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現代坊主論

・昨日のblogで書いた、いきなり友達の家族が岩手に行っている、という話から、私は興味深くメールをチェックしていた。時にはフェイスブック(以下FB)も。いろいろと眺めていたが、友人の最後のメールで、盛岡駅で待ち時間に取ったフリーペーパーが、坊さんについての話だった(なんでも、地域活動にボランティアで活動しているとか)。私はこれまでの人生で、嫌というほど堕落坊主に会って、説法された。そういう時は、私も黙っているわけでは無く、問答となる。クソ坊主には負けたことが無いって、世の中、そういう坊主ばかりが増えたのが哀しい・・・友人のメールにも、そう書いた。すると、FBで、友人の友人から同意見を頂いた。クソ坊主嘆き論、である。私も丁寧に応えた。それは、例えば、今の小学生に、「お坊さんって何する人?」と聞いたら、ほぼ100%、「お葬式の時の人」と答えるだろう、というところから始まった。お坊さんでも、本当に、毎日、どんなことでも『行』だと考えている人は、輝いている。オーラに圧倒されるのだ。そういう時、私は無言になる。威圧されて、問答のしようも無い。そういう方は珍しいが、人生相談などにも真剣に応えてくれる。本来、坊主とは、人生について考える哲学者でなければならないのだ。その上で、人に施しをする姿が、本物のお坊さんの姿なのだ。それにしても、堕落坊主が多すぎる。お経の意味も解らず、声だけのハッタリで済ませている奴が多い。そういう奴には、私は容赦なく質問する。相手が怯む・・・母方の爺ちゃんの葬式の時にも吠えた。念仏を唱える時間まで、仏前で、坊主がタバコを吸っていたからだ。私が、「親族が悲しみ、村落の皆さんが集まっている中で、何故、そのような愚行をする?」と尋ねた所、「時間前じゃ」と応えたので、ブチ切れた私は、「人の死をなんだと思っている、この堕落坊主!!、爺ちゃんは若い頃、結核になって、タバコは止めたんじゃ。その遺影を前に、ようもそんなことが出来たもんじゃな!!」と怒鳴ったら、集まってくれた人、みんなが、「そうじゃ、それはなかろう」ということになって、嫌々タバコを消した和尚の顔が忘れられない。葬式で無ければ、ぶん殴っているところだ。

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