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2013年9月

平泳ぎで2Km

 私の小学校一年の時の宿題は、担任の先生に暑中見舞いを送ることだった。海で3m泳いだことを絵にして、一言書いて出したら、先生から、がんばりましたね、という様な返事を頂いた。当時は息継ぎも出来なかったのである。泳げないのはまずいな、という理由かどうかは知らないが、両親は私と弟を、スイミングスクールに通わせてくれた。モリちゃんという近所のクラスメイトも通っており、すぐに仲良くなった。まず、一番下に入れられるのだが、目をつむって泳いでいたら頭をコツンとやられ、見抜かれていることに驚いた。クロール、背泳ぎと覚えていって、なんとか25mは泳げる様になった。しかし、その後、習い事がかさんで、スタンダードコースの上から二番目で辞めることになった。考えてみれば、私は平泳ぎを習っていない。何故だろうと思いつつ、中学受験を終えて、中一の夏休み、親父と毎日の様に、近くのプールに行って、上手い人の泳ぎを観察し、見よう見まねの独学で身につけた。その時も、親父は、勉強と同じく何にも教えてはくれない。夏も終わる頃、自信がついた私は、何Km泳げるかに挑戦してみようと思った。プールで時計を観ながら、何度もターンし、回数を数えながら、『これならいくらでも泳げるな』と確信したので、2Kmを泳ぎ切った時に、初めてプールの底に足を付けた。まだ余裕はあったが、それを最後に、プールに通うのを辞めることにした。それでも、私が体育の科目の中で一番苦手なのは、『水泳』なのである。いくら平泳ぎで2Km泳げても、クロールは30mが限界だったからだ。

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「叔父ちゃんのマンション凄いね」・・・

 私が小学校一年生で、弟が幼稚園の頃か、昨日も書いた様に、夏休みには母の実家がある瀬戸の家に帰省していた。父は仕事があるので、お盆休みが終わる頃、親は帰って行った。私と弟は、夏休みの終わる前まで、おらしてもろうていた(いさせてもらっていた)。いざ帰るとなると、婆ちゃんがとんぼ返りするために、始発の新幹線に乗るという。爺ちゃんにお礼を言って、前の日の夕方に、広島に住んでいる母の弟に当たる叔父さんの所に泊めてもらうこととなった。おじさんは当時、独身で、ボロアパートに住んでいたのだが、私は入った途端に、「叔父ちゃんのマンション凄いね。お風呂まで付いている」と本気で言っていた。叔父さんが、照れくさそうにしていたら、弟が、「うわぁ~写真(ポスター)が一杯貼ってある。あの人達、みんな叔父ちゃんの彼女なの?」と駄目を押してしまった。叔父さんは、「ネズミがでんように、ああしとるんじゃ」と、なんと言っていいのか解らない表情で応えてくれた。夕食は済ませていたので、後は寝るだけだった。祖母と叔父ちゃんと、兄弟二人で川の字になって寝た。午前4:30ごろ、婆ちゃんに起こされて、叔父さんが駅まで送ってくれた。後に母に聞くと、「あのボロアパートをマンションって言ってくれたのは、後にも先にも、あんたんとこの子だけだよ」と笑い話になったが、私は、その頃はまだ判別がつかなかったのである。その叔父さんは、すごく人のいい方だ。今、働いている会社の重役の娘さんがアタックをかけてきたらしい。叔父さんは一軒家の主となって、幸せに暮らしている。

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家一軒分の仏像の右手

 最近、仏壇、神棚が無い家が多い中、私は親しい友人だけに、その濃密な話を話し、ついてこれたら、これからの日本の文化論まで話すことがある。今、もし、貴方が、外人さんに、「日本の文化とはなんですか?」と聞かれたら、何と応えるだろう?・・・答えが出ない方々がほとんどだろうが、私だったら、何と応えるだろうかと、日々、問答している。簡単な奴は『お茶』とか言うが、お茶は日本文化の一つであって、底流では無い。底流に流れているのは、やはり、神仏集合論だと思う。そんな古くさいものを、という人は、田舎の古民家に行ってみれば良い。必ず、仏壇と神棚があるから・・・そこに、日本人の日本人たる由縁が必ずあるから・・・瀬戸の母の実家に行くと、立派な神棚と仏壇がある。仏像もある。なんでも、仏壇で、もう一軒家が建ち、仏像も負けてはいなかったそうだ。私は、独りでその仏像とにらめっこするのが好きだった。本当に、いい仏像や仏画は、自分の心を物語ってくれる。小学校の夏休みの頃だ。両親は、仕事があるので、お盆休み以降は、私と弟が瀬戸の家に残る。ある時、食卓で、弟が、「兄ちゃんが仏さんの手を折った」と言い出した。私は身に覚えが無かった。一回も触ったことが無かったからだ。何十年も謎だったことだが、こないだ、ついに弟が白状した。「そんな~時代も~」と言いつつ認めていた。しかし母によると、あの仏像の右手は、元々取れていて、米粒でひっつけてあったらしい。故爺ちゃんの母親に当たる人が、空襲の時に逃げた際、仏像の右手が折れたそうだ。それを弟が「折れた」と言った際、故爺ちゃんが、強力ボンドでくっつけてくれたそうだ・・・人生の問題の一つ、弟の分も入れたら二つ、解決した。

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座骨神経痛か・・・?

 母が右足の複雑骨折をして、いつも、「右足の長さと左足の長さとが違う気がする」と言っていたのだが、「毎日歩けば治るよ」と言って、それを続けたら、本当に良くなった。しかし最近、今度は、左足のかかとが痛い、という様になった。骨の上だと言う。母は、医者でも無いのに、自分で診断して、「あ~じゃないか、こうじゃないか」と思い込む悪い癖がある。私が、「とりあえず湿布貼って、上からサポーターを巻いてみたら」と言ったら、少しは良くなったらしい。私が(これまた医者でも無いのに)、「アキレス腱と骨の繋がっているところが痛んでんじゃあないの?」と言ったら、妙に納得していた・・・今朝、起きたら、私の尾てい骨のあたりが痛かった。パソコンの前で大仏の様に寝ていたからか・・・とも思ったが、痛むのは筋肉では無く、骨なのは解った。丁度、座椅子で寝るときに負担のかかるところである。そういえば、将棋のある棋士が、座骨神経痛に悩まされているという記事を十年以上前に読んだ。私の痛みも尾てい骨では無く、腰のっちょっと下の背骨である。静かに座っていれば何ともないのだが、ストレッチなどをすると、腰が抜ける感覚と同時に、痛み止めを飲んでも、激痛が走る。と言うより、痛み止めが本当に効いているのも判らない位ひどい。弟はぎっくり腰、私は、背伸びしたら、骨の髄まで染み渡る様な神経痛・・・こんな状態では『SKIPPED  BEAT』の世界には到達できない。女を抱いてて、こうなるのなら本望だが、納得がいかない。まあ、三日もあれば治るだろう・・・弟に見習って、コルセットでも付けようかな・・・

