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2015年3月

どこもかしこも桜・桜・桜

 どんなメディア(媒介)を見ても、桜・桜・桜。どこもかしこも桜・桜・桜。今日あたり、お花見にでも行こうか・・・ところで、内輪で盛り上げる為に他人の振りをした人のことを何でサクラと言うのだろう?競馬のサクラ軍団からは何故、最近強い馬が出ないのだろう?時代劇の遠山の金さんの桜吹雪の設定には無理がありすぎないか?・・・のんびりと花見酒で哲学してこよう。

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歌を忘れた自分

 音楽を聞かなくなった自分がいる。何年も洋楽・邦楽、ジャンルを問わずに聞いていたのに、全くといっていいほど聞かなくなった。一説には、飽きた自分がいる。車の中でも、CDを流さずに、J-WAVEを聞いている。その中で出てくる洋楽のワンシーンを連ねたパートでも、ほとんど全ての曲を知っている自分がいる。いいものしか聞かないという中で、悪いものもたくさん掴んだ。邦楽も同様。何を持って自分の音楽とするかは勝手だが、音楽のセンスというものは、自己紹介の様に重要なパートを占めてくる。こういうものは、他の人との出会い頭や、結婚式のパーティーなどでも重要な要素を占めるのだ。以前、勤めていた塾で、ある女の子の数学を担当した。頭のいい子だった。私が説明する所を吸収力の強い頭で理解してくれた。一方で、その子の英語を担当した後輩講師は、リスニングのためにと、自分の趣味のヘビメタを聞かせていた。私は、「せめて、ビートルズぐらいにしとけ」と注意したが、彼は頑として受け入れなかった。ここまで来ると宗教である。彼は、何故、私が注意したのかも解ってはいなかった。一つの塾として、どういう指導をしているのかに一番関心を示すのは親御さんなのだ。そこで英語の初心者にヘビメタを聞かすというのは愚行である。そういう事が原因で辞めさせる親も実際にいるのだ。英語の初心者なら、発音がきれいで、面白く、将来に役立つものを提供してあげなければならないのだ・・・音楽論から多少それたが、私がCDプレイヤーを買ったのは高一の時である。遅いスタートだ。色々と聞いた挙げ句に辿り着いたのが、洋楽である。当時の日本はバブルで、いらない物が多すぎた。洋楽の指南をしてくれる友人もいた。よく、洋楽に興味を持って英語の教師になったなどという輩がいるが、それは受験向きでは無い。それでも洋楽を通すというのなら、ホテカルのbeastが何を意味しているのか質問したい・・・私はホテカルの訳に十年悩まされ続けたのだ。最近では、『let it go』の訳を考え続けている。翻訳家の和訳は時として滅茶苦茶な例が多いのだ。湯川れい子などがいい例だ。間違った訳をして金をもらっている立場でありながら、数年前には紅白の審査員をしていた。何もかもがおかしいと思うのは私だけであろうか・・・

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紙と文化

 私が高校生だった頃、よく、その国の紙の消費量は文化度のバロメータ、などという英文を読んだり、地理でも似たようなことを教わった。しかし、現在、果たしてそのセオリーは成り立っているのか疑問である。紙を発明したのは、昔の中国人であるが、それ以前までは竹簡や木簡などに文字を認めていた。これを考えると、紙とは偉大なる発明であることが解る。まず、良質な紙が無ければ、紙幣などというものは存在しない。高級和紙が世界無形文化遺産になった時には驚いたが、実は、この高級和紙は、欧米の絵画の修復には欠かせないものだと知って、納得がいった。一方で最近は再生紙なども編み出され、紙の再利用なども盛んである。確かに文化度の高い国は、紙の消費量が多いだろうが、問題は、紙の使われ方である。チラシやダイレクトメール(詐欺メールも含む)などを観察していると、どうでもいいものが大方である。最近では裏が無地の広告や、プリント用紙やコピー用紙の裏まで使うようになった。その際には大きなクリップがあると便利である。また、それまで発展途上国と呼ばれてきた国々が実際に発展し始めると、紙の価格が跳ね上がった。紙の原料であるパルプは木から作られる。その木がなくなりつつある。一方、紙は物を書くためだけではなく、それ以外の用途にも用いられる。ティッシュペーパーなどは明らかに一箱当たりの枚数が減った。値上げしない代わりに量を減らすという、事実上の値上げである。ここまで考えてみるに、紙とは文化度のバロメータなどではなく、富裕度のバロメータなのではないかとも考えられる。私達は、便利であるものほど、貴重なものであることを忘れてはならない。当たり前のようにあるものが突然無くなるのが世の中なのだ。

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やっちまう人々

 とある友人が今宵、会社の誰かの送別会だとフェイスブック(以下FB)に写真を載せていた。彼は相当な酒好きで、終着駅の隣の駅に住んでいるのに、しょっちゅう終着駅まで乗り過ごしてしまう。それでも終着駅で一杯呑み、ラーメンを食べて自宅まで歩いて帰る強者だ。ある時、早く帰ろうと、いつもの電車ではなく、東海道線で帰って、一時間以上歩いて帰った時には、私が、『やっちまったか』とコメントしたら、ある友人が、FBで、『それぐらいはやっちまったうちに入らねえ』との厳しいお言葉。確かに、歩いて帰れる以上は、『やっちまった』内には入らないのかも知れない。本当の『やっちまった』とは、学生の頃、卒論前で東海道線で熱海の手前まで行ってしまったり、卒論のデータが入っていたザックがいつの間にか消えていたり(幸い、ザックは見付かった)、白いタクシーで帰ったり、一時間半で最寄り駅まで着くはずの路線に乗った所をなぜか山手線や横浜線に乗っていたりして六時間かかったり(この時もザックを無くしたが、こちらはとうとう見付からなかった)といった事を言うのだろう。全部、寝不足とお酒によるものなのが共通項だ。思えば私も、かなり『やっちまった』部類に入るのだが、上には上がいた。親父の会社の人で、昔は普通電車だった夜行の大垣行きでやってしまい、翌朝浜松で目覚めたそうだ。朝一番に会社に連絡があり、新幹線で帰ってきて出社されたそうだ。私はこの記録を上回った人を知らない。現在の夜行の大垣行きは全席指定なので、こういった事故は減ったであろうが・・・明日のFBで冒頭の友人が『やっちまった』記事を期待している・・・なんてね。

