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2015年4月

新冠のユース  談話室での一時

 二度目の北海道の旅は、丁度、ディープインパクトが活躍していた頃だ。新冠のユースで一緒になった二人と、最初はその話で盛り上がっていたが、今までの馬で一番好きな馬は何か、ということに話題が転じた。私は引退レースを観に行ったトウカイテイオー、口数の少ない若い男はサクラローレル、京都の女の子はステイゴールド。特に京都の子は、その日一日中、種牡馬になったステイゴールドを観ていたそうだ。名前の由来はスティービー・ワンダーの曲から。好きが高じて、地元では馬術を習い始めたとか。翌日、レンタカーで新千歳から帰るとのことだった。若い男は寡黙だったが、バイクで暫く北海道を回るとのこと。北海道の道は気が付いたらスピードが出すぎてしまう、という話が出たので、一度目に北海道を旅した時に伝授された、北海道の道の走り方を教えてあげた。町中など、速度を落とす所は絶対に落とす等。ユースの談話室で感心したのは、三人の好きな馬のビデオが全部揃っていたこと。誰とも無く、サイレンススズカのビデオを観ながら三人で話していた。間もなく夕飯の時間となり、鹿肉のシチューがメインの食事をそれぞれ頂いた。鹿の肉を食すのは初めてであったがクセが無く、案外淡泊な風味だった。食事を終え、二人とも部屋に戻ろうとするので、希望者だけの馬の座談会がある旨を教えてあげると、二人とも参加。若いユースのオーナーさんが「それでは9:00にここに集まって下さい」とおっしゃて下さった。一旦部屋に戻ったが、その頃あまり競馬をやっていなかった私はどんなことを教えてもらおうか迷ったが、時間になったので談話室に行き、まもなくオーナーさんを囲んでの夜の座談会が始まった。

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新冠のユース  馬好きの極楽

 こうも暑いと衣替えである。気象情報を見てみると東北・北海道も暑そうだ。そこで私が思うのは、熱さ慣れしていない方々は大変だろうな、と同時に、夏の北海道まで暑かったらお馬ちゃんたちも大変だろうな、の二点。馬産地と言えば、苫小牧から襟裳岬に向かう牧場ロードだ。その中に、新冠(にいかっぷ)という町がある。以前、北海道を旅したときに、新冠のユースにお世話になった。土地柄からか、さすがにサラブレッド一色という様なユースである。入ってチェックインを済ませ、正面の壁を観ると著名馬のゼッケンが貼られている。ユースの方に、本物ですか?と聞いたら、さすがにそれはなかった。部屋に行き、荷物を置き、ベッドを整えると、談話室みたいな所に赴く。競馬関係の雑誌や漫画、ビデオの多さに驚いた。ユースで揃えたのかと思いきや、全国の競馬ファンが置いてゆくとのこと。その日の宿泊客は三名だが、私が一番乗りしてしまった様子。煙草を吸いに表に出ると、灰皿も蹄鉄と木で作られており、その徹底ぶりに嬉しくなった。しばらく懐かしい馬のビデオを観ていたら、若いオーナーさんと喋る時間があり、相当、詳しい方だと解った。ユースではよくある事だが、希望者だけで夜に座談会があるという。しかも、馬に関しての。これは貴重な情報を得るチャンスだと思っていたら、夕食の時間を教えて下さったので、余計なことに、「・・・馬ですか?」と聞くと、ファンが多いこともあり、「さすがにそれは出来ません。鹿肉のシチューですよ」と教えて下さった。ユースは早めに風呂に入るべしと思い、洗面具を持って、風呂に入り、寝巻き代わりの甚兵衛に着替え、談話室に戻ると、京都から来たという女の子と、多分関東から来た二十代後半ぐらいの若い男がいたので挨拶した。聞いてもいないのに、なぜ、二人の歳が解るかというと、好きな馬の名前を聞いて、年代が解ってしまうというからくりである。

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九九と係り結びと

 算数の九九を覚えたのは小学校一年の時である。それからというもの、いつも当たり前のように使っていたが、先日、八の段を暗唱していたら、8×6(ハチロク)・・・何だっけ?という事態を生じ、自分でも驚愕。語呂で覚えているようなものなので、それを忘れてしまったのだろうと認識。ハチロクといったら、懐かしい車だなあ、などと連想してしまった。駄目だ。記憶力には自信があったが、脆くも崩れ去った。その一方で、高校の古典で習った語呂合わせなどは使いもしないのに記憶に残っている。係り結びとは古典特有の文法で、『ぞ、なむ、な、や、か、こそ』と来ると、結び(語尾)が已然形になるという法則である。九九と異なり、こちらの方は頭に残っている。私の頭の中に残っている係り結びの一番いい例は、菅原道真の左遷の歌である、『東風吹かば 匂い起こせよ 梅の花 あるじ無くとて 春な忘れそ』であるが、『春な忘れそ』の部分が係り結びになっている。現代では、『春を忘るな』と表現する方も多いが、これだと何だか歌の気品に欠けると思うのが私の姿勢である。どうでもいいような風に受け留められがちな事だが、そういうこだわりも言葉を扱う上では案外大切なことだと考えている・・・さて、それよりも問題なのは九九だ。九九は81全てを覚えていた方がいいに決まっているが、逃げ道がある。8×6が出てこなかったら、6×8とひっくり返せば大方、答が出てくるのだ。しかし、これはやってはいけない禁じ手でもある。頭を柔らかくするトレーニングをしなければならない。数学とは関係ないが、父の生前は、新聞の囲碁将棋欄を頭の中で並べたり、三手詰めの詰め将棋をやったりしていたが、これが結構、頭を使うのだ。しかし、相手がいないのに、訓練するのは空しいものだ。何か自分で見付けなければならない。どうしようか・・・

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完璧主義でも構わない?