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ザリガニをいただいて

 私が幼い頃、私の周りには自然が溢れていた。ちょっときつい坂の上なので、街には繰り出さない。いくら雨が降っても心配ない(こないだの台風で被災された方々、お気の毒様です)、地盤が固いなどのメリットがあった。が、今、日本の何処で何が起きようが不思議では無い。中高時代の友人は、土の香りを知らない奴が多かった。って、皆さん、ザリガニの取り方ってご存じですか?ザリガニには巣穴と水分とえさとなるものが必要なのです。勘のいい方はご存じでしょうが、水田に巣穴を作っていることが多いのです。今では同時の水田も、地主の意向によって、マンションなどになってしまいましたが、私の小さいときには、田んぼがいくつかありました。そこで、刈り取りが終わった水田で、地元のみんなで、ザリガニ取りに行く・・・穴の中に手を入れて、採れたら捕まえる。みんなが必死にやったら、みんな泥だらけになって、坂を登って帰って行きました。母は、『子供は遊ぶのが仕事』と考えていたらしく、叱られたことなどありません。感謝です・・・ところで、こないだの、『残暑の会』で、ザリガニの料理が出されたときには複雑でした。でも、頂くとソースと合って、決して、泥臭いことは無かったのです。それどころか美味でした。なんでも、ザリガニは、フランス料理ではロブスター扱いなそうです。実際は、高級食材なそうです。水くささも一切ありませんでした・・・でも、どうしても、昔、田んぼで取っていたザリガニの思い出から抜け切れない自分がいたのも事実です。生き物(ペット)として考えていたものを、食材と考えるのには、解ってはいても、もう少し修行が必要なようです。美味しかったので、余計に複雑です。

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こんなものがあっていいのか?

 私が子供の頃、裕福な家庭の家の子は、当時、流行っていたおもちゃを持っていた。自慢するのだが、相手にする方も、「すげ~な」とか、「貸してくれ」などと言っていたが、二度目に同じおもちゃを見せびらかされても、相手にしない。すぐに飽きるからだ・・・故親父は、絶対にそういうものを買ってくれなかった。ねだると、「自分で作れ」で終わり。くだらないおもちゃなどには振り向きもしなかったが、アイデアを言って、面白かったら材料だけを買ってくれた・・・先日、弟の次男坊が来たが、いきなり小型ゲーム機を取り出し、「おっちゃん、怖い顔をしてくれ」と言うので、訳の解らないまま、部屋を真っ暗にし、下から懐中電灯を当てて、化け物みたいな顔をしてみた。甥っ子はケタケタ笑う中、お袋とか、兄貴とか、ミニ・ダックスの弥吉君の写真を撮っていた。何に使うのか不思議に思っていたら、写真を選んで、3Dの画面で、対象を打ちまくるのだ。それでスコアを稼ぐ・・・こんなゲームがあっていいのか、と憤りを覚えた。別に自分が打たれていることに腹が立っているわけじゃあ無い。倫理的に、子供の教育上、問題がある上に恐怖を感じた。昔、近所の馬鹿三兄姉の兄貴が、空気銃の弾に針を刺して、雀を打っていた。これと同じ事をやっているのと変わらないでは無いか。真ん中の娘は、高校時代から合コンで、ガキの頃、お袋の貴重品をぶっ壊しまくった、暴れ馬だった。末っ子は、ファミコンを弟とやっていて不利になると、リセットボタンを押す奴だった・・・今では、弟の次男が同じ事をしている・・・ユウウツでたまらない。

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謎だった電話

 気がついたのは、24時間経ってからだった。私の携帯に、大学時代の飲み友達から電話と留守電が入っていたのは。携帯を充電器に差したまま、寝てしまっていた。時刻を観ると、午前0:00過ぎ。翌日、留守電を聞いてみると、泣いている気配がする。そして、時間が来ると、いきなり途切れる。私は何かあったのかと思って、大慌てで電話したが通じない。何か不幸ごとでも起こったんじゃあ無いかと、心配した。共通の友人に電話を掛けて、留守電にメッセージを送って、情報を求めた。お彼岸の昨日の朝、共通の友人からの電話で起こされた。寝ぼけ声だったと思うが、事情を説明したら、何にも知らない、と言う。そこで私は、「これからそいつに電話してみる。何かあったら真っ先に連絡する。連絡が無い場合は、何事とも無かったと思ってくれ」と言ったら、「了解。深刻なことで無ければいいけど、そうでなかったら、久々に飲もうや」と言われ、「いつでも了解」と言って電話を切ってしまったが、これで、『飲もう』という約束を、いくつ取り付けてしまったか解らない。でも、久々に会いたいなあ・・・と思いながら、謎の電話の友人に電話してみた。どうやらお彼岸で実家に三日ほど帰っていたらしい。事情を話したら、「そんなことがあったのか。申し訳ない。何も起きてはいないよ」と言われ、正直、ホッとした。私が、「多分、子供さんが携帯いじっちゃたんだろうな。俺は午前一時か二時まで起きているから問題ないけれど、お偉いさんの所で無くて良かったなあ・・・心配したぞ」と言ったら、彼は、「申し訳ない」とばかり言うんで、話を少し拡げて、最近のことも聞いてみた。現在、甲府に単身赴任しているらしく、「この猛暑、半端じゃなかったろう」と言うと、「実質最高気温42℃まで行ったしなあ」などと話し、甲府に単身赴任している小中高の友人の話もした。懐かしくて少し話を延ばしてしまったが、彼の、「申し訳ない」に対し、私は、「何事も無くて良かった」で話しにケリが付いた。でも、「また、みんなで飲みに行こうぜ」と言ってしまい、盛り上がったのはいいのだが、いくつの『飲み』の約束を引き受けてしまったか、わからない程である。