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節煙、節酒の状況

 去年の十一月頃から節煙と節酒を意識する事にしたのだが、最近は、禁煙に向けた節煙という目標が薄れつつある。外出時に煙草を持ち歩かないのは相変わらずで、吸いたいとも思わない。しかし、家にいるときは、無意識のうちに吸ってしまうのを避けつつも、以前の半分以下とはいえ、一日の節目ごとに一箱弱は吸ってしまう・・・駄目だ。もう一度、節煙に対するモチベーションを確認し直す必要がある。一昔前までは、煙草を吸うことに、特に社会的制約は無かった。しかし、最近は公共の場所から灰皿が消え、加速的に嫌煙の兆しが伺える。これから先も、今まで以上に喫煙者は肩身の狭い思いをするだろうし、何より煙草で出費がかさむというのが憎たらしい。これまでの経験的に、禁煙するなら節煙からではなく、ニコチンパッドなどを利用してでも、スパットと止めるしかない様だ、ということは解った。しかし、喫煙者が側にいると、なかなか難しいのも事実。一方で節酒の方だが、去年の暮れから月曜と木曜を休肝日にしたのだが、これはしっかり守っている。しかし、こちらにも落とし穴があった。反動で、他の日に飲む量が増えてしまった。しかし、昔みたいに泥酔することはなくなったが・・・無類の酒好きとはいえ、まだ禁酒の方が禁煙よりかは楽である。しかし、一度飲み出すと止まらないので、作戦としては、飲み出す時間をできるだけ遅くすることぐらいか。焼酎をトマトジュースで割った、カクテルのブラッディ・マリーの様にして飲んでいるが、薄すぎて、いくら飲んでも酔わないのだ。こちらの出費も何だか馬鹿々々しくなってくる。しかし、いくら理屈じゃあ解ってはいても、なかなか実行するのは難しい。ほろ酔い加減ぐらいのお酒がいちばん程良いし、お酒に逃げるという事も無くなったのが現状であろうか。

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最近の受験生

 先日、母が大学入試の合格者実績の載っている週刊誌を二冊買ってきた。今更、私が読んでも仕方が無いのだが、一冊を手に取ってみる。今年は当たり年だったのか、私の母校はそこそこの結果。想像するに、教師の組み合わせが良かったのだろうか。しかし、いかに学校の授業が良くても、さらに塾に通わねば入試には太刀打ちできない。全体の傾向を見ると、私立が圧勝。公立はボロボロであった。都市圏と地方のギャップも大きい。教師だって、同じだけ仕事をしてもらえる給料が段違いだったら、当然、私立校を選ぶだろう。また、地方には私立校が少ないという事情もある。ここまではこれまでと同じ傾向だが、雑誌を見ていて一番気になったのは、現役で行く生徒が圧倒的に多くなったということだ。私達の頃は、現役と浪人が半々ぐらいだったが、なぜ、こうも変わってしまったのだろうか?聞く所によると、今の若者は遊ばないそうである。遊びにお金を使わないということなのだろうか。もし、そうだとしたら、それはそれで何かが欠けている気がする。遊びの中から学ぶことも多いのだ。みんな優等生みたいな雰囲気だとするならば、少なくとも私には耐えられない。人と人とを結びつけるファクターは様々あるが、私はどれにも共通していることは、ユーモアのある笑いだと思う。私の場合、高二まではラジオの深夜放送を聞いて、そういうものを掴もうと必死だった。他にも、勉強だけでなく、様々な遊びを通じて、人間としての引き出しを増やす様に努力した。無機的な人間にだけはなりたくはなかった・・・何はともあれ、大学で何もかもが決まるわけではない。数ある人生の節目の一つに過ぎない。どうか、頭打ちにならない事を祈る。

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『今ありて』からの連想

 春の選抜高校野球が始まったが、開会式の最後に歌われる『今ありて』(作詞:阿久悠 作曲:谷村新司)を聞くと、なぜか切ない思いになる。歌っているのは、母の母校の後輩の高三生。昔は別の曲だったそうだが、小学生の頃から親元を離れて単身神戸の祖父母の所に世話になった母は、歌わずに瀬戸の両親の元に帰ったそうであるが、それはどうでもいい。阿久悠さんが熱狂的な高校球児達のファンであったのは有名な話であるが、そこにはどこか、もの悲しさを感じる。整列した高校球児達に女子学生が『今ありて』を歌うという構図も、私には素直に受けとめることが出来ない。胸にしんみりと来る中、私は学徒出陣を連想していた。You Tubeで昭和18年の学徒出陣の神宮での映像を観ていた。どの人も覚悟を決めている顔だった。東条英機(戦後、東京裁判の時に拳銃自殺を試みるも失敗した男)がぶちかます。神宮で学徒を見送る女学生・・・そんな姿さえ『今ありて』を聞くと蘇ってくるのだ。一時期、私は高校野球とは、徴兵制が無くなった日本に残った唯一の徴兵もどきみたいなものだと考えていたことがある。考えすぎかも知れないが、戦後日本の初期に残った組織的規律というものは、そういう些細な所から始まったのかも知れない・・・その後、私は初めて『玉音放送』の全文をチェックした。昭和天皇の戦争責任にまで触れる気は無いが、私が高一の時に昭和という時代が終わり、万感、胸に迫る思いだったのは今でも覚えている・・・なんやらかんやらで、複雑な思い。しかし、弟と野球を観ると、二人とも熱く野球を語る。そっちの方は、もっぱら、プロ野球についてであるが。

