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体育の先生

・一番厳しかったのも、体育の先生方であったが、一旦、認められると(悪い意味ではなく)一番ツブシが効くのも体育の先生だった。大学の時、一科目留年した友人が二人いた。そのうちの一人は、大学二年の時に、とりわけ仲が良かった友人で、親父さんが体育の先生だという友人がいた。彼の留年が決まったときに、実家に電話した。そして、「残念だったな。来年、過去問と過去レポを、たくさん(大学に)持っていく・・・ちなみに昨日、俺は女に振られた。お前、彼女がいるだけでもいいじゃあないか」と語った友人は、案外、さっぱりしていた。暇なので採れる科目と、教職を採るという。ついでにラーメン一杯で代返も頼んだ(もちろん、次の年、過去レポと過去問と過去ノートは、山ほど持っていった)・・・体育の先生には何度か助けてもらったことがある。中高時代もそうであるが、大学時代もそうである。高二の体育祭の騎馬戦の時、騎馬の私は、ケリやからみを入れた。お互いに関節などの急所は蹴らない。そんな中、ケンカになる恐れがあると、一部教員が近寄ってきた。『こんなことは柔道で言えば当たり前のことなのに、あいつら、何を恐れているんだ?男子校の騎馬戦っていうのは、こういうものだろうが』と思った。それから、体育の先生達が私に一目置いてくれる様になった。格技大会にも、クラスメイトから選ばれて、団体戦のクラス代表として、剣道で出た・・・大学に入っても、もっと上がいた。国体に出た奴がゴロゴロいたのである。壁は厳しかったが、大学の体育の先生達も粋だった。剣道の先生は、素振りをまじめに1600回やったら、誰もいない格技場で、出身校と恩師を聞かれ、答えると、知っていたらしく、それまでの全てを、全出席にしてくれた。後期にも、コネでは無く、根性で認められた。シーズンスポーツのアイスホッケーの時も体育会の先輩にお世話になった。だから、私の大学一年の時の通知簿は、体育関連で『A』が三、勉強系では一個、計四つの『A』と、必修二つの『D』だった。

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