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2015年1月

フェイスブックの傾向と対策

 ・腹が減っているときに、美味しそうな物の写真を見ると、条件反射で『いいね!』を押してしまう。対策としては、満腹時に観るべし・・・これは買い物にも当てはまる。

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家路へと

 夜の草加駅のプラットホーム、「寒いな」とみんなが言う中、間もなく電車が来た。とりあえずそれに乗る。私はみんなに話を合わせながらも、考え事をしていた。帰国子女としての彼を観察しながら。彼もかなり努力していることが解る。私が彼に聞いてみたかったのは、彼が独身の頃に、「自分はアメリカにいても中途半端なアメリカ人。日本にいても中途半端な日本人なんだ。今の状態では、根を張る場所が無いのも事実。結婚して、家族を持てば、そこが自分の根を張る場所になるのでは、と思う」と語っていた頃と、実際にお子さんを授かってからとでどの様な変化があったのかということだったが、彼の笑顔を観て、みんなの前で聞く話では無いな、と判断し、止めた。何だか野暮な感触もあった。しかしながら、この『根無し草問題』は、今後、社会問題になって行くだろうな、という思いは消えなかった・・・みんなと別れ、東京駅から独り家路に就く頃、運良く座れた私に、睡魔が襲って来た。早く帰りたいのと寝過ごしのリスクが伴う車内で、本を読もうかとも考えたが、重い本なので、余計に眠気が増すだろうと予測した私は、ズボンの右ポケットからハンカチを取り出し、その幾何学模様について考えることにした。店を出る時に眠気覚ましを飲んでいたのだが、私は夢中で対称性なり何なりを、ハンカチを観ながら頭の中で動かした。そうして無事、最寄り駅で降りた私は、タクシーに乗車。荒い運転のタクシーは、次の電車に間に合わせようとしていたのではないか。家に着くと少し車酔いをしていた。お冷やを一杯のみ、落ち着くと、何だか嬉しくなった。無事に帰ってきた事に加え、久々に盛り上がった会だったからである。目覚めてから、「FORGIVEN」を飲み、お袋に会の概略を話すと、「みんな綱渡りみたいな人生だけれど、それを楽しんでいるね」とのコメント。一度きりの人生、楽しまなければもったいなさ過ぎる。そう思いつつ、私の誕生日だったので、母が炊いてくれた赤飯を頬張った。

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帰国子女とアイデンティティ

 「メインは鳥か」と言う友人に、店長は、「(来る予定だった友人からの)リクエストがあってな。来られないことを知って、急遽、鍋から変更してみた」との返事。みんなスペアリブ同様、骨を持ってがっつく。なかなかいける。日本酒がつきた頃、それぞれ、別のお酒を注文していた。私の場合は、『ZIMA(ジーマ)』。もう、時計なんか気にしてはいない。一通り片付けたところで、二年半ぶりの友達に質問してみた。それは彼が帰国子女(新しい呼び方を忘れた)であり、独身の頃に、自分の事を『根無し草』みたいなもの、と言っていたのが気になっていたからだ。「俺等の歳頃の帰国子女って優秀なケースが多いけれど、これから、グローバル化してゆくと、必ずしもそうではなくなる。帰国子女のアイデンティティのあり方と、実態。また、それらにどう対処しているんだい?」という質問をしてみた。すると彼は、真面目な顔で、「帰国子女にも色々といるけれど、悪い場合だと、自閉症になったり、引きこもりになったりする」と言った後、少し考えて、「僕の場合は、日本人だと考えている」と発言したので、私が、この、『根無し草問題』についてみんなの意見を聞こうとした所で、「おい、そろそろ終電の時間じゃあないか?」と店長の声が飛んで来たので、時計を観たら十時半過ぎ。店長の前に万札が舞う。「ありがとうございます」と言う店長に、「ごちそうさま」という声がみんなから掛かる。身支度をして店長と一緒に改札へ。続きは電車の中でする事になった。

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提案

 「ところでさあ、この会の二回のうちの一回は都内でやろうよ」という提案が二年半ぶりの友人の口から出た。全部で八人の友人のうち、私と店長を除いた六人が都内に住んでいるのである。私の自宅からは、東京駅あたりが草加への中間点なのだ。みんなが、それもいいなあ、という雰囲気の中、店長はお目覚めし、「俺的には全然構わない」という返事で、これからはそうなることが決まった。みんなが、都内のいろんな場所を希望する中、銀座がいいなあ、と言う友人もいたので、幹事役の私としては、一つ頭を悩ませることがあった。それは、リーズナブルな価格かつ寛げる店選びについて。「都内でもいいけれど、場所も特定されていない中、いい店を選ぶのは難しすぎるなあ・・・誰か店選びをやってくれないと困るな」と正直に言うと、二年半ぶりの友人が、「だったら、俺がやってもいい。その代わり、土曜じゃあ無くて平日にしようよ」との提案にみんな、ちょっと話し合った後で、店長の都合も考えて、「じゃあ、木曜日にしよう」ということになった。「ちょっと待ってくれ、木曜日って俺の休肝日じゃねえかよ」と話してみても焼け石に水。帰って来たのは、「だからいいんじゃあねえか」というコメント。『こいつら鬼や』と思ったが、「しょうが無い。その週は水曜日を干す日にするか」と語ると、誰かが、「ゆくゆくは、そのお店で」と二年半ぶりの友人に声が掛かった。みんな、やるとなったらとことん応援する。この面子でスクラムを組んだら、負ける気がしないから不思議だ。そうこうしているうちに、本当のメインディッシュが出てきた。鳥である。鍋では無かったが。

