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2013年4月

明後日、ゴルフだというのに・・・

・明後日ゴルフに誘われたのだが、体調管理も心的管理も出来ていない。というのも、ドラクエに久々にハマってしまい、カジノで死闘を繰り広げていたからだ。600枚のコインを貰い、いかに早く増やそうかと夢中になっていたのである。カジノには、ビンゴとルーレットとスロットがある。最高で500枚まで賭けられる。と言ってもこのチップ、一枚20Gするから、500枚賭けることは、10000G賭けるのと同じ事である。最初はビンゴから徐々に、などという性格ではない私は、ルーレットでいきなり500枚賭けをして2000枚までコインを増やし、後はスロットでひたすら稼いだ。その後、一回500枚賭けのスロットで勝負し、いきなり777が、二回やってきた。景品交換所に行ったら、全部獲れなかったので、60000枚弱のコインから、その巨大スロットに挑んだ。紆余曲折有ったが、再び777を二回引いて、景品交換所で交換する物が無いくらい儲けた・・・すると不思議なもので、カジノに行く意味が無くなったと同時に、ゲームにもアキが出てきて、何だかやっているのが馬鹿馬鹿しくなってきた。多分、しばらくは封印するであろう・・・ってそれをやってる暇があったら、ゴルフの練習にでも行かんかい、と説教されている気がした。明日、晴れれば、絶対にゴルフの練習に行く。ちなみに、今やっているのはドラクエ8であって、好きな作品の一つだ。

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ゴルフのお誘い

・昨日の昼、中・高時代の友人から電話が鳴り、取った所、ゴルフのお誘いであった。友人が迎えに来てくれるということで、GW直前で、面子が揃わないということで、怖々と承諾した。久々にクラブを磨いたはいいものの、ラウンドするのは約一年振りである。練習もロクにしていないし、大慌てで、録画していたゴルフ番組を観た。とりあえず、多分、球は真っ直ぐ飛ぶだろうが、自信が無い。道具は揃っているので、何とかなるだろうと考えているが、なにせ、初ラウンドの時に、ヘボだから高台に打ち上げ、寝不足&空きっ腹にビール状態で、肋骨を二本折った後は、脚力が異常に落ちているので、それだけが心配である。今回は友人のコネで、米軍基地内のゴルフ場に行くらしい。免許証に本籍が載っていないので、パスポートを持って行く。財布には三万程入れているが、多分、ドル札に両替しなければならないであろう。まあ、ショートホールで平坦であることを願ってはいるが、昼食休憩が無いとのことで、握り飯でも持って行こうかと考えている。私はどちらかというと、ドライバーよりも3W の方が、芯をとらえる確率が高くて好きなのだが、アイアンは苦手である・・・というより、もっとフォームを整えなければ意味が無い。私は、打った後にも首を動かさないので、カラーボールを持っていくつもりだが、友達の視力に期待するしか無い・・・と言うより、練習だ。

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卓上のシャクヤク

・風邪の治りかけなので、短く・・・『立てばシャクヤク、座れば牡丹、歩く姿は百合の花』と、昔から美人の例えとして言われてきたと聞いた。そんな美人とお近づきになりたいものだが、とりあえず、3.11の後から卓上に花を飾ることにしたのだが、買ってきた当座は、つぼみだったシャクヤクの花が二輪、満開になっている。赤とピンクの中間体みたいな色をしていて、直径12~13cmの花である。あんまり香りはしない(私が風邪を引いていて、鼻が利かないからかもしれないが・・・)。テーブルの上に花があるだけで、書類の山積みになった卓上に彩りがでた。我ながらなかなかいいアイデアだったと、自画自賛している。

