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2013年6月

達成できたか?

・私はよく旅をすると書いた。若い頃は車中泊で、ここのところはユースを利用している。車での旅の時、助手席にはCDの詰まった袋と、ノートとペン、そして地図を置いている。後部座席には布団類が積まれている。ヒッチハイクをしている奴を乗せてあげたことも多々。旅に出ると、運転しながら、いろんな事を思いつく。それをノートに書く。もちろんハザードを出して、停車してからだ。行きはのんびりと観光しながら走り、帰りは高速をすっ飛ばして帰ってくる。1000Km位、一日で帰って来たこともあるが、そうして帰宅すると、確かに疲れるのだが、脳の中のアドレナリンが勝って、一気にいろんな事をひらめくことがある・・・僕はそれを箇条書きにして、書き終わるまで寝ない。徹夜も辞さずだ。いつの旅かは忘れたが、たしか、『素直に笑える自分になろうと誓った』と書いた。十年以上前の記録なのだが、現在、それが出来ているかは解らないが、なるたけ、笑顔で過ごすようにはしてきた。作り笑いではなく、おなかから笑うのだ。だが、私も人間、怒ったり、感動して泣いたりすることだってある。でも、ここに挙げた事は、『素直に笑える自分になりたいと誓った』のではなく、『なろうと誓った』ということである。漠然とした願望ではなく、自分自身に対する約束なのだ・・・今、自分を客観視してみたが、まだまだだ。この十年で、悲しいことも多かったが、約束は果たさねばならぬ。日常をどう受け止めるかは、自分次第なのも事実なのだ。

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美術の授業

・中高時代、二人の美術の先生がいた。カトコー先生とタナケン先生である。二人とも、絵だけでは喰っていけないので、教師をしながら、自宅のアトリエで絵を描いていた様子であった。カトコー先生は、ほとんど寝ていない、と言っていたが、タナケン先生も、きっとそうだったのであろう。私は、絵を描くことが好きだったので、授業も楽しかった。絵の描き方についてはにも教えてくれないが、毎回テーマを与えられた。中学の頃は水彩画であったが、カトコー先生には認められた。私の描いた水彩画を観て、クラスの生徒の前で、「お前、頭いいだろ」と言われたのには参った。大らかな先生であった。中3の時は、タナケン先生に美術の講義の授業を受けたが、興味があり、まじめに聞いた・・・だから中学の修学旅行で奈良・京都に行った時には、仏像一つでも、観る目が違っていた。日本史でも世界史でも、文化的観点から見ると、流れが違うのである。どの勉強も一緒なのだが。高校時代、書道、音楽、美術のうちから一つを選ばなくてはならなくなった時、私は迷わず美術を選んだ。水彩画から、油絵に変わったが、高1の時はタナケン先生で、基本中の基本を習ってから、学期末、美術室を訪れた際、「自分の絵を探しているのですが」と言ったら、「これか?」と聞かれ、「ちょっと違います」と言うと、「ちょっとってどういうことだ?」と聞かれたので、「違います」と答えたが、えらく哲学的な先生だなと思った。タナケン先生の個展が開かれると聞いた時、行こうか迷ったが、時間が無かった。カトコー先生は、新校舎を建てる際に、昔の由緒ある建物の絵を観たが、私と全く違う画風であった。どちらも懐かしい思い出である。

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Burberryが日本撤退と知って

・親父の形見の札束入れがヘタれだしたので、銀行で金を下ろし、近所のデパートに行った。親父はジャリ銭入れと、札束入れと、別々にする人だったのだが、ポケットにジャリ銭入れを入れると、会計の際、面倒なことったりゃありゃしない。それでも、親父の形見として、その財布を使ってきた・・・銘柄はBurberry。親父は別にブランドに拘泥する様な人では無かったが、ヨーロッパ出張の際、Burberryの本店(多分イギリス)で、シルバーのマフラーを買ってきてくれたが、今でも冬になると重宝している。家では、流行のものではなく、いい物を長いこと着ようという方針なのである。昔、親父の形見のジャリ銭入れを無くしたときはショックだった。デパートに行き、価格を観ると、結構いいお値段だし、札束入れとそんなに変わらなかった思い出がある・・・今回、親父のBurberryの財布と同じものを探していたら、店員の方に聞くと、「Burberryは、日本から撤退しました。どこのデパートにも置いてません」と言われ、少しショックだったが、気を取り直して、やはりヨーロッパのどこの国かは判らないが、札束入れを購入した。皮なので延びるとは思うのだが、当初入れていたカード類を全部入れたら、どうやっても取れないので、カードのリストラを実行し、何とか入った・・・ところで、私がダービーで当てて買ったモンブランのボールペンは、結構高価なものだったが、重宝している。モンブランの撤退だけは避けてほしいところである。