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連れションと夢とアベノミクスと

 「ちょっとトイレに行ってくるな」と言って、座敷の一番奥から席を立つ。スリッパを履いて、店外のトイレで用を足していると、二つ隣に友人が来て、「よお」と連れション。彼とは席が遠く、その日は余り話していなかったので、多分、タイミングを見計らって来てくれたのだろうな、と推測。私の様子も気に掛けてくれていたのかも知れない。年末に色々と話し尽くしてしまい、これといって話題も考えてこなかった私は、彼の会社の決算の△が大きいことを心配した。怒濤のようにニーズが日々変わる業界で、彼も頭を悩ませている部分もある様子だった。でも、彼なら大丈夫だろう、と安心している。お互いに言葉は少なくても、そこら辺の呼吸は阿吽。二人で座敷に戻ると、店長が半眠り状態の中、席に着く。話題は、二年半振りの友人の夢についての模様。「レストランを経営してみたいんだよね」という友人に、みんな、「飲食は止めた方がいい」とコメント。あらゆるジャンルのエキスパート達が口を揃えた。私も『Katsu』の店長の苦労話を聞いていたから、「そういう話だったら、大将に聞くのが一番早い」と話を振ってみても、肝心の大将は完全に眠ってしまっている。みんなが笑う中、私が、「アベノミクスで経済が良くなる筈がない。肉も野菜も何もかも、滅茶苦茶に値上がりしている。同時に雇用が増えた分、人件費も跳ね上がる。多分、草加の飲食店で、一番の売り上げのこの店だって、人手不足で木曜は閉めているんだよ」と話しても、「でも、やってみたいんだよなあ」と嬉しそうに語る。みんな、「リスクが高くてリターンが少ないビジネスはやっちゃあいけない」と止めに入ったが、多分、彼はやるだろうな、という空気が流れた。それを感じ取った彼は、流れを変える提案をした。

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俺の好きな酒があって~

 『詰め将棋じゃあねえんだから』と思いつつ、三人に詰め寄られた私は、「参りました」と言って、一本だけ吸った。そして、「これでFORGIVEN状態だな」と話し、黙って吸った。悔しいことに、その旨さの極上なること極上なること、この上無し。はじけた会話がここから始まった。その頃には、一升瓶が三本は空いていただろう。時計などは気にも留めなかった。100億の男に一番なじめなかった友人が、「最初は、アイツは女癖が悪いとか言ったりして、非難の嵐だったんだ。でも、アイツはそんな奴じゃあ無い。長い目で観てくれっていっつも言っていたんだよ」と私の方を指さす。それも三回位。その度に、「ありがとうございます」と私に頭を下げる友人。「こそばゆいからよせ」と三回言う私。彼には確かに、女癖が悪い所があるとは感じていたが、学生時代から、人の長所を引き延ばし、短所を縮めて友人と接していた私にとっては、どうでもいいことだった。それがみんなに受け入れられたのは、途方も無く嬉しいことだった。彼が積極的にパンチを打ち続けた努力の賜でもある。その認めた友人は、みんなに、「どんな生き方をしようと変わらない。最終的にはこっちに行くから」と私の方を指さした。私は、確かに仏教を中心にいろんな宗教や自己哲学の塊の様な人間である。当然、金にはならない。しかし、人間にとって本当に大切な事とは何か?と毎日格闘している。一度、みんなに出家を勧められたこともある。「坊主の世界も俗だから」と言って、~今宵貴女がいて~俺の好きな酒があって~と歌い自分も俗である事を説明した。私は、坊主との問答では、大きく勝ち越しているのだ。そんな時、尿意を感じた。

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100億の男 その2

 「その投資先起業って、ホームページに載ってる?」と私が聞くと、「勿論載っている」と自信の返事。「よし、もう一度チェックしてみるか」と応え、考え事をしていたら、既にベンチャー企業の会長である友人との話になっている。途中からだったので、話の発端は解らないが、「三十億ぐらいは都合つくのか?」との話に、「ごめん。ウチは百億以上なんだ・・・でも、待てよ。三十億だったら何とかなるかも知れない」と思案顔。「うん、なんとかなるな」と言った所で、「それだったらお前の所に頼んだのになあ。畜生」との会話。多分、常人にはついて行けない世界である。そんな時、店のBGMのメロディが私の耳に留まった。私は、100億の男に、「この曲知っているかい?」と聞いたら、彼は少し黙ってから、「ガンズ&ローゼスだろ」と当てたので、「正解。『シヴィル・ウオー』って曲だ。この曲の歌詞の中に、私の物心ついての最初の記憶は、JFKの暗殺のシーンだった、って部分があるんだよな」と語ると、彼は一瞬、怪訝な顔をしていたが、コメントの前に、メインディッシュの一つとも言えるスペアリブが運ばれてきた。みんな手で骨を持って食らいつく。「これは旨い!!」の連発。私が切れ目の入っている所を見付け、「なんだ、こっちからだったのか」と言って食べた最後の一口が、脂身との絶妙なハーモニーで、私の口をすべらせた。「いや~こういう脂身で唸らせる料理が憎くて、家系ラーメンを思い出させる。その後の一服が実に旨いんだ」と言った途端に再び三方からライターを載せた煙草の箱が差し出された。やっちまったと思っても時既に遅し。溜息をついた。

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100億の男 その1

 会が進むにつれ、ポン酒二本だろうが三本だろうが関係ねえモードに入っていった。斗瓶取りはねえのか?という文句さえ聞こえる。決して荒い会ではないのだが。日本酒も全て大吟醸クラスなのに。そんな中で、投資ファンド(決して投機では無い)に勤める、二年半ぶりの英語堪能な友人の話が面白かった。多分、隣の友人とは初対面なのではないか。やや、自己紹介めいていたが、松下を辞めて、転職した男である。私がこの会に誘った。『松下を辞めた』と言った時点で、みんなが口を揃えて言ったのは、「良かったなあ」である。なんなんだこの面子は、と思うのは私だけでは無かろう。しかし、彼から相談を受けたとき、容赦なく、「辞めちまえ」と言ったのも、他ならぬ私である。彼は、とにかく、海外出張が多い。だから二年半ぶりなのだ。今は韓国のメーカーで、中国、ベトナム、日本に跨がる会社の融資を一任している。この会の日も、大阪からのトンボ返りだった。お互い白髪が増えたなあ、などと最初こそ話していたが、仕事の件について聞かれると、真面目。彼も娘さんを授かり、きっと充実しているのだろう、ニコニコしていた。そういう関連の質問も飛んだが、正直にやんわりと答える。私は、彼の奥さんも知っていたので、「あの娘なら、子供さんを安心して任せられる」と言ったら、彼は、「そういう女だから、結婚したんじゃあねえか」と荒削りな面も笑いをよんだ。私がみんなに紹介した頃は、明るいけれど、思想的に保守的だと感じていた。優秀さは大学でも通っていた。しかしながら、ちょっとカタブツだという印象だった。だから、この会に誘ったのだ。大学での彼の友達は皆、文系就職し、独りぼっちだった彼に声を掛けたのだ・・・そんな彼も、私達みたいな、おばかさんを相手にしているうちに角が取れ、丸くなってきたなと感じることが多い。彼は、どう思っているのかは知らないが、少なくとも私は、良くなったと思っている。勿論、彼の努力あってのことだが。

