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いろいろあった七年間~毎日blog満七歳

 毎年書いているが、今日6月11日は、毎日blogの満七歳の誕生日である。いろいろとあったなと振り返る。タイマーは使わないので、七年間、24時間縛りの生活に何度も悲鳴を上げた。最初の頃こそ、いくらでも書く事があったが、月日が経つにつれて、ネタ枯れに苦しむ事が多くなった。途切れるのが怖くて、深夜の十二時過ぎにUPするようにもなった。最初の頃の作品をコンピューターで観るのが大変なので、ココログ出版で自費で本にした。しかし、ココログから出版出来るサービスが無くなり、五冊目で終わりか、とも考えたが、印刷会社と個人的に交渉しようかとも考えている。いいものが書けない時には苦しんだが、よくよく考えてみると、私は、文章がうまくなる訓練だけではなく、締め切りを守る絶対さや、アイデアの出し方、膨らまし方、文学的アナロジーによる連想、また、文章的には、語尾のあり方、構成の仕方、オチの付け方、引用の仕方、話の力点(視点)の移動による壁の突破法、描写力、伏線の張り方、ユーモアのセンス、また、内容としては、理系文系問わず、総合的に考えること、あらゆる事への問題意識と情報収集と自論のあり方・・・要するに、自分の文章のスタイルの模索をしてきたのだと思う。しかし、基本的には、blogとはエッセイに過ぎない。電子書籍の出現によって、今後の文学界がどういう形態へと推移するのかも読めないほど、時の流れは速い。また、毎日blogというのはセワシ過ぎて、将棋にたとえるなら、早指しどころか秒読みで、何もかもが雑になってしまう。一番コタえたのは、先日観た、NHKのクローズアップ現代の『単身赴任のあり方と変化』の内容で、自分の友人も二人、家族の大事な時期に、嫌でも単身赴任している現実と照らし合わせて、自分だったらどうだろう?と考えた時、自分はやりたい事として物書きを志し、大学院まで通わせてもらっていたのに、退学する道を選び、結婚も捨てて身軽なのにもかかわらず、文章を書くために喜んで(魂の)単身赴任みたいな真似が出来るだろうか?と考えたら、必ずしも二つ返事で喜べない自分がいる事に気が付いたからだ。確かに書く事は好きだが、書く事の辛さや怖さを嫌というほど知ったからだと思う。天は物事を人間が創造するのに必ず汗をかかせる。その代わり、達成した時にはご褒美をくれる。これは、どんな仕事でも変わらない・・・昨日、ふと気が付いた事がある。どんな人の人生にだって、必ず、他の人とは代えがたいオリジナルドラマというものがあり、それはフィクションに勝る、ということだ。これで、少しは希望が見えたが、毎日blogについては考えざるを得ない。『毎日』を取って実験をしてみたいが、未だ継続力に自信が持ち切れないない事と、エッセイ以外でいろんな事を試したい気持ちと、創造のスタイル(動機?)への疑問との間の三つの因子の間でのトレードオフ状態だ。いずれにしろ、様々な意見を聞き、最終的には、自分で決断するだろう・・・長くなってしまいましたが、八年目に入ります。毎年の事ですが、読んで下さる方々がいなければ、私は続かなかったでしょう。東日本大震災の後、バタバタしていて、一行でいかに意味のある事を書くかという失態もありましたが、あの時でも、読んで下さった方がいたから、私は幸せ者です。重ね重ね、ありがとうございました。本来なら、自分の誕生日より嬉しいblogの誕生日に、一人ビールかけでもしたい気分ですが、禁酒中です。おかげさまで、消されたblogを除いて、もうすぐ2600話です。イチロー選手の4000本安打がいかに凄い記録か身にしみて分かります。支えて下さった皆様全てに感謝です。ではでは。

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