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考える授業とは

 今のセンター試験から新テストに代えるということには反対ではない。私が言いたいのは、いろんな視点から評価するという、新テストに見合っただけの教師がいるかどうかなのだ。下手をすると、その教師の権限で、大きく結果が別れてしまうことにはならないのか?というのが疑問点。私は塾講師時代に、内申点が3/4を占めるという配点に疑問を持った。精魂込めて育てた生徒が、何にも解ってはいない教師に振り回される・・・これはおかしい。ましてや試験である以上、内申点が決まってからでも伸びる子はたくさんいる。中学校の教師ほど、退屈で薄給でウソを平気で教える教師も他にはいないのだ。私が教職の単位を取っていれば、中・高の数学と物理の教職の資格は取れた。小学校の場合はその道の専門課程に進むのだが、私の場合は、最悪でも、その道のトップの学校に対応できるだけのものが無いと感じたので、教職は取らなかった。人様から銭を取るということを難しく考えすぎていたのかも知れないが、他はともかく、それだけは譲れなかった。私は人が人を教えるとはどういうことかで苦しんでいた。下手をすれば、その子の一生が決まってしまう・・・だから、私は勉強だけで無く、一人々々を観察し、廃れきっていた道徳の話や、どんな質問にでも応えられる自分を造った上で、生徒達に考えさせた。どっちにしろ駄目なら、勉強を最低限に教えて、自分で考える力を身につけて欲しかったのだ・・・20分ぐらいオチを考えていたが、今日はこれくらいにしておきたい。本調子ではないのだ。

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