選手のコメントが載っていた。そこには、『あの試合の様な負け方はしてはいけない。次までに少し時間があるので調整して臨みたい』という様なコメントが載っていた。悔しかったのだろう。しかし、私としては久々にテニスの面白さを感じた。次が楽しみだ。

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パソコンをいじっていたら

 パソコンのセキュリティソフトをアップデートすべく自室でパソコンを立ち上げたら、画面の右下に何やら見慣れぬアイコンが。カーソルを合わせると、WINDOWS10へのバージョンアップの予約について書いてある。申し込もうかとも思ったが、セキュリティソフトやその他、様々なソフトがどうなるのか分からないのと、データを保存していないので、Q&Aなどを読みながら、しばらく様子を見た方がいいのかも知れないと判断。いつも通り画面に向かっていると、スマホが鳴った。ゴルフに誘ってくれた友人からである。普段はショートメールで会話を済ますのだが、久々に声を聞いた。打ちっ放しに行った話をすると、軽井沢は標高が高いので、飛距離が20yくらい伸び、クラブの番手が二つくらい変わると教えてくれた。これまで彼と店長と私の三人で楽しんできたのだが、まだ店長と折り合いがついていないらしい。もたもたしていると梅雨入りしてしまうので、もしかしたら、真夏を避けて、秋の開催になってしまうのかも知れない。私も腰の具合が今ひとつな事を打ち明けた。ゴルフ以外にも色んな話をしたが、最近の軽井沢に賑わいが戻った話や都心は気温が上がると夜も寝苦しいことなどを聞いた。私の住んでいる地域は都心ほどひどくは無いのだが、家の一階と二階で温度が異なる。当然、二階の方が蒸し暑い。今頃からエアコンをガンガンに効かす訳にもゆかぬので、夏布団を掛けて寝ていたら、昨日に引き続き、不快感で目が覚めた。睡眠時間は二時間。泣きたくなった。こんな状態が続いたら、間違いなく夏バテするだろう。何か軽く食べて、寝直すことにしようか。

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妙に寝苦しい

 おかしな夢を観たなと思って、目覚めたのは午前1時20分。妙に寝苦しく、二回程タオルで汗を拭った記憶がある。予定より40分早い目覚めだが、階下の居間に降りてきた。目覚めのタバコを吸いながら、なぜあんなに寝苦しく感じたのだろうかと考える。普段なら甚兵衛の上着を着る所だが、止めた。何故か体が熱い。夕飯のチャーシューメンにニンニクを入れすぎたからか、とぼんやりと考える。考えても仕方が無いので、パソコンを立ち上げる。メールチェックをし、Googleのニュースを読んでいると、WINDOWS10の情報が載っていたのでお気に入りに追加。フェイスブックにログインし、自分宛に来ているものをチェックしてから、友人を中心に全体をチェック。そしてblogへという一連の流れなのだが、書く事が決まっていなかったので、一旦パソコンを閉じて体と頭のストレッチ。blogの流れをイメージ。ぼんやりとしたものが出来たら、パソコンを起動。気が付くと、時計は午前3時前。脳は温まった一方で、足下の空気が冷たく、体全体が冷えてきたので、甚兵衛を羽織る。準備完了。この時点で頭にある事は、寝苦しさ、天気、予定、など。何故こんなに超朝型にしているのかというと、今日の晴れを逃すとしばらく天気が崩れそうだから。買い出しに行く予定なのだ。それにしても起床が早すぎるのは、ゴルフに誘われているので、早朝に打ちっ放しに行こうと考えているから。朝、運動して軽く汗をかき、帰宅後の風呂が何とも言えない。朝から運動すると、一日が引き締まる気がするし、何より、夜よく眠れる。現在、午前3時40分。家族は午前5時から行動を始める。少し寝ようか。

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異人館の住人

 うちの母は卑怯である。まず、自分が在って、他が付いてくる。特に私には、暗い過去も潰れている現在も、希望無き未来も、容赦なく喋る。付き合いきれないので、私は寝る。寝続ける。もう、やめてくれ、といってもまくし立てる・・・この人は病気なのだな。俺は計算違いで産まれたコイツの子供か!と思うと、私の心に暗黒がやってくる。物心つく前から私は上級生にいじめられていたそうだ。その話を聞くのも嫌だったので、寝た。起きたら思い詰めた顔で、「なるようにしかならない」と言う。確かに、最終的には、なるようにしかならないのだろうが、そこに至るまでの努力には思いがいってない。無謀。グチを聞いているうちに、自分にも嫌気が差し、台所から包丁を持って自室に行った。枕の上に置き、この包丁は俺の死、と考えながら向き合った。迷いでは無く、問答。すると、私には未だ甘い部分がある事が、心の中で浮き彫りになった。気付かされた・・・変わらないのか変わろうとしないのか、問題は母。いつも他人には愛想笑いをしている。家では別人だ。彼女の論理を聞いていると、論理になっていないことが解る。それでも言い張る。私のみに!!一日に二十回は、「しんどい」を聞かされる。私が、「家長がそれでは家の中の空気が暗くなる。親父はどんなに辛くても堂々としていただろ」と苦言を呈すると、文句を言いながら寝る・・・駄目だ、この家。遠い空を観ながら、将来を案ずる余裕も無い。潰れてしまえばいいのだ。

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