« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »

2014年10月

ナビぶっ壊れる。

現在神戸。昨日の朝、旅立ち、午後3時頃、父方の祖母の墓参りを済ませるも車のナビがふっ壊れる。慌ててタクシーに先導を頼み、トヨタのディーラーに駆け込む。何とか間に合い、待つこと一時間。電気系統のトラブルとのこと。とりあえず応急処置とその後の対処法と天気と名物を聞く。終わったら、運転の疲れと土地勘のなさで親戚のおばさまに顔出し。辺りは真っ暗なので、いろんな話の後に、駅そばできつねうどんが晩御飯。その後、いろんな話をしながら、ザコ寝させてもらう。幸運にも親父の書を頂く。遺品だそうだ。現在、午前4時。何処に行こうか未だ迷っている状態。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ばあちゃんの墓参りと旅立ち

 今日から、ばあちゃんの墓参りに向かう。終わったら、直帰するか、しばらく旅に出るかも知れない(旅に出るんだったら、久々に車中泊の予定。行き先はまだ決めていない)。伴い、blogも携帯経由の短いものとなる。ご勘弁を。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

厳しいゴルフだった  その8

 結局、そのドッグレッグホールで私は13叩いた。そうして迎えた最終ホール、店長が、「終わり良ければ全てよし。このホールでビシッと決めたいな」と言って、ドライバーを振ると、ジャストミートまではいかないまでも、その日一番のショットが決まり、先に打った会長のボールの側まで飛ばした。「やるなあ」などと言いながら、私もそれに続こうと、気合を入れて振ったら、なんとテンプラ。ボールは高く上がり、フェアウェイまで届かず。さらに、雨のラフで、3Wを用いるという痛恨の判断ミス。会長は3オン・ツーパットでボギー。店長は4オンでピン側2m。私は数え切れないほど打って、グリーンオン。店長が1打で決め、ボギーながらも最高の終わり方をした。私はパットは距離感重視でパットするも、読みと違い曲がらず。雨のグリーンは真っ直ぐ転がりやすい傾向にあることを今更ながらに知る。結局、終わってみれば、トータルで会長が106。店長と私が165で並んだ。つまり、店長にIN(後半)の9ホールだけで12打負けたことになる。これは悔しい。雨と汗まみれになった体を風呂でさっぱりさせ、着替えてから、レストランでアイスを食べながら、反省会。「好天でOBが無ければ、会長は100切っていたかも知れないな」みたいなことを私が言ったら、「それもゴルフだ」との返事。「確かにな。常に変わる状況にどれだけ対応できるかが試されている気がするなあ・・・打ちっ放しではそんなこと分からねえ。あそこは、フォームを固めて正確性を高めるための場所なんだな」と話すと、会長が店長と私に、「基本は4時8時か3時6時のスイング練習なんだ」と教えてくれた。「確かになあ。アイアンの芯に当てるのって難しいもんなあ」などと話しているうちに、そろそろ帰るか、ということになり、店長は会長の車で私は運転してきた車で会長の車の後を走り、高速で別れる時に、ハザードを出してくれたので、軽くパッシングして家路に就いた。帰宅してしばらくすると、二人からメールがあったので、返信したが、三人とも、『今日は楽しかったね』という様なメールだったのが良かった・・・って、今から打ちっ放しに行くとするか!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

厳しいゴルフだった  その7

 会長と店長がクラブを入れ替えたのを確認し、カートを移動させ、適当な所で止め、サンドウエッジとパターを持って、蟻地獄バンカーへ向かう。目玉にだけはなっていてくれるな、と念じつつ、着いてみると、球は平坦な所に普通にあった。二人が来たので、打とうとすると、ピンが手前にあるので、かなりの角度で打ち上げねばならず、フェースを開いて乗せるつもりが、チョロ。畜生と思いながら打つと、前方の砂斜面に目玉、さらに埋まる。こんなのプロでも無理じゃあねえのか?と思いながら思いっきり叩くと、ボールは元あった場所へ・・・幸い次で出せたが、このホール9打叩く。雨のバンカーで砂だらけになったクラブとボールを手ぬぐいで拭き、カートに乗る。「~一体何だったんだ~こんなスコア~あんなリズム~」という具合。途中で気が付いたのだが、店長がP(ピッチングウエッジ)だけで廻るのにも意味があるんじゃあないんだろうかと考え出した。決して、いいスコアは出ないけれど、クラブで迷うこともない。この事を、会長と二人だけの時に聞いてみたら、「それはあるな。あいつなりの工夫かも知れない」と頷く。そして迎えた17番ホール。思いっきり左に曲がっているドッグレッグホール。左斜面に入れると谷底で即OB。刻むにしてもいやらしい所にバンカー。男だったら、谷越えを狙いたい所だが、3Wでは困難。私は刻むことにしたが、会長はドライバーを手にした。店長はドライバーしかない。みんな念入りに素振りをする。オナーは会長。狙いに行ったが、OB。店長は刻んでセーフ。私も刻むにしても、ぎりぎりを狙うつもりで打ったら、OB。店長がダッシュで球を見付けに行ってくれたが、OBはOB。続いて打ち直すと、当たりは良かったが、ボールの色が変わり、空と混じって行方を見失い、大体、あの辺だろうという所に向かってカートに乗って移動。みんな探してくれるのだが、見付からず、OB。会長と私はコースの途中から打ち直し。この間に、店長がじわりじわりと私のスコアに近付きつつあるとは知らなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

厳しいゴルフだった  その6

 IN(後半9ホール)の最初は、PAR5・462yだった。ここで私は、10叩いてしまう。早速公約違反だったが、店長は11叩く。それからしばらくは、私の定義した『シングル』で廻れていた。この間、雨や風の状況は刻々と変わる。バンカーtoバンカーのショットをしたり、間違えて店長のボールを打ってナイスオンしてみたり、軽く素振りをしていたのに、スイングをしようとしたらクラブを木に当ててしまったり、店長がティーを忘れまくったり、カートの運転中に、「おい、俺がアクセルペダル踏んで、会長がブレーキペダル踏むってことにしないか?」と私がギャグを飛ばしたら、「ゴルフ場のカートで攻めてどうするんだよ」・・・などと、笑いが絶えなかった。PAR4のホールが4つ続いた後で、PAR3・167yの打ち下ろしがやって来た。「サービスホールだな」と言った後、よくグリーンの側を観てみると、いやらしく手前に二つ深いバンカーがある。私が3Wで会心の当たりをしたら届く距離である。INの序盤こそ私がリードしていたものの、ジワジワと店長に追い上げられつつあった。何とかものにしてやろうと、集中力を高めていた。会長が打ち、店長が打ち、私の番。短いティーでボールをセットし、打った球は、理想通りの軌道を描いた。店長も会長も、「おおっ」という声を上げたが、ボールは途中から若干右に行き、フェアウエイ右の蟻地獄バンカーに入ってしまった。その日一番のティーショットだったが、この後、再びドツボに嵌まるとは思ってもいなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

