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将棋棋士・谷川浩司永世名人の去就について

 父の死後、将棋を指す相手もいなくなったので、五年近く将棋界の話題から遠ざかっていた。一昨日の日経の夕刊で、谷川九段が連続32期在位していたA級の座から陥落したことを知り、残念極まりない。連続32期というのは史上二位の記録で、一位はあの巨人、大山康晴十五世永世名人である。氏は、がんで亡くなった時にも、A級を張っていた。過去の永世名人で、実力制名人戦になってから、A級から陥落した永世名人(通算で名人位に五期在位すれば成立)で、翌年B1でも指したのは、中原誠しかいない。しかし、負けが込み、フリークラス(順位戦を戦わないプロ棋士)となって引退した・・・果たして谷川はいかなる道を選ぶのであろうか。その去就が注目されるが、結論が出されるのは、将棋界の一番長い日(A級順位戦最終局の日)が終わってからだろう。谷川九段は過去四人しか出ていない中学生プロの一人であった。最初は誰だったか忘れてしまったが、他は羽生三冠、渡辺二冠とそうそうたるメンバーである。久々にネットで順位戦を確認したが、随分、勢力図が変わっていた。ここ数年は羽生十九世永世名人と森内十八世永世名人との激突に渡辺二冠が絡むといった展開である。近年のA級順位戦では、谷川九段は名人に挑戦するという立場というよりも、残留争いに苦しんでいた気がする。中学生でプロになり、順位戦の巨大ピラミッドをトントン拍子で駆け上がり、わずか21歳で名人位に就いた史上最年少記録は、谷川九段の持つ記録として、まず破る者は現れないだろう。それぐらい、順位戦の上の方のメンツが強い。また、本人は否定するだろうが、昨年、米長邦雄永世棋聖が亡くなった後に将棋連盟の理事長職を任された事も現役棋士としては負担になったのではないだろうか。陥落が決まった一局の感想戦が終わった後、谷川九段は将棋盤を見つめていたと知った。その胸中、計り知れないものがある。

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