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FORGIVEN状態 その2

 迷った事とは、その話をもっと深く掘り下げるか、話題を変えるかという所でである。私の主張が通ると、「UNFORGIVENだろ」と断定した友人が恥をかく。結果、私は黙る事に決めた。すると、それを察した友人の一人が、「この集まりで、いっつも、つぶれて寝ちまうのが店長なんだから、説得力がねえ」とツッこんだ。みんな笑う。店長も笑う。そうこうしていると、一人が、「あっ、ホントだ。効いてきた」と言った。みんな、『本当か?』ということで注目。カプセルを飲んだらしいのだが、友人曰く、「二日酔いに効くかは判らないけれど、確かに頭はスッキリする」とのコメント。店長は、「これにはアルコールを分解する作用があるんだ。だから、二日酔いにも効く」と勢いづく中、私は、アセトアルデヒドを分解する酵素のことについて考えていた。聞こうと思ったら、誰かが、「確かにラベルには、アルコール分解とスッキリ感てあるな」と言った。私は、「二日酔いに効くかも知れないけれど、肝臓には本当にいいのか?それに、二日酔いでベッドでマグロ状態になっていることも、いろんな意味で、結構、重要な要素があると思うんだけれどな・・・でも、これだけポン酒飲んでいたら、明日の朝、お世話になるだろうけれど」と言ったら、みんな、黙って『FORGIVEN』をカバンにしまった。これはみんな試してみるな、と感じたのは全員だろう。しかし、『FORGIVEN』 を飲んでいない店長は間もなく寝に入ってしまった。料理とポン酒はどんどん進む・・・余談だが、家に帰って辞書を引いてみたら、forgiveの名詞形はforgivenessだった。ということは、『FORGIVEN』は過去分詞である。果たして過去分詞が商標になるのかな?という疑問は残るが、翌朝の二日酔いの時に飲んでみたら、滅茶苦茶まずい。しかし、30分位で二日酔いがとれたのは事実である。それから私は、いかにして宣伝するかと考えながら、TVドラマを観ていると、ある女が体調が悪いときに、主人公が薬を渡しているシーンを観て、『こいつ『FORGIVEN』状態だよ』と思った。そして、『FORGIVEN状態』という言葉がキャッチコピーにならないかとまで考えた。つまり、言葉として流行らせた方が、口コミで売ろうとしている店長にはいい作戦だと思えた。二日酔いや薬に限らず、『許された状態』なら下ネタでもなんでも構いはしないと、ぼんやり考えていた・・・さてさて、この集まり、時計を観ると未だ二時間も経っていない。

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FORGIVEN状態 その1

 店長が持ってきた物とは、アメリカではコンビニに置いてあるという、二日酔いに効くというサプリメントだった。ドリンクとカプセルがある。それをサイドビジネスにしようという魂胆を話し、皆に配っていた。みんな怪しげに観る。カプセルはともかく、ドリンクは全員もらった。誰かが、「これって危険ドラッグなんじゃあないか」という一方で、「ネズミ講だろ」という意見もある。みんな訝しげだった。店長がちゃんとした筋の物だと言っても不信感ばかり。そんな中で、英語に堪能な友人が、そのドリンクのネーミングを見て笑い、「FORGIVENっていうのがいいじゃない。『許す』」と言ったら、誰かが、『許して頂戴』だろ、と言った。すると、別の友人は、英語に堪能な友人を配慮しながら、『FORGIVE』には、神と関わり合うニュアンスがあるらしいと発言。確かに天使の輪がパッケージに載っている。全員が首を捻る中、店長の売り込み話術が冴える。しかし、私は全く別のことを考えていた。『FORGIVEN』は名詞なのか過去分詞なのかという問題だ。果たして過去分詞がネーミングされることはあるのかと。みんなが店長に、怪しすぎるぞ、と言う中、私はその事だけを考えていた。そうして場が落ち着いた所で、私の口から英語堪能な友人に、自然と質問が飛んだ。「FORGIVENの否定型って何なんだ?」と。友人は即答できなかった。多分、あの場でそんなことを考えていたのは私だけだったろう。しかし、英語に堪能な友人が即答できないということは、名詞では無いんだろう、という推測がついた。すると私の横の弁理士系弁護士の友人から、「UNFORGIVENだろ」という声が飛んだ。私は迷った。

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『下町ロケット』と弁理士系弁護士の実態 その2

 「もう一つの質問は、裁判官について・・・弁護士だからといって、裁判官は選べないでしょう?あの小説では裁判官の個性によって判決が劇的に変わる。それって、実際にありうる話なの?」と聞くと、弁理士兼弁護士の友人は、煙を吐いて、「ありうるよ。決してフィクションじゃあない。大きな因子の一つなんだ」と教えてくれた。他の友人達が聞いているのを知ってて、ここから私の話は先へと進む。「事務所のホームページを観た限りでは、理系出身の弁護士が多い気がした。一人々々読んだけれど、特許関係が中心の事務所とみてもいいのかい?」と尋ねると、「うちはそうだよ。特許裁判の仕事が多いなあ・・・十年前には需要が無かったんだけれど、最近は多くて、そこに特化してると言ってもいい位だよ」と応えてくれたら、友人の一人が、「勝率はどれくらいなんだ?」と聞く。「九割以上」「それって選んでいるのか?」「そんなことはない。七割勝つ見込みがあれば、うちには来ないよ。その中で勝負してる」とのやりとり。ここで私はみんなに合わすべきか、自分の質問を通すべきか迷ったが、好奇心が後者を推してしまった。「ところで、最初っからのボスが二人いるじゃない?弁護士と弁理士系弁護士と・・・直属のボスは後者なんだろ?」と聞くと、「うん。そうだよ」と明かしてくれたので、もう少し踏み切った質問をした。「年下だけれど、帽子君の方が偉くなっちゃったじゃない。人間性はともかく・・・」とまで聞いたら、「彼は優秀だよ」と認める返事が返ってきたので、「それは経歴や著作を見れば解る。俺が聞きたいのは、そういう事務所の中で、君がどういうスタンスを取っているかなんだ。聞かせてくれない?」と頼むと、彼は、「そうだな」と言ってすぐに、「帽子君は裁判に勝てる数値を明確に挙げるんだ。53%とか・・・でも、俺はそれは違うと考えている。何を根拠に、そう言うのか、と。だから、俺は、相当きわどい裁判でも顧客の為に必死になるんだ・・・勿論負けることもある。でも、顧客が頼んでみて良かったな、と思われるように努力しているよ」と打ち明けてくれた。「そうだよなあ。裁判なんてカネがかかるのが解っていても、納得できないから起こすんであって、たとえ負けても納得してもらえることは重要だね。立派なスタンスだと思うし、帽子君の理屈じゃあ人の気持ちは動かないよ。いいポリシーだと思う」と言うと、彼はちょっと照れくさそうに笑い、グラスに口を付けた。前の二人を観ると、別の話題に移行していたが、後に彼等は、私と同じ質問をした。その時には私が彼を弁護したが(苦笑)。一段落つき、四品目ぐらいが出てくるとき、『Katsu』の店長が怪しげな物を持ってきた。日本酒の1本目が空こうとしていた。