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頭だけで考える人達

 はっきり言って、物事を頭だけで考える人達、というのが僕は苦手だ。十九の時に、人間とは合理的な生き物だと信じていた私は、恋をして、人間とはなんだ?と苦しんだ。いろんな女に振られ、いろんな女を泣かせた。人間なんて下半身で生きている様なものじゃあねえか!!と思ったら、グラウンドで、友達を連れて、酒を飲んでいた。否定しようのない事実に、人生観を変えようと、もがいていたのかも知れない。もう、合理主義ではやっていけない、新しい希望が必要だ・・・と大学一年の後期テストほとんど白紙でも、前期の貯金で留年は免れた。大学二年の説明会の時、一年の時のクラ友の横に座って挨拶したら、「何で、お前が、ここにいるんだ?」と言われた。内心で、『コイツも俺と同じ辛酸なめるやろうな』と思った記憶がある。言っても無駄な奴には言わない。そいつは女に振られて三年から四年に上がれず、留年した。「飲みに行こうぜ」と誘われたが、グチを聞かされるのがオチなので、何か事件を作っていた・・・私は、東大生では無い。模試ではそこそこだったが、受けなかった。我々の高校は、東大に合格しただけで褒め称えていた風潮がある。あの、ぎすぎすした雰囲気がいやだった。プライドだけ高く、本からか誰かからしか学ぶことが出来ず、それを自分のポリシーとしていて、人付き合いというものも解らず、負けず嫌いに育てられたから、人をグサリとやる。グサリとやるにしても、加減が解らない、理論仕込みのおばかさなんである。相手をする気にもならない。

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物理学者の謎

 長い放蕩の後に居間に降りてきたら、お袋がゆっくりしていた。「おっす!!遅くなってすいません」と挨拶したら、焼きナスを出してくれた。ありがたく頂き、ミニ・ダックスの弥吉君にも分けてあげた。再放送の連ドラの『てっぱん』でも観るか、という話になり、観ているうちに涙した。そして、九時台に風呂に入って、十時台にメールチェックして、十一時台にblogを書いて、という私の望みは、あろうことか、物理学に興味など持ってはいないはずの母が、NHKの『NHKスペシャル』を録画予約していることで打ち消された。物理学の中でも素粒子論を扱ったテーマであったが、昔の素粒子論は、『対称性』がキーワードだったのが面白かった。それによって、数多くの、美しい公式が導き出されたのである。母に、「この数式解るかい?」と聞いてみても、「解るわけ無い」と言われたのだが、聞いた本人の私でさえ、数学記号は解っても、その美しさまでは解らなかった。番組の最後の方で、原子核が電子やニュートリノなどを結びつけている要因に、『対称性の破れ』が原因であるとの、従来の考え方と正反対な、『非対称』の理論が証明されたとの話が合った。『対称性』、英語で言えば『シンメトリック』。このことが大学仲間の中で議論されてから、十年以上経つ。個人的な考えだが、森羅万象は非対称から対称の方に力が働いている気がしてならない。男と女一つ採ってもそうである。不思議なのは、対称になった瞬間に、Nextがあるということ。物理学だって、いつまで経っても、蜃気楼を追いかける様なもの。こだわらずに、気楽にやればよい。

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誕生日ラッシュ

 シリーズ物を書いていると、その間は楽なのだが、終わった後に気が抜ける。今日もその現象が生じて、何を書こうか迷っている。とりあえず、中高時代の悪友の誕生日だったので、フェイスブック(以下FB)で、おめでとうメッセージを書いておいた。私のFBの友人は、ほとんどが中高時代の友人である。だから、友人は現在55人・・・とは言っても、一年が365日ならば、週に一度は、Birthday Mailを送っていることになる。来年は何を書こうか?などと考えてしまう時もある。ただ、『誕生日おめでとう!!』だけでは芸が無いので、一言添えるのだが、卒業してから会っていない友人の時には、他の友達からの情報とか、中高時代の思い出話などを書く。ごく軽めにだが・・・何はともあれ、一緒に大人になっていった仲間だから、結束力が固いのも特徴である。みんな、あの頃のことを忘れてはいない。仲が良かったり、いがみ合っていたことも、この歳になると、みんな、いい思い出である。文武両道の学校だったので、活気もある。男子校だったので、博打もしたし、よく遊びよく学べの校風だった。進んだ大学は皆、異なれど、今になったらそんなことは関係が無い。みんな、いいお父さんをやっていたり、孤独に歩んでる友人もいる。FBにしょっちゅうアップしてくれるのは、案外、あの頃、悪かった友人でもある。何はともあれ、友人とはありがたいものだと、つくづく感じる。もちろん大学時代の友人も。

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『残暑の会』2013  その6

 酒が原因か、ナチュラルハイになった奴が一人いた。ロケットの『イプシロン』問題で、「アメリカ相手に、国として戦争を仕掛けたのは日本だけなんだよ。だから、アメリカが一番恐れているのは日本でもある」という暴論をはく奴がいた。場がシーンとなった。すると、別の友人が、「この鳥のダシで、雑炊かうどん食えないかなあ」と、気合の一言を言った。私はその時、『アメリカよりも、これからはロシアの方が脅威だ。でも、アメリカにはユダヤ人がいるし・・・』などと考えていた。他のみんなもそうだったと思う。大体、負けるべきなら、戦争など起こさないことである。私の考えでは、太平洋戦争を止められた唯一の存在が昭和天皇であったと思う。私は長いこと、中国の核兵器はソ連が関与していたと思っていたが、中国からの留学生の先輩に聞くと、アメリカで研究していた中国の科学者が、つまはじきにされ、やむなく中国に帰り、核を開発したと聞いて驚いた経験がある・・・うどんが運ばれてきて、みんな、やけくそみたいに食べていた。店長は、端で座っていたが、30分早く切り上げてくれた。おかげさまで、終電ではなく、ちょっと早めの電車に乗ることが出来、しかも、座れた。座っていると、段々と眠気が強くなり、不覚にも寝てしまう。しかし、電車が止まる度に、目が覚め、乗り過ごしは避けることが出来た。途中、うつらうつらとしていたら、隣の女性にもたれてしまい、「あっ、すいません」と言ったら、「お気になさらずに」と言われたので、少しかっこ悪かったが、いい女だな、と思った。駅からはタクシーで帰ったのだが、帰宅して開口一番に、「へたな結婚式の料理よりも抜群に旨かったし、(食通が多いので)量より質と頼んだのに、店長の奴、どちらも兼ねてくれて、無理してくれた」と言った。私はお疲れメールを廻してから、blogを打って寝た。それが今日まで続いているわけである。  (終)