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パンクでなくて本当に良かった

 恒例の月曜買い出しの日、まずは母を整形外科まで車で送る。前にも書いたように、左足の治療のため。二週間は通うことになっている。治療は足にジェルを塗って超音波を二十分間あてる。始めて一週間弱だが、思いの外、効いているとのこと。その間の待ち時間に、私は銀行にお金を下ろしに向かう。家を出た時には、雨がパラパラしていたが、お天気雨だったので待ち時間に一気に晴れる。銀行から戻り、エンジンを切った車内に入ると蒸し暑い。のべで四十分ほど待ち、メガネをサングラスに代えて買い出しに向かう。時間帯が早かったせいか、道が案外混んでいた。行きつけのガソリンスタンドの横を通ると、ガソリンがまた高くなっていた。物価が安くなっていたのは選挙前だけじゃあねえか、と私が愚痴をこぼす。激安スーパーに着くも、買う物それ程無し。暇をもてあました私は、お酒のコーナーをじっくり観察。ついつい手が出てしまう。会計を済ませ、トランクに荷物を入れると、いざ帰宅。一週間なんて早いものだな、と思いながら運転。帰り道、新しく見付けたバイパスを通ったら、細長いビニール片が落ちていた。精一杯、よけようとするも、よけきれない。無理矢理よけていたら、クラッシュするので突き抜けたら、『パァン!』という音。咄嗟に後輪のタイヤがバーストしたのではないかとハンドルとアクセルと乗り心地で様子を見る。駐停車禁止の道路なので、そのまま走ったが、感触的には特に何も無さそうだったので、そのまま運転。家に着き、四輪全てを観てみても、特に問題は無さそうなので入庫。落下物の多い道だと知ってはいたが、おそらく緩衝材に使うピニールの袋でも踏んだのだろうと推測。パンクでなくて本当に良かった・・・以前、独り旅で北海道に行った際、土砂降りの雨の中、タイヤ交換している姿を観た時には、本当に気の毒だった。運転にリスクはつきものとはいえ、事故とトラブルとポリには気を付けたい所である。

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歩の無い将棋は負け将棋

 ロシアのプーチン大統領が、ウクライナ問題やクリミア併合問題で国際的に顰蹙を買っている。核兵器をちらつかせながら、無理を押し通すからタチが悪い。まるで国を挙げて、冷戦前の状態に戻そうとしているようにも伺える。世界が極めて危険な状態にさらされているという感も否めない。どこかの企業がサハリン沖の油田だったかガス田だったかと契約を交わしたというのだから、間抜けな事この上無い。ロシア人の国民性や過去にやって来たことをまるで解ってはいないからだ。ロシア人ほど、ある意味きたない人種もいないのだ。学校では近代史を教えてもらえなかったので、岩波の世界史の本を参考に調べてみたことがある。第二次大戦で、ロシアは漁夫の利のような形で東欧圏を支配下に置いた。一方で日本に対しては、日ソ不可侵条約を破ってまで、アジア方面へと侵攻した。どさくさに紛れて、おいしい所だけを持っていったような国である。また、私がヨーロッパに行った際、往復アエロフロート(ロシア航空)を利用したが、早めにチェックインしようとしても、職員は定刻まではカウンター内でおしゃべりしている始末。行列が出来て、いざチェックインとなると、押し合いへし合いや割り込みの挙げ句に、何とか日本に帰って来られたという苦い思い出がある。未だ共産主義の亡霊が付きまとっているという事を認識した・・・一方で北方領土の問題もある。私もその一人だったが、どうしようも無いじゃないかと考えるしかなかった。しかし、将棋の故升田幸三氏の本を読んでみると、北方領土というのは、将棋でいう『歩』みたいなもので、あるのとないのとでは大違いだ、という一節を読んでから、北方領土に対する見方が変わった。また、その後、千島列島のある島で、ロシア軍を食い止めたという悲劇的な話を聞いた。私の政治的関心は若い頃に比べて弱まったが、状態としては依然、ニュートラルに近い。いろんな問題が私の中で交錯しては止まないという重い日々を送っている。

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なぜ小保方氏のD論を早稲田は却下しなかったのか

 STAP細胞問題のおそらく最後のニュースともとれる記事を見付けた。何回も思うのだが、小保方氏は英文科にいった方が、まだ芽が出ていたのではないかと考える。STAP問題で後始末をつけるのに理研が要した金は8000万円強。対し、小保方氏が返還する額は数十万円。おかしな話だが、金の話はまだいい。この騒動が引き起こした問題の本質は、実は、大学の研究のあり方について、もの凄い一石を投じた面もあるのだ。大学生の書く論文ともなると、大層なものを想像されるだろう。しかしながら、それは学位論文(4年)か修士論文(6年)か博士論文(9年)かで価値が全く異なるのである。学位論文の場合、就職活動をしながら書く。だから、院に行く者と就職する者では、雲泥の差なのだ。就職組には楽な研究をさせる傾向がある。研究の定義にも依るが、就職組の論文には、まず価値が無い。例えば数学科などは、4年で論文を書くのは不可能だからと、修士からしか論文を書かせてはもらえないのだ。このシステムを悪用する輩がいるのだから厄介である。そんなのはどうでもいい。修士以降の、いわば大学院に入ってからの論文には、創造性が求められるのが当然だ。しかし、いざ論文を書くとなるとネタ探しに頭を悩ます(私は院を中退したが、院の時には学位論文の検証を行うつもりであった。学位論文で学会の定説を否定し、新しいモデルを提案したからだ)。ゆえに、修士論文でも曖昧なままに終わるケースもあるのだ。ひどい場合では、博士論文でも後輩の論文を自分の手柄にする輩や、適当に済ませてしまう場合もある。私達は、そういうバカなドクター(博士)のことを、隠語でバカドクと呼んでいた。バカドクでも研究室に残りたい奴もいるが、大概は教授から首を切られ、秋にリクルートスーツを着ることになっていた。理系の研究室の場合、このバカドク問題が相当やっかいな問題でもある・・・ここで、小保方氏の問題を検証してみると、理研を追われるのは当然な処置であるが、ハーバード留学以前の早稲田大学のドクター論文についても疑念の声が上がった。有志の教授達が、博士号を撤回しようとしたが、潰された。私には理由がすぐに解った。つまり、小保方氏の博士論文を否定してしまうと、その他、大勢のバカドクをはじめとした理系の卒業生の論文を否定することになるからだ。基本的に就職が決まったら、論文は花を持たせる意味で『A』をつける大学も多い。学位論文の場合、最悪、先輩の論文を写す奴もいる。それで単位が来て平気な顔をしているのだからおめでたい。私は、そういうやつらの卒業を認める大学に憤りを感じた事を忘れてはいない。そういうことを許した指導教官にも、未だ納得がいかない。

