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物書きの気持ち

 物書きとは、昔から哀れな性分である。あるTV番組で、「書くのが楽しくて楽しくて仕方が無い」という人がいたが、その人は、日記でも付けていたらいいのである。いっぱしの物書きは、みんな、泣きながら書いているのだ。仕事量に比べ、割の合わない報酬を受け取り、いつも頭の中はレッドゾーン。こんな毎日を送っているのだ。売れれば『先生』、売れなければ『ひきこもり』と近所からは言われる・・・前に寿司を一緒に食った友人が言っていた。「あの、司馬遼太郎でも、書けない時には、寿司屋に来てたらふく食ったそうだぞ・・・天才なんていないのかもしれないな」と。私は黙って聞いていたが、「俺でも、書けない時には、泣きながら書くぞ」と言った。同じようなことを三島由紀夫も語っていた。「いつも鼻歌交じりで小説を書いているわけでは無い。時には脂汗をかきながら書いている」と。私は、三島は嫌いだが、文才は認める。きっと、あの人も泣きながら書いていたのでは無いかと感じる。五木寛之だって最初からっ最期まで、下らない小説を書いていたが、一年ぐらいのオフを取っていたじゃあないか・・・この人の文才は全く認めていないが、泣き続けていたのは解る。十五年ぐらい前に或る大学の友人が我が家に遊びに来てくれた時、「今、書けないんだよな、俺」と言ったところ、「あの、夏目漱石でさえ、血を吐いてでも、締め切りは守ったそうだぞ」と言われ、何も言えなかった・・・だから、blogは、意地でも続けているのである。

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