 私が高三まで教わった数学塾の恩師は四人ほどいる。誰も数学に関しては詳しく、私など足下にも及ばなかった。尊敬させられる恩師達であった。しかし、私が高三での教えを受けた先生は変わっていた。その塾は厳しくて、教育学部出身の講師は雇わず、数理科のみの講師で成り立っていた。何もかにもが厳しいので、辞めさせられる講師や一日で辞めていく生徒も多かった。そんな中、その先生は違っていたのである。いろいろと復習みたいに教えられる中で、私は退屈していた。そんな中、その講師から、「私は完璧主義でも構わないと思っている」という言葉を聞いた時、私の心の中では、その人はただのおっさんになった。『完璧主義者』を相手にするのも厄介なものだと感じてはいたが、特に数学を専行した人にはその傾向が強い。その人の人生観を否定するつもりは無いが、押しつけられてはかなわない。その人は現実的で、極端に神経質だった。この塾には、他にもいい先生がいるのになあ、と思ってももはや高三。文句の言えない立場である。それに、私にはその人を論理的に説得する程の経験も無かった・・・あれから二十年以上経つが、私はアンチ完璧主義者として生き残っている。わめきたくもなる。叫んだって、誰の耳にも入らない。私は失敗ばかりをしてきた。傷だらけで泥まみれの魂。そんなところのどこに完璧さがあるのか不思議でならない。私のテツガクでは、人間、傷ついて傷ついて、泥まみれになり、それでも傷ついて、成長してゆくものだと思う。人間に、完璧な人生などないのだから・・・

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通常型携帯が無くなる?  その2

 ある番組でやっていた企画なのだが、今の時代、スマホと距離を作るために、あえてお金を払ってまで参加するツアーが様々あるという。個人差こそあれど、スマホ中毒になっている人向けだそうだ。番組では、熱海で一泊二日のツアーをやっていた。旅館に着き、スマホを預け、様々な試みをやっていたが、みんな落ち着いていない。翌日のミッションは『海にゆけ』だった。そこで放映された映像は、無残。熱海なんか下ってゆけば、誰でも海に着くと思っていたら、登り出す奴がいる。なんとか、「海はどっちですか?」と地元の人に質問した輩は、怪訝ながらも歩く。また間違える。私だったら、ペットボトルの水を少しだけ地面にこぼし、その流れる方向で海に向かう。それぐらいのサバイバル常識は身についている。番組に参加していたひ弱なメンバーは、普段スマホをいじっているので、コミュニケーション能力も無い。思い切って、海への道を聞いたら、親切にも連れて行ってくれるという段取り。やがて海へ行く目安がついた参加者はカメラの前で、独り大はしゃぎ。案内してくれたおばさんに、『ありがとうございました』の一言も無い。自分だけが喜び、おばさんは不機嫌な顔をしながら去って行った・・・なんて自己中心的なのだろうかと、暫く悩んだ。スマホの上では思い通りになっても、それはバーチャルな世界。リアルな現実と向き合う事が出来ない。これは欠陥品だなと眺める始末。はっきり言って、私は今のケータイからスマホに代えたくはない。それでも、ケータイは無くなる。どうしようか悩んでいるのが現状である。スマホは麻薬と変わりないのだ。

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通常型携帯が無くなる?  その1

 スマホの世の中になって久しい。しかし、私は、昔ながらの携帯を使っている。これには理由があって、今の携帯電話を買い換えた頃にスマホが出だしたこと、電話とショートメールとたまにのiモードにしか使わないからであった。料金も安いし、別に不便もしない。スマホはモデルチェンジも激しく、金が掛かりすぎると考えているのだ。二年前か、友達二人と赤提灯で飲んだとき、一人が、「今の時代、世の中の99.9%はスマホを使っている。お前は貴重な0.1%だ」と言われたとき、おそらく私はけなされているだろう事を悟った。たかが携帯電話ごときで馬鹿にされてはたまらない、と思ったが、代える気は無かった。後に、その時、一緒に飲んでいたもう一人の友人と二人きりで会った際、無理にスマホにする必要は無いことを暗示された。よっぽどのことが無い限り、安心してこれまでの通常型携帯を使うことを決意・・・私は昨日の新聞で知ったのだが、私が使っている携帯が『ガラケー』と呼ばれていることを知った。また、その『ガラケー』が二年後には無くなることも。なぜ『ガラケー』と呼ばれているかというと、ガラパゴス諸島にしか無い様な携帯だからだとか・・・馬鹿にするのも大概にしろと言いたい。スマホがスマートなことは認める。しかし、肝心な操作する方のおつむの中は空っぽなのでは無いか?信州大学の学長が、「スマホ止めますか?信大辞めますか?本を読みなさい」と今年の入学式で語ったばかりなのだが、なんともいたたまれぬ。まあ、スマホで遊んでいる方ばかりでは無いだろうので、明日、特例を挙げる。

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七分咲きの藤の花

 昨日は恒例の買い出しの日であったが、先週、お袋に借金をしたので、まずは手数料の掛からないATMに。いつもなら、そこから少し引き返して近道を使うのであるが、今日はワザと遠回りをさせられた。たまにはいいかと、いつもと違う景色が観られたが、倍の時間を消費。お袋の思考回路では、桜の季節が終わると藤の花の季節になるのだ。故父のがんとの闘病生活の八年間のうち五回ほど二人で近所まで車で出向いて眺めていた思い出の場所があるのだ。両親の思い出に、私は割って入らないし、頼まれればそこに行くだけである。思い出の場所といっても、藤の花は道路沿いの斜面に咲いているから、ゆっくり通るだけなので、ほんの一瞬のことなのであるが。ここを通るためには回り道しなければならない。いざ通ってみると七分咲き。しかも、大分、雑草が生えてしまっており、左の斜面なのに運転席からの方がよく見えるという按配。それでも母は喜んでいた。そのポイントを過ぎると、後は、景色を観て、過去の自分の頭の中の地図を描き直す作業を私はしていた。近場でナビなど観ない。巨大激安スーパーに着くと、私は腹具合が悪くなり、ピットイン。その間に母は半分買い物を済ませていた。今回から食料品の一回あたりの上限額を決めた母は早い。今回、ほとんど買う物の無い事を知った私は、帰りの車中、なんだかトイレに行くためにだけに運転してきた気分だったが、これはドライブなんだと割り切り、帰宅。室内着に着替えてくつろいでいると、母が、「今度は外房のポピー」などと言うので、ズッこけそうになったのは言うまでもない。