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お彼岸と母の足と

 一昨夜は休肝日開けにもかかわらず、無理矢理、もう一度、寝に入った。お彼岸当日である今日は、混んで車では墓参りできないだろうと、彼岸の入りを迎えて二日目の金曜日に天気と相談しながら車を出した。月命日に参る普段と違って、幾分か渋滞模様。のんびりとした気分で運転することにした。お勤めを終え、帰りは母が通っている整形外科へ。途中、道に迷うも何とかなる。というより、最近は道に迷ってもそれを楽しむ気分である。病院で母を降ろし、家路へ。鍵を開け、帰宅すると、愛犬がすり寄ってくる。独りの留守番で緊張していたのか、コタツであぐらを組む私の上に乗り、宥めると、スヤスヤ。動くに動けなくなった私は、しばらくその格好で留守番の労をねぎらった。ここまで、家を出てから三時間、そろそろ母が帰ってくるだろうと思った私は、愛犬をどかせ、パソコンへと。それにも疲れると、自室へ・・・母は十年ぐらい前に右足くるぶしを一周させる複雑骨折をした。それから、「右足と左足の長さが違う気がする」などと言っていたが、やがて、左足のアキレス腱のかかと側の付け根を痛めてしまい、炎症発生。それからというもの、一日に百回は「痛い」と繰り返すので、気の毒とは思いつつも、なるべくしてなったなという感は否めない。二階に上がるからといって、階段に針ケースを置いてみたり、目線より高い所にある本の上に鋭いハサミを置いていたり、足をやった時には、その日の朝に足場の悪さを指摘したら、思いっきりコケてみたり・・・要するに、危機管理能力が乏しいのだ。この人が車を運転しなくて本当に良かったと思う。人を殺すか自分が死ぬかのどちらかだからだ・・・とは言っても、足の怪我が快方に向かうことを願ってやまない。最近は相撲を観ていても、相撲内容よりも力士のテーピングの方に目が向くようになった。痛々しくて観ていられないのである。

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物造りについて

 以前、直木賞作の『下町ロケット』について触れたときに、紹介してくれた友人の職業柄から、特許や裁判について触れたことがあるが、それはこの作品の三分の一にも満たない部分しか占めていない。主な舞台は、下町の町工場。ネタばらしになってしまうので、これ以上は触れないが、映画でも観ているように読んでいてスカッとする作品だった。ここで、話題を町工場にシフトしてみると、思い出す話がある・・・皆さんは、料理器具の一つである、ボウルを完璧に作るにはどうすればいいかと考えてみたことがあるであろうか?簡単に答えるとするならば、鉄板を型に載せ、上からプレスして、ボウルなどすぐに出来るではないかと考えるだろう。確かに普通のボウルならばこれでOKなのであるが、求めるのは『完璧なボウル』である。機械でプレスして作ってしまうと、どうしても厚さが均等にならずに、部分的に薄くなってしまうのだ。完璧なボウルを作ろうと思ったら、熟練した職人さんがコツコツと叩いて作るしかないのである(注:この話を聞いたときには、3Dプリンターなど無かった点に注意)。それ程、熟練工の技とは凄いのだ、という話を聞いたことがある。余談までに、金属の塑性加工の話としてもう一つ・・・昔の水道管の蛇口(細長く、両サイドが九十度ずつ曲がっているもの)をよく観てみると、曲がっている部分が多少なりとも歪んでいることが解る。あれも、開発した当初、東大生に作らしてみても上手く行かず、数式を並べて、作成は不可能であるという論文で終わったそうだが、どこかの工業学校の生徒達にやらせてみたら、本当に作ってしまったという話を聞いたことがある・・・どちらも、物造りの奥深さを感じたエピソードだった。

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もう、お彼岸か

 昨日が彼岸の入りだと知った。早いもので、父の他界から、まもなく八年弱。今日にでも墓参りに行きたかったが、生憎の雨。お彼岸の予定をどうしようか迷っているところだ。墓参りは、お彼岸が一番混むことを知ったのも、墓参りをし出してから・・・果たして、父の霊魂は無事に成仏できであろうか・・・時に、星空に祈ることもある。オリオンの星は堕ちるのではない。堕ちてゆくのだ。こういう悔悟と光がリフレインする。そもそも、我々は一つだったものを、無理矢理に二つに引き裂かれたからこそ、引かれ合うのかも知れない。気分転換が下手な私は、深く考え込みすぎる悪癖がある。それが未来の不安へと変わるのだ。人が人として生きるためには、確かに、裸で飛び越えなければならない炎がある。猛るほどにその炎は燃え立つ。このイメージは、三島由紀夫の小説、『潮騒』のワンシーンから来ているのであるが、人生には、確かにそういう節目というものがある。恋愛関係はもちろん、三軒隣りの近所付き合いでも。どの道を行こうが、正解は無い、というのが私の苦しみでもあるが、苦しみの源は、早いうちから察していた・・・三十分以上考えたが、どう表現したらいいのかで、苦しんだ。私は即答型なので、百文字以上打ってみたが、全部消した。別に名誉などもう無い物だと思っている。ただ、今の私を動かしているものは何か?という問いを自分自身に発したら、恐くなって逃げ帰って来ただけのことである。人間誰しも、行動を裏付ける根拠が必要である。私には、その根拠の柱が何処にあるのか、迷っただけのことである。寒気がした。って、外は雨、明日、墓参りには行けない模様だ。