厳しいゴルフだった  その5

 何番目かのホールで、50cmのパットを上り勾配とは気付かずに30cm残した。さらにそれを外し、最後はパターを縦にして、ちょこん。これにはコタえた。ティーショットでの一打も、パットの一打も変わらないことを痛烈に感じた。また、別のホールではロングパットで狙いを定め、確認していると違和感を感じた。何なんだろうな、これは?と思っていたが、後で店長と会長は眼がいいのに対し、私は眼鏡を掛けている事に気が付いた。つまり打つ際に、視界のギャップが常にあるのだ。集中しづらかった。小雨が雨となり、前半の残り2ホールでは雨と汗で大叩きしてしまった。結果、前半9ホールだけで81叩いてしまう。どんなスポーツでもそうだが、ヘボだと余計に疲れる仕組みになっている。会長が51で店長が93で昼食へ。40分位しか無かったので、三人で前半を振り返りながらの昼食。「上手い奴と廻るより、気の合う面子で馬鹿話をしながら廻る方が楽しいんだよな」と会長。これには私も店長も救われた。「確かに、この三人で廻っていると面白いハプニングが多すぎる」と店長。「よし、後半は1ホールあたりシングル」と私。「何だそれは?」と二人が聞くので、「1ホール10打以上叩かないのが目標」と応えると、「確かに、大叩きすると崩れちまうな」と会長。私はこの時、店長が密かに私をターゲットにしているのを知らなかった。「そろそろ時間だな」の一言に、「よし、行くか」とテーブルを後にした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

厳しいゴルフだった  その4

 1番ホールで10も叩いてしまった私は、すぐにドライバーを諦め、3Wに切り替えた。一か八かのナイスショットよりも、正確性を選んだのである。それでも、ティーショットというのは恐いと思った。上下左右の角度が少しぶれただけで、打ったボールの位置は大きく変わってしまうのである。精神的に感じた違和感は、多分、狙い所の無い怖さ(ショットが正確ではない事によるもの)だったのだろう。新兵器のドライバーで二回ミスをした会長も、すぐに以前のドライバーに代えていた。この頃、小雨が降り出す。ドライバーに拘ったのは、それしかない店長のみだった。でも、一所懸命。なので、会長がスイングのコツを伝授し、みるみるうちにスイングが鋭くなっていっているのを観て、「それ、当たったら、結構飛ぶぞ」との会長のアドバイスに、黙って頷く私。すると、後の組がやって来て、待っているのが見えるプレッシャーから、一辺に二人が打つことなどが始まり、状況が忙しなくなってきた。息つく暇も無いので、私は素振り一回でショットすることにした。しばらく廻っていると、店長が、グリーン手前の深いバンカーに打ち込んだ。「ナイスイン」とジョークを飛ばしたが、バンカーにだけは入れたくは無いな、という気持ちが芽生え始めた。しかし、店長が一回で出したのは驚きであった。正確性を重視した選択は間違いでは無く、次のホールも、まずまずだったが、その後、私がパットで苦労するとは予想だにしていなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

厳しいゴルフだった  その3

 いざティーグラウンドに立ってみると、練習場とは異なり、遠近感が少し麻痺した気分になった。狙い所を決めようと思っても、ドライバーではどこに球が飛んで行くか読めない。大方の狙い所を決めたら、素振りをし、『(その)ままよ!!』とスイング。ボールは前に飛んでくれたが、かなり右方向、右側の土手斜面に落ち、転がり落ちて、ラフに入った。店長がP(ピッチングウエッジ)で打っている間に、会長と私は、カートで移動。二打目を打つためにクラブを二本持ち、それぞれのボールへと向かい、店長を待ちながら素振り。私は、ウエットコンディションのラフは初めてだったが、かなり抵抗が強い。かなり深いラフにボールがあったのだが、ラフでのクラブ選択を間違えた。ボールを飛ばそうとしてしまった。店長がやって来たので、「二打目打ちまーす!」と言って、スイングしたら、手前の泥を打ってしまい、そこで三打叩いてしまった。しかも、ボールは少しだけピンに近付いただけ。店長と会長が笑う。「深いラフをナメていたよ。畜生!!」と応える私。会長もラフだったが、うまく出して、ボールはかなり先。店長はP一筋で、地道に前に進む。私はグリーンを狙ったが、ラフでのスイングに慣れてしまい、ミスショット。再びラフへ。何とかグリーンに乗せた頃には、七打ぐらい叩いていた。パットの時、少し違和感を感じたのだが、気のせいだと思ってスリーパット。私と店長は、初っぱなから10打位叩いてしまった。息つく暇も無く、三人で2番ホールへと向かう。雨がぴりぴりとしだした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

厳しいゴルフだった  その2

 「まだ時間があるし、練習にでも行くか」との一言で、三人でパターの練習場に行く。空はいつ雨が降り出しても不思議ではない模様。パットとバンカーは、打ちっ放しでは練習できないので、みんなギャグを飛ばしながらも真剣そのもの。最初は感覚が掴めなかったものの、徐々に慣れてくる。下り傾斜は速いので要注意など。八時開始だったので、適当な所で切り上げ、カートに乗りOUTの1番ホールに向かう。337y・PAR4である。観た感じ、フェアウェイが狭く、狙いたい所の側に、いやらしくバンカーが配置されている。これまでラウンドした二つのコースよりも、相当難易度が高い事が解る。クジによって私は三番目となった。ドライバーに自信が持てなかった私は、3Wで廻ろうかと思ったが、二人ともドライバーを持っている。気合負けしてはいけないと、私もドライバーを手にした。最初は店長から。入念に素振りしてから、アドレスに入り、フルスイング・・・したら思いっきりチョロ。フェアウェイまで届かず、初笑いを取る。続いて誘ってくれた友人(以下会長)なのだが、私は会長が今回、秘密兵器と呼んでいた理由は、新たなドライバーを持って来た事だと知った。「それが新兵器か!!」と聞くと、「そうだ」との返事。どこが変わったのか、までは聞かなかったが、当たれば飛ぶけれど、その分、厄介なクラブなんだろうな、とは思った。会長が素振りの後、アドレスに入り打つ。すると、飛距離がそれ程出ずに、少し曲がった。首を捻る会長に、「難しいクラブなんだろ?」と聞くと「ああ、ミスショットだ」と残念そう。店長が、俺なんか、次は、そこからPだぜP」とフォローを入れる。店長は、ドライバー、ピッチングウエッジ、サンドウエッジ、パターの4本しか持ってきていないのだ。続いて私が打つ番となった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

