« 勝負弱いおっちゃん | トップページ | 我が家のがばいばあちゃん (その2) »

我が家のがばいばあちゃん (その1)

・我が家のがばいばあちゃんとは、父方の祖母のことである。若いうちから、お針の仕事をして、散々苦労しながら、お金を貯め、国債を買い、株も持っていた。私がレベルの高い私立へ通っていることを知ったら、「学費の足しにしろ」と言って、親に高額なお金を、ポンと送ってくれたそうだ。その代わり、宅浪を選んだときには、親父の姉貴に当たるおばはんの入れ知恵により、婆ちゃんは、「今の時代、コンピューターで、ピピピやからな、予備校通わせい」と言われたそうだ。姉貴のおばはんにも、「予備校通わないの・・・それじゃあ、いい大学行けないかもねえ」と嫌みを言われた。親からは何も言われなかったが、一年間の宅浪生活、つらいことも多かったが、そんな時は、親父が碁の相手になってくれた。新聞の囲碁・将棋欄で日程調整していた。そして、いざ大学受験となると、私は補欠だったが、イヤミを言っていた、おばはんの長男よりも難しい所に合格した。浪人の時に、そのおばはんの亭主が他界し、複雑な気持ちにもなったが、努力し続けた・・・私は大学院時代に准教授と学説の違いで大ゲンカし、大学に退学届を提出したら、准教授は喜んでハンコを押したが、数年後のOB会で、「お前は戻ってきてもいいんだぞ」と言うので、即座に、「それだけは勘弁して下さい」と返した。後でネットのページを見たら、私の説の方が正しかったという様な研究テーマばかりが乗っていたのには腹が立った。その頃、私は塾講師も辞めて、旅に出ていた。

|

« 勝負弱いおっちゃん | トップページ | 我が家のがばいばあちゃん (その2) »

日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/521582/57357917

この記事へのトラックバック一覧です: 我が家のがばいばあちゃん (その1):

« 勝負弱いおっちゃん | トップページ | 我が家のがばいばあちゃん (その2) »