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『残暑の会』2013  その5

 時計を見ると八時過ぎ、みんな、もう、たらふく食ったな、みたいな中、店長が、「みんな鳥鍋どうする?」と聞いてきたので、「よし、気合でもう一品食べようや」という話になり、店長も、「前回はこがしちまってしくじったから、今回は気合入れて作った。いつもと同じじゃあ面白くないから、ポトフにした」と言っていた。いろいろと待っている間に、私から、ある友人に、ゴルフの話を振った。すると、「会員権は持っているんだけど、やったことは無い」と言うので、別の友達が、「やる気も無いのに、どうしてそんな名門コースの会員権持っているんだよ」と聞いたら、「親父が死んだときの遺産相続でもらった」と、彼は鳥をホグホグしながら、応えていた。そして、店長の赤坂進出の話になると、その友人が、「赤坂でいい店を知っている」と言って、いろいろと話をしてくれた。そして、「俺が持つから、このメンツで行くか」とまで言ってくれた。もちろんご相伴にあずかるつもりではあるが、私は、店長に勉強させてあげようと思っているんだな、と思った。別の友人に言わすと、飲食で十年持たせるのは凄いことらしい。『Katsu』は12年になるとのことで、私がトイレに立った際の来客数を観ても、たいそう賑わっていた。店長が、「常連さん達に挨拶してくる。すぐ済むから」と言っているうちに、話は、その日、打ち上げに成功した国産ロケットのイプシロンの話題に移った。話題を振った奴が、「あれは、朝鮮半島と中国への威圧もあるんだよな・・・どうせだったら大陸間弾道ミサイルで、アメリカにも撃てる様にしちまえばいいのに」と、マッドな話をする中、店長が挨拶回りから帰ってきて、鳥鍋を平らげた後の、そのダシで、うどんか雑炊が食いたい、と言った友人がいた。店長でさえ、彼の無尽蔵な食欲には驚いていた。  (続く)

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『残暑の会』2013  その4

 そうして一段落したかと思ったら、すごい勢いで大皿が出てくる。私も気合で食べていたが、結構お酒も飲んでいた。店長に、「株で儲けようとしない方がいいぞ」と誰かが言ったら、店長は、株に詳しい友人に、「いい銘柄の会社の番号、ショートメールでいいから教えてくれ」と懲りずに言っていたので、また笑いが起きた。その店長は、まもなく眠りに落ちだした。寸前に私が、「土曜日だと、本当に終電やばいから、ちょっと早めに上がる様にしてくれるか」と言ったら、「解った」と言いながら、眠りに落ちた(店長の友人、こないだの台風で、仕入れの帰り、三輪バイクなのだが、突風で腕にもの凄い怪我を負っていた。フェイスブックでチェックしていると、1分前と出ていたので、慌てて電話したら、「なんで、お前、こんなにレスポンスが早いんだよ」と言われたが、結構シビアな傷だった)。それから、法律に詳しい友人二人が、最高裁で、昔で言う’妾’の子供でも、認知したら、正妻の息子達と平等に遺産相続しなければならない、という判決が出た話をしたので驚いた。私がみんなの議論を聞いているうちに、「それって、最高裁だから覆らないんだろ」と尋ねたら、「そうだ」と応えたので、「それって、浮気防止のための判決みたいな様なものじゃあねえか。少子化に逆行しているぞ」と言った。本当に財力のある人間にしか、その遺伝子が残らないという議論になり、誰かが、猥談上手の友人に、「それでも、お前は浮気するんだろ?」と言ったら、「今のところ、それはない」と応えたので、「今のところってどういうことだ?」みたいに突っ込まれていたが、「ないない」と否定した。彼は新婚さんで、結婚式の後、速攻で奥さんを妊娠させていた。みんなが、「さすがだな」と言う中、私は、彼が晩婚だったので、真剣な気持ちがあったんだろうな、と思った。  (続く)

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『残暑の会』2013  その3

 そうそうたる料理(フォアグラなど)が出てきた後に、サザエの壺焼きが出てきた。と同時に、誰からともなく、そろそろ行きますか、ということで、『Katsu』の必殺技である、斗瓶取りの極上の日本酒が出てきた。冷えたグラスに、最上の日本酒。みんなが、「旨い」と舌鼓を打つ中で、私が、「このサザエの壺焼きの汁を飲みながらの、サザエの苦みを味わいながら、ほのかに甘い澄明な、ミネラルウオーターの様な日本酒とのマッチングが最高だ」と言うと、皆、頷きながら、言葉にならない味を楽しんでいた。確か、ウトなんとかとかいう日本酒だったと思う・・・話題はここから、『Katsu』の店長の株式投資の話になり(店長は新店舗を出したいのだが、資本金を自分で稼ぎたい)、今まで買ってきた銘柄の情報の話になった。株に詳しい友人が、i-padを開き、いろいろと調べていたが、店長は、三銘柄ぐらいの名前を挙げていた。調べている最中、誰かが、「今のところの実績は?」と聞いたら、店長は、「半分に減った」と言って笑いが起きた。「(新店舗の)開店資金がなくなるじゃねえか」というヤジの中、三銘柄のうち、一つはOKサインが出たが、残り二つはNGが出た。株に詳しい友人曰く、「リーマンショックの時に買っておけばなあ・・・」と言っていたが、実は私も、リーマンショック直後に、友人の会社の株を1株買った。どんなに高値が付こうと、決して売らなかった。なぜならば、それは、私が手が出る範囲で買える額で、タイミングもよく、友情の証として買ったからだ。よっぽど困らない限り、売る気はない。たとえ紙くずになってもいいとも思っている。株で儲けようとは全く思っていない本心もある。  (続く)

