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孤独というもの

・私は訳あって、大学二年の秋から、抗うつ剤と精神安定剤を飲んでいる。もう四十だから、人生の半分そうしてきた。一浪したのも、宅浪したのも、そこに原因がある。何度、悩みを親に打ち明けようとしたか解らない。けれど、親を悲しませたくなかったので、ずっと黙っていた。宅浪していた夏休みの初めに、二日間ノイローゼーになり、やけくそで、勉強を始めた・・・自分が大学に入ったら、必ず、女がらみで潰れるだろうと解っていながら。のべで五ヶ月勉強し、第一志望の大学には入れた。親は喜んだが、案の定、女がらみで、二年の時に私は潰れた。二週間、大学を休んだ。アゴがよじれる程、苦しんでいた。弟は泣いた。親父もお袋も、初めて事態の深刻さに気が付いたのだ。私はこうなることを承知で、七年間、独りで戦っていた。幸いなことに留年こそしなかったが、二十歳で人前でも話せず、女性ともしゃべれずということは屈辱以外の何物でも無かった。だが、この時、私は、結婚するという権利を放棄すると自分に誓った。もう、飲まなきゃあやってられなかった。学校推薦で院にもいって、大教室で大学三年生に材料力学を教えられるようになった。院の二年で中退するまでに、荒行として、100回以上、合コンもした。「今日は帰りたくない」とか、テーブルの隣の奴が足を押しつけることもあった。マナーとして電話番号は聞いたりしたが、上記の誓いがあったため、日帰りしていたし、電話したこともない。でも、女性と話が出来るようになった。しかし、虚しさばかりが募ったのだ。自殺未遂をはかったこともある。薬を大量に飲んで、死にたかったのだ。しかし、軽い軽い薬だったので、一日寝ただけで、死ねなかった。そうこうしているうちに、父は八年間の闘病生活の後に他界し、母との二人暮らしになった。友達と飲んでいても、弱き者がさらに弱い者を叩き、金の話ばかりになってしまった。こんな会はもう止めたいと、今年の新年会で痛烈に思った。母は私が二十三の時に、「既にあんたがおなかにいたよ」と言い、今では、「結婚が幸せだと思っているの?子供育てていくのがどんなに大変か解っていない。あんた馬鹿やねえ」と言われ続けてきた。今日、頭にきて、母に、自分が薬を飲み始めたん二十歳の時の自分に対する誓いの話をした。「俺は他人がうらやましいと思ったことはない。どんな奴の子供でもかわいい。ただ、母さんがいうような話ではなくて、俺には二十歳の時に、そうする権利さえ失ったんだ」と話したら黙った。現在十二時過ぎ、四十歳、止めどもない孤独を抱えている。

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