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二十年ぶりの再会・・・朝帰り その6

 三十代は、(既にがんになっていた)親父とのために生きた。と語った。放射線治療で歯がボロボロになり、まともに飯が食えない親父は、スプレー式の麻酔薬をかけ、ごまかしごまかし食っていた。一言も泣き言を言う人では無かったけれど、僕も毎日blogを初め、一緒に酒を飲んでいた。そうして、攻略すれば余裕で勝てる将棋を、毎晩毎晩指した。トイレに行くたびに、「配置が違うんじゃあねえのか?」などと言っていた。お互いに泥酔しながら・・・という話をして、俺が三十五の時に親父の死に様観たけれど、武士だったよ。俺もかくありたい。と言うと友人は、「俺の親父もがんで二年入院しているんだ」と明かした。私は、「生きている間に孝行しとけよ。俺なんか心の喪が晴れるまでに、三年かかったよ。そういえば、君、趣味に囲碁って書いてあったじゃない。親父さんと打ってあげな」と言ったら、「俺(アマ)四段なんだ。親父から教わったわけじゃあない」と言ってビールを一口。私は、「四段だったら、置き石、聖林不木に置かなきゃあ勝てないなあ・・・俺は小一の時に、親父から将棋を伝授され、小二の時に、囲碁を伝授され、小五の時に麻雀を伝授された。いつもニコニコ現金払いって言われて、小学生の俺にとっては貴重だった、数十円を取られていたよ・・・そういえば、中三の時、デンの家で、君と麻雀打ったじゃあ無いか・・・あの時は負けて悔しくてなあ、帰りの電車中、敗因を考えていたよ」と言うと、「そんなことあったっけ?」と彼は言う。「忘れたのか?」と聞くと、「忘れた」の一言であった。

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