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ペニシリンはカビから造るんじゃあ、食うても大丈夫

 母の実家である瀬戸の家では、新正月よりも旧正月に多くの餅をついていたそうだ。母が小学校低学年の頃まで、一日がかりで杵と臼で餅をついていたらしいのだが、何しろ大量に作るので、杵は長く出来ており、てこの原理を利用して、故祖父が足でついていたらしい。鏡餅は直径25cm位のものが下段で上段は15cm位、上に鏡餅飾りをし、だいだいを乗せる。そして、神棚に向かって細長い板を床に置き、鏡餅中心に、『~の神様』という風に段々と小さい二段餅を線対称に並べていたそうだ。勿論、朝食用の餅も大量に作る。そちらは高さ1m位ある大瓶に入れて水を張り、保存したそうだ。しかし、いくら水を張っていても、最後の方はどうしてもカビが生えるらしく、母が食べるのを嫌がると、故祖父が、「ペニシリンはカビからつくるんじゃあ、食うても大丈夫」と言って、みんなに食べさせたそうだ。故祖父は、新しい物好きなので、まもなく、業務用の餅つき器を購入したらしいが、作る餅の量は変わらない。そんな中、故祖父は、餅の新たな食べ方として、バターを塗って食べる方法を発見した。私は当たり前のようにその食べ方をしていたが、故祖父の発見だという事は、しばらくしてから知った。故祖母は、唐揚げなどの揚げ物の時に、ビニール袋に小麦粉を入れて、まんべんなく肉などに粉がつく方法を早くから発見した(今ではみんな知っているが)。故曾祖父は、ふかしたさつま芋をお椀に入れ、牛乳と砂糖を入れる食べ方を思いついた。食べ物だけではなく、何事も、工夫するというのは面白い。なんだか餅が食べたくなってきた。

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