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ゴルフのレッスン番組について

 これまで、色々とゴルフのレッスン番組を観てきたが、面白いものやテクニカルなものが中心だった。一番いいのは両方が合わさったものなのだが、なかなかそういう番組はない。ラウンドしてみて、後から観てみて、納得することも多いのだが、同じプロでも、いろんなタイプがいるから、グリップの握り方一つ取っても異なる場合には困る。基本が定まらないと、当然、応用へは行けない。こないだ観たものは、ドライバーの飛距離を伸ばすためのものだったが、確かにマスターすればドライバーの飛距離は伸びるだろうが、コントロールがつかなくなりそうなものだった。実際に、番組で、そのプロが本気で打ったら、Par4でグリーン越えするぐらい距離が出ているのであるが、コントロールがついておらず、これは実践的ではないと感じた。しかし、素人が飛距離を伸ばしたければ、真似してみるのもいいかも知れない。また、他のレッスン番組では、元プロ野球選手が出ていたが、ゲストとしては運動神経が良すぎて、プロも本気になる事が多く、レベルが高くなりすぎるケースも多い。基本が終わったら応用を飛ばして一気に発展に移ってしまうパターンだ。これは面白いのだが、実践的ではない。最後に、昨日観たレッスン番組は、今迄で最低だった。ゲストが局アナなのか、一番打っていて、しかも、無茶苦茶なスイング。女子アナだけにプロもきつくは言わない。観ていて馬鹿々々しくなり、途中で消した・・・結局、レッスン番組では、基本的なことは、自分で気が付いて、吸収してゆくものなのだなと悟った。後は練習あるのみである。温かくなってきたし、暑くなる前に少し通ってみようか。

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変声期と成長期

 こないだのTVの『のど自慢』を観ていて、中学生で民謡を歌った、赤いほっぺをした男の子がチャンピオンになった。無論、まだ変声期を迎えていない・・・もし、この子が変声期を迎え、高いキーが出なくなったら悩むだろうな、と少し憂慮した。一般的でないので、本当か嘘かは知らないが、大学時代の海外からの研究生と話をした時、マイケルジャクソンは喉の手術もしている、と語っていた。私も否定はしなかった。変声期で声が低くなって悩むパターンは珍しいけれど、私は逆に変声期と成長期が遅すぎて嫌な思いをしたが、今ではいい思い出だ。変声期は実際にいつ頃だったのかは記憶にないが、成長期が高一の夏休みと極めて遅かったので、多分その頃だろう。実際に中学の卒アルには赤いほっぺの写真が残っている。その代わり、高一の夏休み明けには、一気に3cmくらい背が伸びたので、友人に、靴に細工してねえか?などとからかわれた。リンゴみたいだったほっぺたも、気が付いたら赤みが消えていた。精神面で何か変わった事があったかと記憶を手繰っても、とりわけない。強いて挙げれば、周りの観る目が変わった事ぐらいか・・・それから数十年が経ち、坊主頭に多少、白髪が交じるようになった。それにも、もう、慣れたが、『光陰矢の如し』とは、恐ろしい。二十代の頃に、生きる意味:知ることを識るため、と記したが、別の友人は、生きる意味:死に場所を探すため、と返してきた。どちらが正解かは解らないし、多分正解など無いのであろうが、歳と共に後者も認めている自分がいることに気が付く昨今である。

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軽めの胃痛復活

 復活しなくてもいいものに限って復活する。昨年の暮れの胃痛が軽めに復活した。暮れの検査では胃カメラまで飲んだのに、原因不明。昨日は、休肝日だったので、お酒ではない。謎が深まる。以前、処方して頂いた薬があったので、飲んではみたが効かない。前回は四日ぐらいで治ったので、今回も数日で治るだろうと期待しているが、一番痛んだときには脂汗が出た。夕食を採って暫く横になっていたら、大分痛みが引いた。暮れの検査で、消化器系統は全く異常なかったので、それ程心配していないが不愉快ではある。よっぽど集中出来ること以外、ジクジク来る痛みが気になってストレスがたまる。そのストレスでまた痛みが増すという悪循環。パスカルは歯の痛みをごまかすために、数学の研究をしたらしいが、私には真似のできない戦法だ。しかし、痛みのことを気にすると、余計に痛みが増す傾向にあるので、他の事をやった方がいいということは判る。一番いいのは寝てしまうことなのだが、blogを打つと興奮して寝付きが悪くなる。そういう時は軽くお酒を入れるのだが、今晩それをやったら逆効果になるリスクが高い。部屋を真っ暗にして、ベッドの上で魚になるしかないのであろうか・・・考え過ぎまい。物事の先読みをしても、ほとんどの場合、思い通りの結果にはならないものだ。ボケーーっとしておくことに決めた。とりあえず、録画しておいた番組でも観て、のんびりしよう。などと考えているうちに、瞼が重くなってきた。

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処世術

 世の大概の家庭では、子供の自慢をするものらしい。しかし、適当に流すのが一番いい方法である。私の母は、ある時、かつての私の友達に、どこの高校に行ったのか聞いて、彼にみじめな思いをさせてしまった事から、聞くことはしなくなったそうだ。元々、自分からいう人では無いのだ。しかし、その一件以降、反省したらしい。言いたそうな人のことは、黙って聴いていたそうだ。時には、いきなり、息子が宅浪で早稲田に入った事への周囲からの嫌みの数々を聴かされたりもしたそうだ。訳の解らないおばちゃんにである。こうなると、もう、迷惑だ。私にも対処の仕様が無い。ただただ、「ああそうですか」と頷くしかない。そもそも、日本の大学というものは、入ってみても努力しなければ価値がない。私の通っていた大学でも、半数以上が入学式と共に、頭打ちになった。試験前にはクラスのみんなでお勉強している姿が不思議でならなかった。正直、大学時代は遊びもしたが、決められたことをきちんとこなさなければならない時でもあった。専門に入ってからはこの傾向が強くなる。こんな環境の中でも究極の遊び人というのはいて、答案を写させろという輩もいた。遊び人仲間なので、黙って写させてやったが、その科目は、全て『B』だった。今でも思うが、そういう連中は、大学で何を学んだのか解っていないと思う。私だって、短期間でこなしたのだ・・・まあいい。とうに過ぎ去りし、赤方偏位した過去の光のかけらだ。その物体は今やもう無い。学歴で人生が決まるのなら、人生は余りに易しい。