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『下町ロケット』と弁理士系弁護士の実態 その1

 全員が日本酒を行きだして、二品目の料理が運ばれてきた頃、私はある狙いを持って、隣の弁理士兼弁護士の友人に前回紹介された直木賞作品の本を切り口に、話しかけた。「『下町ロケット』一昨日徹夜で読んだよ」と振ると、「あれはちょっとくだけすぎてる本かも知れなかったなあ」と言うので、「でも、映画を観ているみたいな展開で、一気に読めた。1、2章が本業の専門だとするなら、残りの章は、組織ってものがどんなものかっていう、いい社会勉強になったよ」と感想を述べると、彼は頷いていた。「で、1,2章の中の話しだけれど、作中の優秀な弁護士が、隙の無い特許、についてコップを例に語るでしょう?実際の特許で、客観的に隙の無い特許っていうものは、どう作ってどう判断するんだい?」とつかみを入れると、彼は、「あ~あ~あれか。実際には二行ぐらいで済ませちまうんだ」との返事に、少し驚いたが、すぐさま、「それは、あえて漠然と書いて、受け皿を限りなく広げるって事?」と尋ねると、「そういう事。具体的に書けば書くほど、限定的になっちまうでしょ。ついでに言うと、弁理士は特許を取れればいいだけだけれど、弁護士の場合、それこそあの本の中のように、特許裁判を想定して、戦える文章にしなければいけないんだ。そこが大きく違う」と教えてくれた。ふむふむと頷く私。続いての質問をしようとすると、前の二人が耳を傾けていて、そのうちの一人が、「それ、何ていう本なの?」と食いついてきた。タイトルとあらすじを軽く説明して、次の質問に入ろうとしていた私は、自分の狙い通りの風を感じた。狙いとは、新年会メンバーの中で一番月日が浅い友人を、質問を通じて互いの理解を深め、みんなとの距離を縮めることだったのである。

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なんなんだこの面子

 草加到着。待ち合わせ時間の30分前。予定通り。鏡張りの怪しいエスカレーターを昇り、食彩館の三階に行く。『Katsu』の敷居をまたぐと、店長と弁理士兼弁護士の友人が話し合っている。何やら真面目なので、先に座敷に上がった。一番奥のいつもの席に座り、痛み止めを飲む。自己診断では座骨神経痛。しかし、気合いが入ってか、気にならない。時間まで、くつろぐ。と思ったら、いつも通り、みんな早めに来だした。二年半ぶりの友人もいた。いつもの席は窓際で、喫煙者が集う。私が煙草を吸っていないことに誰かが気付き、「外出するときは持ってこないんだ」と言うと、三方から煙草の箱が差し出される。『こいつら悪魔や』と思いながらも、それまでの自分の行いを悔い改める覚悟で、手を出さなかった。時間前に、ほとんどの友人が揃い、間もなく五時というところで、「先に始めちゃおうよ」という声が出る。「時間までは・・・」と言いかけても多勢に無勢。ビールで乾杯。同時に魚料理が運ばれる。みんな昼を抜いてくるので、我先にと箸を出す。「旨い」の声が溢れる。すると店長、珍しい日本酒の一升瓶を三本机上にドン。プレゼンの後、「どれがいい?このうちの二本を選んでくれ」とのこと。まだ誰のジョッキも空いてはいない。私は、黙って観ていた。誰かが非売品の大吟醸を選ぶ。後は、生と生々。私が、「生とか生々って、はじめから生でやらしてくれる女なんているか?玄人じゃ無くて素人で」と飛ばす。この会で私が下ネタを飛ばすのは初めてのこと。みんなそれに驚く。しばらくはビールから入ってというヨミだったが、みんなのジョッキが空いたら、すぐに日本酒という展開に。『何なんだこいつら』と思いながら、少し遅れた友人のために、また乾杯。熱い夜の幕開けとなった。

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何よりも嬉しいこと

 電車の中で誕生日を迎えた。いわゆる午前様だ。草加での新年会だったので。でも、新年会は、大成功だった。それが何よりも嬉しい。何が大成功だったか?元々のメンバーに、私が見込んで紹介した友人を皆が仲間として認めてくれたからである。一切の利害関係抜きで。人間性を認めてくれたということなのだ。紹介した友人は、朝には大阪にいた。参加できるかは微妙だった。なかなか知らせが無いまま家を飛び出した私は、多分、それは、いい方向に転がっている予感がした。乗り換えの重なる途中駅で、携帯を開けると、『行きます!!草加駅だよね』とあった。私は電車内から、返信した・・・最初は、みんな、彼のことをよく思う仲間だけでは無かった。その度に、私は、彼のことを真剣にみんなに話し続けた。それでも、信頼を勝ち取るのは難しいものだ。そんな中で、一貫して彼を弁護し続けたのには理由がある。私の信念として、才能のある人に、それ相応の仲間がいないのは、世の損失として捉える所があったのだ。この考え方は、互いに高めあう、という意味で、今でも私が大切にしていることである。それは必ず、相乗効果を産み出すからだ・・・今回、彼を否定していた最先鋒の一人が、彼と私との間で、その過ちを認め、彼の存在意義を熱く語ってくれた。嬉しかった。もちろん、彼の厚情からきたご褒美である・・・どんな誕生日プレゼントよりも喜ばしいことだ。