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目覚めるとホッケがあった

 目覚めるとホッケがあった。観てみると夕食の時間らしい。迂闊にも、座椅子で眠ってしまっていたようだった。時計は、まだ七時過ぎ。弟が意外に早く帰って来られたので、夕飯の時間になっていた。弟からビールの差し入れ、ありがたし。以前、買い物に行った時に、無性にホッケが食べたくなって、今日に至る。決して旨い魚ではない。なんだか、弟も少し引いていた。しかし、母には珍しいらしく、喜んで食べていた。そんな寝ぼけ眼の夕食が済んだら、これだけは言っておいてやらないとな、ということを、さりげなく弟に語った。それは、弟の長男の甥っ子の事である。来月には高校生になるが、高校の勉強は特に数学が、一夜漬けではいかないことに触れた。一部の幾何の証明を除いて中学数学は算数だということ。それから、Σとかインテグラルなどの記号が解らないだけならば、まだいいが、三年間、何もやらないでいると、肝心の答案の書き方が解らなくなってしまうということを。弟も最初はそれなりに聞いていたが、ニュースでips細胞についての記事が流れると、「こういうのって、東大じゃあ無くて京大の方が圧倒的に多いよね・・・何でなの?」と聞かれ、「校風の違いもあるけれど、一言では言えない」としか話せなかった。本当に一言で言えば、校風の違いなのである(『東大一直線』を読んでみろと言おうと思ったが、躊躇した)。他にも付け加えたことは、国立と私立での国からの給付金の差が設備などにモロに出ているとも話した。もし、数学とか物理学とか、いわゆる理学部に属する研究がしたいなら、東大か京大に入るのが一番近道だとも・・・甥っ子はそんなことを考えずもせずに、高校に入って、野球部に入ることで頭が一杯なのだ。従って、それ以上は言わなかったが、高校受験で安心して、大学受験で失敗した生徒を、余りにも多く観すぎたのだ。

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身辺雑記

 本日の午前0:00~午前6:00の間、電話とネット回線のメンテナンスがあったので、久々に早起きのリズムになった。モヤモヤした気分が続いていたが、早起きは三文の得と言う様に、久し振りに寝覚めが良く、頭がスッキリしている。昨日が休肝日だったせいもあるだろう、朝から日清の豚キムチを食したが、まだ物足りない。何か無いか冷蔵庫でも物色してみようか・・・インスタントラーメンが体に悪いのは百も承知だが、それでも無性に食べたくなるときがある。基本的に、普段は避けているのだが・・・それはそうと、昨日は恒例の月曜買い出しに出かけた。道はいつもと比較して空いていたので快適だったが、この買い出し、週に一度は運転しないと、車が傷んでしまうし、運転感覚を鈍らせなくする目的もある。一週間振りに車を観たら、花粉がうっすらと堆積していた。私は花粉症ではないのだが、慢性鼻炎ではある。弟が聞いてきた説によると、花粉症というのは、鼻腔内のある部位が花粉によって一定限の(人によって異なるかどうかは定かでは無い)キャパシティを超えると、なってしまうものらしい。自分の場合は慢性鼻炎であるが故に、花粉が深入りしないのかと、ふと思った。天気予報を観ると、今週はかなり暖かいとの予報。最近注目しているのは、桜の開花予想。できれば今年も花見をしたいものだ。と、その前にお彼岸の墓参りに行かねばならぬ。春のうららかな陽気の朝に、徒然なるままに身辺雑記を綴った次第。

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試される時

 私が目覚めてすぐに浮かぶ事は、『blog更新したっけ?』である。誰からも金は受け取っていないが、八年弱も毎日続けていると、起きた瞬間にその想念がよぎる。心理学的に言うと、ある種の強迫観念めいたものかも知れない。それでも、このblogを大切にしていることに変わりは無い。かつて、マザーテレサは言った。『本当に不幸な人というのは、誰からも必要とされない人です』と。そう考えてみると、自分は世の中の役に立っているのかと自省する。時には深く落ち込む。そういう時に限って、自省しない馬鹿者が私を誘う。全て承知の上でだ。お前は、わざわざそういう事をしてくれるのか、という奴もいる。打ちのめされてどうしようもない時、私はジッと耐える。相手についても心を配る。しかしながら、彼は自分の都合に合わないことをDelete(消去)する達人だった。自分に都合の悪いことをデリートするのは簡単だ。子供でも出来る。大人同士の人間関係を、少なくとも私は、絶対にそういう風に安易には受けとめない。ネット上でも。もし、私が、「人生にリセットはきくか?」と聞かれても、「リフレッシュならあるだろうがリセットはあり得ない」と答える。タイムマシーンでも持っていない限り。私は人生を甘くは考えてはいない。ファミコンのリセットボタンを押すように、人生で安易にデリートする奴がいる。私は、これを、最も憎む。デリートしたら、リセットした気分になっているだけなのだ。それで自己満足しているだけなのだ・・・書きたくも無いことをドぎつく書いたのには、理由がある・・・某君、人を裏切るのもいい加減にしておきなさい。君から観たら私はちっぽけな小石かも知れない。そう思うんだったらそれでもいい。けれど、これだけは言える。人の道は至誠ナリと。

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こんな日もあるさ

 いくら考えてもアイデアが浮かばない・・・こんな日もあるさ

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あなたは未だフリーなの?

 いろんな奴から聞かれる。充分な悪意を持って。その度に傷つく。

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気圧配置の変化

 昔から夏は南高北低、冬は西高東低という気圧配置が基本であったのに、今年の冬の気圧配置は、その傾向からかけ離れている気がしてならない。数年前から、冬の北海道に台風並みの爆弾低気圧なるものが観られる様になったが、今年は日本列島に一辺に三つぐらいの低気圧が近づいて来る状態が続いている。南岸低気圧などという太平洋側を進んでくる、訳の解らない低気圧まで出てきた。昔は冬といえば、日本海側は雪、太平洋側は乾燥した晴天が続くものだったが、特に今年は、雨の降っている日が多すぎるのではないだろうか・・・近年の異常気象は温暖化だの北極海の影響だのと言われているが、確たる原因は未だ解ってはいない。温暖化一つとっても、二酸化炭素の排出量も関係はあるのだろうが、太陽の動きが活発になっているからではないのか、とも考えられる。おそらく、様々なファクターが複合的に絡み合った結果として、現状があるのであろう。私が地理を勉強していた頃に比べると、その当時のセオリーはもはや通用しない。急激な気候の変化は、容易に天変地異を予感させる・・・結局の所、自然界の何らかのサイクルに異変が生じたのであろう。できれば一過性のものだと願いたいが、楽観視はできない。人間とは、最終的には自然に従うことしかできないのだ。コントロールしようという願望自体が烏滸がましいことなのかも知れない。