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とるにたらない

・とるにたらない相手に、とるたらないことを言われたり、やられたりしても、とるにたらないだけである。

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風邪のぶり返し

・ここのところの気候に、体がついて行けないのか、昨日、起きた瞬間に吐き気とだるさと食欲のなさが、いっぺんにやって来た。母も似た症状で、食欲はあるものの、「気持ち悪い」とか「しんどい」とばかり言っていた。だから、昨日の朝食は、おかゆであった。私は昼間中寝て、なんとか少し持ち直したものの、母は今ひとつ調子が悪そうだった。二人とも思考能力が無く、「夕食は何にしようか?」とは言ってみても、出前を取ろうにも、食べるパワーが無いので、決めかねていた。結局、冷凍庫にあったアイスクリームが晩飯となった・・・私の住んでいる地域には、ご老人が多いのだが、毎日、二、三回は救急車の音を聞く。こないだ、弟にその話をしたら、弟のマンションの向かいが老人ホームで、そんなことはしょっちゅうだ、と言っていた・・・毎日の寒暖の差、一日の中での寒暖の差の極端さには参ってしまう・・・今回の風邪を引いてから半月以上が経つ。坊主頭だったのに、変な風に2cm位、髪の毛が伸びてしまった。昨日一日寝たおかげで、現在の私の体調は、まずまずなのだが、栄養を採って、明日は、きっと良くなるだろう、と思いながら過ごすしか無い。こんなにしつこい風邪を引いたのも久しぶりだが、皆様も、重々ご注意下さい。では。

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タケノコが旬だなあ

・ちょっと前に、弟夫妻とその次男がやってきたので、私は二時間睡眠で応対したのだが、その後、二十時間ぐらい爆睡することとなってしまった。起きた時に、何が何だか解らない様な錯覚にとらわれた。その日、弟夫婦と次男がやって来たのは、今が旬な、タケノコを次男が掘ってきたのはいいが、弟のかみさんが、調理の方法を知らず、おふくろ頼みでやって来たというのが理由である。おふくろは弟のかみさんに教えてあげながら、調理していた。新鮮なタケノコというのは、アクが無く、美味しかった。私の家では、タケノコにぬかを混ぜて茹でてアク取りをしながら味付けをし、ワカメと一緒に頂くという調理法だ。昔は瀬戸の母方の祖父が、よくビン詰めにしたタケノコをよく送ってくれたが、どうしても鮮度が落ちてしまい、アクが気になっていたのだが、弟の次男が採ってきたものは、鮮度が良かったので、すんなりと美味しかった。じいちゃんのタケノコと比べるというのも無粋な話だが、今まで食べた中で、一番美味しかった。母に言わせれば現在、スーパーなどで売られているタケノコは異常に高いと言っていたし、素直に嬉しかった。私と母と弟は、じいちゃんが存命の頃に、その料理を何度も食べていたので、三キレぐらいしか食べなかったが、弟のかみさんとその次男坊はよく食べていた。何しろ次男坊のお手柄なのだから、みんなが「おいしい、おいしい」と言うと、次男坊は勝ち誇っていた。

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水遣り三年

・友人のじいちゃんが盆栽に凝っていたらしい。友人は娘が産まれて、『何でじいちゃんは盆栽に凝るのか?』という思いで、一杯だったらしい。その疑問を解くために、じいちゃんの師匠に当たる人に、習いに行った所、まず言われたことが、「水遣り三年が基本じゃ」と教わったそうだ。たかが盆栽、されど盆栽なのである。そうして友人は盆栽を始めたらしいのだが、何年も経つうちに、大体の所で、じいちゃんが盆栽をしていた理由が解ってきたそうである。その間、7~8年であろうか。そして師匠から言われた、『水遣り三年』という基本中の基本を忠実に守っていたから解った、とも言っていた。『水遣り三年』といっても、温度や湿度によって、その時々に合う条件がある。私と飲みに行った時でさえ、その極意は教えてもらえなかったが(多分、言葉では表現できないのだろう)、友人は、娘が産まれた記念に盆栽を始めて、相当、気を遣いながら、高さ10cm弱位まで育てたそうだが、半年か一年ほど前、その盆栽を長女にあげたそうだ・・・三ヶ月前に連絡を取った際、「あの盆栽はどうなった?」と聞いたら、友人が、「あいつ、枯らしちまったんだよな」と長年友人が苦労して育てた盆栽が無残な姿になったことを教えてくれた。