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みんな集まれ・・・念

 大学時代の新年会が今日行われる。今迄二時間以上、友人のページをチェックしていた。第一印象は、世の中、不景気なんだな、ということである。大学時代の私の友人で、現在、まともなサラリーマンをしている仲間はいない。みんな、資格を生かしたり、特技を生かしたりでいい線をいっている。いつもの集まりだったら、私は友人達のページを2、30分しか見ない。しかし今回は、メンバー全員が集まれる可能性のある貴重な会となった。前回、弁理士畑から弁護士になった友人に紹介された本も、一昨日、徹夜で読んだ。友人達のホームページも気になる所は全てチェックした。もちろん、言っていいことと悪いことがある事はわきまえているつもりだ。しかし、文章やデータを見る限りで、いくつか質問したいことが湧いてきた。明日の行きの電車は、その選別作業だと同時に、皆、日常から解放されたい一時でもあるので、なるたけ仕事の話は後に持って行こうと思っている。しかし、それでは会が締まらない。一般的な、ぼんやりとした疑問を投げかけてみるつもりでもある。しかし、私が出過ぎてもいけない。店長が出過ぎてもいけない。なれど、久し振りに、熱い会にしたいと目論んでいる・・・思ってみるに、ここ数年は惰性だった。私の劣等感が私から思い切った発言を消し、駄目な会になってしまっていた。私には、こんなに下調べしてまで、相手の弱点を突く気は無い。ただ、創造的な場にしたいのだ。料理の品評会や金の工面の場であってはならないのだ・・・同じ条件で、同じ釜のメシを食う以上、その場は皆が同じ発言権を持っている。発言権といっても、的外れだと流れるだけだ。私は個人々々の専門にはかなわない。だから、全員のページを見て、一市民として、総合力で勝負したいと思ったのだ。私が観る限り、まだまだ若いハートを持った面子ばかりだ。先週の雪辱ともいえる今週の新年会、時間を忘れたい。

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道に迷ってみると

 「道に迷うのが趣味なんだ」と言って、ハンドルを握っている彼がいた。「面白い奴だな」と話した記憶がある。彼は給油もしないのにガソリンスタンドの店員に道を聞いていた。ますます面白くなった私は、「何で君はこのボランティアに参加しようと思ったの?」と聞くと、「東京から大阪に帰る途中で、何となく福井に行ってみたくなったから」と答えるので、「いい意味で珍しい奴だなあ」と感心した覚えがある。昔の福井水害で、仲間の昼食を二人して買いに行った帰り道でのことである・・・何で、こんな事を思い出したかというと、今日、私が道に迷ったからである。車を運転していて、道に迷うと、99%以上の人が「しまった」と思い、悪い結果を連想するだろう。私もそのうちの一人だが、道に迷うことで『吉』と出ることがあるから不思議だ。実際私は、新しく出来たバイパスを発見し、帰宅時間を10分縮めることに成功した。逆に考えてみれば、道を間違えていなければ、今まで通りだったということになる・・・それまでの常識通りのやり方では活路が開けないときには、非常識なことをやるしかない。なんでこんな単純なことに気が付かないのだろうか?それは、心が『安心感』という固定観念にあぐらをかいている証拠だ。裏を返せば、そこを突かれると人間は脆い、ということでもある。勝負師は、物事に『絶対』がないことを基本とする。そこを出発点として物事を観る眼と、そうでない眼とでは、同じ事象を観察しても異なものに映る。実はこの差の積み重ねと少しの着火剤で、人生は大きく変わる・・・いい意味でマイナーであるとは、実はとても大切な事なのだ。それは、道に迷った時の心の捉え方ひとつの如きものである。他と比するから苦しくなる。解っていれば気にしなくていい。つまらぬことを気にしているほど、人生は長くはない。

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瀬戸のじいちゃん

 毎日の(仏壇に向かう)お勤めの後に、ふと、母と話し込んだ。じいちゃんばあちゃん、親父、亡き愛犬の遺影が並ぶ中、五年前に他界した瀬戸のじいちゃんの話になった。じいちゃんは全部で五人の孫、全員をかわいがってくれていた。ミカン農家だったが、柑橘類なら何でも作っていたようだ。戦争にも行っている。敵の銃声を聞いて、玉がこちらに向かっていないと解ると、食料として、豚を追いかけていたそうな。だから、じいちゃんはマラリアにはかかったことがあるものの、食糧難に遭ったことが無い。逆に考えると、最前線で戦っていたということだ。じいちゃんだって、戦争には行きたくはなかったに決まっている。だから、軍歌は一度も歌ったことが無いそうだ。瀬戸というところは、山の幸だけでは無くて、海の幸にも恵まれている。じいちゃんは船の免許も持っていた(というより、今のように車検制度が無かった頃、車を自分で分解し、整備していた)。じいちゃんが出来ることで思いつく限りに挙げてみても、日用大工、植木の手入れ、タコ釣り、漢方、売値などの駆け引き、刃物の刃を研ぐ、戦前の剣道二段・・・どれも一級品だった。漢方というのは意外な気がするが、じいちゃんは不整脈を漢方で治した。畑のどこに何があるかもチェックしていた。だから、じいちゃんは親父ががんになったと聞いた時、速攻でサルノコシカケを送ってくれたのである。昨年の暮れ、それまで当たり前のようにあったミカンが無くて寂しいね、と母と話していたら、母の弟の叔父さんが段ボール一箱分、送ってくれた。美味しかった。一度、じいちゃんのミカンを食べてしまうと、買って食べるのが馬鹿馬鹿しくなるほど、売り物は高くてまずいのだ。そういえば、じいちゃんはミカン作りで国から賞状をもらっていた。

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ヤケ酒

 昨日一日、ヤケ酒を飲んでいた。こないだの新年会のことを思い出して。完全な失敗作だった。懐かしい面子と会えたのは確かに嬉しかったが、二年ぶりの再会は、私が変わってしまったからなのかも知れないが、過去を振り返る様な話題しか出てこなかった。私達は、人生のどこかで止まってしまったのだろうか?だったら、歳相応の生き方というのは、一体どういうものであればいいのだろう?この疑問が脳裏から押し寄せてきて、悩んだ挙げ句に、私を空しくさせた。自分の人生観を疑った。確かに、一番成り行き任せなのは、自分なのかも知れない・・・と思うと、いてもたってもいられなくなり、何に対してか解らないが、涙が出てきた。気が付いたら、しこたま酔っ払っていた。久々のヤケ酒である。

