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孤独の影

 いつからかは解らないが、自分の心の中に、『強い気持ち』と『弱い気持ち』があることを知った。ここで考える。『強い気持ち』というのは、外向けに、ハッタリをカマした自分であり、何にも残らないことを意味していると気付かされた。また、そういうだけでは、ロクな駆け引きもできないと。人間、不思議なもので、『弱い気持ち』の中に自分が埋もっていることが多すぎる。これは本質的なことでもある。昔の憎しみや哀しみは全部、ドブの中に捨てた。相手にしている暇がないからだ。また、私は、自分の弱点を克服するべく、大学生活を送った。勉強などできて当たり前だからだ。私から言わせると、10あったら、大学の勉強など1未満である。残りの九割以上は、社会勉強のために様々なことをした・・・人生とは苦しみが苦しみを産むためにあるのではないか、と疑ったことだらけである。そんな私を導いてくれたのは、友情と本だった。友情はかけがえのないもの、と単純に言っても、なかなか一言では言えない。それは、傷ついた上でしか成り立たないものだからだ。本来は辛い絆なのである。そういうことが解っていない人のいかに多いことか。否、多い少ないの問題ではなく、傷つきもしない青春なんて無いのだ。もう一つの方の、私を救ってくれた、本には世話になった。図書館で借りてまで読んだ。そう言うと、故親父の蔵書は半端ではない。しかも、当時、日本一を争った高校の図書館から、三倍以上の本を読んだと言っていた。そこに私は、故親父の孤独の影を見るのである。

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