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『残暑の会』2013  その2

 「俺の免許、オートマ限定なんだけれど・・・」と言った所で、それまでマニュアル論を話していたみんなが、悪気無く、一斉に笑った。彼は、「他にAT限定の奴っていないのか?」と言うので、私が、「家のお袋がそうだよ」と応えたら、「なんだ、そうだったのか」と彼が語り、また笑い。なんでも、彼が言うには、その会にいた別の友人からモンキーバイクを借り、運転している途中で操作が解らなくなり、マンションにクラッシュしたことがトラウマになっていたらしい。幸いモンキーだったので、怪我はしなかったそうだが、免許を採った時期も遅く、また、彼は銀座に住んでいるため、普段、車は必要ないそうだ。うちの母みたいに、ペーパードライバーでゴールド免許、とならないことを祈る。私は二輪はチャリンコバイク(永ちゃん語、スクーターのこと)と自転車ぐらいしか乗らないが、彼に、「マニュアルでも、二輪に比べて四輪の方が操作が楽だぞ」と伝えたが、彼も忙しいので職場に近い銀座に住んでいるそうだ。彼に話題が行った所で、私が、「息子さん誕生おめでとう」と言ったら、場が和んだ。彼は弁理士兼弁護士なのだが、私が、「所属している事務所のホームページを観てみると、弁護士の名前の順番に不等号(>)が付けられていたぞ」と指摘したら、「本当か?」と言うので、「弁護士紹介のページの順番通りだったよ」と話すと、ある友人が、「彼の前だけ不等号が三つとかなっているんじゃあないのか?」と冗談で言ったら、また笑いが起きた。この辺で、いよいよ幻の酒の登場となった。  (続く)

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『残暑の会』2013  その1

 折角、忙しい友人達が集まってくれるのに、寝たら申し訳ないと思い、昨日は朝寝し正午頃起きた。風呂に入り、汗が収まる間もないまま、コップ一杯のヨーグルトと、ワカメの味噌汁を飲んで、出て行くまでに水分を2リットル位補給してから、出て行った。台風が近づいているので折りたたみ傘を鞄に入れておいたのだが、バス停で空模様を観ると雲行きがあやしい。明日、明後日はみんな大変だな、と思いながら、二時間半かけて、草加の『Katsu』に着いた。途中、秋葉原で迷子になったり、バスと電車では冷房がガンガン効いているのに、外に出ると湿度が高く、持っていったショートタオルが役に立った・・・今日も一番乗りなのかな、と思って座敷に入ると、私より二十分ぐらい先に来ている上手がいた。店長と話し込んでいたので、黙って聞いていたのだが、17:00集合なのに、それ以前に、みんなガンガン来る。誰一人遅刻の無いまま、乾杯で始まった。私が今回、店長に頼んだのは、食通のみんなを満足させる物を、予算内で、量より質で勝負して欲しい、ということだったが、今回はフレンチだった。気を遣わせて申し訳ないなと思っていたら、今回7人集まったうち、機械科が5人なので、エンジンの話から火が点いた。ホンダのS-2000に乗っている友人がわざとでは無く、スピンしてしまってETCレーンを後から通過し、スピンターンを決めた話やら、バイクで死にかけた話やら、車はマニュアルで無ければ面白くない論などで盛り上がったのだが、途中、話が凪になったところで、一人がポソリとつぶやいた。それは・・・  (続く)

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寝ちまうかも・・・

・昨晩、友人から、携帯にメールが入り、「(飲み会で)寝るなよ~」とか、「気温40℃越えに慣れたら今は涼しい」などのありがたいメールを頂戴したが、メールに返信した後、仮眠のつもりが、0:00過ぎまで寝てしまった・・・これはまずい。すぐには寝られないが、何とか調整するつもりである。気温の方は、昔ラスベガスで45℃越えの中、耐えたので何とかなると思う。ただ、蒸し暑かったらバテるかも知れないな・・・帰宅の電車は終電だろうから、ラッシュ状態だ。僕は湿度さえ低ければ、少々の暑さは平気なのだが、蒸し暑いのはかなわない。昨日も午前中から暑く、私の不快指数は98だった。現在、深夜1:00過ぎ、恐ろしいほど涼しく感じる。友人が言う通り、すっかり、秋の虫たちの音色が響いている。私は自分が書いた、『(夏)日本熱帯化説』を信じるし、何より、台風が月曜日あたりに上陸しそうだ。バイクで北海道に行くという中高時代の友人は大丈夫だろうか・・・幸い、明日は天気が持ってくれそうなので、多分、草加から無事に帰ってこれるはずだ・・・これまで、終電を乗りつないでいたら、東京駅で、電車が遅れてくれて、無事帰還したことが、二度ある。明日は上がりを少し早くしてもらおうか・・・草加、暑そうだな。四十になっても短パンとTシャツで行く。Suikaもチャージしないとな。さて、今から終電検索を始めるとするか。

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八ヶ月ぶりの再会まであと一日

・土曜日、いつもの草加の『Katsu』で、大学時代の友人達との再会となる。この時季で、気温が30℃越えしそうなので、楽な格好で行くつもりだ。往復五時間というのが辛いが、みんなと会うのは新年会以来である。どんな話題になるのか楽しみだ。最近の私は、分割睡眠なので、会の途中に寝ない様に気をつけなければ・・・現在、朝型であるが、昼型に修正しなければならない。みんなが最近、どんなことに取り組んでいるのか、HPでチェックしておかないと。とにかく、電車が止まったり、天候がひどかったりすることを恐れているのだが、今のところの予想では、大丈夫そうだ。一つ残念なのは、新年会だけだったこの会を、「少なくとも、この面子で、年に二回は会おうよ」と提案した友人が、仕事が忙しく、二回連続で参加できなくなってしまったことだ。『Katsu』の店長が、八月は忙しいとのことで、今年は九月の開催となった。『夏の会』ならぬ『残暑の会』である。今年の猛暑はひどかったので、まだ助かる。幹事をやって、自分の親父の月命日が15日なのを忘れて、14日に入れてしまった。私の親父の命日は8/15とお盆なのだが、同じ年の彼岸頃、友人の親父さんも亡くなったことを思い出した・・・もう、五年、早いものである。我が家は三月と九月の墓参りは、お彼岸にすることにしているので、天候さえ良ければ、行く。さすがに彼岸には、車を駐める場所が無いので、公共機関で行くつもりだ。涼しくなってくれればいいのだが・・・

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弟の誕生日だ・・・

・本日、9月12日は弟の誕生日である。バースデイコールをしようと考えている。あいつも、もう、39になる。過労死するんじゃないかという勢いで働いている。ぎっくり腰が治らないので、最近は相棒を連れて荷物運びをさせているらしい。時々、我が家でお袋の作った、関西風うどんを食べに来る。ゆず胡椒をすごく喜ぶ。私と母は、今日、買い出しの日で、私は久々に車を運転する予定。ゆず胡椒を調達することが、私の役割の一つになっている。Googleのニュースでは、明日は今日より6℃上がって、32℃の予報。きつくなりそうだ。この歳になって、改めて思うのだが、兄弟とは、いいものである。お袋に言わせると、私の頭の形は、父方の爺ちゃんそっくりらしい。いつか、親父と爺ちゃんで将棋を指している横姿を観たら、二人ともそっくりだった。そして、私の鼻から下は、父方の婆ちゃんにそっくりらしい。親父が死んだとき、学生時代の親友の方が、親父の若い頃の写真を送って下さった。弟に似ている写真もあれば、私に似ている写真もあった。父親の青春を振り返りもしたが、前を向くしか無い。最近、弟が電話越しに、おかしな咳をしているので心配でもある。その事は、母が最初に気付いた。大方、タバコの吸いすぎあたりだろうが、気になる。稼ごうと必死にならなくてもいいから、子供のためにも長生きして欲しい。私も、そう長くは無いだろうし・・・出来るうちに、親孝行はしておこう。Happy Birthday,dear my brother!!