厳しいゴルフだった  その1

 現在、10月22日(水)午前6時。起きた瞬間から下半身筋肉痛。一晩寝たら、余計に痛みが増している。慌ててコルセットを装着し、痛み止めを飲んでいる状態。少しの眠気と闘いながら、打っている・・・昨日は生涯三度目のゴルフということで、午前2時起床。一時間程、寝ぼけていたが、この間に、パソコンのメンテと、一行blogを書く。続いて、紙にメモってあった準備確認をしたら午前四時頃。さあ、出発だ、と思いながらも、喜びと不安が入り交じる。車に荷物を積んていると、弱い雨。少しユウウツになる。寝ぼけ頭で、ナビをセットし、事故と覆面には気を付けようと思って一路千葉方面に向かう。六時半にロビーでの待ち合わせで、ナビを見ると、三十分位の余裕がある。十年ぶり位に東京湾アクアラインを通り、海ほたるSAで朝食のとして持参したおにぎりをつまむ。軽くストレッチをしたら出発。雨のせいで日の出が観られなかったが、早朝の気配。高速を降りて、クラブハウスに着くこと待ち合わせの三十分前。一服して、再びストレッチをし、ぼんやりしていると、間もなく友人二人が来たので手を上げると、「おっす、何時頃来たんだ?」と誘ってくれた友人に聞かれたので、「六時だよ」と告げ、フロントでチェックイン。その後貴重品を預けて、朝食。バイキング形式だった。もう一人の友人、『Katsu』の店長は、二時間半しか寝ていなかったらしいが、パワフル。今回もクラブ四本しか持ってきていなかった。進歩したのは、5Wがドライバーに変わったことだけである。このメンバーで廻るのは、実に二年半振り。窓から見える景色を観ると、いかにも高級感が漂っていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

眠い目をこすりながら・・・

 一時間後にはゴルフに向かう。ラウンドするのは一年半ぶり三回目。現在午前三時。眠い目をこすりながら打っている。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ドライバーが・・・(ゴルフ)

 昨日の早朝、友人から譲ってもらったクラブ一式を揃えて、早朝からゴルフの打ちっ放しへ行き、パター以外の全てのクラブを試してみた。まだ初心者なので、距離にムラがあるものの、現時点でのおおよその飛距離を確認。私は何故か、6Iと相性がいい事に変わりは無かった。アイアンの芯に当たる確率が、他に比べてダントツに高いのだ。一通り打ち終えて、後はドライバーのみ40球位となった時には、もう、腰に来ていたので、休み休み打ったものの、なかなか上手く行かない。最後の一球ぐらいは、いい感触で終わりたいと思ったが、全然駄目なまま不安を残し、帰宅。朝風呂に入りながら、『何でだろう?』と色々考えたが解らない。仕方が無いので、昔、撮りだめしておいた、ケーブルTVのゴルフのレッスン番組を三時間ぐらい観ていた。すると、あることに気が付いた。球を左足よりに置くのは知っていたが、私は7Iばかりを振っていたので、アイアンを振る要領でドライバーを振っていたのだ。ところが、実際は、腕を真っ直ぐに伸ばし、左腕を反り返るぐらいにして振るものだと気が付いた。『練習前に観ておけば良かった』と後悔しても、後の祭り。しかし、一度、気が付いたら実験してみないと気が済まないのが私の性分でもある。今日はオフにしようと思っていたが、このままでは納得がいかない・・・今日も軽めの早朝練習に行ってくるとしますか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

親父の夢を見て

 先程、起床したばかりだが、汗まみれになって目覚めたので、寝巻きを全部取り替えた。遠くから目覚まし時計の喧しい音に、深い沼の底から、まるで釣り上げられるかの様に。起きた瞬間に、『あっ、夢だったのか。よかった、よかった』と安心する間もなく、『本当に良かったのだろうか・・・』と振り返っている夢を見ていた。それは、親父が哀しそうな顔をして、泣いている夢だったのである。中身は忘れてしまったが。今年の八月に親父の七回忌を済ませ、それまで親父の夢など五回以下。何で、今更、親父が泣いている夢を見たのだろうか解らないし、解ろう筈がない。何故なら、故親父は、生前、どんなに辛いことがあっても、泣き顔など見せたことがないのだ。悲しそうな顔さえ見たことがない。なにせ、生前、私が溜息をつくと、「男が溜息をつくな」と言うくらいの人である・・・だから、親父が哀しそうに泣いている顔など、私の頭にはインプットされている筈がないのだ。僕は、これを、心理学的に分析する気は無い。しかし、夢に親父が出てきたということは、嬉しいのだが、泣き顔となると、複雑な気持ちである。通常の悪夢の場合だと、どんなに嫌な夢でも、目が覚めてから理性で吹き飛ばす習慣がついて久しいが、今回は何だか後味が悪い。というのも、昨日、月命日から数日遅れだが、親父の墓参りに行ったばかりだからだ。考えるなといわれても考えてしまう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

