« パンクでなくて本当に良かった | トップページ | 最近の受験生 »

『今ありて』からの連想

 春の選抜高校野球が始まったが、開会式の最後に歌われる『今ありて』(作詞:阿久悠 作曲:谷村新司)を聞くと、なぜか切ない思いになる。歌っているのは、母の母校の後輩の高三生。昔は別の曲だったそうだが、小学生の頃から親元を離れて単身神戸の祖父母の所に世話になった母は、歌わずに瀬戸の両親の元に帰ったそうであるが、それはどうでもいい。阿久悠さんが熱狂的な高校球児達のファンであったのは有名な話であるが、そこにはどこか、もの悲しさを感じる。整列した高校球児達に女子学生が『今ありて』を歌うという構図も、私には素直に受けとめることが出来ない。胸にしんみりと来る中、私は学徒出陣を連想していた。You Tubeで昭和18年の学徒出陣の神宮での映像を観ていた。どの人も覚悟を決めている顔だった。東条英機(戦後、東京裁判の時に拳銃自殺を試みるも失敗した男)がぶちかます。神宮で学徒を見送る女学生・・・そんな姿さえ『今ありて』を聞くと蘇ってくるのだ。一時期、私は高校野球とは、徴兵制が無くなった日本に残った唯一の徴兵もどきみたいなものだと考えていたことがある。考えすぎかも知れないが、戦後日本の初期に残った組織的規律というものは、そういう些細な所から始まったのかも知れない・・・その後、私は初めて『玉音放送』の全文をチェックした。昭和天皇の戦争責任にまで触れる気は無いが、私が高一の時に昭和という時代が終わり、万感、胸に迫る思いだったのは今でも覚えている・・・なんやらかんやらで、複雑な思い。しかし、弟と野球を観ると、二人とも熱く野球を語る。そっちの方は、もっぱら、プロ野球についてであるが。

|

« パンクでなくて本当に良かった | トップページ | 最近の受験生 »

文化・芸術」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521582/61333886

この記事へのトラックバック一覧です: 『今ありて』からの連想:

« パンクでなくて本当に良かった | トップページ | 最近の受験生 »