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友人に誘われて

 不覚にも、昼寝も含めて12時間寝てしまった。寝不足なわけでは無いのだが、妙に眠くなる。『春眠暁を覚えず』とも言うが、寝過ぎだ。そんな所に、友人からショートメールが入った。誰だろう?とチェックすると、税理士の友人。確定申告が終わったらしく、飲みのお誘いから飲みにおいでよのお誘いに・・・確かに確定申告の時期というのは、税理士にとっては修羅場だ。彼の気持ちも解る。私は快諾したが、『おもてなし』では困るのだ。最低限の『もてなし』ぐらいの方が気楽である。彼が旨い物を用意してくれるのはありがたい事なのだが、私はそんな立場では無い。あくまでも友人なのだ。私は友人に対してBESTな事を考える。頭に浮かんだのは、彼のお子さんである兄姉と、奥様のこと。そこで浮かんだ案というのが、彼の奥様は料理が苦手とのことから、あえて奥様の一品料理をリクエストした。たかが一品、されど侮れるものでは無いのだ。勿論、私個人のエゴからではなく、彼の家庭をよりよくする為に考えた策だ・・・料理というものは不思議で、家族に和をもたらす効果がある。別に失敗したっていいのだ。ミスチル風に言うと、『残さずに全部食ってやる(名もなき詩)』である。愛がなんだ、恋が何だと言った所で、家族の和を保っている重要な要素として、食卓というものがある気がしてならないのだ。物事のきっかけは、本当に小さな所から始まる。私も我が儘を通したが、自分のためにでは無い。当然、友人の幸せを願っているから、あえて無理を承知でお願いしたのだ。

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オールドパーの謎 その2

 オールドパーのラベルに映っているトーマスパー爺さん・・・この謎を解き明かすべく、私は動いた。すると、トーマスパー爺さんは実在する事になっていた。驚きである。農夫の爺さんだったらしいが、80歳で初婚。32年の結婚生活が続く。その間、105歳にして不義の子をもうけ、アルバーバリー教会の会衆の面前で、白衣を纏い懺悔。122歳にして再婚。152歳にしてロンドンで死去というような謎だらけの人物なのだ。実際に、パー爺さんの墓標がウエストミンスター寺院に実在するのだ・・・ここで、我々が推測するに、152歳は大げさにしても、トーマスパーという爺さんが長生きしたために、それにあやかったこと。もしくはジョーク。イギリス人に精一杯出来るジョークといえば、ミステリーサークルやネッシーぐらいである。ネス湖のネッシーは偽造だったと、関係者の最後の住人が語った。トーマスパーもその類いなのか・・・現実的に考えて、80歳で初婚までは納得がゆくが、105歳にして一物が立つとは考えにくい。やはり謎の人物なのである。確かに、このトーマスパー爺さんは長生きはしたのだろうが、誇張し過ぎている面は否めない・・・ここで我々が考えなければならないのは、ユーモアのセンスである。イギリス人ほどユーモアのセンスを求める人種もいない。また、イギリス人は、見知らぬ人と出会ったら、天気の話から始めるとも聞いたことがある。オールドパーは1800年代より創られた、由緒のあるスコッチである。ここは、トーマスパー爺さんにちなんで、ゲン担ぎのようにオールドパーが生産されたというのが無難な見方であろう。パーの呪いである。

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オールドパーの謎 その1

 オールドパーといえば、高級なスコッチウイスキーとして有名である。しかし、有名であるがためか謎の多い酒でもある。いくつかの謎のうちの一つが、玉着きと玉無しがなぜ存在するのか?ということである。この場合の玉とは、ボトルの入り口の側に玉が入っているかいないかということである。玉着きの方が玉無しに比べて安価な分、チョロチョロとしか出てこない、うっとうしいボトルと言える。同じ酒でありながら、こんな差別化をしているのは、オールドパー以外に私は知らない。酒造元がどういう狙いで、わざわざこんな事をしているのかが不明なのだ。玉入りのボトルを作る方が手間が掛かるに決まっている。微妙な条件の差でもあるのだろうか?謎である。また、酒飲みならば必ずといっていいほどチェックするのが、あらゆる高級酒のラベルである。様々なラベルを観てきたが、どれも納得の行くものだった・・・ただし、オールドパーを除いて。オールドパーのラベルにはトーマスパーという名のじいさんの肖像画の様なものが描かれている。じいさんのラベルについてだったら、ニッカの赤い帽子のじいさんがいるから不思議ではない。むしろ、ニッカがトーマスパーを真似たというのが筋だろう。このトーマスじいさんの所に書かれてある、1483~1635という数字が謎なのだ。これが実在の人物ならば、152歳まで存命していたことになる。これは明らかな矛盾だ。この数字が何を意味しているのかは、やはり知ってはいけないことなのかも知れない。解ってしまうと、パーの呪いで不吉なことが起こる予感がしていた(続く)。

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カウンセラーになりたいと言った少年

 奥さんがカウンセラーをしている友人夫妻と友人数人で、随分前に、昼間から飲んだことがある。奥さんとは、それほど直接話したわけでは無いが、飲んでいて、その場が何かいつもと違う気がして仕方が無かった。何度目かのトイレに立った時、私はその理由に気が付いた。場に戻って確信した。そして、感じていた何かについて話し、「やっと解った。あなたには、ものすごい包容力を感じる。全員を包んでしまうほどの・・・そういうオーラがあなたにはある」と友人の奥さんに語った記憶がある。後に知ったのだが、カウンセラーは家族をカウンセリングしてはいけない、という決まりがあるらしい。理由は解らないが・・・一方で、その数年前の塾講師時代に、テチという生徒がいて、何故だか解らないが、妙に私になついてくれた生徒がいた。勉強は出来なかったが、妙に大人な部分がある生徒だった。苦労しているだろう事は、容易に察しがついた。そんな彼が、卒業前か卒業後に、私と二人きりになった時、ふと、「俺さあ、将来、カウンセラーになりたいんだよね」と語ったことがあった。いっつも遊びの話しかしないのに、妙に真剣なモードだった。私は、「何でだ?」とは聞かずに、「そうかあ・・・それがテチの夢なのか」と素直に受けとめた。そして、「なあ、テチ。カウンセラーに一番必要なものって何か解るか?ある意味、医者になるよりも難しいかも知れないぞ」と聞いてみたら、「う~ん何だろうなあ・・・ヒントくんない?」と言うので、「カウンセリングに来る人達ってどんなイメージだい?」とヒントをあげると、「困ってる人達ってイメージかなあ」と言うので、「いい線いってるけれど、そこから先は自分で考えなきゃあ駄目だ。テチはまだまだ若いしな。人生経験積んでから決めても遅くは無い」と言って、話を切り上げた。テチがカウンセラーになりたい気持ちも解るが、私はそれ以上は言いたくなかったのである。前述した友人の奥さんのオーラはどこから来ているか?哀しみからである。それを乗り越えるためのタフさも必要だ。テチには知らなくてもいい哀しみを抱え込んでほしくなかったのである。