上達するためのコツ

 ある時、娘さんを持つ友人二人が、ピアノを習わせているという話題になり、その練習方法の違いが面白いと思ったことがある。一人は、週に一回、何時間か習わせていて、もう一人は毎日、十五分ずつ教えてもらっている、とのことだった。私は、二人の話を聞いていて、実際にどちらの娘さんの演奏も聞いたことは無いのだが、大方、どちらの方が上手かは予測がついた。それは、同じだけの力量ならば後者なのである。二人の話を興味深く聞いていると、やはり、私の思った通りだった。現実問題として、毎日、ピアノのレッスンを受けるというのは難しい話だが、上達するためには、その方が早いのである。何故ならば、たとえ十五分でもいいから、必ず毎日ピアノに向かう習慣がつくと、まず、ピアノに対して愛着が湧く。特に、つまらないであろう基礎練習のうちは、一日十五分ならば子供でも耐えられる。すると、基礎練習でなかなか出来なかったことが出来た時、喜びに変わる。あれよあれよという間に、基本をマスターしてしまう。不思議なもので、物事に毎日取り組んでいると、リズムというものが実感として解るようになり、波に乗ったら一気に伸びる仕組みになっている・・・こういう経験を、何でもいいから、体得したことがある人と、そうでない人では、新しい事に取り組んだ時に、全然上達具合が異なるのだ。子供のうちの習い事とは、そういう意味でも、有意義だと言えよう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

調整不足(ゴルフ)

 今朝は昨日ほど寒いとは感じていない。一日ごとの寒暖の差が激しく、また一日のうちでの最高気温と最低気温のギャップも激しい。母と弟は風邪を引いたらしいが、私は今のところ大丈夫である。というよりも、来週の火曜日に友人二人とゴルフに行くことになっているので、風邪を引けないのだ。あと四日後である。三人でラウンドする予定だが、そのうちの一人は、私にお古のクラブを譲ってくれた友人。彼がもちろん一番上手。もう一人は、草加の『Katsu』の店長である友人。FBをチェックしたら、店長の方は、昨日、オフを取って、ゴルフの打ちっ放しに行ったそうだが、真っ直ぐ飛ばなかったらしく、「インパクトの瞬間まで首を動かさなければ真っ直ぐ飛ぶよ」とコメントしておいた。私は私で、十月に入ってから、打ちっ放しに通いまくっているが、右手で振っていたのを左手を軸にして打つ様に、修正を繰り返している。まだまだ、うまくいかないことだらけ。問題を抱えている。そろそろ準備も始めなければならず、道具面ではボールとピンのチェックを、生活面では夜の九時半には就寝することにしている。車もガソリンを入れ、洗ってやりたい。アイアンの番手ごとの調整もしたいのだが、時間があるか解らないのが実情・・・今、天気予報を見たら、来週の火曜日の天気が怪しそうだ。高気圧よ、来い。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

『遅刻するまい』と思った時のこと

 大学一年の時には、体育の授業が週に一回あった。水曜日の朝一番だった筈だ。いろんな事をやったが、体育それ自体は好きだったので、楽しみではあった。ただ、出席が厳しく五回以上休むと単位が来ないことや、遅刻二回で欠席扱いになるという情報が春先から耳に入っていた。それでも、平気な顔で度々遅刻するメンバーは決まっていた。もちろん、私もその中の一人に漏れない。しかし、体育の先生の粋な計らいで、何度も救われていた。しかし、学年末になると、私の欠席数は、まともに数えると、2.5回か3回になっていることを手帳にメモしていたので一つも落とせない状況。もちろん、全部遅刻によるものだ。最後は体操の基本中の基本だったが、一回だけ、五分程遅刻。もう、授業は始まっていたが、それまでの先生は、遅刻しても、先生に申告すれば、途中参加させてもらえたが、その体操の先生は、遅刻したら、全く相手にしてくれない雰囲気で授業を続けていたので、遅刻常連組は、みんな、それを観ているだけで、参加させてもらえず、見学状態だった。授業が終わり、私以外の遅刻常連組は先生に遅刻の申請に行ったが、私はどうしても、申請する気になれなかったので、着替えを済ませ、黙って次の授業に向けて、歩いていると、ある友人が、「遅刻申請しなくていいの?」と聞いてくれた。私は、「五分であれ遅刻は遅刻。俺はあの授業に参加させてもらえなかったんだ・・・もう一年やっても構いはしない」と、覚悟を決めた、と同時に、次からは、絶対に遅刻するまい、と思った。その先生には、すごく大切な事を教えられた気がした。そうして、春休みに成績表が送られて来たのだが、不思議なことに単位が来ないどころか、判定は『A』。独り首を捻ったのは言うまでもない。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

衝撃的な体験

 何から話せば良いのだろうか。昨晩は考え事をしていて、寝付きがものすごく悪かった。私は男兄弟で、男子中、男子高、機械科と、男ばかりの世界で育ってきた。大学に入った時には、女の子と口がきけない自分がいた。そのせいで、大学一年の時には何人かの女の子を傷つけた。後期試験は勉強が手につかず、ほとんど白紙で出したが、前期試験でそこそこ点をかせいでいたので、留年せずに済んだ。その時、私は自分を責め、傷つけた女の子達に恋人が出来るまでは、恋愛は封印しようと決めた。自分の本能が理性に勝ることを知った私には、自分を組み立て直す時間が必要だったし、同時に、異性と口がきけない自分を修正しようとも思った。自分の中のモヤモヤが落ち着いた頃、私にはいろんなタイプの友人が出来ていた。その後、荒行(ご想像にお任せするが、相手にも親御さんがいることを考えていたので、悪さは一度もしなかったし、自惚れることもなかった。醒めている自分がいる事にも気が付いた)を積んで、男女関係なく普通に話せる自分を作った。一年の時のけじめを付けるために、告白もした。見事に振られた。その後もいろいろあったが、私の本質を見抜く女性とは出逢えなかった。しかし、女性を観る眼は養っていたつもりだったが、昨日、ツイッターである女の方に質問攻めにされた。どうして私の女性観を試す様なことをするのだろう?と思いながら、テキパキと応えていたが、岡本敏子さんの言葉で詰まってしまった。正直に、「これは難しいです。即答できません」と書いた。その後もいろんな女性の言葉による質問が出てきたが、段々自分が丸裸にされていることに気が付きだした。かっこの悪いことも書いたが、最後に、私を救ってくれたのも、岡本敏子さんの言葉だった。たしか、「素敵な男でなければ女はつまらない。そういう人の力を引き出せる様にすることが実は女としての努めなの」みたいな言葉だったと記憶している。これを読んだ時、体に電流が走った。完全に一本取られた気がしたし、本当の女性としての言葉であり、自分の胸の内にぽっかりと穴が空いたと同時に、かなわぬ気がした。続けて、女性としての覚悟の言葉も出ていたが、本物の女性の前では、男は何て無力な生き物なんだろうと、骨身に沁みた。女心というものがまるっきり解っていない自分に気付かされた・・・何だか無性に岡本敏子さんの本が読みたくなった。買ってよんでみることとしようか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