・大人にならなければ解らないこともある。好奇心と忍耐力が大切だ。

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神の領域

・かの、有名な、アイザック・ニュートンはいろんな事を発明し、そして発見した。ニュートンの伝記を読むと、「私は真理という海辺に立っているに過ぎない。その中の砂浜に転がっている、いくつかの美しい貝殻を拾ったに過ぎない。真理の海には、まだまだ遠い」という遺言を残して亡くなったそうだ。それを考えると、文明の発達というものには、品が伴われなければならないと思った・・・クローンのラットを何百匹も作ってみたり、ips細胞の研究にも疑問が残る・・・昔、親父の勤めていた会社に、仕事を依頼しに来た物理学者がいたそうだが、そのおっさんは、現場の状況も知らずに、ノーベル賞の話ばかりをしていたらしい。親父は、そんなおっさんの事など相手にしていなかった。納期は守ったそうだが、家に帰って来た時に、私に話したことは、「研究の道を選ぶのもいいけれど、あんなおっさんみたいにはなるなよ」と言われた。それで私は一気に『研究職にはなりたくねえな』と思った・・・一方で京大の山中教授がips細胞を発明するために、相当、苦心されたと思うが、物事とは全てコインの裏表、本当に人類の文明の進歩だと言えるのかが解らない。もっと深く言えば、医学的には画期的なことなのかもしれないが、倫理学上、人間が入ってはいけない、神の領域に触れている気がする。異常に速いスピードでノーベル賞を受賞したことも、喜ばしい事かもしれないが、何だか、不気味な気がするのである。

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スマホって本当にいい物なのか?

・弟夫婦とその子供が来た。子供も弟も、スマホのゲームばかりやっていて、ロクに話す暇も無かった。弟に、「子供に示しが付かないから、やめろ」と言ったのだが、聞いていないようだった。私は、『仕事のストレスは解るけれど、ああ、こいつも自己中心型の人間になるのか』とがっかりした。要するに、まともな父親では無いということだ。私が、「お前、電車の中でもやっているのか?」と聞くと、「みんなやってるよ」との返事・・・呆れた。私もスマートフォンに鞍替えしようと思っていたのだが、今の機種が使えるまではやめようと、決心した。スマホのゲームにハマッている弟とその子供が病的に見えたのだ。話をしても、ロクな返答が無い。話をしてても、スマホをいじっている。こんなことなら、弟には来て欲しくなかった・・・空しい。親がゲーム中毒になったら、当然、子供もそうなる。眼も悪くなる・・・もし、これからのおかしな新しい人々が出てきたら、きっと、日本は滅ぶであろう。亡国の念、つきなし。そもそも、おもちゃとか遊びとかいうものは、子供が自分の知恵を振り絞って発明するものだと思う。気分転換にゲームをするぐらいなら許される範囲だと思うが、それ以外は、認められない。人の家にまで来てそうすることなど、少なくとも私には信じがたい。電車内でのことも、信じがたい。

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風景を飲み込む

・私は幼稚園の時に、お絵かきを習っていた。幼稚園時代に描いた絵で、今でも私の記憶に残っているのは、悩んだ挙げ句に描いたものばかりであった。毎回テーマを与えられたらしいが、悩んでいる時間が八割で、残りの時間で絵を描き上げていたらしい。「一番好きな乗り物を描きなさい」と言われて、他の奴は車などを描いていたらしいが、私は、悩んだ挙げ句に、観覧車の絵を描いたそうだ。また、「一番好きなものを描きなさい」という時には、親父の顔を描いたらしい。家の事情で辞めざるを得なったが、その後も絵を描くことは好きだった・・・その後、中・高と進む中で、風景画を描いたら、私の右に出る者はいなかった。中学では水彩絵の具を用い、高校では油絵を習った。静物画は嫌いだったが、風景画を描いたら、二点程、先生から、「コンクールに出さないか」とも言われたが、残念ながら、両方とも友達と遊びすぎて未完成で終わった。私は風景画を描く際には、雰囲気を飲み込んで描くタイプだったのだ。静物画でも、「自画像を描け」と言われて描いたのだが、これはバドミントン部の後輩のダーツの的になったらしい。風景画を描く際には、指で四角形を作り、『ここだ』という場所で、絵の具をぶつけていた・・・今思えば、こだわりすぎていたのかもしれない。

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最後の贈り物

・私がblogを初めて以来、一週間も休んだ事は無い。それほど、ひどい風邪を引いてしまったようだ。今日になって、体調は回復傾向にあるが、私の方針では、風邪を引いたらひたすら寝る主義である。初めはヨーグルトなどを食べる。少し回復したら、油ものを避けて食事を採る。今回の風邪はどっから来たのか分からないが、きつかったのは事実である。一昨日、おふくろに無理を言って、晩飯を『ざるそば』にしてもらったのは、大汗をかいていたせいである・・・まだ、調子はすぐれない。病気になると、弱気になり、『俺の天命もつきたのか』などと思う。その場合、『我が生涯に、一片の悔い無し』と、ラオウみたいに言ってみたいのだが、悔いだらけである。まずは、お袋のこと。それから、自分の事・・・まだ、自分の人生に対して始末を付けていない・・・諸々考えながら、寝っぱなしの日々を送ってきた。私が人生の最期に、家族に贈られるものって何だろう?と、天井を見つめながら考えた。それは、お金でもないし、ものでは無いなと考えた。私みたいな、ちっぽけな人間が出来ることは、『思いやりの中での思い出』と思った。美しいものなど望んではいない。私が産まれてからの、泥臭い毎日の思い出を覚えていて欲しいと思った。私も、亡くした父との思い出は、泥まみれだから・・・

