« 初夢が正夢に | トップページ | 真っ直ぐな道でさみしい »

刑事コロンボと警部補・古畑任三郎

 刑事コロンボの存在は知っていても、観たことが無かった私は、撮りだめしてあったものを、新年に入って4話観てみた。『なんだよ、古畑任三郎のパクリじゃねえか』と一瞬思ったが、元祖が『刑事コロンボ』で、後から脚本の三谷幸喜が設定をパクって、『警部補・古畑任三郎』を書いていた事に気が付いた。間抜けである。コロンボと古畑任三郎の仕草も似ているし、トリックが同じものもあった。『刑事コロンボ』が水の出ていない庭の噴水の下に遺体を隠して埋めているのに対し、『警部補・古畑任三郎』では、記念碑の下だった・・・まあいい。普通サスペンスというと、最後に犯人が捕まるのが常識だったものを、逆転の発想で、最初に犯人を明かして、刑事が矛盾に気付き、推理し、最後はロジックによる動かぬ証拠で追い詰めて行くのは、観ている方としては痛快である。ただ、ロジックが後付けになってしまうケースが、どちらの作品にも多々あるのはやむを得ないのかも知れないが、残念な点でもある。私は、こういう作品を推理小説として書けるのかと考えてみたが、多分、不可能であろう。映像が伏線となり、かつ、会話の矛盾を隠す効果があるからだ。そう考えると、逆に、最期に犯人が分かる小説で、映像化できないものは、駄作ということになる・・・『刑事コロンボ』を観ていて思うのは、コロンボがどこでも葉巻を吸っているということに、当時のアメリカの時代背景が伺えることだ。現在では、日本でも考えられないことである。古き大らかな時代のアメリカを感じながら鑑賞させてもらった。

|

« 初夢が正夢に | トップページ | 真っ直ぐな道でさみしい »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521582/58885341

この記事へのトラックバック一覧です: 刑事コロンボと警部補・古畑任三郎:

« 初夢が正夢に | トップページ | 真っ直ぐな道でさみしい »