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ゴルフ談義をしてしまった

・雨の降る中、持病の痛風の薬が切れかかっていたので、整形外科へと赴いた。診察券と保険証を出し、しばらくすると、私の名前が呼ばれたのだが、あまりの早さに驚き、先生に挨拶してから、「痛風の方は異常ありません・・・ところで先月は薬だけという形で、申し訳ありませんでした。風邪の治りかけに、友人からゴルフに誘われ、こじらせてしまったのが原因です。今現在は寝不足ですが、復活しました・・・そのゴルフで1ホールだけParをとることが出来ました。でも、僕は体がカタいので、あんまりフルスイングできなかったです」と言うと、先生は、「それはその人なりでいいんだよ。ただ、フォームが固まったら、アイアンの飛距離などを10m間隔ぐらいで、練習するといい」と先生の練習方法を教わった。そこで私が、「スコアメイクしようと思ったら、大叩きしないのが大切ですよね」と話すと、「手短に100切ろうとするなら、例えば、Par4のホールなら、3オンの2パットみたいに気楽にやって、ボギー、ボギー・・・といけば、90で回れる」とおっしゃったので、私は思わず笑ってしまった。そして、「先生、それじゃあ楽しみが無いじゃあないですか」と言ったところ、「そういう気楽な気持ちで回っていたら、自然とParとかBirdieが出てくる(笑)」とおっしゃったので、「なるほど、そうですね。いい勉強になります・・・ところで先生は、若先生ともラウンドさたりされるんですか?」と聞くと、「たまにだけどね。でも最近は100切ることが少なくなったなあ・・・」とおっしゃったので、すかさず私は、「お忙しいんですから、仕方ないですよ」とフォローした。他にもバンカー脱出のコツなど、いろいろと盛り上がったが、病院なので、先生も私も静かに談笑。最後に私が、「今日は雨ですし、傘で練習しましょうか(笑)」と冗談を飛ばして、診察終了。雨で患者さんが少なかったので、先生とゴルフ談義をしたのだが、考えてみると、診察20秒で、後はゴルフの話で、計十分ぐらい。何とも粋な先生である。

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巨大な樫の木のしゃもじ

・私は高校の修学旅行で、広島の宮島を訪れ、日本三景の厳島神社を見物し、昼食にカキフライ定食を学年一同が食べた。その時は干潮で、鳥居まで歩いて行けた。自由行動の時間だったのだが、私は途中から独りで、ロープウェイに乗っててっぺんまで行こうとした。しかしそれでは集合時間に間に合わないことが判明し、やむなく途中の駅で引き返した。フェリーに乗り、原爆資料館などを観た後で、寝台列車に乗って帰って来た思い出がある。その後、大学二年の終わりの春休みに、広島出身の友人とロープウェイで最後までいったが、途中に乗り継ぎ場所があり、ずいぶん高い山だなと感じた・・・思い出せば、ガキの頃から巨大な樫の木のしゃもじ(しゃもじは広島の名物の一つ)が家にあり、墨で第十位と書かれているものがあった。親父に、「これ何?」と聞いたら、「高校時代の修学旅行の時のものだ」と言う。よくよく話を聞いてみると当時の神戸高校での修学旅行では、宮島に行ったら、登山レースが恒例だったらしい。女子生徒は登山道の途中で応援していたらしいが、男子は宮島の弥山登山のクロカンをさせられ、十位以内に入るとしゃもじがもらえたそうだ。親父は十一位を走っていたらしいのだが、一番最後の階段でそれまで十位を走っていた、負けん気の強い友達がバテているのを観て、「おう、悪いな」と言いながら、追い越して十位にになったらしい・・・今、そのしゃもじを手にしているが、墨で書かれている文字が、今でも読み取れるのだ。そこには親父の筆跡と違う文字で『よつんばい』と書かれている。多分、書道の先生が書いたのだろうが、相当きつかったことが伺える。親父はテニス部では一番速かったけれど、「サッカー部は強かったが、平地を走る陸上部は駄目やったな」と言っていた。一度、親父ががんになる前に、神戸高校に連れて行って貰ったが車のPとフットブレーキを掛けても、『大丈夫かな』というぐらいの地獄坂であった。

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初歩の英語のリスニング

・私が中1の頃、英語のリスニングとその他のために教師から勧められたのは、NHKのラジオの『基礎英語』のテキストを本屋で買って、毎日聞くことであった。それが出来ない場合は、毎月『基礎英語』のテープが出ているから、それを聴くように、と教わった・・・塾講師時代も、生徒に、それが一番安上がりだから、やってみるといいよ、と勧めていた。ある年、中1で、物分かりのいい生徒がおり、私が数学を担当し、新米が英語を担当した。数学はそつなくこなしていることはありがたかったが、新米がちょっと変わった奴だったので、数学の時間に英語の授業の話をその子に聞いてみた所、「訳の分からないうるさいCDを貸して貰いました」という。講師室にそのCDがあったので、観てみると、ヘビメタのCDである。ヘビメタが悪いとは言わないが、中1向きでは無い。別の日、新米にそのCDを借りてみて、自宅で聞いたが、やかましいだけで、歌詞が聞き取れなかった。新米に返す際、「ヘビメタは無いだろ。せめてビートルズぐらいにしておけ」と言ったら、ムッとした顔をしたので、講師室で説教をした。「この馬鹿野郎、あれは俺が聞いても歌詞が解らなかったぞ。塾講師っていうのは生徒を伸ばしてナンボなんだ・・・大体、あの子の月謝払っているのは誰だ?親御さんだろ・・・自分の趣味を押し付けて印象を悪くするな」と。そして、数学の時間に、英語の『基礎英語』をその子にこっそり勧めた。その子は数学の時間に英語の質問もするようになった。生徒を伸ばすには、信頼されるのが前提条件なのである。