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リストラする方の辛さ

 親父がバリバリに仕事をしていた頃、世間の景気は先も見えず、どん底だった。管理職であった親父の元に、ヒラヒラとリストラリストが舞い降りたそうだ。人事から観てのリストに、親父は素直でなかった。リストラされると食うに食われぬ二人程を何とかしようと思ったらしい。二人をリストラのリストから外したそうだ。それからというもの、人事に隙を見せないように、二人に、仕事のやり方について細かく指示せざるを得なかった。これをこうやって、ああやって、こうせい、が暫く続く。自分の仕事も大変な中、二人のことを気にしていたらしい。実力の無い者が実力のないままに子会社に飛ばされるのが当時のリストラだった。私は、親父が会社を辞めてから、一度聞いたことがある、「リストラって辛くないの?」と。親父は私の前では、強がって、「リストラされたから頑張ろうっていう人もおるんやぞ」と言ってはいたが、する方も、される方も辛いに決まっている。私は黙っていた。そうこうしているうちに、親父の体を病魔が襲った。がんである。転移していなければ、復職も考えていた父だったが、悪いことに転移していた。三度の手術に耐え、体力の限界を感じ、親父は辞表を出した。退職の日、送別会があったそうだが、リストラ逃れをさせてあげた二人のうちの一人は解っていたらしく黙っていたそうだが、もう一人が親父がコキ使うという話題で荒れたそうだ。親父は我慢したそうだが、私だったら、「お前なんかどこに行っても通用しない」位のことは言うな、と思った。状況次第だが。親父の退職の日、私はピンク色のシャンパンと花束を買いに行った。花束を渡す役目はお袋に譲った・・・あれから、もう、十年以上。人一倍、寂しがり屋な親父の為に毎晩将棋を指しながら時事問題を語った。将棋も語りも熱くなってきた頃にさりげなく勝負手を指すという按配だった。親父から吸収できることは全部しておこうと思い、色んな話を聞いた。死ぬまで退屈させたくなかった。弱い親父は観たくは無かったし、親父が存命中からこのblogは続いている。弱い自分を見せたくなかったのだ。質が落ちたと御不満の方もあろうが、勘弁して欲しい。普通の一人の人間のキャパシティーを超えているのだ。

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ゆっくりと考える

 明日書く事を今日一日ゆっくりと考える。

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食い合わせ

 墓参りと給油とを済ませ、買い出しに向かった昨日、どうしても手数料を取られないATMに出会えなかったので、来週までに返す約束で母から借金。ハンドルを持つ手が重い。国産の牛肉が安く買えるスーパーなので、別行動の際、母にその旨を依頼。私が買い物を終えると巨大スーパーなので、店内で携帯連絡。しばらく待つときには、お酒コーナーに足が向くのだが、借金状態なのでスルー。ただ、350mlのスーパードライを二缶買う儀式だけは避けられなかった。一缶158円なので、激安と言ってもいい。二缶買うのは、私と弟の分。しかし休肝日なので、私はその日に飲まない。その日の夕飯はステーキだったが、弟の帰りが遅い。帰ってきたのは夜の九時過ぎだった。食べながらいろんな話が出たが、弟が、「ビールに肉にごはん、これ最高だよな」と言うので、「俺は一度もビールとごはんを一緒に食べたことないぞ」と私がコメント。「何で?」と聞いてくるので、「ビールは辛口が旨いのに、ごはんは噛んだら甘いだろ。食い合わせが悪い」と応えたら、「そうかなあ」との返事から、焼き肉の食べ方について、激論となった。結局、ビールの大ジョッキと上カルビの組み合わせが一番いい、という点で互いに妥協。それからは、プロレスブームの時、モンゴリアンチョップを武器にしていたキラーカーンは本当にモンゴル人なのか?とか引退前のラッシャー木村のマイクパフォーマンスの話など、どうでもいい話をしていた。弟は飲んでいたので、赤い顔をしながら、リラックスできた様子。0:00を廻ったし、私もビールを飲んで寝るとするか。

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早寝するか

 毎週月曜日は買い出しの日であったが、雨が強いので今週は見送った。今日にでも買い出しに行こうと思ってはいるのだが、父の月命日も絡んでいるので、墓参りに行った後、買い出しに行くことになる。この場合、時間が読めないのだ。しかも、今日は銀行によらねば金が無い。しかも、弟の部下が会社を辞めて、その分一時間早く出ている。午前四時半には我が家は家族皆、起きているのだ。カオスである。朝食の時間に、弟と短い会話をする。チャラいTVを観ながら、スポーツ欄になったら、「お前、長年の中日ファン辞めてベイスターズファンになるって言ってたじゃあねえか」と私が言っても弟は、「ケースバイケース」と軽い。何はともあれ、明日の予定は、点と線の結びつけようによって大きく変わる。出来れば一筆書きで行きたい。って、ガソリンスタンドにも寄らなければならないことを思い出した。点が増えた。問題は線をどう描くか・・・イメージが湧かない。単純に考えると、J-WAVEの11:30に始まる、ビート・プラネットを基準にすれば良いのだ。あのDJの放送を聞くために行くと思えばいいのだ。すると、11:30に墓参りを終えればいいことになる。これ以上解りやすいことはない。しかしながら、私の性格上(親父からの遺伝)、間違いなく、それよりも早く出てしまう。せっかちなのだ。ガソリン価格も僅かだが下がったと聞く。点と線と言ったはいいものの、現在、その糸はこんがらがっている。墓参り→GS→スーパーというのが一番危なげないルート。しかし、こうしてしまうと、ATMで手数料の100円を取られてしまう。たかが100円されど100円。点と線のトレードオフに引っかかってしまった気分だ。