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『ごらん、オリオンの星が堕ちてゆくよ』

・『ごらん、オリオンの星が堕ちてゆくよ』とは、宮澤賢治の散文詩の中の一行である。私が初めて覚えた星座がオリオン座だった(キャバレーの名前では無い)。真ん中の三つ星が印象的で、左上の赤い一等星がベテルギウス、右下の青い一等星がリゲル、三つ星の下に赤い馬頭星雲があって・・・などと即座に覚えた。知識の方が先行しているから、一等星のある星座は、夏バージョンと冬バージョンで分けられていたが、星を見るのが好きだったせいか、すんなりと頭に入った。それを確認する様に、夜空を眺めていた。現在ほど大気汚染もひどくなく、きれいに見えていた。私は、一等星の中では、ベテルギウスかシリウスが一番好きだった。赤色巨星であるベテルギウスは、恒星としての末期を迎えていると言ってもよい。そのベテルギウスが、変調を来しているとのニュースを読んだ。驚いたと言っても、星は何万光年も先にあるのだ。アインシュタインの相対論が正しいならば、光より早い物は無い。ということは、現在、確認されているベテルギウスの変調は、何万年も前のことである。一瞬、タイムマシーンにでも乗った様な錯覚にとらわれる。恒星のエネルギーとは内部で核融合を起こしているからだ。太陽は恒星の寿命としては、黄色で、中間期に当たる。もしも太陽が赤色巨星となったら、地球や火星など飲み込まれてしまうのだ。何とも複雑な気分である。

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終わりが近いな・・・

・先日、京大の研究チームが、染色体の中の遺伝子で、男と女を分ける物質を発見したというニュースを知った。ips細胞にしろ、クローンにしろ、人間が触れてはならない領域まで科学が進歩したんだな、と憂鬱になった。いい面ばかりがクローズアップされているが、もし、悪用されたらと思うと、恐ろしい気持ちになる。手塚治虫の『火の鳥』に、クローンを悪用した、人間狩りというテーマの作品がある。ひどい終末であった。天然的に、男と女が生まれる確率は半々だったから、バランスが取れていたのだ。そうでなければ、大変なことになる。今夏、氏の発見は、男女の産み分けが可能になったという発見でもある。確かに跡継ぎの問題などを考えると、男の子が欲しい、などという家庭もあるだろう。しかし、それ以上に、どの研究も、人間界を滅ぼす研究なのだ。ただでさえ、今夏に象徴される様に、日本には四季が無くなった。ここのところ、幾分冷えてきたが、あの猛暑は尋常では無い。春と秋と梅雨が無くなり、パッと暑くなって、パッと寒くなる。人間が地球を駄目にしているのだ。環境面でも、科学面でも・・・『自然に帰れ!!』と、中世ヨーロッパで叫んだ奴がいたが、私とおんなじ様に考えていたのだろう。しかし、人間とは、一度覚えた便利を捨てられない・・・例えば、貴方は電気無しの生活など考えられますか?もしも、電気が無かったらどうなるかだけでも想像してみて下さい。私は9.11の時、『進化は肯定できるのか?』というメールを友人達に送りました。悩み過ぎていたのかも知れませんが、今でも、人間の進化については、コインの裏表だと思います。歴史を学んで、もし、これらの技術が悪用されたら・・・と考えます。悪用されるのは、決まって、戦争なのです。国家の意地の張り合いなのです。昔聞いたブラックジョークにこんなのがありました。『地球が一体となるのは、宇宙人が攻めてきたときだろう』と。科学の進歩を素直に喜べない自分がいます。なぜなら、それは、人間の生きる源としての好奇心がバックになっているからです。皆さんはこの矛盾、どうとらえますか?

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人間、名誉欲の塊になったら終わりだ

・タイトルに掲げた様に、名誉欲について書こうと思う。先ず思い出すのが、大学時代の教官。私はいなかったが、「私が教授になれないのは、君たちの論文が稚拙すぎるからだ!!」と言い放ったらしい。「だったら、自分で書けばいいじゃねえか」と、研究室は騒然としたらしい。その教官、名誉欲の塊で、結婚も逆玉、昔の大先生には、相当ゴマをすっていたらしいと、他の大学に行った教授達から聞いた。私がやっていた研究も、現場が解っていないから、無茶苦茶言っていた。正直、やっていられなかった。だから、単位を全部取って院の二年の時に退学届を出した・・・それと同じ現象が知り合いに生じている。京都の某旧帝大を出た奴が、某大学で准教授となり、『先生』と呼ばれることに慣れてしまったのか、忙しいのか知らないが、中高と誰にも相手にされなかった奴が、私がタメ口で話をするのを拒否している。「お前、何様のつもりや!!」と、書き込みたくもなる。中高の他の友人は、そいつを、ほとんど相手にしていない。そいつが運動神経ゼロなのは知っているが、好奇心から質問する。返事は、私宛には帰っては来ない。友達になろうと言ったのも、私からではない。はっきり言って、そいつは、中高時代、ナメられていた。その鬱憤が爆発したのか、お偉いさんには謙虚で、プライドだけが高い。嫌気が差してくる。自分がsomebodyになったつもりなのだろうか?学生時代、オタクで陰気だった奴が、『先生』と一旦呼ばれると、こうも鼻が高くなるのかと感じる。猛毒の『トリカブト』の写真をアップした時には呆れた。薬学を学んでいて、それがどんなに危険なことかも解っていないのだ。そいつを慕う奴もおかしい。現に、私がCUTした奴の名前が、親しい友人リストに載っていた。あんな馬鹿に、薬剤を提供してもらっては困る。人間に一番必要なのは、バランス意識。趣味は自由だが、人間と接する際のバランス意識をもっと持てよな。cutした奴は、漢方万歳と言って、盲腸で死んで行け。それが俺の引導だ。指導する奴も、もっと、人間を知れ。甘えるな。

