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紙と文化

 私が高校生だった頃、よく、その国の紙の消費量は文化度のバロメータ、などという英文を読んだり、地理でも似たようなことを教わった。しかし、現在、果たしてそのセオリーは成り立っているのか疑問である。紙を発明したのは、昔の中国人であるが、それ以前までは竹簡や木簡などに文字を認めていた。これを考えると、紙とは偉大なる発明であることが解る。まず、良質な紙が無ければ、紙幣などというものは存在しない。高級和紙が世界無形文化遺産になった時には驚いたが、実は、この高級和紙は、欧米の絵画の修復には欠かせないものだと知って、納得がいった。一方で最近は再生紙なども編み出され、紙の再利用なども盛んである。確かに文化度の高い国は、紙の消費量が多いだろうが、問題は、紙の使われ方である。チラシやダイレクトメール(詐欺メールも含む)などを観察していると、どうでもいいものが大方である。最近では裏が無地の広告や、プリント用紙やコピー用紙の裏まで使うようになった。その際には大きなクリップがあると便利である。また、それまで発展途上国と呼ばれてきた国々が実際に発展し始めると、紙の価格が跳ね上がった。紙の原料であるパルプは木から作られる。その木がなくなりつつある。一方、紙は物を書くためだけではなく、それ以外の用途にも用いられる。ティッシュペーパーなどは明らかに一箱当たりの枚数が減った。値上げしない代わりに量を減らすという、事実上の値上げである。ここまで考えてみるに、紙とは文化度のバロメータなどではなく、富裕度のバロメータなのではないかとも考えられる。私達は、便利であるものほど、貴重なものであることを忘れてはならない。当たり前のようにあるものが突然無くなるのが世の中なのだ。

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