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ナメた大きな数

 中途半端な義理で両親のために塾に行くことになった。小学校四年生の時のことだ。まず、入塾テストを受けさせられる。国語の時間に試験監督だったおっさんは、「一切の質問は受け付けない」と言った。しかし、どうしようもない事が起こった。漢字の読み書きについての問題で、プリントミスにより、漢字が見えなかったのだ。当然、私は手を挙げる。「読めないんじゃあなくて、見えないんですけれど」と。慌てて黒板に筆写していた。この塾、大丈夫なのか?と私が疑ったことは言うまでもない。入ってからも下のクラスに入れられ、算数の時間に教師を待っていたら、見知らぬ講師が竹刀を振りながら入ってきて、「駄目な大人の真似をしたらいかんぞ」と通り過ぎる。『お前が一番駄目な大人なんじゃあねえか?』という疑念が湧く。遅れてやって来た算数の講師が、「大きな数って、こんなものかなあ?」と『2』という数字を黒板にでかでかと書く。『救いようがねえ』と思った私は、頬杖で遊びながら聞いていた。ガキだと思ってなめていやがると思ったからだ。すると、しばらくして、私に、「頬杖はやめろ」と本気で怒ってきたので、そいつの本性が現れたと思ったらビンタ。ナメた授業しかしないので、やる気も失せる。そんな時、千人規模の実力テストが行われた。私は全体の21位。その校舎では5位だった。すると、大人というものはずるいもので、速攻で私を上のクラスに入れた。何か納得のいかないまま通ったが、一年で辞め、別の塾にした。私はこの時、大人の建前と裏側を知った気がして嫌な気がした。代わって入った塾はもっと競争主義だったが・・・

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時間調整の方法

 以前、熱海にゴルフに行った際、私は午前二時起きぐらいだった。そうして、午前五時には電車に揺られていた。友人二人よりかなり早く着いたが、二人とも午前三時起きとのこと。会員権を持っている友人の方はよく寝て来た様子だったが、草加の『Katsu』の店長は、前日、店があったので二時間位しか寝ていないとのことだった。ラウンドしている最中に、店長の寝不足を少し心配したが、あるホールで二回ほどきわどい空振りをした時に、スコアにちゃんとそれを入れていて、感心していたら、「だって、ゴルフって紳士のスポーツだろ」などと言って笑わせてくれたので、寝不足でしんどいだろうけれど大丈夫だな、と安心。ラウンドが終わった後に、クラブハウスのレストランでくつろいでいる時に、会員権を持っている友人と私はビールを飲んでいたが、店長は、「今、アルコールを入れるとオチちまうから」と言って、ソフトドリンクで済ませていた。確かに、飲み会でも毎回オチている・・・ふと、私が二人に、「急激な時間調整をする場合、若い頃は寝るのを我慢して調整していたけれど、最近は、寝て時間調整するようになったなあ」と話したら、二人とも、基本的には同意してくれた。思えば、試験の日程が厳しかったり、徹マンの後など、寝ないで調整することがザラだった。かつては三人とも優等生タイプではありえず、一夜漬けが得意な部類だった・・・昨日、不覚にも12時間寝てしまったので、私としては、このblogを打ち終わった後、休肝日開けの少々のお酒を飲んで、朝まで寝ていた方がいい時間調整になるだろう。

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アテ馬と神様とライアンと

 私は馬刺しを食べない。何故ならば、負け馬の肉だからだ。バブル期には年間一万頭のサラブレッドがいたが、牡馬のほとんど全ては馬刺しになる。残るのは、強い馬の遺伝子だけのサラブレッド社会に於いて、種牡馬となるのは人気馬か強い馬だけである。その代わり、一度種牡馬になれば、牧場でも好待遇されるのだ。以前、私が読んだ本によると、種付けの際、本命馬と異なり、牝馬をその気にさせるため、アテ馬という牡馬がおり、いざとなったら、本命馬とすり替えるという話が載っていた。このため、アテ馬はノイローゼになるそうな、とも書いてあった。半分本当で半分嘘な印象を持ったのは言うまでもない。まあいい。競馬に於いては、みんな強い馬を好きな馬とする。強い馬には共通して、過去の馬たちの面影が残る。私が府中に行ったとき、メジロブライトが勝った。その時、脳裏をよぎったのは親父であるメジロライアンのダービー二着の時のイメージだった。メジロライアンと言えば、神様、大川慶次郎が愛した馬でもある。オグリの引退レースで、神様がTVの生放送で、「ライアン!!ライアン!!」と叫んだのは有名な話だ。しかし、その理由を知るものは少ないと思う。神様は、当時、某競馬新聞のメインであった。ある日その新聞を読んでいると、神様が新馬戦の頃からメジロライアンに惚れ込んでいたのである。ライアンは期待通りの道を進む。神様は、さぞかし幸せであっただろう。しかし、なかなかライアンはGⅠを勝てない。最後にようやく勝って、種牡馬となる。数年後、神様が寿司屋で倒れて死んだと聞いた。大往生である。神様はシンボリルドルフが最強だと言っていたが、ディープインパクトについてどう思ったのかを聞きたい所である。

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ジクジクと

 前回は半分寝ぼけて馬の話を書いたが、真剣に書くのはまたにする。それよりも、書き終わり、一服した後で、寝室に行こうとしたら、右足に違和感を感じた。何だ?と思って観てみると、右足の薬指の爪にコタツの糸が掛かっている。咄嗟に、足を振るわせてみたが、取れそうにない。座り直し、観察してみると、輪っか状の細い糸が食い込んでいる・・・ここで私は迷った。手段1:糸をライターで焼き切る。しかしこれはコタツ故に、リスクが高い。手段2:爪切りで対処する。そうだ、これだと思って、詰め切りの棚を開けようとしたら、素早く糸が、私の爪をカットし、荒削りになった。当然痛い。一瞬だったので痛みよりも熱さを感じたが。激痛ではないので放って置いたら、血が滲み出し、初めて事の重大性に気付く。バンドエイドを探したが、あり場所が判らん。困った。全てが揃っていれば、ティッシュにイソジンを浸し、ガチガチに固定するのだが、深夜に一人では不可能だった。我が家には薬棚と薬箱と救急セットが混在しており、しかも、七年前に他界した親父の薬まで取っている・・・あきらめた。風呂場に行き、指を清潔にしておくしかなかった。深爪などで一番恐い病気はひょう疽である。医者に爪をバリバリとやられるあれだ。私はなった事は無いが、故親父はなったと言っていた。もう一度休憩し、薬剤を探す。そうしているうちに、朝になり、お袋が起きてきたので、治療することができた。とりあえず、これを打ち終わったら、もう一度傷口を洗って、やり直す。この場合、マキロンよりもイソジンの方が効く。というより、現代では、ひょう疽になりかけの時に素早く医者に行ったら、いい抗生物質がある。様子を見ながら、これから傷口を伺おう。何はともあれ、ナイロン糸をあんなにシャープに感じた事は無い・・・待ち時間・・・イソジンを塗る。しみる。治れ。