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2020オリンピック招致前プレゼンを聞いて

・今まで、ネットで、日本のオリンピック招致のプレゼンを観ていた。私が観だしたのは、がんに冒されても頑張っている走り幅跳びの女子選手のプレゼンからだった。英語だったが、心を揺さぶる、いいプレゼンだった。次に出てきたのは、日本語なまりの英語を喋るおっさんで、悲しいことに、『日本は世界中に金もばらまいているし、日本には、それだけの経済力、治安、その他・・・』ということを訴えているバカだった。それから、たしか、フェンシングの太田がプレゼンしていたが、立派な内容だった。私は、これで、日本で決まりかな、と思っていたのだが、その後に、また、お偉いさんと安倍首相が喋った・・・余計なことだ。画像では日本文化や東京の有利さを述べ、また余計なことを言った。感想としては、プレゼンでは、どれだけ、IOCの委員及び取材班に、印象づけるかが勝負なのだが、オリンピックを金で買うような真似はしてはならない。トルコやスペインという競合相手の中、それができたのは、アスリート達だけだった。プレゼンの時には、メリットばかりを言っていた。が、一旦、質疑応答になると、まずは安倍君が翻訳マイクを付けないチョンボを起こして、ひんしゅくを買った。場が冷めた。福島第一について質問を受けた際、これからやって技術上、上手くいかないかもしれないことを、「上手く行く」と日本語で訥々と喋った。私は、『国際会議で、こいつ、嘘をついているな』と思った。外国人メディアからは、「白か黒か?」と聞かれているのに、安倍は、「灰色です」といったようなものだ。これでは、外国人からは信用されない。これで招致に失敗したら、金は国民に負担させといて、タダではすまんだろうな・・・これからスペインのプレゼンが始まるらしいが、観ない。一国の首相が英語が解らないではすまんやろ。

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習慣というもの

・人間の習慣というのは、面白い面もあれば、恐ろしい面もある。『パブロフの犬』の条件反射の様に、基本的に人間の生活というものには、規則性がある。しかし、人間が持つ習慣性には、面白い要素がある。今夏、1980円で購入した、我が家の扇風機、重宝してくれたのだが、扇風機を廻しながら、首を振らせていると、わずか一ヶ月で、首振りの際に、軋む音が少しだけ出てきた。私も最初は、安物で、何処で作られた者かも解らないし、火事でも起こしたら一大事だから、潤滑油でも差しておこうか、と考えた。しかし、夜中に独り、静寂の中、考え事をしながら過ごしたり、文章を書いてみたりすると、その扇風機の軋む音が、何だか風物詩と鳴ってしまうのである。愛着が湧くというか、女性的に言うと、かわいくなってしまうのである。そこに、『受け入れる喜び』という物が湧いてくるのだ。もちろん、軋みがひどくなったら油を差すが、今は、もう、このちょっとした軋みが、この扇風機の個性なんだと納得している。私は出来るだけ、最初は嫌だなと思っても、それがその個性なのだと受け止めるようになった。こういう習慣を以下には薬味に付けることが出来るかで、最近は自分と勝負している・・・一方で、恐ろしい習慣というのは、気がつかないことである。時々自分を客観視することを怠ると、ただただ生活しているだけで、カルチャーショックを受けないのだ。不感症な習慣というのは恐ろしいものである。私自身、決して出来た人間では無いが、いつもとのギャップに気付く様にはしていきたいと心がけている。

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無駄な一日

・今日は自己嫌悪である。風邪は治りきってはいないが、大分、マシになってきた。一昨日、寝過ぎたせいで、昨日は、ロクに眠れなかった。何かしようと思っても、頭がボーっとして、起きているのもきつく、蒸し暑い中、扇風機の風に当たる。風邪薬を飲んでは、少しだけ寝て、という事の繰り返しであった。食欲も無く、歩くとフラフラする。昨日がっつり食べたんだけれどなあ、という中で、調子が良くなったり、悪くなったり・・・TVは嫌いなので、選んで録画したものしか観ない。本を読む気も起こらず、終いには座椅子に座ったまま寝てしまう有様(まあ、これはしょっちゅうであるが。分割睡眠の時に、食事などを採った後に多い)。完全な昼型にしてしまいたいのだが、基本的には、このblogを0:00過ぎにアップするようにしているので、寝るのも遅い(今日みたいなダラダラblogでも、書いた後は脳が活性化して、しばらくは眠れない)。まあ、blogの場合には、自分が好きでやっている事だから、苦にはならないが、結構、しんどい・・・何はともあれ、昨日一日は、無駄な一日であった。何も考えなかったから、溜まっていたストレスの発散にはなったが、そうすると、blogのアイデアが湧いてこない。行くも地獄、留まるも地獄、去るも地獄ならば、絶対に、行った方がいい。案外、解決するものなのだ。

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クーラーが駄目

・クーラーが駄目という人を二人知っている。一人は、小・中・高時代の友人で、実家がお互い、徒歩5分ぐらいだったため、彼が結婚するまでに、私の部屋で100回以上飲んだ。最初の頃、夏に私がクーラーをガンガンに付けていたら、「少し弱くしてくんないか?俺、クーラー駄目なんだ」と言ったので、「そうなんだ」と言って、彼から飲みの電話があると、クーラーを弱めることにしていた。昨日の情報によると、関節に来るらしい。ごく軽いリュウマチの様なものなのかな、と思った。その彼が現在単身赴任で甲府にいるのだが、盆地なので真夏には35℃越えが当たり前らしい。しかも雨が降らず、涼をとれないと、私達は思い込みがちなのだが、夜になると、風が涼しくなるので、窓を開けて扇風機を廻していたそうだ。ところが、昨日は台風の影響で、強い雨が降り、窓を少ししか開けられずに、換気扇を廻してしているそうである。気の毒な話だ。そして、もう一人は、家の近所のお店の叔母さんだ。昼間にクーラーを点けていると、夜、相当汗が出るそうである。だから、家族一同でクーラーを我慢しているらしい。こちらも気の毒だ。私も、寝る前に水分摂取量が多いと、寝ているときに、クーラーを点けていても、寝汗をかき、目が覚める。着替えて寝ると、眠りがちぐはぐになる。クーラーは駄目では無いのだが、直接、風を浴びないことにしている。