朝型にしてみて

 放って置いたら、十二時間近く寝ていた私が、最近は長くても八時間位しか眠らない様になった。特に、ここ二日間は四時間、四時間半しか寝ていない。平均睡眠時間は六時間といった所である。寝付きは非常に良くなったのだが、寝覚めが非常に悪い。これは多分blogを寝る前に書くのでは無くて、起きてから書く様になった為であると思われる。文章を書く時には、異常にテンションが高くなるものだ。だから、夜にblogを書いた後、一時間は興奮して眠れなかった。朝は、何だかぼんやりしているので、前の日に考えて置いたネタを膨らまして考えているうちに、一時間は過ぎてしまう。今日なんかは、考えておいたネタもあるのだが、思いつくままに気楽に書いている。いずれにしろ、朝型にして、体調面はいいことずくめだ。一日の時間を有意義に使えるというものである。まだ早朝の、夜も明けていない静かな時間帯というのは、考え事をするのに適した時間帯。運動も、朝にした方がその日一日の心にゆとりが持てる。いろんな行動をする際のスイッチの切り替えに、料理を習ってみたり、室内犬と戯れてみたり、TVを利用したりと、必ず気分転換をすることにしている。本日は、台風一過とはいえ、台風が去った後すぐに外出するのは、できれば避けたい。今日は残念だが、ゴルフの練習は見送るつもりだ。テキパキと行動するのが一番いい。内容については、おいおい考えてゆかねばならぬ事だが・・・さて、明日はネット回線のメンテナンスのために、blogの更新が遅くなる。ネットも朝の七時まで使えない見込みである次第。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

最近の時間の使い方

 ここのところ、早朝にblogを更新し、仏壇で読経後、朝食を採り、ゴルフの打ちっ放しに出かけ、帰ってから風呂に入り、用事がある時には、その後、昼頃まで出かけ、昼食を摂り、録画しておいたNHKの連ドラを観て、後は、コンピューターに向かい、夕刻になると母から料理を教わり、焼酎をトマトジュースか野菜ジュースで割ったお酒(アルコール度数はビール以下だから酔わない)を飲み出し、弟が帰ってくるまで、またパソコンに向かい、帰って来たら家族三人で夕飯を摂り、後片付けが終わったら、録画しておいたTV番組を観て、またパソコンに向かう。夜の十時頃には就寝・・・というスケジュールを送っている。パソコンでは、blogの更新やメール、FB、ツイッターのチェックを行う。気が付いたら、これだけで、あっという間に一日が終わってしまう。これでいいのかと悩む。FBのチェックや、ツイッターなどで考えさせられることは多いが、基本的に読書や思索する時間、及び、くつろぐ時間が無くなった。その代わり、運動する時間や、家事で唯一できなかった料理の時間が出来たのは大きい。毎日、必ず観るTV番組は、天気予報。ニュースはグーグルのニュースをチェックし、音楽は車での移動中か、リラックスしたい時に、聴く程度。平均睡眠時間は六時間・・・休日は雨が強い時に運動する時間が無くなる時間だけ・・・これでいいのか?と悩む。とりあえず21日までは、これが続くであろう。時間の使い方というのは、大変に難しい。時々、立ち止まって、自分を客観視しなければいけない。方向修正も必要であろう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

パソコン修理ソフト稼動

 今日は寝坊してしまい。ゴルフの打ちっ放しに行ける時間がなくなってしまった。なんだか、体を動かさないと、いまひとつスッキリしない。ストレスが溜まりまくってしまう感じだ。でも、今日はゆっくりとしよう。ここ数日、あちらこちらへと動き過ぎたし、心身共に疲れ果てていた。ところで、寝坊したのには理由がある・・・私はいつもメインパソコンを放って置いて、無線LAN機能によって、ノートパソコンによって作業している。メインパソコンを開けるのは、週に一度ぐらいだった。昨日の夕方に開けてみると、セキュリティソフトがどうも機能していなかったらしく(自分では機能しているものと思い込んでいた)、パソコンの中が滅茶苦茶になっていたのだ。大慌てでパソコンの修理ソフトを購入し、修理、その作業と、セキュリティの設定で、午前様となり、終わった途端に、歯を磨いて爆睡。目が覚めたら八時になっていた。現在、blogを書いているのが現状なのである。体力的な疲れと、パソコンとの格闘、パソコンの修理に時間が掛かる間、ノートパソコンを持っていって各情報をチェックし、対応していたというのが、実情だったのである。これには本当に参った。慌てても仕方がないので、今日は、のんびりと構えることにした。必要最小限のことをして、また、朝型に戻さなければならない。伸びきったゴムの様な心身をのんびりと癒やそう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

車の運転は柔らかくなったけれど・・・

 車の免許を採って、早21年になる。一番最初はマニュアル車だったが、その後ずっとオートマ車である。マニュアル車の方が面白いのだが、車庫入れなどは、オートマ車の方が便利。若い頃はオートマ車で運転していて、走ること自体を楽しみたい時には、アクセルに右足を置き、ブレーキに左足を乗せたりもしていた。しかし、今、振り返るにずいぶんと乱暴な運転だったなあ、と感じる。違反で捕まったのはスピード違反だけであるが、いつ頃からか、さほどスピードも出さず、交差点や車線変更の際には、必ず目視する様になった。サイドミラーだけでは、必ず死角が出来てしまうのだ。運転に余裕が出てきて落ち着いたと言ってもいい。しかし、道交法が変わり、自転車が車道を走る様になって、狭い道では特に神経を使う様になったし、路上駐車が厳しくなって、営業車や業者の車などが切符を切られているのを見ると、可哀想な気持ちになる。また、お年寄りが片道二車線の道路で信号の無い所を渡るのは危なっかしくて気を遣う。昨日も、所用で最寄り駅側を通ったら、若いにいちゃんがトラックで、じさまとばさまと共に警官から事情聴取を受けているのを見て、大方、予想がついた。いくら、歩行者優先といっても、あれでは、ドライバーの方が可哀想である・・・現在、私は六年以上、無事故無違反である。生涯二度目のゴールドカードまで、もう少し。これからも気を引き締めて、安全運転を心がけたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ゴルフのスイング修正