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もらい煙草

 男子校の新年会なので、皆よく煙草を吸う。私は持っていかずに我慢していた。すると、友人の一人が気が付いて、「禁煙したのか?」と信じられない顔で聞かれたので、節煙している事情を説明し、外出時には持ち歩かないことにした旨を話すと、「そりゃ、逆だろ。普通、家で吸わずに外で吸うものだろ」と笑われた。確かにその通りであるが、家でも減らしているのである。しかし、その友人も相当、吸う量を減らしていることは容易に判った。私を含め、六人中五人が喫煙者。この場でずっと辛抱するのは辛すぎる・・・ついに、一本だけもらい煙草をしてしまった。まだまだ、煙草を止めるという意志が弱すぎる。煙草ごときに金を掛けられるか、というモチベーションでは、いささかパワーが足りない気もする。今度、何か、考えておこう・・・まあいい。みんなには週二回の休肝日の話もした。こちらは決めてから、間もなく一ヶ月位か。休肝日には煙草を吸う量が微妙に増えるという話をし、「半年ぐらい禁酒したこともあるけれど、その時も煙草が増えたから、節煙と節酒のバランスは難しい」などと続けた。すると、「確かになあ、で、普段の日はどれくらい飲むんだ?」と聞くので、目の前のビールジョッキを指差し、「これに焼酎ワンフィンガーで、トマトジュースで割って飲む」と言うと、「それじゃあ、毎日1ダースはトマトジュース飲んでることになるじゃねえか」とツッコむので、「うんうん・・・って、んなわけないだろ。でも、三本は飲んじまうなあ」と返した。煙草を止めるのは本当にしんどい。無意識のうちに吸わないようにするだけで、量が半分に減った。お酒は、適量ならいいと考えている次第。

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秋田美人の要因とその反作用

 中高時代の新年会では、内輪ネタが多いのだが、そうでないネタで面白かった話があったので、それを書く。我々ぐらいの年齢で会社勤めしていたら、一度は単身赴任というものを味わうらしい。今回の目玉の一つが、熊本に単身赴任していた友人のカムバックであった。彼の話を楽しみにしていたが、後輩が、「熊本って極楽じゃあなかったですか?」との質問から始まった。当然、女性についての話である。「僕なんか、水戸に三年いましたけれど、がっかりでしたよ」と後輩が嘆く。何でも、昔、水戸の殿様が秋田へ転封となった時に、ごっそりと好みの女性を秋田へ連れて行ったそうだ。それで、『秋田美人』という言葉が生まれたらしい。熊本にいた友人も、福岡へ出張に行った際、羨ましがられたそうだ。こちらは熊本城を作った加藤清正が同じ事をしたから、そういう土壌が出来たとのこと・・・確かに、私が十年以上前に山陰・九州を車中泊で旅した際、熊本でもマイナーな漱石の記念館に赴いた所、相手をしてくれた若い女性は、美人だったし、説明を聞いている際に肩を寄せてきたので、驚いたことがある・・・つまり、『○○美人』という言葉の裏には、ちゃんとした歴史的根拠があったのだ。その反作用として、後輩曰く、日本で三大行きたくない所は、水戸、仙台、名古屋だそうである。しかし、これはあくまでも後輩の主観であり、一般的なのかどうなのかまでは判らない。男が何を持って女を選ぶのかも解らないし、逆もしかり。実際に、私自身が歳と共に女性を見る眼が変わっている。縁なんて解らぬものだ。

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幹事の責任

 久し振りに終電で帰って来てから一時間半になる。本音を明かすと一次会が終了した十時過ぎに帰りたかったが、最後まで付き合うのも幹事の責任と捉えるのは考えすぎだろうか?また、遅れるメンバーのために、集合時間の30分前には到着し携帯連絡を待つ、というのも、やり過ぎであろうか?悩ましい所である。これが毎週のことなら、絶対に引き受けないのだが、年に一度となると、私だったらそうする。独りで暇な時間には、本を読むなり、人間観察でもしていればいいのだ。幹事は責任を伴っている。そうである以上、一番早く来て、最後まで付き合わねば、しめしがつかない。全員が時間通りに集まるためには、これを心得としなければ、会がだらけたものになってしまう。拘り過ぎなのかも知れないが、性格だからしょうがない・・・今回は、無事に六人集まった。二ヶ月前から布石を打っていたことと、土壇場での後輩の助け船でなんとかなった。ホッとしたが、幹事なんて二度とやりたくはないとも思った。もちろん、誰も好きこのんで引き受ける輩などいない。本来なら、私だってそうだ。しかし、後輩に任せるわけにも行かず、他の同輩に任せて、昨年は中止となってしまった。それを繰り返さないために、今年は何としても開きたかった。それが私の原動力となった。正直、しんどかったが、これくらいの事が出来なくて、仕事など出来るはずが無い。また、幹事をやっているメリットがあるとするならば、情報が集まることである。それでも本音はやりたくはない。責任ばかりが大き過ぎる・・・来週は大学時代の友人との新年会である。こちらはみんなも協力してくれるので、あと少しでカタがつく。みんなで責任を背負う感覚。ありがたい。

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中・高、新年会の日

 毎年書いているが、大学の方の新年会は一日で決まるのに、中・高の方の新年会は二ヶ月経った当日でも不確定性要素が残っている。この幹事をやろうと思ったら、並々ならぬ忍耐と、気長に待つことが必要とされる。ふぅ、とぼんやりしていたら、直前に手伝ってもらった後輩からたった今、携帯が鳴った。結果は未だ不確定。今回の目玉は、熊本への単身赴任から戻った友人と、二十年振りに来るという後輩であった。二十年ぶりに来るという後輩とは私はサシで話したことが無いので、毎回来る同学年の後輩に連絡の確認を依頼したのである・・・今回、パソコンから一辺に新年会の日取りのアンケートを送ったら、半分ぐらいが既に使えないメールアドレスになっていた。後で判ったことだが、連絡手段がパソコンのメールだけで無く、スマホや携帯のメール、及びショートメールという風に人によって異なってしまったことが致命的に影響したのだ。電話連絡という非常手段も導入した。こういった類いの多様化は、世の中を便利にしているのか不便にしているのか解らないという矛盾に私を追い込ませた。私は最低一回は毎日全ての類いのメールをチェックすることにしているのだが、その時間が勿体ないと感じることもある。特に、パソコンのメールをチェックしようと思ったら、セキュリティソフトで洗ってから毎回チェックするのでストレスも溜まる。セキュリティソフトも毎日更新されるので、便利になったのか不便になったのかが解らなくなる・・・棲みにくい世の中になったものだ。とりあえず、今日、二ヶ月間の『あがき』が試される。報われると良いのだが。というより、久々の友と会うのだから、楽しまなければ損である。明るく行こう、明るく。