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スターホースは幕引きが難しい

 競馬で年に何頭かは強い馬が出てくる。しかし、本当にファンから愛されるスターホースは十年に一頭ぐらいの頻度でしか出てこないのではないか。TVが普及し、最初にスターホースとなったのは、ハイセイコーだろう。地方馬なのに中央に挑み、無敗で日本ダービーを迎えたまでは良かった。ダービーで競馬のことを何も知らないおばちゃんが、ハイセイコーの単勝に当時で百万張ったというのだから恐ろしい。結果はタケホープが勝ち、ハイセイコーは三着。鞍上の増沢騎手は美声の持ち主だったので、JRAは『さらばハイセイコー』という曲まで作ってしまう位だから、その人気ぶりが伺える。とにかく、スターホースが落ち目になった時の幕の引き方というのはJRAにとって難しいのだ。ハイセイコーの次は、私はシンボリルドルフだと思う。二着一回で他は全勝という成績が素晴らしすぎた。引退レースの有馬記念も勝ち、惜しまれつつも、海外挑戦という名目で幕引きとなった。ルドルフの次は、言わずと知れたオグリキャップ。その強さに衰えが出だしたのは、引退の歳の宝塚記念あたりから。勝てなくなり、引退レースの有馬記念では、オグリの単勝が5倍もついた。ここでの鞍上は天才武豊。最後の直線、馬なりでオグリが勝ったが怪しいレースだった。その他にもトウカイテイオー、ナリタブライアン、テイエムオペラオー、ディープインパクトに至るまで、衰えを隠せなかったり、ハッピーエンドにするというのがJRAのスターホースの幕引きの仕方となった。なぜならば、JRAが一番やってはいけない事とは、ファンをしらけさせてしまうことだからなのだ。馬券を売ってなんぼのJRAとしては、常にファンに夢を観てもらわなければならない宿命下にあるのだ。

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洗濯機がぶっ壊れ

 朝食を済ませ、撮っておいた朝の連ドラを観ていると、洗濯中のお袋がやって来て、「洗濯機がぶっ壊れた」との知らせ。様子を見に行こうと思ったが、中に洗濯中の衣類が入っているのでいじられないとのこと。症状を聞くと、「脱水中に水が出たりして止まらない」とのことで、「新しい洗濯機を買いに行かなきゃ」と短絡的なので、「とりあえず落ち着いて、買ったときに付いてきたマニュアルを見てごらん。買うのはそれからでいい」と話し、その間、私はコンセントや水道、排水溝など基本的な所をチェック・・・異常なし。脱水中に水が出るという症状はマニュアルにもなく、七年弱で故障か、と診断。長持ちさせるために乾燥機は使ったことがないのになあ・・・「また金が掛かる」とぼやく。手頃な物ならAMAZONで済ますのだが、洗濯機はそうはいかない。寸法もあるので、仕方なく、車で家電量販店へ。手頃な品物が見付かったが、人気商品なのか、納品に二週間ぐらい先まで掛かる旨が書いてある。そんな物を買ったら着る服がなくなる。仕切り直して探していたら、これまた丁度いい品物が見付かる。しかも、即日発送。店員を呼び、購入・配送手続きをしたら、8000P貯まったので、母は食品売り場へ、私はシェバーの替え刃をポイントで購入。駐車場出口のフロアで待ち合わせ、出庫。ふと母が気付いてはならないことに気付く。「今日の夜来るって事は、車を車庫から出しておかなきゃ」と・・・ユウウツモードで家路へ。母を降ろし、やむなく近所の公園に車を駐める・・・あれから12時間、3時間ほど寝て目覚め、午後9:30に車庫入れ。現在も洗濯機は動いている。

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花粉症の友人とパエリアと

 雪降る二月にゴルフをラウンドした友人二人がフェイスブック(以下FB)に登場していたので書いてみる。そもそも、なぜ雪降る中のゴルフのラウンドになったかというと、会員権を持つ友人が強烈な花粉症なのである。花粉が飛ぶ前にということで二月だったのだ。その友人は山とチェーンソーを買い、杉の木などを伐採して気分転換とうさ晴らしをしていた。同じ事をやっている方も多いようで、ネットにそういうニュースが載っていたことをシェアしていた。私は、「ミカンの皮とヨーグルトの成分で花粉症に効く研究をしているらしいぞ」とコメントを書いたが、彼は伐採運動を起こしたいらしかった。花粉症になったことがないので、よくは解らないが、ひどい場合は黄砂でも反応するらしい。黄砂について思うのは、最近は空が澄んでいないという事だ。黄砂だけでなく大気汚染や温暖化による空気中の水蒸気量の増加なども考えられるが、我々の住んでいる緯度帯は北緯も南緯も砂漠化が激しいのだ。北京など後100年もしたら砂漠化するのではないか・・・まあいい。パエリアの話は、FBで友達ではないのだが、同じグループに属している友人の一枚のパエリアの写真による。これまた、二月に一緒にラウンドした草加の『Katsu』の店長が、一目見て、「美味しそうなパエリアだな。エビとイカスミのソースか」と書いていたので、当たっているのか注目していたら、見事にビンゴだったので感心。さすがだなと思うと同時に、私には無理だが、きっと店長の中では味までも想像できたのだろうと思った。家のお袋は、中華街の味は真似できても店長の味は真似できないと言ったことがある。