 今日行けば、四日連続ゴルフの打ちっ放しに行くことになる。昨日までの三日間、七番アイアンのみを振ってスイングを確認していたのだが、一昨日、150球打った後に喫煙所で煙草でも吸って帰るか、と思って立ち寄ると、先週知り合ったじさまがいた。じさま曰く、「スイングする時のクラブの手首の向きが反対だよ。よっぽど教えてあげようと思ったんだけどね」とのこと。愕然とした。つまり、クラブを握り、左腕の延長線上に無ければいけない所を、逆に右手で打っていたらしいのだ。しかし、そうすると、クラブのフェイス面がどうしても右を向いてしまうのだ。上がろうと思っていたのだが、もう40球球を買って、実験してみたが、やはり、ボールの軌道は右を向いてしまう。帰りの車の中や、家に帰って考えていると、ふとあることに気が付いた。インパクトの瞬間に、クラブのフェース面を真っ直ぐにしたければ、体を捻るしか無い。そういえば、ボールを下半身で打つと聞いたことがあった。つまり、クラブがボールに当たるインパクトの瞬間までに、体をやや開き気味に、クラブが後から出てくる様に振らなければならない。その時の遠心力で飛ばすのだと解った。つまり、今までは上半身のみの手打ちになっていたのだ。それが解った時の悔しさといったらない。また基本からやり直しか、と思ったらガクリときた。昨日、素振りを繰り返した後で、ボールを打ってみたが、なかなか、型が固まらない。クラブを3時9時で180度しか振らないのだが、体のどこかのバランスが崩れてしまう。百球近く打って、うまく触れた時には、フルスイングでは無いのに、110y位飛んだ。まずは、正確性、ということも頭に入れて、150球打ったが、アイアンの芯で捉えやすくなったが、まだまだである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

皆既月食・・・観られず

 比較的早い時間帯に皆既月食が観られる日とあって、何日も前から、私は、この天体ショーを楽しみにしていた。朝方、晴れていたので、今日は観られそうだな、と期待に胸を躍らせていた。しかし天気予報を見ると、何故か、私の住んでいる地域は曇りなので、少し嫌な予感はしていた。『まあ、この天気予報は外れるだろう』と、タカをくくっていたのだが、夕刻、新聞を取りに外に出ると、東の空をはじめ、あいにくの曇天模様。嫌な予感がしてはいたのだが、皆既月食が起こる時間帯に、二階のベランダから東の空を観てみても曇り。月食が起きている時間帯にネットの情報で、日本全体の天気を観ると、ほとんどの地域が晴れなのに何故か、私の住んでいる地域は数少ない曇りの地域に・・・言葉を失った。今回、皆既月食を楽しみにしていたのには二つ理由がある。月食の仕組みは小学生の頃から知っていたのだが、完全に月が地球の影に入り込むと、地球の大気が太陽の光のうちの赤い光だけを屈折させて、月が赤い光を放つ現象が起きるということを知らなかったので、是非とも観てみたかったというのが一つ。もう一つの理由は、故親父は、ガキの頃から月を観るのが好きで、しょっちゅう月を観に出かけていたそうだ。私が産まれた日にも、母の付き添いなどせずに、車で月を観に行ったそうだ。そして、「お前が産まれた時は、きれいな満月やったんやで」とよく言われたものだった、という思い出が私の心の中で蘇ったからである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ブルーバックス・・・懐かしいなあ

 友達が講談社のブルーバックスについてFBで触れていたので、懐かしくなり、今日はそれについて書いてみたい。私は主として物理学と数学について、何冊か手にとって読んだことがある。買ったものもあるが、学校の図書館で借りて読んだりもした。中学三年の時と高校一年の時に夢中になって読んでいた。物理学は主に次元論や相対論について、数学は無限大の概念が知りたくて読んだ記憶。多分もっと読んだのだろうが、今でも覚えているのはそれくらいである。その時に読んで感動した内容は、後々の自分の思想を育む礎として、大変役に立った。高校二年からは理系に属したので、数学では、無限大の概念から、微積分の概念へと、すんなりと入れた。微積分の概念というのは、その後の人生に於いて、ある物事を考える上で欠かせないものとなってゆく。私はひねくれ者なので、理系ばかりだと嫌気が差すので、高校二年以降は、歴史物や純文学、批評など、文系の本をよく読んだ(これらはブルーバックスではないが)。その後大学に入り、一般教養で天文学の授業を取ったら、教科書のレベルが低く、がっかりした覚えがある。しかも、その授業、大学生に夏休みの宿題などというふざけたものを出してきた。もちろん、夏休みが終わってから取りかかるのだが、一つ目は、『理科系の作文技術』という本を読むこととあったが、当然読まない。二つ目は、何でもいいから天文学の本を読み、レポート用紙一枚にまとめること(ブルーバックスなどは難しいので、なるべく易しい本を選びなさい)と来た。私は、何でブルーバックスが難しいのだろう?と疑念を抱いたが、何分、時間が無かったので、なるべく易しい本と書いてあるのを好都合に、小学校一年の時に親が買ってくれた、『惑星を観よう』という、八割方が写真という本を選択した。出席したのは半分ぐらいで、レポートも半分ぐらいしか出さなかったが、試験は易しかった。全出席、レポート全提出の友人二人に単位が来ない中、不思議と私には、Bの単位が来た。今でも謎である。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ダイヤグラムの直し方

 昨日の台風は振っている時間こそ短かったが、ものすごい勢いで雨が打ちつけられていた。私の家は丘のてっぺんにあるので、雨で困ることは無いのだが、中・高時代の友人の住んでいる辺りには、避難勧告が出ていた。普段、チョロチョロとしか流れていない川が恐ろしく増水している写真を見た時には驚いた。神社の宮司をやっている友人など、本来なら宮司の集まりで伊勢神宮にバス六台で行く予定でオフを取っていたのに、中止になってしまい、ただでさえ悔しい思いをしたにもかかわらず、別の神社での職務をこなそうとしていたら、電車が止まり、バスを乗り継いで向かったそうである。えらいな、と思った。私も見習わなければならぬ・・・ところで、皆さんは電車のダイヤグラムが乱れた際、どのように直すかご存じだろうか?昨年の暮れだったか、私の地元駅近くの赤提灯で友人二人と飲んだ時に、いろんな話が出たが、二人とも、コンピューター関連の会社を経営しているので、ふと、「電車のダイヤグラムがくるった時に、自動的に直してくれるシステムってあるの?もしなかったら、それを開発してみたらどうだろう?」という言葉が口をついた。すると、一人が、「あれは、コンピューターだけじゃあ管理できないんだよな。それぐらい不確定要素が多すぎるんだ」と応えてくれたので、「だったら、どうやって直しているんだい?」と聞いたら、「あれは、全部、手作業で直すんだよ」と言うので、「手作業!?恐ろしく手間が掛かるんじゃあないか?」と驚きを隠せない私に、「手間が掛かっても、ひたすら手作業なんだ」と教えてくれた。確かに、コンピューターを使っての手作業だろうが、電車が止まる理由も様々であり、アルゴリズムが組めないのだろうな、とぼんやり思った次第。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ピラミッドを組み立てるとしたら