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ソウルフル

・国内、海外を問わず、私は昔からずっと独り旅が好きである。家を出るときには、いつもワクワクする。途中、いろんな事があるものの、旅先で、いろんな人と出会ったり、名物を食べてみたり、観光を楽しんだりという具合。私の場合、二種類の旅のスタイルがあるのだが、初めての地に行く場合は、冒険の旅。一度行って気に入った場所に行くときは、日常からの現実逃避の旅で、心身共にリフレッシュするのが目的である。いくら旅が好きでも、いいこともあれば、嫌なこともある。必ずしも嬉しいことばかりではないし、無性にブルーな気分になる日だってよくあることだ・・・ある時、車で下北半島のユースに宿泊し、仏ヶ浦経由で大間から北海道に渡ろうとしたことがあった。初めて走る道だったがとても山が深く、こんな所でパンクしたらどうしようもないなあ、と思っていた時、少しブルーな気分になったが、カーステで『ウルフルズ』をかけてみると、妙にパワーが出てきたのには驚いたし、ブルーな気分が吹っ飛んで、いざ、二度目の北海道へと、いう感じで、気分が高揚し、無事、大間から函館行きの連絡船に乗れた。津軽海峡を渡っている時に、『ウルフルズ』とは、ソウルフル(魂みなぎる)から来ていると、昔、友人から聞いたなあ、と思っているうちに、函館に到着。邦楽で、これはソウルだと感じたのは、後にも先にも『ウルフルズ』のみである。

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ツマッちぬか喜び

・今朝、車のアイドリングをしようとしても、エンジンが掛からないというトラブルに見舞われた。エンジンルームも観たが、別に異常は無い。私は、バッテリーかセルモーターの異常だと思った。それにしても、キーを回してエンジンを掛けようと思っても、まるっきり反応が無いというのは、不気味なものである。この場合、ディーラーに電話すべきか保険会社に電話するかで迷った。ディーラーに電話するのが筋だが、今年は車検の年でもある。ガソリンスタンドのしっかりした所に頼んだ方が格安なのだ。二つの名刺を観て、私はディーラーに電話した。症状を話したところ、その営業所の責任者であるツマッちはいなかった。メカニックの方が、多分バッテリーだろうと教えてくれ、JAFか保険会社に頼んだ方がいい、と素直に教えてくれた。それで保険会社の人に電話すると、すぐに来てくれ、バッテリーが上がったんだろう、という診断を受けた。「半月に一回はアイドリングしたんですけれどもねえ・・・」と言うと、「乗らないときは、週に一回はアイドリングした方がいいですよ」と教えて頂いた。バッテリー代、二万弱。でもいい勉強になった。取り替え工事は昼に終わったのだが、夕刻、ディーラーの責任者であるツマッちがやって来た。事情を説明すると、一足遅かったか・・・と悔しそうな顔をしている。多分車検も見込んでやって来たのだろう。だが、最初に電話したのはツマッち宛てであり、こちらは義理を通した。何にもいわれる筋合いは無い。

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歯の磨き方の基本

・夏至の日に歯医者へ行った。冬至の時はゆず湯につかるのに、何で夏至の日には何もイベントが無いんだろう?と思いながら。雨降る梅雨の季節だからか?などとぼんやり考えていた。予約時間の10分前についたら、五分後に名前を呼ばれた。早く来て良かったな、と思ったと同時に、今日は検診のようなものなので、気楽だった。念入りに歯を磨いていったのだが、歯垢が浮き出る紫色の薬を付けられてみると、アマいところがたくさんある。歯科衛生士さんが、いろいろと教えてくれた。あんまり力を入れてブラッシングしない方が歯垢は良く落ちるし、歯磨き粉も、研磨剤が入っているので、大量に付けてはいけないそうだ。それより、時間を掛けて、歯茎までマッサージするように磨く方が肝心なのよと・・・歯ブラシは、縦に使った方がよい場合があることなどを、伝授して頂いた。一通り終えて、先生が戻ってくると、私は質問した。「『ブラッシング』のコツを教わったんですけれども。歯ブラシって、かため、ふつう、やわらかめ、ってあるじゃあないですか・・・僕の場合、どれが最適でしょうか?」と。すると先生は、「ふつうでいいんじゃあないかな」とおっしゃった。そうして、重曹水での洗浄が終わり、先生にお礼を言ってから、先程の歯科衛生士の方に、「歯っていうものは、スポンジ状になっているんですか?」と聞いたら、エナメル質などは違って、もっと奥の方がそうなっているらしい。妙に納得した・・・現在、歯がつるつるしていて心地よい。もう少しで、ブラッシングの時間だ。早速、伝授された技を使ってみよう。