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嬉しいと慶ぶ

 女へんに喜ぶで嬉しい。どうせなら、女を慶ばせてみたい。

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ブービーで迎える入学式

 甥に当たる弟の長男が、この春休みにいろいろな所に挨拶周りに行ったそうだ。高校受験の少し前までやっていた野球のリトルリーグや中学校、塾と様々な所に行ったらしいが、この春から通う高校の野球部の監督にも挨拶に行ったそうだ。甥は野球を続けたいというのが一番の志望動機であるから、当然といえば当然であろう。監督から、入学までに体重を2Kg増やしてこいと言われたそうであるが、今でさえドカベンを食べても体重が増えないのだから、どうするのかに注目。また、強いだろうと思って入った高校の野球部は小学生レベルらしく、がっかりしたとのこと・・・ある日、弟が暗い雰囲気で帰って来たので話を聞くと、志望校にはブービーで合格したらしい。甥の名誉のために付け加えておくと、志望校が決まったときには内申点が2点足りなかったのだ。多分これは、受験で10点~20点ぐらいのハンディになる。本番の試験も傾向が変わったらしく、友達みんなが難しいと言っていたそうだ。試験でも、平均点が高い場合に比べて低い場合の方が当然1点の重みが増す。そう考えると、甥もまんざら悪い成績ではなかったことになる。一緒に合格発表を観に行った友達四人組では二人すべったそうだ。喜ぶに喜べない空気・・・これがあるので、私は合格発表は必ず一人で観に行った。面倒な場合、郵送してもらった。何はともあれ、明日が入学式らしい。身内でささやかなお祝いの会をするそうである。

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目覚めの音楽

 久々に、夢で音楽が鳴って目覚めた。クラプトンの『Cange the World』だ。かつて、ある友人に昔の洋楽事情を聞いたら、「本来、クラプトンは60年代が終わった頃に死んでいなければならなかった」という過激な発言も出た。何はともあれ、『Tears in Heven』のバックグラウンドや、ウッドストック、ジミヘンの存在を知った上での話だった。そういう話はもういい、というのが私の現在のスタンスである。クラプトンは3月30日産まれだが、他にも、ノラ・ジョーンズやセリーヌ・ディオンの誕生日である事をこないだ知った。三人で一体いくら稼げば気が済むんだ、とも思った。寝覚めに音楽が鳴ったのはこれで三度目。一度目はモーツアルト。二度目はホテカルである。どれも悩んでいるときに鳴った。目覚めの音楽としては、ノラ・ジョーンズがいちばんいいのではないか?カーテンの隙間から朝の日差しがこぼれる中、気だるそうに、下着のままコーヒーを持ってくるイメージ。それが一番いいのに、なんでクラプトンなんだろう?と思う。間違っても、マリリン・マンソンであってはいけない。しかし、昔、外国に、ユーザーフレンドリーという馬がいたのも事実である。間違いなく関連性はないと思うが。そういえば私は、現在、ノラ・ジョーンズのCDを見失っている。買い直そうかとも思うが、まずは部屋の整理整頓が先である。同じ物を二度買うほど馬鹿馬鹿しいことはない。CDよりもYou Tubeで探した方が早いかも知れない。ちなみに私は気持ちがモヤモヤしたときに、ジョンレノンの『GOD』を聞く。うさ晴らしに過ぎないが・・・

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志望校知らず

 嘘のような話だが、お袋は、私が宅浪して大学受験に臨んだ際、志望校を全然知らなかったそうだ。「不思議と何とかなると思っていた」と言うので、開いた口がふさがらない。「本当に何も知らなかったの?」と聞いても、「志望校云々よりも、生活リズムをきっちりすることのほうが大切だと思っていた」との返事。確かに宅浪した場合には、朝型の生活を維持することは、非常に大切なので、私の場合は新聞の囲碁・将棋欄を毎朝考えてリズムをとっていたことを話したが、お袋はその事すら知らなかった。私の場合、現役の時に物理と化学が終わらなかったので、受ける大学に全て落ちた。浪人時代は理科をメインに、他の科目の維持に勉めた。基本的に暗記が嫌いなので、文系向きではないが、考える要素がゼロだと、まるっきりやる気を失う自分がいた。それでも、化学などでどうしても覚えなければならないことは、数日掛けて暗記した。基本的に勉強とは教わるものでは無いと考えていたので、自己責任のもと、宅浪した。宅浪しても春先は遊んだ。夏休みぐらいから勉強を始めたが、週に一日は何もない日を作った。だから、私は週単位の計画表を作った。勉強を始めて三ヶ月ぐらい経った頃、初めて志望校の模試でA判定が出た。ここで緩んで遊んでしまったのだから、私は馬鹿である。次の模試で寝てしまい、F判定をくらった。十二月の頃である。もう一度、気合を入れ直して、赤本を解いた。時間も設定して・・・母は、私が何をしているのかは把握していたらしいが、なんとかなるとしか考えていなかったそうだ。特に、宅浪して親にガミガミ言われるとたまらない。お袋に気配りを感じた。

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エイプリルフール

 大学時代の同期で、某商社に勤めている、友人だが一度も喋ったことがないフェイスブック友達が、ワシントンDCからユーモア溢れる大ハッタリをカマしてくれた。三項目あり、エイプリルフールなこともあって、よっぽど『ダウト!!』とコメントしようと思ったが、会ったこともないという点で、私は騙される覚悟で、一項目にだけ、まともに反応した。また、日本時間のエイプリルフールだったので、アメリカの東部時間では3/31に書いたとしか思えなかったのも、騙された要因だった。しかし、不思議なことに、騙されて茶目っ気は生じても、悔しいとは思わなかった。きっとそれは、彼がまともに生活しているからだろう・・・まとも?食事とゴルフと麻雀の写真しか記憶にないが、商社マンとは、時に異常なスケジュールで行動する。彼はタフだなと、いつも感心させられる。会ったことはないけれど、遊び人で、根は真面目だということは解った。エイプリルフールで、つくウソを仕込むだけでも大変だと思ったが、そういう所に労力を惜しまない所が彼のサービス精神なのである。大ハッタリだったが、彼は毎年、エイプリルフールにはやっているそうだ。気を遣いすぎて疲れないか心配でもある。ついても許されるウソだから問題はないのだ。だから彼はみんなから愛されている。ついて許されないウソとは、ウソをついてまで他人をコケにし、笑いをとろうという輩だ。大学時代の知り合いに、一人、そういう奴がいたが、最終的には誰からも相手にされなくなった。『嘘つきは泥棒の始まり』というのも、まんざらウソではないのだが、いつもそれをしていたら信用がなくなる。せめて、エイプリルフールぐらい、罪のないウソで騙されてみるのもいいものだ。

