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歌を忘れた自分

 音楽を聞かなくなった自分がいる。何年も洋楽・邦楽、ジャンルを問わずに聞いていたのに、全くといっていいほど聞かなくなった。一説には、飽きた自分がいる。車の中でも、CDを流さずに、J-WAVEを聞いている。その中で出てくる洋楽のワンシーンを連ねたパートでも、ほとんど全ての曲を知っている自分がいる。いいものしか聞かないという中で、悪いものもたくさん掴んだ。邦楽も同様。何を持って自分の音楽とするかは勝手だが、音楽のセンスというものは、自己紹介の様に重要なパートを占めてくる。こういうものは、他の人との出会い頭や、結婚式のパーティーなどでも重要な要素を占めるのだ。以前、勤めていた塾で、ある女の子の数学を担当した。頭のいい子だった。私が説明する所を吸収力の強い頭で理解してくれた。一方で、その子の英語を担当した後輩講師は、リスニングのためにと、自分の趣味のヘビメタを聞かせていた。私は、「せめて、ビートルズぐらいにしとけ」と注意したが、彼は頑として受け入れなかった。ここまで来ると宗教である。彼は、何故、私が注意したのかも解ってはいなかった。一つの塾として、どういう指導をしているのかに一番関心を示すのは親御さんなのだ。そこで英語の初心者にヘビメタを聞かすというのは愚行である。そういう事が原因で辞めさせる親も実際にいるのだ。英語の初心者なら、発音がきれいで、面白く、将来に役立つものを提供してあげなければならないのだ・・・音楽論から多少それたが、私がCDプレイヤーを買ったのは高一の時である。遅いスタートだ。色々と聞いた挙げ句に辿り着いたのが、洋楽である。当時の日本はバブルで、いらない物が多すぎた。洋楽の指南をしてくれる友人もいた。よく、洋楽に興味を持って英語の教師になったなどという輩がいるが、それは受験向きでは無い。それでも洋楽を通すというのなら、ホテカルのbeastが何を意味しているのか質問したい・・・私はホテカルの訳に十年悩まされ続けたのだ。最近では、『let it go』の訳を考え続けている。翻訳家の和訳は時として滅茶苦茶な例が多いのだ。湯川れい子などがいい例だ。間違った訳をして金をもらっている立場でありながら、数年前には紅白の審査員をしていた。何もかもがおかしいと思うのは私だけであろうか・・・

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