 私は、エジプトに行ったことがない。従って、実物のピラミッドをこの眼で見たことは無いのだが、映像や写真でなら見たことがある。別に十円玉をいかにたくさん積み上げるかということと、これから述べることは変わりが無い。いずれにせよ、組み立てる時には、下から作ることが肝心なのである。それはつまり、あらゆる物事について、基礎がどれだけ大切であるかということだ。しかし、なかなかその辛抱を出来ないのが人間でもある。『絵に描いた餅』という諺もこの事を指している。功を焦るものは、必ずや、どこかで躓く。それは、基本の大切さを身に沁みて感じたことが無いからだ。ここをわきまえているかどうかで、その後の伸びしろが異なる。先ず明らかなことは、基本が出来なければ、応用、発展、さらにその先の創造というものは成り立たない。そこで、基本を疎かにすると、ピラミッドを逆さまに作ろうとする様なものである。当然、バラバラになる。そこでは忍耐が必要なのだ。物事が上手くいかない多くの人は、基本→応用→発展にレベルアップすればするほど、時間が掛かると考えがちであるが、それは逆である。むしろ基本を真剣にやるべきなのだ。時間が10あったら7以上を基本に掛けてもいいのだ。土台さえしっかりしていれば、その上は一気に進むし、万が一、上の段階で失敗しても、基礎がしっかり出来ていれば、いくらでもやり直しが利くというものだ。物事とはそういう仕組みに出来ている。例えば、私の場合、一つの基本的概念を納得いくまで考える。最初は、人よりも後れを取る。しかし、一度解ったら、一気に先に進むことが出来る。それが解っているから、本気で取り組むことには、焦らないで、基本からしっかりとやる。結局は、その方が上達が早いし、さらにその上の、完成形を眺めて、未だ工夫の余地は無いかと考えることが出来るのだ。人々はそれを創造と呼ぶ。大器晩成とは、いかに周りに惑わされず、己に負けず、基本を大切にするかということなのではないだろうか。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秘密兵器とアドバイスと基本から

 今回もゴルフの話で恐縮であるが、誘ってくれた友人から、二日間に渡って携帯にショートメールが届いたので、その話から。友人から、ドライバーの秘密兵器を手に入れた、とのメールが入り、250y以上は飛ぶぞ、とのことで、私は頭をひねった。基本的に同じゴルフボールを遠くに飛ばそうとするならば、物理学的見地から、無風ならば45度の角度が一番飛ぶし、運動量保存則を考えたら、(質量)☓(速さ)で決まる。すると、ドライバーのヘッドを重くするか、ヘッドスピードを上げるかしかない。シャフトのしなり具合とか、遠心力を考えると、シャフトの長さが変わったかのどれかだと推定したら、彼は、どれもだ、と来た。謎だが楽しみだ・・・翌日、一昨日の私のblogを読んだ彼は、再びメールをくれた。手にマメが出来るって事は、スイングがおかしいぞ、と。私は脇が甘いのかなあ?と書いたが、アドレスに入った時の腕の三角形を崩さなければ、大崩れはしない、と、大変重要なことを教えてくれた。よく、ゴルフ雑誌のチャートに載っているクラブを握った時の腕の三角形である。そして、最初は、3時9時で振れ、と教えてくれた。基本中の基本なのだが、それでは本番に間に合わないと思う心を抑えつつ、物事の基本の大切さをお互い熟知しているから、私は解った、と返事した。まずは正確さから、という彼の意見は最もなのである。やるからには上手くなりたい気持ちもあった。そして、昨日、そのアドバイスの通りに、素振りを繰り返した。三角形を意識すると、自然と脇が締まる事に気が付いた。グリップ時の腕の向きも変わった。それで、3時9時でハーフスイングをしてボールを打ってみると、面白い様に正確に飛び、飛距離も今までとさほど変わらない。正直、ビックリした。これを体に覚え込ませようと、7Iだけをひたすら振った。すると、何球かアイアンの芯に当たった事に気が付いた。アイアンは芯に当てるのが難しい。今回の本チャンでは駄目でもいいと覚悟した。本当に上手くなりたかったら、基本練習が肝心なのだ。台風が過ぎたら、また、納得いくまでやってみるつもりだ。何よりも、運動不足だった私にとって、運動がこれほどの気分転換になるとは思わなかった。いきなりハードなことをすると失敗する。小さな事からコツコツとである。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

久々の打ちっ放し  その3

 翌朝、四時に目覚めたら、腰痛と筋肉痛。運動不足だ。blogを書き、朝食を採ると、気合で練習場に向かった。空模様が怪しかったので、その日は車にて。受付の方に挨拶し、お借りした傘を返す。ストレッチの後に、7Iから入る。素振りの後、ボールを乗せるイメージで打つと、好調だった。飛距離も以前より少し伸びた。同様にして、スプーンに移るが、前日に続いて今ひとつ。脇が甘いのかなあ?などと思いながら、汗を拭って、喫煙所で休憩。すると、おじいさんがやって来て、喫煙者の肩身の狭さの話に花が咲く。一段落して、打席に戻り、ドライバーを手に取る。素振りを繰り返していると、握力の低下をひしひしと感じた。その日はドライバーも全然駄目だった。おしぼりで手を拭い、やっぱり、こまめに練習しないと駄目だな、と思いながらいざ帰ろうとすると、74歳のじさまが心肺停止で倒れたとの知らせ。受付の方は119して、別の方はAEDを持って行く様子だったので、私はしばらく自動ドアを開けっ放しにする様、立っていた。五分くらいで救急車と消防車が来た。私は、そのまま家に帰ったのだが、後で美容院にバスで行った母が、その三時間後ぐらいに警察が来ていたといっていたので、『ああ、亡くなったんだな』と解った。どのじさまかは判らぬが、せめて好きなことをやっていて亡くなったのだから、本人は大往生だろう。が、家族はショックだろうな、と思った。ご冥福をお祈りする。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

