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入ったでは無く、入ってから何を得たかだ

・フェイスブック(以下FB)をしたての頃、高校時代の友人で、某京都の元帝大に行った友人からの、「金閣寺から母校を抜けて、いざ帰らん」というメッセージに、私が、「その想念は、こうであった。『金閣は焼かねばならぬ』(『金閣寺』三島由紀夫)より」と返信したら、彼からメールが届いたので、お互いのあれからを軽く綴った。中高一緒であったが、それほど親しかった訳では無く、正にFBが起こした奇跡の一つだった。彼は薬学部だったのだが、学んでいる途中で、その面白さに取り憑かれ、革命が起きたらしい。そうして、薬学を研究するために、中国語までマスターしていた・・・漢方薬の為かもしれない。彼も進化し続けているな、と嬉しくなった。彼は某大学で准教授をしているのだが、中国人留学生達と焼肉(中国語では火鍋)をしたらしい。中国の火鍋は、モンゴル式らしいので、私が、「モンゴルの牛乳みたいな、きついお酒は飲んだかい?僕は台湾で飲んだけれど美味しかったよ」と書き込んでみると、「さすがに馬乳酒はメニューになかったなあ。地元で飲めるところを検索したところ、一軒見付かったので、今度行ってみます」という返事が返ってきた・・・私は、大学合格などで頭打ちになってしまう知り合いを、嫌というほど観てきた。問題は、大学に入ることも大切だが、入ってから何を自分の人生を伸ばす糧としたかだ。そうでなければ、卒業してから、惨めな人生が待っている。方向性は違えど、浮かれている暇など無い、ということを彼から教わった気がする。どうせ目標にするなら、絶対に下を見てはならない。上を見て精進するのだ。

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