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試練

 この毎日blogを始めてから、もうすぐ2900話目となる。辞めたいと思ったことも、逃げたいと思ったこともゴマンとある。特に、不調なときには、買ってでもネタが欲しいと思った。ノイローゼになった事もある。海外からでも打ち続けた。この八年弱続けてきて、最も悲しかったことは、blog文化というものが廃れてしまったことである。どれだけ大切な事を書いても、意味が無いのである。自分の友人との約束を死ぬ覚悟で守り続けてきた。3.11の時にも、辛い思いはしたが、投げることだけはしなかった。諺に言う、『桃栗三年、柿八年』とは、どういう事かも解ってきた。単なる芸事を指すだけの言葉では無いな、と。芸事に限れば、落語家だったかなんだったかは忘れたが、修行中は24時間(寝ている間も)芸について考えられなければ駄目だ、と言った人がいた。私も、この24時間縛りのblogを通じて、片時も頭から離れることは無かった。証拠に、日付更新の深夜0時が近付いてくると、自然と目が覚めるのである。こんな事をしていて・・・などと考えると、頭がおかしくなる。それが、不器用なりにも、自分の道なのだと信じなければ、到底耐えられない。耐えられるはずが無い。もう一つ、私の中には、死んでも男同士の約束を守る、という信念があった。誰に何を言われようが、放っておいた。生き方の優先順位が違うのだから仕方がない・・・最近、よく、私が思うことは、毎日blogとは、試練なのではないか?ということだ。私が本当に文章というものを愛しているかどうかへの試練なのかと考えるようになった。

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逆の発想

 芳しくない体調も、昨日よりはかなり改善された。とは言っても、寝ている時間が多い。栄養をしっかり採って、寝る。最初のうちこそ、ストーーンと眠られていたのだが、次第に分割睡眠となり、今日などは、二、三時間寝て、二、三時間起きる、という細分睡眠になってしまった。こうなると、起きていても頭が働かず辛いし、寝ていても寝た感じがしない。ストレスばかりが増加して行く・・・こういう時には焦ってもロクな考えが浮かばないので、静かな部屋で一人きりになり、深呼吸をしてみる。とにかく、止まってみるのだ。すると、案外、ゆったりとした時間の流れの中に自分がいることが解る。そうなると、こっちのもの、ポツリポツリと、これまでの人生の風景や思考のヒント、ひらめき、といった様々な心の滴が己に降り注いでくる。結果、癒やされる。絶対にやってはいけないのは、あがくことである。前にも書いたが、海で溺れかけたとき、あがくと確実に溺れる。海水を飲み、体力が無くなりと最悪のパターンに嵌まる。逆転の発想で、そういう時はただただ、浮いておくのだ。それが悪い時なりの最善の凌ぎ方なのだ。麻雀でも上がりやすい役の正反対に役満があるではないか。太極図でも、光の中に闇を観、闇の中に光を観る事の大切さが秘められている・・・私の親父が博打を幼い私に教えたことには、様々な狙いがあったのであろうが、小学生の時から麻雀を教えたのは、それが辛抱のゲームであったからではなかろうかと推測する。

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気合で食らう

 微妙に吐き気と寒気がして、頭フラフラ、鼻ズルル状態が続いていた私だったが、風邪なのか花粉症になったのか解らぬ一夜を明かした。眠っていても、時々目が覚めて、寝返りを打つ。起床後も体はビシビシで食欲も無く、思考力が無い。とりあえず、野菜ジュースを飲みながら、りんごやバナナといった果物から、食していった。念のため、市販の風邪薬と頭痛薬を服用。しかし、全く効き目無し。気だるく、パワーダウンを起こしていた私は、段々と腹が立ってきた。こういう時こそ、気合で、栄養のある物を喰らうべし、と勝手に決め付け、前の晩の夕飯だったサイコロステーキとキャベツの千切りをスローペースながら片付けた。少しの達成感を感じた私は、何かに勝った気がしたが、勘違いだったのかも知れない。しかし、勘違いは止まらない。その四時間後に、その日の夕飯だったチャーシュー麺に、スタミナを付けるべく、ニンニクを大さじ二杯入れて喰らった。完食し、多少の達成感はあったものの、チャーシューの脂に少しやられた気分。少し胃もたれしているが、パワーダウンを免れることに成功・・・考えてもみれば、若き日の白鵬はガタイをでかくするために、吐きながらでも、ちゃんこを食べ続けたそうではないか・・・そんなことはどうでもいいから、この不可思議な体調不良が早く治ってくれることを期待している。

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謎の体調不良

 ここ二日間、謎の体調不良でロクにものを食べてはいない。寝っぱなしで腰が痛いと思ったら、頭痛までしてきた。とりあえず、野菜ジュースを飲んでいるが、何かまともな物を食べよう。