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見切り花見で正解

 ネットの情報によると、3月30日の段階では、森林公園の桜はまだ五分~六分咲きであったが、気温が異常に高かったので、晴れるのが確実だった3月31日に満開になると見込んで、見切りの状態で弁当を持ってバス→電車→タクシーで花見に出かけた。午前中だったので八分咲き位だったが、午後には満開になる勢いだった。この日に出かけて大正解だった事を知ったのは、夕方から3時間ほど寝て目が覚めて、階下の居間で帰宅した弟の話を聞いたからである。昨日の午後二時の段階で道路が大渋滞していたらしい。駐車場待ちの車と対向車線の渋滞で全く道路が動いていない状態だったそうだ。弟は仕事で近くに行ったらしいのだが、裏道を使って難を逃れたそうだ。昨日も晴れだったので、おそらく桜の散り際だったのではないだろうか。また、ピンときたのは、ネットの情報が満開に変化したのだろうと思って調べたら、案の定。もしも、そんな状態でタクシーに乗ったら、金がいくらあっても足りぬ。3月31日の時点では、ワンメーターで行ける状態だったのだが、渋滞にハマると、タイマー式に際限なくメーターが上がってゆく。途中で降りて歩くのも気まずい・・・「兄ちゃん、日焼けしたなあ」と言われ、「当たり前だ。快晴だったんだから。眼鏡焼けしないように途中、眼鏡を外したりしてたよ」と話すと、「ナハハハ」と弟が笑う。桜が散る様子は、近所の公園にでも出かけて見物しようと思った次第。

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マニュアルタイプ・・・駄目だよ

 弟が朝一に、塩ラーメン玉子付きを頼む。「半熟ぐらいがいいんだけれどなあ」とぼやく。コチコチだったのだ。「お湯の温度もあるし、なかなか半熟にはならないぞ」と私が言う。それもそうだなとばかりに、ラーメンをすする。そこで弟が、英語で言うなら、「ボイルドエッグだよな」と言うので、私は、「それはゆで玉子のことだ」と反論。弟が黙ったので、『boil egg』だと、『玉子をゆでろ』という命令文のなっちまう。けれど。『boiled egg』だと、ゆで玉子という意味になるんだ、と解説。弟のラーメンにはそのどちらでも無い玉子が浮かぶ。そんな中で生じた疑問であった。弟の長男である甥っ子は、野球漬けであったが、半年間、黙々と勉強し、なんとか志望校に通った。半年も勉強が続くのかよ、と思った私は、母と、うちの血では無いな、と意見が合った。高校以降の教育を尋ねると、数学は今までの塾、英語はZ会という。望んで入った野球部はリトルリーグ以下。そこまで聞いて私の頭によぎったのは、塾講師をしてパチンコで五万負けたことを自慢している奴の顔だった。人が人を教えるとは、誠実でなければならない。甥っ子が騙されていないのかが心配なのだ。少なくとも私は、自分が勉強しているときにしか、教える仕事はしなかった。遊んでいる自分が人を教えるなど、考えもしなかった。それで私の入試向きの学力は落ちたが、真摯に生徒と向き合うことが出来た。大体、私がTAをやった時も、微積分の概念が解っていない連中が半数以上だった。この大学、ヤバいんじゃあねえか?とも思った。オートマよりはマニュアルの方がいい。しかし、マニュアルタイプに陥ってはいけない。難しい所である。

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あれ、俺の場所が・・・

 予告通りに朝四時起きで、七時前には弁当を持って花見に出発。一時間もしないうちに森林公園に到着。何処にゴザを敷こうか迷う余地も無く、丘の上は立ち入り禁止。毎年、私がキープしていた場所には行けない。後で聞いた話によると、桜の木の寿命が近付いて、倒壊する危険があるとのこと。桜の木の寿命については、今年、よく聞く話だ。一辺に植えたから一辺に駄目になるものでは無いだろうと思いつつ、ゴザに寝る。太陽が眩しい。快晴だ。それにしても、幾重にも連なる桜越しに観る空は、何であんなに青いのだろうと疑問を抱く。そういえば、一昨日は人身事故など三つのトラブルを抱え、東京に出るのに三時間半もかかったそうな。行きの駅のプラットフォームで座り込み、駅員に説得されているあんちゃんがいた。甘えているのだ。人はみな、際限の無い悩みと同胞している・・・早朝は桜の写真を撮っている方が多かったが、次第に花見客や親子連れが増えた。服装に迷ったが、厚着はしていかなかった。南の風強し。しかし、それ以上に太陽が眩しい。いつもと変わらない光景なのに、安部公房の『砂の女』の空しさを思い出す。人の営みの虚しさについて感じ入る。三時間ほどでゴザをたたみ、家路へ。気分転換にはなったが、なぜか浮かない。最寄り駅からのタクシーを降りると、「こんにちは!」と声を掛けられる。幼い女の子三人から。「こんにちは。どうしたの?」と問うと、三人のうちの一人が御近所さんだった。何でも春休みらしい。そういえば、塾講師をしていた時に、小学生もみたなと思い出す。三人で遊んでいたが、仲が良いのか悪いのか適当なのかも判らない。学校の話などを聞き、10分位の手短な会話。ただ、その子達は、落ち込んでいた私のハートを温めてくれた。あと、四、五年で悪ガキになることが解っていてもだ。四月からは四年生になるらしい。誰かが、人は幼年期を過ごすために産まれてくると言った。屈託の無いあどけなさに癒やされた。別れて家に入ると、愛犬がなつく。母に、「ただいま」と言って空の弁当箱を渡した所で眠くなり就寝。三時間ほどで目覚め、次の行動へ・・・と思ったら、首の右側を寝違えて、異常に痛い。桜は満開では無く、八分咲きだった旨を告げた。

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