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ゴールドカードをゲット

 ついに人生で二度目のゴールド運転免許証をゲットした。まずは、古い免許証の処分であるが、暗証番号形式になってから最初のものなので、分解してみようと安易に考えていたが、単に細かくハサミを入れるだけにとどまるだけで、とてもじゃないが分解なんて出来ない。だから安心なのだが、ハサミを入れた際、微妙に堅い部分がある事だけは判った。次にしてみたくなったのは、当然、運転である。ただドライブに行くだけでは勿体ないので、母の買い物の足になることにした。片道一時間の巨大スーパーへの買い物である。いつもと時間帯が異なるせいかどうかは判らないが混雑していた。運転していて感じるのは、昔に比べて、危険予測と目視を細かくするようになった事だ。私はサイドミラーはほとんど見ないで運転する。その代わり、車線変更や右左折の時には、必ず目視する癖をつけた。サイドミラーは車庫入れや縦列駐車の時位しか使わない。とにかく運転に余裕が出来た。すると、判断にも余裕が出来て、必然的に決断(私は運転で一番肝心な事だと思っている)の間違いが激減する。若い頃より劣っているのは、視力と動体視力と体力と反射神経などだろう・・・私の免許の色の話はともかく、自動車メーカー数社が次世代型自動車の特許を開放したニュースは、ドライバーとしては面白いニュースだった。インフラのイニシアティブを取った車が次世代車との判断からだろうが。

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何事も無かった・・・というよりなさ過ぎた

 総合病院に赴く前、私は夜中の二時前に目覚めた。いわゆる、blogタイマーである。午前二時の目覚ましの前に起きた。お袋はイカれていたし、弟も自分の事しか考えない・・・私はこのblogを7年以上、寡黙な環境で書く事を望んだし、そうせざるを得なかった。甲状腺を調べてもらうために早起きして一時間半待った後の先生は腰が低かった。あくまでも、血液検査のデータからだが、甲状腺のデータを見る限り、消化器内科の先生は、念のために調べておいてもらった方がいい、というのに対して、内分泌科の先生は、血液検査のデータを観ただけで、問題なし、との事だった。診療費よりもバス代が高く付いたいい例である。これらを通して感じたのは、医学も専門化しているのだな、ということである。本来、病院で安くつくということは、いい事でもあるのだが、何か、しらけてしまい、帰路を急いだ。まだ死ねぬ。やるべき事、やりたいことが溢れかえっていて、まだ死ねぬ。後、二十年とは言わぬ。せめて、後、十年は生きておらねばならぬ。体もぶっ壊れている。多くは望まぬ。せめて、何も望まぬようになってから、死にたい。科学的な数値は正常でも、心の数値はすり減っている。君よ、大きな巌となれ。ただならぬ者を近付けず、甘えなるものを排し、ひたすらに華厳たる・・・華厳とは、残雪許さじ、瀑布かな

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何事もありませんように

 予想通り、歯の治療は昨日で終了。計六回ぐらい通ったが、麻酔を一度も使わず、痛みも無いままに終了。一件落着したと思うも束の間、今日は総合病院で、甲状腺の検査が待っている。昨年、胃痛から、消化器内科を受診し、異常が無いことが解ったのだが、血液検査の甲状腺の数値だけが気になるから、念のために検査を受けることになった。あくまでも念のためであるが、もし何か異常が見付かったら、最悪、ホルモンバランスが悪いということになるらしい。日常生活で特に困った事も無いので、何事も無いに越したことはない。面倒なのは、検査である。その病院は予約制なので、昨年のうちに片付けておきたかったのだが、予約が取れなかったので、今日行くことと相成った。今度は内分泌科の専門医に診察して頂くことになる。予約を取った当初は、腰痛に伴う足の痛みなど出ていなかったので、ブルーではあるが、昨日と同じく今日も朝、風呂で腰と足を温めてから向かう予定。腹巻きはしていきたくはないが、背に腹は代えられぬ、してゆこう。しかし、予約制なので、待ち時間が短いというメリットはあるが、総合病院というところは、忙しいので待ち時間を有意義に過ごせないのが苦痛といえば苦痛でもある。一体、どういう検査をするのかも謎なので、心持ち怪訝ではあるが、甲状腺だけに限れば、首なので、そんなに手間もかからないだろうと楽観視している。何はともあれ、面倒だ。

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腰痛と腹巻きとブラッシング

 暮れに痛めた左の腰の痛みがひどくなり、足にも来て、ロクに歩けない状態だったのだが、ここにきて気温が僅かに上がると、いささか状態が良くなることが判明したので、風呂に浸かる時間を長めにし、腰を冷やさぬように腹巻きをして、徹底的に温める戦法を採った所、足のしびれが取れ、腰痛もかなり和らいだ。今週は、どうしても外せない用事がボコボコ入っているので、症状が改善に向かった事は大きい。今日も朝一番から歯医者だが、そろそろ治療が終わる頃である。車で行こうか歩いて向かうか迷う所だが、おそらく車で行くだろう。3台分の駐車場しか無いので、自然と朝も早くなる。もし、腰痛がひどければ、風呂に入らねばならない。休肝日には本を読もうと決めていたのだが、それすら許さぬほどの激痛であった。新年早々、縁起の悪いことは余り書きたくは無い。ところで、今回の歯医者通いでブラッシング好きになった事が一番の成果だろう。やわらかめの歯ブラシで、歯茎をゆっくりとマッサージする感覚はなかなか宜しい。良い習慣は可能な限り続けたいものだ。歯科医は歯間ブラシを勧めるのだが、そこまで歯磨きに時間を掛ける訳にもゆかない。食べたら磨く、それだけのことだ。ちょっとぐらい歯茎が弱っても、丹念にブラッシングしていれば復活するとも聞いた。歳をとっても自分の歯で食事をしたいのならば、メンテナンスをしっかりとするしかない。自分の歯で食べるのと入れ歯で食べるのとでは、全然異なるものらしい。本当は、歯磨き粉も歯に宜しくなく、塩で磨いた方が良いと聞いたこともある。研磨剤が歯を傷つけるとのこと。歯磨き道、奥が深し。

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寝坊しちまった悲しみに

 寝坊しちまった悲しみに、今日は手抜きのblog書く。

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大学の相関関係(箱根駅伝編)

