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聖徳太子と梅原猛

 法隆寺の境内を歩いていて、ふと、考えたことがあった。弟のカミさんに、母が無理してくれて百回は読んだ日本史の漫画のことだ。なんでも、「聖徳太子は実在しなかったのが今の定説です」と言われて驚き、それでも、「歴史というものは流れを掴むのが一番大切なことなんだ」と言っても無視したので、「だったら、あの漫画、返してくれ」と言ってもなしのつぶて。弟の長男は中三になって自分の実力を客観視すべき時なのに、「プロ野球選手になりたい」としか言わない。弟夫婦もそれを後押しする。内心で『コイツは馬鹿だし、学問も身につかないだろうな』と憐れんだ・・・そんなことはどうでもいい。法隆寺と言えば欠かせない人物が梅原猛氏である。法隆寺は聖徳太子の鎮魂のために建てられた、という説を唱え、一世を風靡した方なのだ。私は、どちらが本当に正しいのか、境内をくまなく歩いた。すると、聖徳太子を祀る社が確かにあった。私は梅原氏の説の方が説得力があると思った。なぜならば、もし、聖徳太子がいなければ、憲法十七条、冠位十二階、の説明が付かないし、538年に伝来したとされる仏教を重んじ、「仏法僧を敬え」と言って、日本の宗教革命とも言える、神仏習合という概念を誰が作り出したのか解らなくなる所に、決定的な矛盾を感じたからだ。内心で、『アイツは平気で嘘をつく奴だからなあ』と思いながら、季節外れの干し柿を食って、法隆寺を後にした。

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