久々の打ちっ放し  その2

 そうか、アイアンはクラブにボールを乗せるイメージで振ればいいんだな、と気が付いて、何球か振ったら、クラブにボールが乗りだした。幸い腰の痛みも出ない。うん、OKという感触で休憩。タオルで汗を拭う。慣れたら、アイアンを何本か持っていって、平均距離をチェックしたいと思った。続いて、スプーンを持って素振り、しかし、比較的に好きだったこのクラブの素振りを始めると、何かが違う。残りのボールをティーアップしないで打っても、中々、クラブの芯を食わない。ボールを買って来て、ティーアップして打ってみようとすると、二つのことに気が付いた。まず、左足が若干引き気味でオープンスタンス気味になるのでボールがスライスすることと、できるだけ、ヘッドのインパクト面を意識して振ると、弾道が高くなり、飛距離が出ること。そのためには、ボールを体の中央からやや左足寄りに置くこと・・・上手な方のフォームを拝見して、素振りを繰り返す。数球で感覚を思い出したものの、その日、スプーンはまるで駄目。また汗を拭い、ドライバーも駄目かなあ。と思っていた。ドライバーよりもスプーンの方が芯を食いやすく、易しいからだ。しかし、ドライバーはティーアップできる。ティーに見立てたゴムを高い物に取り替え、また素振り。どうかなあ?と思いながら、そのゴムティーにボールを置き、打ってみると、久々にしては、なかなかの感触。ミスショットもあったが、フルスイングしてみると、自己ベストタイの180y位まで飛んだ。打ちっ放しは未だ十五回位、友人に頂いたクラブで、ラウンドは二回。まだ、下半身の使い方が今ひとつなので、フォームも固まっていない・・・にしては、まずまずである。途中から雨が降ったが、傘を借り、バスで帰宅後風呂に入ると、左手にマメが出来ていた。でも、体を動かして、何だか気分が晴れたので、母の買い物の足にもなり、コンピューターチェックをして、夕飯の支度をしてから、軽くお酒を入れていた。その日は夜の八時に寝てしまったが、翌日も行くことになろうとは・・・

| | コメント (0) | トラックバック (0)

久々の打ちっ放し  その1

 今月の21日に友人からゴルフに誘われた。実にクラブを振るのは、一年半ぶりである。曇りがちな天気だったが、ドライバーとスプーンと7Iを持って、昨日の朝、歩いて行ってきた。受付に行くと、顔見知りの叔母さんに二年ぶりくらいに遭遇。「ごぶさたしております」と挨拶をして軽い会話の後に、いざ、練習場へ。その前日に軽くゴルフレッスン番組を観たが、どうも動きがぎこちない。久々だからだ。ボールを買いに行ったら、500円で50球と5球減っている。事実上の値上げである。一年半前に中・高時代の友人達とラウンドして以来、クラブを振っていなかったのだが、ストレッチの後に、小さいクラブの素振りから始めて、玉を撃ち出す。中々ミートしないし、真っ直ぐ飛ばない。そういえば、首を動かさずに振ると真っ直ぐ飛ぶと言っていたなあ、と思いだしミートし始めたら、まずまず当たり出した。しかし、慎重に振っているので飛距離は出ない。35球位打った所で休憩。その頃には、日頃の運動不足から、汗がドッと吹き出していた。タオルで汗を拭いまくったと同時に、こりゃあ、一度、本番前にサウナに行った方がいいな、と思っていた。そんなことを考えながら、7Iをしまって、席に座ると、隣の席のおっちゃんが、しばらくの素振りの後、打ち始めた。私は、そのおっちゃんが上手と観て、観察を始めた。すると、上手いことボールをクラブに乗っけて飛ばす。夢中になって観察していた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

慣性の法則

 別に『感性』について書いてもいいのだが、今回は、『慣れ』ということをテーマにしてみたい。例えば、それまで愛着のあったものほど、新しいものに代えてしまうと違和感を感じる。その事を上手く表現した小説が、芥川の『鼻』である。しかし、人間には不思議と、身体的なことだけではなく、精神的なことでも免疫というものがある様な気がする。それまで使っていた物に愛着があればあるほど、最初は新しいものをぎこちなく感じる。しかし、時が流れ、それらを使っているうちに、自然と慣れ親しんで、新たな愛着というものが湧く。生理的に拒否反応を示すものなどは無理かも知れないが、大概の物事については、こういう心の働きが生じる。これを利用しない手は無い。苦手なことで、自分が克服したいと思っていることがある場合、その手段が浮かんだら、徹底的にそれをやりこなす。すると、いつかそれが、当たり前のこととなるから・・・ここまで、私の説くいわゆる『慣性の法則』の良い面ばかりの特徴を取り上げてみたが、当然ながら、陥穽もある。慣れと癖の区別はつかないが、悪癖を習慣にしてしまうと、直すのが厄介である。明らかにナンセンスな悪癖は人だけで無く、自分さえも傷つけてしまう。これは、絶対に直さなければならない。しかし、そんな時も、『慣性の法則』を逆に考えるのだ。自分から取り除きたい悪癖をしそうになったら、自分の感性と理性を働かせて、悪癖にストッパーを掛ける。これを繰り返していたら、本当に改善したいのであれば、必ずや、その悪癖は消えるであろう・・・いずれにしろ、本人の意志と問題意識が高くなければ働かないが、個性というものを殺すこととは異なる。より、自分自身を高みに持っていくためには、弱点を消してゆかなければならない。もちろん、この法則は勉強にも応用が利く。我慢してでも、続けていれば、何故か、物事にリズムというものが生まれてくるのだ。こうなると、こちらのものである。物事を成し遂げようと思うなら、我慢では無く、必ず辛抱する時間が出てくる。ここで差が開くのだ。私の言う、『慣性の法則』とは、リズムを掴むまでのコツだと受け止めて頂きたい。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2014年9月 | トップページ | 2014年11月 »