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歯医者の日なり・・・

・今日は、いわゆる、『歯医者の日』である。デンタルチェックを受ける日なのだが、やはり気が重い。いつも、いかに隙の無いブラッシングをして行こうかと悩む日だ。まあ、親知らずを抜いたときよりは、軽めの気持ちでいる。歯と、歯の歯間がどうなっているかのチェックを受け、多分、洗浄。最初、私は、「これは食塩水ですか?」と質問したが、なんでも、重曹水らしい。まあ、どちらも体に毒が無いので、何とも思わないが、歯茎にしみるのが何ともいえない・・・私の場合、朝と寝る前にブラッシングをするのだが、朝はいいものの、夜は座椅子で寝たりと、歯磨きを忘れる。歯科医院は待つことが多いので、いつも、予約は朝一番か二番をとる。歯医者で待たされているときに、ドリルの音が響くと、鳥肌が立つ。これは幼少の頃のトラウマである・・・まだ歯医者が少ない頃、街の歯医者に行ったら、麻酔無しで削りまくられた。当然、私は泣く、するともっと強烈に来る。弟も泣いていたし、母も相当痛かったと話していた。今になっても、「あそこの歯医者、ひどかったなあ・・・」などという話が出てくる・・・その点、現在通っている歯医者は、歩いて行けるし、腕がいい。痛い思いをした事が無い。最近は、こう思う様になった『歯医者に行く際に欠かせないのは、ハンカチとお金と保険証』と・・・あとは、感謝の気持ちであると。

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観てはいけないものを観てしまった

・家の前の道路は、すれ違うにも苦労するような狭さである。私が車をぶつけるときは、必ず我が家の車庫であったし、近所に、常に車をおいている家があった。当然、向かいの人は迷惑する。邪魔なときには、クラクションを三回鳴らすので、判る・・・また、あいつん所が迷惑掛けているな、という風に。その向かいの家のおっちゃんが、相当、頭にくるのも解る。先程、新聞を取りに行った際に、パリパリという音がした。どうしたと思ったら、今年に入って納車した、プリウスの車庫入れをミスった様子であった。私は、観てはならないものを観てしまった気がした。これで、一層、火種が飛ぶのであろう・・・思えば、私もブチ切れたことがあった。私の向かいの家もだらしなく、原チャリを置きっ放しにしていて、リアバンパーをへこましたとき、何より先に私は降りていって、その原チャリを蹴飛ばした。すると向かいの親父が出てきて、「何しやんだこの野郎!!」と言ってきたので、「あんたのせいで、車庫入れミスっちまったじゃあねえか!!」と怒鳴ったら、「それはてめえの技量不足なんだよ、技量不足!!」と言ってきたので、「お前の息子がしたことと同じ事をやっただけだぞ・・・大体、こんな狭い通りで原チャリ置いている、あんたの責任の方が重いんじゃあねえか?前にも同じ様な状態で、うちの親父が(親父は相当運転が上手かった)車ぶつけたとき、あんた、家の中に逃げ出したじゃあねえか!!」と言ったら引っ込んだ。日本の道は狭い。だから、迷惑を掛けない心がけが大切だ。その原チャリが無ければ、もう一台、車を買えていた所だ。

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最高級の鱒の押し寿司

・塾講師時代、新入りが入ってきたのだが、ベテランの国語専門講師が面接の様子を見に行き、講師室で、「あの眼は、ヤバいですよ」と言ったのだが、その頃すでに年齢的にもキャリア的にも塾講師連中のボス格であった私が偏見を持つことは出来なかった。そいつが講師室に入ってきたときに、さりげなく、「君は大学の囲碁部に入っているんだってねえ」と聞いたら、そいつは、「はい」と返事した。私は、「ところで君は藤沢秀行についてどう思う?」と聞いたのだが、そいつは、「誰ですか、その人?」と答えたので、「大学の囲碁部にいて、藤沢秀行のこと知らないって言ったら、そりゃ、モグリだぞ・・・先輩に聞いてこい!!」と檄を飛ばした翌週、「勉強不足でした」と素直に謝った。当たり前のことである・・・そいつが夏休みに帰省するというので、「お前が帰省するって、どういうことか解るか?それは、つまり、俺達の仕事量が増えるってことだ・・・お前、富山出身だったよな、土産に鱒の押し寿司と、辛口の地酒買ってこい」と、半分冗談で言ったのだが、どちらも最高級品を持って帰ってきた。地酒はともかく、鱒の押し寿司は日持ちしないと思ったので、バクバク食べ出した。その時にいた女性講師にも、「いや~旨いですよ。私が毒味したから大丈夫です。あいつら(他の男性講師陣)が来る前に食べちゃいましょうや」と言うと、最初は恐る恐る食べていた女性講師も、「美味しい!!」と言って、結局、全部食べてしまった。新入りの奴に、「旨かった、こっちも苦労した甲斐があった。でかした」と、お褒めの言葉を差し上げ、「機会があったら、対局お願いいたします」と、最大の賛辞を寄せた。本人もこそばゆそうだった。

