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真ん中が一番いい?

 真ん中が一番いいことぐらい解っていた。現に私の母方の曾祖父の名字が『中道』であった。しかし、不思議なことに、中道家は金には困らなかったのに、滅びた・・・ニュートラルでありたいということは、車の空ぶかしと一緒で、動かないものなのだ。仏教の中道思想とは、理想であって、現実的じゃあない。人は生きていくために様々な業を背負っている。何事についても、もの申したり、実行したり、ということには思想が伴う。その時点で、ニュートラルでは無いのだ。右か左かということは、車を前進させるか後退させるかということに他ならない。日本人には、沈黙の文化というものがある。ニュートラルであるとは、沈黙に他ならない。もし、外人が見たら、あいつは何にもやっていないだけだ、と解釈するであろう。幼稚なのだ。だからこそ、日本人の根底には、『滅美』の文化がある。これを誤解しているのが、アメリカに与えられた民主主義と憲法と物質文化である。ベネディクトの『菊と刀』は日本人の本質を突いているという意味でも深い。与えられた、無茶苦茶な土壌の上には、エゴイズムだけが横たわる。人々は歴史を学び、自己哲学の基で言動しなければならない。今の日本には、残念ながらそれが無い。金を右から左に動かして、儲けることなど、あってはならない資本主義の形態だ。砂上の楼閣であることは、バブルで借金作った連中に神の手が降りたのだ・・・神?それはアメリカに深く根付いている、ある民族のことかも知れない。あいつらは、人々が欲深いことをようく知っている。ただ、それを利用しているだけだ。エゴでものを言う民主主義もエゴで動いている資本主義も、必ずエゴによって滅びるであろう。人間が醜さをさらけ出している自由なぞ自由では無い。人類は行き着く所まで行き着いた。取って代わる思想など無い。懐古思想も駄目だ。人は一度覚えた味を捨てることは出来ない。『今は昔』には歴史観を感じるが、実際は逆で、『今は未来』なのである。少なくとも私は、『今』に希望を見いだせない。従って『未来』は暗い。

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