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なぜ小保方氏のD論を早稲田は却下しなかったのか

 STAP細胞問題のおそらく最後のニュースともとれる記事を見付けた。何回も思うのだが、小保方氏は英文科にいった方が、まだ芽が出ていたのではないかと考える。STAP問題で後始末をつけるのに理研が要した金は8000万円強。対し、小保方氏が返還する額は数十万円。おかしな話だが、金の話はまだいい。この騒動が引き起こした問題の本質は、実は、大学の研究のあり方について、もの凄い一石を投じた面もあるのだ。大学生の書く論文ともなると、大層なものを想像されるだろう。しかしながら、それは学位論文(4年)か修士論文(6年)か博士論文(9年)かで価値が全く異なるのである。学位論文の場合、就職活動をしながら書く。だから、院に行く者と就職する者では、雲泥の差なのだ。就職組には楽な研究をさせる傾向がある。研究の定義にも依るが、就職組の論文には、まず価値が無い。例えば数学科などは、4年で論文を書くのは不可能だからと、修士からしか論文を書かせてはもらえないのだ。このシステムを悪用する輩がいるのだから厄介である。そんなのはどうでもいい。修士以降の、いわば大学院に入ってからの論文には、創造性が求められるのが当然だ。しかし、いざ論文を書くとなるとネタ探しに頭を悩ます(私は院を中退したが、院の時には学位論文の検証を行うつもりであった。学位論文で学会の定説を否定し、新しいモデルを提案したからだ)。ゆえに、修士論文でも曖昧なままに終わるケースもあるのだ。ひどい場合では、博士論文でも後輩の論文を自分の手柄にする輩や、適当に済ませてしまう場合もある。私達は、そういうバカなドクター(博士)のことを、隠語でバカドクと呼んでいた。バカドクでも研究室に残りたい奴もいるが、大概は教授から首を切られ、秋にリクルートスーツを着ることになっていた。理系の研究室の場合、このバカドク問題が相当やっかいな問題でもある・・・ここで、小保方氏の問題を検証してみると、理研を追われるのは当然な処置であるが、ハーバード留学以前の早稲田大学のドクター論文についても疑念の声が上がった。有志の教授達が、博士号を撤回しようとしたが、潰された。私には理由がすぐに解った。つまり、小保方氏の博士論文を否定してしまうと、その他、大勢のバカドクをはじめとした理系の卒業生の論文を否定することになるからだ。基本的に就職が決まったら、論文は花を持たせる意味で『A』をつける大学も多い。学位論文の場合、最悪、先輩の論文を写す奴もいる。それで単位が来て平気な顔をしているのだからおめでたい。私は、そういうやつらの卒業を認める大学に憤りを感じた事を忘れてはいない。そういうことを許した指導教官にも、未だ納得がいかない。

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