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すぐれない日

・目覚めると、知らない女の甲高い声と、うちの母親の声がしていた。うちの親父が多発性がんで死んだ時に、莫大な金が掛かったのだが、お袋も、古い保険だから、プランを変えないか?ということで説明に来たらしい。『うるせえなあ』と思いながら、その外交員が帰るまで、寝たふりをしていた。ようく聞いていたら、その女は、容姿こそ分からないが、笑い声がズルそうだった。お袋はプランを変えたらしい。前の日に、私が、「保険会社の営業やってる奴なんか、ロクでもないし、ちゃんと会社が儲かるようになっているのだから、メリットとデメリット、それから3口入ってたのが、何で1口に減るんだよ、ということをようく聞いてから、自分が主導権を取れよ」と言っておいた。私が体調が悪い中、その人が帰ったのを知って、起きていったら、お袋が驚いた、「あんた起きていたの?」と。私が、「嫌でも起きるわ」と言っていたら、今度は葬式の保険屋に電話し始めた。嫌気が指す中、それが終わったら、私宛に、『抗がん剤特約』なる封書を見せて来たので、「朝から辛気くさい話ばかりして、いい加減にしろ!!」と、怒鳴った。NHKの連ドラの再放送の『純情きらり』でも心中の話が出、今日は厄日だと思うことにした。私だって父の存命中に、自分で判断して、がん保険には入っている。今は何も考えたくは無い。

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「親父越えできんかったな」

・私は、歯医者が大嫌いである。しかし、親父の姉に当たる親戚で、阪大の歯学部に行き、現在は奈良の駅前で、歯医者をやっている方がおられるそうだ。冠婚葬祭で親父とお袋と親しくなり、いろいろと吹聴するおばによると、そのおばの長男と私がおんなじ男子校に入ったと言っていたようだ・・・冗談では無い。あんなのと比べられては困る。母も遠慮がちに、「違います」と言ったそうだ。要するに、そのおばさんは、見栄っ張りなのだ。大学は確かに同じ所に行ったが、私の頃は第二次ベビーブームで私大の方が遙かに難しかった(東大・京大を除いて)・・・そうしているうちに、その遠い親戚の方とも両親が言葉を交わすようになり、一男一女の親だと聞いたらしい。息子が某国立大学の歯学部に入った、という話を聞いて、親父は帰り道の車の中で、お袋に、「あそこの息子、親父越えできんかったな」とぽそりとつぶやいたそうだ。親父は、時々こういう風にことがあったが、私の中では、親父のいろんな所を知っている。ここで悩むのは・・・果たして自分は親父越えしてきたのか?ということである。死ぬ数週間前、親父は私に、「仏教の極意とは、なんなんや?」と聞いてきたので、私は、「感謝のこころや・・・父さんも若い頃旅したんやろ?そこで、いっぱいのの恩恵に感謝したやろ・・・それを忘れないことなんじゃ」と、私が言うと、黙っていた。

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父の日だ・・・だが、体調優れず

・今日は父の日だ。月命日は15日なのだが、あえて墓参りを一日遅らせる予定だったものの、天気予報は、非情にも雨。蒸し暑い中、眠る父を偲ぶ。私が体調を崩している旨を伝えると、母から、「タバコって、どう吸ったらええねん?」と聞いてくるので、ズッこけたと同時に、母を不良にしたくは無かったので、「口で吸えばいいんじゃ、口で・・・」と言った。間違っても、肺に入れられては困ると思ったからである。親父も爺ちゃんの缶ピーから初めて、大学で尊敬する教授の真似をしていた。毎日『Short Hope』をカートンで買って、四箱ずつ会社に持ってゆく人だった。だから、私の浪人時代は、タバコをくすねる際、一遍に四箱取っていた。いわゆる、『ぶち抜き』である。親父は何も言わなかったが、多分、気付いていたと思う。がんになっても吸っていた。その時は、私のタバコが異常なペースで減りだした。でも、黙っていた。何故かというと、母は知ってか知らないが、母に知られると、大好きなお酒まで取り上げられてしまうので、常々、母の身長では見えないところに(タンスの上とか)隠していた。その時は、私も黙った。親父は死ぬ二週間前まで、車の運転をし、即入院という日を、「一日待った!!」と医者に言い、飲みたいだけ酒を飲んで、吸いたいだけタバコを吹かし、戻らぬ人となった。大往生であった・・・タバコとビールは毎日お供えしている。