 FBを観てみると、正月の箱根駅伝のことで皆熱い。青学の体育会剣道部出身の友人には、みんな祝福を投げかけていた。走ることを自分に課している明治出身の友人は、駅伝コースが自宅近くなので、走って応援に行ったらしい。そういえば、明治が早稲田よりも上の順位というのは初めてのことではないだろうか・・・その友人では無いが、同じく明治に行った友は、早稲田のことを猛烈にライバル視していた。そういえば、私が大学四年の時に、研究室で青学主催のセミナーに行った時、煙草が切れたのでどこぞの部屋にもらいに行くと、運悪く、青学の部屋だった。宴会模様の中、自己紹介させられると、カップにオールドパーをなみなみとつがれ、コールがかかった。『ウイスキーのストレートを一気しろっていうのかよ』と思ってはいたが、奴等は本気だった。負けてたまるか、の気合で飲み干したら、また、訳の解らないコールがかかり、プラスチックのカップに再びオールドパーなみなみ。『こいつら、殺す気か?』と思っても、気合で飲む事に決めた。気が付いたら、翌朝、片手に三本の煙草を握りしめ、猛烈な二日酔い。後で聞いたら、二杯目の途中で気絶したらしい・・・あの時、私は、母校の名誉にかけて、逃げるわけにはいかなかった。馬鹿馬鹿しい話だが、誰しもが母校に愛校心を持っている。箱根駅伝を観ていて、そしてそれに関するFBを観て、みんな同様の思いを綴っていた。一番つまらないのは、母校が出場していないことである。しかしながら、まあいいか、とやんわり捉えるのが私の母校の校風でもあるのだ。

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とある輩のブルース

 忘年会で飲んだ奴等が、「おめでとさん」と言う。こちら、喪中で悲しみ払い、「おめでとさん」と言う。思えば今迄、ずっとそうじゃあねえか。素直に喜ぶ心と、倒錯する言葉が、ほら、ちらり。根性無しでは生きてはゆけぬとどこぞの馬鹿が言う。そりゃそうかも知れないが、お前が一番だらしない。甘い道など人の世には許されぬ。今日もどこかでイカれポンチの説教三昧。てめえが、とびきり、甘い汁を吸う。人生、時には、命がけの勝負に出る。勝っても喜び少なく、独り泣く。馬鹿な世間と知りながらも、義理堅い。だけど、堅い奴ほど、突然、いつか、踏みにじる。裏切り覚悟で飛び込んでみても、平気な顔で。足を折ってる奴をタコ殴り。三日経ったら覚えてませぬと片手煙草で平笑顔。金無いそいつは金ある奴等を利用し続ける。百万ぐらいはすぐにでも集められれねばならぬと、見下し罵倒。俺から言わせりゃ、おまえなんぞは友達なんかじゃ無い限り。金ある所に、ほらほら、ちらほらり。お前なんぞは、本気で、友から祝福されたことが無い。逆手にとって、かみさん、ちらほらり。やっていいこと悪いこと、未だに解らぬ馬鹿が行く。知ったかぶりとハッタリぶりには、もう飽きた。人間最後は実力勝負なぞ言う奴に、ロクな輩はおりはせぬ。結局、思うは自分の事ばかり。くだらぬヴィジョンとくだらぬハッタリどう思う?お前なんぞは偽物だから、うまく行くはずも無し。お前に使われた奴等は皆、去って行く。いい加減、自分の甘さとジンボの無さに気付けよ。お前に付ける薬無し・・・

P.S:勘違いしないでね。

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万札を洗う

 元旦の朝一番にblogを更新し、雑煮とおせちを食す。睡眠時間はおよそ三時間。blogを更新しなければならない朝は、いつもこれぐらいで目覚める。ゆっくりしたい所であったが、最寄り駅近くのスーパーで、芋焼酎の赤霧島と黒霧島をセットで先着20名に限り2176円(税込み)で販売するとのことで、釣具屋で買った折りたたみ椅子を持って出かけ、寒風の中、一時間待ちで無事ゲット。赤霧島に希少価値があるのだ。これを10年以上前に買った萩焼のぐい飲みで味わう予定。まさに現代版薩長同盟。重いので駅のコインロッカーに入れて初詣と行きたい所だが、今年は喪中。それならと、電車で移動し、銭洗弁天に向かう。初めて行くので迷うかも知れないと覚悟していたら、初詣のついでに向かう人達の流れに上手く乗れた。15分ほど歩いて、きつい坂を登る途中に洞窟を発見。トンネルを抜けると妙な空間が拡がっていた。蝋燭と線香を百円で買い、火を点けていると、定刻だからか祝詞が聞こえる。賽銭箱にもう百円入れ、いざ洗うのが五円玉ということに矛盾を感じた私は、辺りを見回す。みんな札を洗っている。『やぶれちまったら元も子もねえじゃあねえか』と思いつつ、いつもお守り代わりに持ち歩いている万札と千円札と五円玉を洗った。しかし、上手がいた。五万円洗っている奴を見掛けたのだ。売店には地ビールを置いていたが、木曜なので休肝日。帰り道は早く感じた。駅のホームで電車を待っていると、白いものがちらついている・・・雪だ。その勢いは徐々に強くなっていったが、積もるほどでもない。この冬一番の寒さの中、帰宅。少々の休憩の後、正月早々、パソコンのチェック。FBを観ると、みんな頑張っている。考えてみれば、世界中の人達皆が、よい年にしたいと願う一日なのだろう。よきお年を!

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不思議な夢

 睡眠時間は三時間半だが、不思議な夢を観た。かつての友人(今は連絡すら取ってはいない)と、故親父とで周り将棋をしている夢である。楽しい夢だったので、続きが観たかったのだが、腰痛で目が覚めてしまった。私の圧倒的リードに、故親父が訳の解らないルールを作り、意地でも勝ちに行こうとする。旧友は黙って笑っている・・・その旧友は、あらゆる事に通じていた。書道段の上、数学は整数論主体、ギャグセンス抜群、酒豪であり食通、その他多数の雑学に秀でていた。旧友の祖父も呉服問屋が当たり、豪遊癖があったらしい。寿司屋に行くと、ふぐの胆のピリッとした感覚が痛の味、などと言っていたそうだ。旧友は、「そんな遊びばかりやっているから、じいちゃん早死にしたんだよ」と極めてクール。また、高校生の頃、学校への近道として、どうしても花街を通らねばならず、時折、「ボク、大人になったらいらっしゃい」と言われるのが嫌で嫌で仕方が無かったという話には、笑いが止まらなかった。一方、親父は何で出てきたのか解らない。昨晩の紅白の後、仏間にて、年越しのお経のCDを流しながら往事を振り返っていたからだろうか・・・時は元旦。一年の計もここで決まる。正月の元旦と木曜の休肝日とがぶつかってしまった。元旦から飲めない。そんな中、福袋として出てくる、幻の酒、『赤霧島』を求めて出かける。喪中なので初詣には行けない。代わりに、銭洗弁天にでも行ってみようかと考えている。

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