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弟はぎっくり腰、私は風邪

・弟が昼にうどんを食べに来ると言っていたのに、なかなかやって来ない。連絡も付かないので、母が心配していたら、午後四時頃、腰にコルセットを巻いてやってきた。ぎっくり腰を起こしたそうだ。市販の風邪薬を飲んだら、大分調子の良くなった私も、玄関まで行って、痛いという弟に声をかけた。居間で話を聞いていたら、「今までも何度かやっているから大丈夫」と言っていた。弟は会社で、それまで営業専門で、営業担当のトップまでいったのだが、政権が自民党になり、会社が赤字になり、営業兼配達になったそうだ。配達の際にやってしまったらしい。うちの家系は腰が弱いので、私も腰に古傷を持っている。大学生の時、泊まり続きで論文を書いていた頃、先輩に論文を添削して頂いた際に、ずっと前屈みになって聞いていたら、起き上がった際に激痛が走り、床でもんどりうった。塾講師時代に、生徒に教えていて、再び痛め、コルセットを巻いた。今でもゴルフに行くときは、コルセットと痛み止めは必需品である。「あんまり長い間、コルセットをしていると筋肉が落ちるぞ」と言ったら、弟も、「解ってる」と言っていた。その後、一時間半ほど寝て、帰って行った。私の方は、その後、ざるそばを食べ、一日半ぶりに、まともなものが食べられた。風邪を引く前の週に、あまりの暑さに、一日に三回も水風呂に入ったりしたのが原因だと観ている。

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体調不良な日

・目覚めると、体調が最悪だった。水を飲んでも気持ち悪かったので、寝ていた。脂汗が止まらず、タオルを握りしめ、ジッとしていた。時々、軽い睡眠を取っていたが、退屈なので、居間と自室を往復していた。居間に行くと調子悪くなり、自室にいると退屈な中、ベッドに横になっていた。その繰り返しをしているうちに、少し調子が良くなったので、弟夫婦にもらった梨を食べた。blog本の申し込みをしなければならないのに、それも出来ないほどしんどかった。メールで申し込むのだが、営業時間外で、現在、申し込めるか解らない。・・・このblogを打っていると、再び体調が悪化してきた。しかし、梨一つ食べただけでは、餓死してしまう。このままでは大学時代の友人達との『残暑の会』までに体調が戻るかも危うい。一過性のものであって欲しいのだが・・・たった六時間寝ただけで、こうも極端に体調が崩れるとは思わなかった。こんな事、初めてだ。・・・申し訳ないが、blogは、ここまでにさせて頂く。

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そこに、昔の教え子がいた

・午前五時に起きて、パソコンをいじっていた。大事な友達の誕生日だったからだ。メッセージを送り、カレーを食べたら、寝てしまった。部屋の電気をオレンジ灯にし、寝ていたら、「おっちゃんいないよ!!」というガキの声が聞こえた。『ああ、そういえば、今日は弟と次男坊の甥が来る日だったな』と電気を点け、寝ぼけ眼で階下の居間に向かった。『折角、大学時代の初恋の人とデートしている夢を観ていたのになあ・・・』と思いながら席に着いた。私は酒飲みなので、起きたては食事を採らない。弟と甥の次男坊は、冷麺にマヨネーズをかけて食べていた。その光景を見るだけで、むせそうだった。食べ終わると、弟は寝に入り、甥の次男坊の国語の宿題を観てやった。最近は、あえて教えることはしない。考えさせるためにだ(辞書の引き方ぐらいは教えるが)。そして、宿題を終えると、甥っ子も爆睡。母に、「あいつら、寝に来たのか?」と尋ねるぐらい寝ていった・・・金、土、日は、友人からのフェイスブックに関するメールも多く、寝不足なのである。このblogを書く前に、いろいろとチェックしていたら、塾講師時代の教え子の名前が出てきた。驚愕した。履歴とコメントをじっくり読んだが、間違いないと確信した。『友達になる』ボタンを押そうかどうか、十分以上悩んだが、彼も大人の顔になり、面白い生き方をしているようなので、押した。彼も迷えるテツガク者なんだなと思った次第。

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論理の通じない奴

・早朝、友達になってくれとフェイスブック(以下FB)で頼まれた、昔のネット上での知り合いがいた。そいつが、訳の解らない親父の『女性リッチ塾』なるものを採り上げていたので、その親父のことを、「詐欺師ですよ」とだけ書いた。背景にはネットで楽して金儲けしようという魂胆が見え見えだったからだ。そういう輩が多すぎる。すると、その髭じじい、私に、「何で私が詐欺師なんですか・・・」というようなものを送ってきた。迷惑だと知りつつも、書いた以上責任があるので、応えてやった。私は、「あなたの『リッチ』という言葉の定義を教えて下さい」と書いた。幸せの形なんてたくさんあると思ったからだ。すると、髭おやじは、訳の解らないことを言った。私が、「定義とは、そのものの名称の由来です」と、傷付けないように教えてやったら、髭おやじは、「それなら、日本テレビは公営放送なんですか?」と、バカの上乗りをしてきたので、「定義とは、それが何たるものかということです…たとえば、日本テレビは、民法でCMによって運営されている、読売グループ主導の公共放送です」と書いた。その男、「今度お会いできませんかねえ?」などと言って、私の学歴などにも触れてきた。頭にきて、「時間と金の無駄です」と書いた。すると態度が一変し、ボロクソに私を批判しだした。相手にせず、「あなたの言う、『リッチ』の定義を教えてください」と書いたら、答えられず、「人の中傷ばかりをしている」などと言いだし、滅茶苦茶に書かれた。そして、私が自宅で物を書いていることと、家族に、優しい母、と書いてあるのを読んだのか、「引きこもりのマザコン野郎」と書いて書き逃げした…別に傷つきもしなかった。母の精神的柱は私だし、金がないから外に出ないだけである。それにしても、定義の意味も解らずにいて、論理がまるで駄目。だから問答にならない。こういう人間にはなりたくはないと思った。私がFBを初めて、友達数が異常に多い人間はカットし始めた。FBで、前に私と口論になった奴は、私のことを、「ヤツは刑務所に入ったことがあるらしい」などと書いてくれたが、FB書き込み禁止になっていた。髭おやじもっ自然と罰が当たるであろう。ネットで他人から金を巻き上げようとする奴は、ネズミ講みたいなものだ。生産性もなく金を儲けようという根性が気に入らない。

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