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殺される夢

・いい夢もあれば、悪い夢もある。この一週間で、殺される夢を二度ほど見た。一回目は、ターミネーターの様に、追い詰められて、殴り殺される夢。二度目は集団で、よってたかって、いびり殺される夢。思わず無意識のうちに、壁を殴ってしまい、右手の人差し指に、かさぶたができた・・・マヌケだ。そういう悪夢を見たときには、時間があったら寝直すか、無かったら、起きて、理性でカバーしている。昔も、一時期、そういう夢を見たことがあって、ドスで腹を刺され、飛び起きたことがある。その時、夢の中では、本当に痛いから不思議だ。そういう朝は最悪であるが、十五分経ったら忘れるのが取り柄なのかもしれない。私は今までの人生で、別に悪いことをしたわけでも無い。よく、寝ている間に、脳の無意識の部分が作用して夢を観るといわれるが、恐ろしい夢ばかりを観ているわけではない。例えば、解らないことがあって、いろんな文献などを調べても解らない、ということがある。しかし、私の場合は、その解決を急がない。目が覚めた瞬間に、ひらめくということが多すぎるからだ。起きている間には、無意識など意識しないのだが、密かに働いてくれているのであろう。それで何遍も救われた。昔は、『寝ている間の夢は、起きているときよりも厳しい』と思っていたが、そうでもないようである。人生など、一握の夢に過ぎない。それならそれを、いかにより良くすべきかということが大切な気がする。

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一番辛いこと

・少なくとも、皆が皆、辛いことを抱えている。私の場合も同様だが、約束を破ったときほど辛いことはない。私は物書きの卵だから、原稿を落としたときほど辛いことはない。漫画家の藤子不二雄が、故郷の富山に戻った際、連載を落としてしまったそうだ。編集者としばらく険悪なムードが続いたそうだが、手塚治虫が、「君たちは夢を売る仕事をしているのだから、宜しく頼むよ」と言ってくれ、首の皮一枚繋がったそうだ。また、かの文豪、夏目漱石は、晩年、血を吐きながらでも、締め切りだけは守ったそうだ・・・この話は友人から聞いた。ある時期、私は別の友人に小説を書いていた(純文学)。しかし、どうしても納得の行く作品に仕上げることが出来なくなり、書けなくなったので、友人にワビを入れた。お金は受け取ってはいない。A4で、四十話まで書いたが、その後、辛い日々が続く私に、「blogを毎日書いてみたらどうだ?」とアドバイスされ、石にかじりついてでも書いた。一年経った頃、電話で、「そろそろ終わらせたいんだけど・・・」と言うと、「甘い。石の上にも三年だ」と一蹴。覚悟した。毎日書いていると、アイデアが出ない日もあるし、どうしようもなく体調が優れない日もある。それでも、まともに書けなかったら、悔しい・・・悔しいから泣く。そして、次は見とれよ、と気合を入れる。

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こんな日もあるさ

・今日は、筆がすすまぬ・・・

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少年時代の冒険

・私の家は小高い丘の上にある。だから、一度も水害に遭ったことはない。台風が来るらしいが、高気圧のせいで停滞するというので、心配ではあるが・・・こういう時、一番被害を受けるのが、お年寄りなのだ・・・また、私の家の周りは緑に溢れている。子供の頃は友達と、何度も冒険の旅に出た。小学校三年の時に出会った友人とは、中・高も一緒だった。一度ケンカもしたが、二人ともが泣きながら殴り合っていた・・・すぐに仲直りしたが。最近、blogを書く前に、友達からのメールによるフェイスブック(以下FB)をチェックするのが楽しみなのだが、その友人が、こないだの日曜日、家族で冒険の場所に行ったらしい。森の深いところを歩いて行くと、池があるのだが、そこまで行ったとのこと。思い出せば、そこの池にはガキの頃、弟を連れて、友人と三人で行ったことがある。いつもは池の奥に行くのに、左側の安全な道を行くのだが、ある時、右から行ってみようという案が出てそうすることにした。みんな好奇心の塊だったのである。右の道を行っていたら、途中で足場が無くなり、池に落ちそうになった。観てみると手すりの様なものがある。弟が怖がったので、「下を見るな」と言って、木の手すりにしゃがみつきながら、カニ歩きでその難所を越えた。何とか無事についたのだが、三人とも服は泥だらけにしてしまった。ただ、訳の分からない達成感だけがあった。FBによると、友人の親御さんが最近その池に行ったらしく、「こんな危ない場所で遊んでいたのか・・・」と絶句したらしい。でも、小学校の遠足でも行った場所である。