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こいつ死にてえのか

 昨日、遅くに帰って来た弟と寝起きに一時間位喋る。話題は車を運転していて危険だと思うこと。お互いに、チャリンコが恐いという話になった。基本的に自転車には免許はいらないが、赤信号の交差点を無視する輩が多いと。特に、右折するときには、必ず目視しなければ、そいつらを引いちまう可能性が高いなどと。運転が仕事の1/3を占める弟は、四車線の道路で一番右の車線を走っているおっさんを観て、『こいつ、死にてえのか?』と疑問に思ったそうである。片道四車線だとすると、原チャリでも、二段階右折だ。そうでなければ違反になってしまう。「最近そういう運転が多いよな」と言うと、「無茶苦茶だ」ともらしていた。「一時停止を無視することが、信号無視と同じ事だと解っていない奴も多いし、トラックとか営業車は、お互い解っているから、道を譲り合う。一番タチの悪いのが、じさまなんだよな。道を譲ってくれねえ」と洩らしていた。私が、「いかついベンツとか、スモーク張ったセルシオには気を付けているよ」と言ったら、「実は大したことねえのにな」と笑う。そうして、「あいつら、昼間の暴走族みてえなもんだよ。タチ悪い」と呟いたので、「一番、タチが悪いのはガキチャリだろ。こないだいきなり車線に出てきて、大慌てでブレーキ踏んだよ」と言うと、「そもそも、この日本の狭い道で、免許も持っていない奴に、チャリンコで車道を走らせるのがおかしいんだ」と言い放つ。「所詮は、付け焼き刃な法律だし、そのうち社会問題になるだろう」とコメントすると、「事故っても、こっちの責任になるんだろうな。おかしい」と言って会話が途切れた。ドライバーは誰も事故を起こしたいと思っているわけでは無いのだが、交通ルールのみならず、マナーとかも教えるべきだ。また、自転車が車道を走るように決めたのであれば、試験なりなんなりで、交通ルールを縛った方がいい。現状では危険極まりないのが実感だ。

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甥の通う高校

 弟の長男が高校生になるにあたり、いろいろと出費がかさむようだ。高校側から、電子辞書を購入するように、との通達があってから、ジャパネットたかたのカタログなどを観ていた弟が、「四万円台か~学校で買った方が安いな」と言うので、私は、「便利なのは解るんだけれど、紙の辞書の方が愛着が湧かねえか?一回引いたかどうかも解らないから、頭に入らなくなる気がするなあ」と応対。「まあ、辞書以外にも教科書とか持っていく物も多いから仕方ないよ。それより、義務教育じゃあ無くなるから、金が掛かりすぎる」と、溜息。「野球部に入るんだったら、いろいろと掛かるでしょう?」と母が口を挟むと、「野球部の朝練に間に合わせるためには、あいつ、始発の電車に乗らなきゃあならねえんだよな」と弟。「市立なのに、そんなに練習がハードなのか・・・放課後も練習はあるんだろう?」と聞くと、弟は、「勿論あるよ。大学にらみながら野球の強い所狙っていたからなあ。でも、私立じゃなくて良かった。卒業までに掛かるカネが500万は違う」と苦笑い。「母さん、どうやって凌いでたの?」という弟からの質問に、「家は、教育費と食費がほとんど。エンゲル係数はかなり高めな方だった」と母。「頑丈すぎる体に産んでくれてありがとう」と私が言うと、弟も同感だった様子・・・ほんのりとした昨晩の夕飯での会話模様。昼間、庭に眼をやると、春が近いことを予感させるように、梅の花が咲いていた。

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J:COMの横暴

 ケーブルTV会社として、JCN(Japan Cable Network)と契約した。KDDIが関わっていたというだけで、電話、ネット、TVの回線を任せた。信用していたのだ。しかし、いい関係というものは長続きしない。こちらはJCNと契約したつもりでも、いつの間にかJ:COMに業態を変え、まずはパソコンのセキュリティでトラブルが出た。メールアドレスのドメインがJ:COM名義になっていないとセキュリティのサービスが受けられないというのだ。つまり、強制的に子ネズミになれと言われているのと同等である。文句を言ったが、焦げ付いて焼けた。次に不審に思ったのは、パソコンでGoogleで検索したキーワードが、無理矢理に押しつけられたJ:COMのサーチエンジンにも現れるという問題。まるで、プライベートを監視されている様な気分だ。こういうハラスメントを突きつけられては、いい関係など作れるどころか、J:COMという会社は何か勘違いしているとしか考えられない。何があったのかは知らないが、現時点で、KDDIが手を引いているのだが、その知らせも突然で、一方的に無茶苦茶な条件を突きつけられたようなものである。いつの間にか、相当に信用できない会社にライフラインを握られている気分だ。イライラが納まらない中、二、三日前から、TVを点けると、J:COMのページから番組が始まるようになった。何とか怒りを静めている状態だが、要するに、出しゃばりすぎているのである。解釈の仕様によっては、プライバシーの侵害だ。今時、そんなことをしても、信用を失うだけで、何のメリットも無い。旧態依然とした、あわれな企業なのだ。契約を打ち切ろうかどうかで悩んでいる所である。

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祖母の一周忌

 牡蠣せんべいを食っている。風味があって、なかなかの味わい。広島の味だ。昨年の三月一日に母方の祖母が他界してから一年になる。早いものだ。臨終前に、電話越しに母が絶叫していたのが忘れられない。普通なら三回忌で集まるものだが、瀬戸では一周忌(二回忌)に集まる風習がある。祖父の時もそうだった。厳密にするならば、日付通りにするべきなのだろうが、平日に穴を開けるわけにもいかない。よって、土曜日の2月28日に京都で法事が行われた。瀬戸の人が何で京都で?と思われるだろうが、母の弟に当たる叔父さんは、広島で働いているが、祖父母との話し合いで、過疎化一路の瀬戸の墓は、私から観て曾祖父の代で閉めてしまい、祖父の代からは、母方の墓所は京都の大谷廟にする事にしたらしい。今回の一周忌、我が家からは母が出向いたが、午前六時前に家を出て、『のぞみ』で早めに着き、大谷廟横の清水寺を散策していたらしい。しかしながら、私から観て、従兄弟に当たる大学一年の叔父さんのせがれは、何も知らずに東京から『こだま』で京都まで来たというのだ。大した根性である。去年、広島に行った際、叔父様叔母様とは色々と話をして、相当お世話になったのだが、叔母様が、母に遠慮無く話しかけてくれるようになったのは、我が人徳のなす所(?)・・・叔父が、「姉ちゃん、昼、一緒に食べようや」と言う中、久々の家族水入らずの時間を壊してはいけないと、母はとんぼ返り。夕飯は、信じられない程高い、幕の内弁当だった。さて、これから、祖母の霊を弔うべく、お勤めのスペシャルバージョンでもやるか。

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