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私達はどうあるべきなのであろうか?  その2

 ある頃から、私は、戦前から存在した新聞が、何故、戦後も大手をふるって、存在しているのかが疑問でならなかった。それは、無論、日本が敗戦国だという認識があったからである。戦前の新聞など読んだことはないが、夏目漱石が明治時代に今の朝日新聞に当たる新聞で様々な名作を連載していた事くらいは知っている。それに、戦前の治安維持法のむごさや政治犯を厳しく取り締まった事実もある。となると、何故、戦前の新聞社が現代まで生き残っているのかという疑問を、ガキの頃に漠然と抱いたことがある。最初は記者を全部入れ替えたのだろうと思っていた。しかしそんなことは、あり得るはずがない・・・物事がある程度、解る様になってきた頃、日本の敗戦と共に新聞社を辞めた記者がいたことを知った。つまり、戦前は各新聞社とも、軍国主義、及び戦争を煽っていたのである。私は、故祖父母に戦争中について話を聞いたことがある。何で、敗れる確率の高い戦争に突っ走ったのかを。すると故祖母は、「あの頃はそんなことを言ってられる状況じゃあなかった」とだけ話してくれた。太平洋戦争時の海軍司令官であった山本五十六も開戦前に何度シュミレーションしても、アメリカに勝ち目がないことから、開戦には反対であったにもかかわらず、開戦に踏み切らざるを得なかったことからも、世論が許さなかったということであろう。その世論を煽ったマスメディア(巨大媒介)のうちの一つが新聞社であるとすれば、敗戦と同時に、責任問題として、軍部のみならず立派な戦犯なのである。その扇動に乗った、国民にも、もちろん責任はあるが、ここで問題視しているのは、戦前の新聞社が戦後、論調を手の平を返したかのようにコロリと変えたということである。

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