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今年もこの日が来たか

・朝、遅めに目覚める。『今年もこの日が来たか』と寝ぼけながら思う。下に降りると人の気配がない。玄関で、愛犬の弥吉君がスフィンクス状態。『そういえば、お袋、病院に行くって言ってたなあ・・・』と思い出す。トマトを切って、朝食とする。皿を洗い、日めくりカレンダーをめくると、6月11日だ・・・そう、このblogの誕生日なのだ。満六歳になる。親父の他界などによって、消えてしまった所が二カ所あるが、六年間、一日も休まずに書き続けてきた。もう、六年も経つと、習慣になってしまい、特別な感慨もない。しかし、よく考えてみると、小学生の子供が卒業した様なものである。『いろいろあったな』と思うが、親父の死と3.11が一番大きな事件だった。私はこのblogを書く前のアイドリングとしてメールボックスをチェックし(最近は、FBの友達からのメールを読むのを楽しみにしている)、Googleのニュースをチェックしてから、書くことにしている。今日も、そんな作業をしているうちに、お袋が帰ってきた。「ただいま」という声が聞こえたので、「おかえり」と声を掛けると、サプライズがあった。お袋が花束を渡してくれたのである。六周年と言うことで、バラの花六本とかすみ草をプレゼントしてくれた。以前、友人が「花を貰って喜ばない奴はいない」と言っていたが、意味が解った気がした。卓上の花瓶に飾っている。

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救急車の絶えない町

・現在、正午前。既に二台の救急車が通り過ぎた。最近は救急車の音も少なくなったな、と思っていたところで、これである。ちょっと前までは、平均で一日三回のサイレンの音が聞こえていた・・・詰まるところ、私の住んでいる地域が、じさま、ばさま、ばかりになったということだ。子供もいるのだが、いづれゴーストタウンになってしまうかもしれない。私がガキの頃は、第二次ベビーブームで、小学校時代、一学年、200人以上はいた。私が通っていた小学校は、今では公園と化してしまった。小学校一年の時、担任の先生に、「この学校建てるのに、いくら掛かったんですか?」と質問したら、「3億円・・・でも、将来的に、福祉施設になるために設計されているんです。だから、階段がゆるやかでしょう」と応えられた。しかしながら、アスベストの問題で、取り壊され、公園となった。母校が消滅するというのは、卒業生からすれば、アルバムを引き裂かれるような思いである。まあ、そんな感傷に浸っている暇はないのだが・・・住んでいる町から子供が消えるのは寂しい。

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inかatか

・大学一年の時の英語の授業で、予習してこいと言われても、しないのが私であった。ある時、授業で当てられ、『Where will Bob & Jane meet?』という、テキストを予習しなければ解らない問題を質問されたのだが、とっさに私は後ろの奴にサインを出し、答えを聞いたところ、小声で、「レストランだよ、レストラン」とささやいてくれた。そこで、私は自信を持って、『At the restaraunt.』と答えた所、外人講師は『コイツ駄目ね』という感じで首を横に振っている。私も本気で考える気になり、テキストを本気で読んだら、自分のミスに気がついた。要するに、簡略化するなということなのだ。そこで、『They will meet・・・』と答えようとしたときに、レストランの前の前置詞が、『in』なのか『at』なのかで考え込んでしまったのである・・・しかし、速攻で判断しなければならない。そんな時に頭をよぎったのは、ファミレスの入り口に、でかでかと『IN』と書かれていた看板であった。そこで、『They will meet in the restaraunt.』と、3秒で答えた。すると外人講師は、『OK.』と言った。私が、二つの異なる前置詞で悩んだことも見抜かれ、日本語で、「この場合は、『in』でも『at』でもどちらでもいいデス」という様なことを喋っていた。授業自体は楽勝過ぎたので、サボりまくっていたら、前期試験も後期試験も95点以上叩きだしたのに、『C』がやってきた。

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貸すことにした

・昨日のblogを読んでいただいた方には解ると思うが、結局、貸すことにした。今は憤りで何も言えない。

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借金

・ある親族から、借金の依頼をされた。昔、ビートたけしは、「借金ていうものは帰ってこないのが当たり前」と言っていた。そいつらはバカだから、年金も納めていないし、にっちもさっちもゆかなくなったそうだ。いわゆる、首が回らないというやつである。まずは、おふくろに頼んで、次には私をあてにしたらしい。貯金もせず、派手な生活をしていた。そして、私を馬鹿にしていた奴のために、貸す金なぞあるか!!

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梅の実

・植木伐採職人の方は六人兄弟で末っ子だから、『末吉』という名をもらったらしい。ここで問題になるのは、やはり、『末吉』と『永吉』と、どちらの方が格上かということである。神社の方に聞いてもいいのだが、ロクな回答が戻ってくるはずもない。お袋に聞いたのだが、ああいう職人さんには、午前十時と午後三時に簡単なものを差し入れするらしい。簡単なものといっても、本当に簡単で、パンとお茶だ。そのたびにコミュニケーショーンをはかる。昼休みを除いて、丁度いい休憩時間なのだ。後は、庭の木をバッサバッサと切ってくれた・・・今年は梅の実がなったね、と母に言ったところ、ついでに梅の実も採ってくれ、袋に入れて母に渡してくれた。「これで梅酒でも作ろうかなあ」と言っていた母に、私は、「是非そうするべきだ。ただし、氷砂糖は薄めの方がいい」と言い、おっちゃんの親切に感謝するだけであった。昔の方は、娘の名前に、動物の名前を付けていたそうだ。おっちゃんのお袋さんが『クマ』で姉貴が『トラ』という名前らしい。末吉さん、姉貴は存命なのだが、「かないやしねえ」と、おっしゃっていた。末吉さんなので、「うちの犬も『弥吉』で、『吉』に恵まれるようにしたんです」と申し上げると、可愛がって下さった。おっちゃんの仕事が終わったら、すぐに、公園に駐めていた車を車庫入れしたのは、言うまでもない。あと三ヶ月で無事故無違反五年が経過するからだ。

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植木屋のおっちゃんが来る日だ。

・六月に入り、庭の木の枝が伸び放題ということで、今日、毎年頼んでいる植木屋のおっちゃんがやってくる。去年、八十の大台に乗ったということだが、お元気な御様子だった。ただ、元々造園業の方ではなく、定年後に、植木伐採派遣会社と契約したそうで、ちゃんと基本が出来ているのか判らないのが微妙なところでもある。おっちゃん曰く、「サラリーマンをしていた頃と稼ぎがまるで違い、サラリーマン時代の薄給が馬鹿馬鹿しい。一体、何をやっていたんだろうなあ」とおっしゃった年もあった。おじいさんというより、若く見える分、おっちゃんなのである。ただ、このおっちゃんに感心することは、毎回、切り終わった木の枝の束の数々を、長さを揃えて、後は捨てるだけ、というように仕事してくれることなのだ。ただ、いくら若く見えるとはいえ、ご老体であることには変わりがないので、これからの猛暑の季節、用心していただきたいものである・・・我が家の車庫に車を停めておくと、庭に入れなくなるので、先程、Wカップ出場を決めた試合の後に、車を徒歩30秒の公園に置きに行った。相変わらず体調が優れないので、しんどかったが、近いので助かった。公園周りは駐車禁止ではないので、大丈夫だろうと思っているが、他のお宅に迷惑を掛けるわけにはいかない。なので、駐める場所にはいつも気を遣う。

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のび太のユウウツ

・ガキの頃に読んだ、『ドラえもん』で、のび太がドラえもんに、「何で六月は日曜日以外休みがないんだろう」とユウウツそうに嘆いていた。

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復調の兆し?

・風邪を引いたり、治りかけにゴルフに行くなどして、ぶり返したりを続けている。ここ四日間、寝っぱなしであった。吐き気がし、固形物が喉を通らなかったのだが、気合を入れて、関西風うどんを食すと、かなり力がついた。途中、栄養失調でぶっ倒れそうになり、寝てばかりいた。こういう時は、少しでも調子がいいときに、無理してでも食べることにしている。うどんを食べる前に食べたもの・・・飲むヨーグルト、メロンゼリー、果汁100%のジュース類などである。これでは体がもたない。医者に行くべきだったかもしれないが、そのパワーがない。今年の風邪は、しつこくて、キツいなと思った。今のところは、食欲(油ものは避けている。想像しただけで気持ち悪くなる)もあり、明日には良くなってくれることを期待している。日本では、風邪などの病気で食欲がないときには、『おかゆ』を食べるのがセオリーだが、私は、口の中をやけどするので苦手である。そこで、うどんをすすったのだが、同じ炭水化物、大して変わりはなかろう。何はともあれ、散髪がしたい。頭が洗いたい。とりあえず、頭痛は治まったのだが本調子ではない。何か、ダラダラと書いてしまったが、まだ、頭が働いてくれないのである。ロクなアイデアも浮かばない。今は、ただ、ひたすら寝るのみ。よく考えてみると、この四日間で、睡眠時間、生涯最高記録をマークしたかもしれない。

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受難続き

・うちの弟のカミさんが、受難続きである。数ヶ月前、首に痛みを感じ、病院に行ったらしいのだが、首の後ろ側の神経のヘルニアと診断されたそうだ。そして、医者から、心臓と肺とに直結している神経だから、危険すぎて、手術できない、と言われたらしい。それでも、何とか治したく、いろんな病院に行ったそうだが、どの病院でも同じ事をいわれたそうだ。幸い、痛みは徐々に和らぎつつあった(のか慣れていったのかは判らないが・・・)。『まだ若いのに、気の毒にな』と思っていたが、その後、弟の次男が、タケノコ掘りに行って収穫したものを、家族で持ってきて、弟のカミさんが母に調理法を聞いていたのだが、その日に話したら、性格が大分、円くなったなというのが、第一感。・・・しかし、不幸は続くもので、数日前に、ひどい不整脈に襲われ、病院に行った所、「あまりひどいようだったら、心臓にペースメーカーを入れなければならない」と言われたそうだ。踏んだり蹴ったりである。ペースメーカーは、携帯電話などの電磁波に敏感なので、携帯やスマホなどの溢れている、現在の電車には乗れなくなるだろう。車の運転も無理となったら、足がない。救ってあげたいけれど、ブラックジャックは架空の存在である・・・人間なぞ、いつ、何が起こるか解らない、曖昧なものだと感じた次第。

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具合悪し

・昔、古典の先生から習った。最悪なのは、『悪し』であり、その次が『悪しからず』、そして『よろしからず』であり、『よろし』の順番であると・・・

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