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すぐれん

・今日も体調がすぐれす、寝っぱなし。何とか無理して、ざるそばを食べたが、一向によくならない。頭の汗対策として、はちまきを巻いている。

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栄養失調

・風邪をこじらし、不思議なことに、頭だけから嫌な汗が出ている。タオルで拭くのだが、また、すぐに汗が出る。何かを食べようとしても、吐き気がする。昨日から寝っぱなし。栄養失調気味で、立ち上がると貧血気味にクラクラとくる。おかゆでも食べるつもりだが、どうにも体調が今ひとつで、脳みそが豆腐になった様な状態である。

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ひとくしゃみ

・ひとくしゃみがやまない。寝てくつろいでやろう。

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やっぱり風邪だな

・一昨日が最悪であったが、風邪を引いてしまったようだ・・・休息、休息。

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神様からの贈り物

・かの有名な精神分析の父であるフロイトは、認知症というものを、精神的に死の恐怖から逃れる、神様からの贈り物だと言っていた。私はフロイトの弟子だったユング派なのではあるが。

・子供というのは、好奇心の塊であるが、時には大惨事を起こすことも多い・・・ある夏休みに、母方の故郷に当たる瀬戸の島に帰っていた時、祖父と祖母がいない時に、庭の水道の蛇口を外してしまった。好奇心からそのような振る舞いをしてしまったのだが、水が溢れ出したのを観て、慌てて、蛇口を付けようとしたが、水圧の方が勝って、元に戻せなくなった。弟と二人、試行錯誤したが、どうしようも無くなってしまった。弟と二人でしょぼくれていた所で、祖父が帰ってきた。事情を説明すると、祖父は怒りもせずに、あっというまに直してくれた。祖父は水道管と蛇口の間を強力なボンドで固め、許してくれた。その後、わざとやったわけでは無いのだが、私は、二度とそんなことはしなくなった。祖父も、「子供することじゃけん」と平然としていた。感謝。

・心のもやもやなどは、ノートなどに書き下すと、結構、整理できる。

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簡単な英会話

・昔、ガソリンスタンドでオイル交換か何かをしていた時、待ち時間がかなりあったのだが、外人の若い女性が、英語で、「成田に友達を迎えに行くんだけれど、行く道をおしえてくれないか?」という会話をしていた。スタンドの店員さんは、『何言ってやがるんだコイツ?』というような表情だったので、助け船を出してあげた。「Can I help you?」と尋ねした所、その女性は、成田への近道として、レインボーブリッジがあると勘違いしていた。スタンドの店員に、「地図はありますか?」と聞いたら、速攻で持ってきてくれた。私は、「そんなにレインボーブリッジに行きたいの?」と聞くと、そうでは無く、「一刻でも早く成田に知り合いを迎えに行くルートを教えて欲しい」と聞いてきた。仕方が無いので、地図を片手に、説明をして、「東京湾沿いに高速があるから、標識を観ながら行った方が早い」と言い、地図を指さしながらここのJctで降りなきゃあ、駄目だぞ、ということまで教えてやった。すると、彼女は「Thank you very mutch.」と言ってきたので、コイツ半分ナメてやがるなと感じた私は、「Good Luck」と応えた。

・漢字の覚え方は、同音異義語から連想するか、熟語を連想して思い出す。それが確実に強くなるコツだ。

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イメージ・トレーニング

・何事もイメージトレーニングが重要だ。試験の時には、自分がスラスラ解けているイメージを持つことも大切だし、スポーツでも同様だ。

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ボーイスカウトの善し悪し

・ある年の初詣の際、友人二人と出かけたら、一人が腹が痛いと言って、駅の便所に向かって行ったので、もう一人の友人と待っていたのだが、いくら待っても出てこないので、どうしようかという話になった時に、そいつが出てきた。そいつ曰く、「いやぁ~悪い悪いトイレに紙が無くってよぅ、丁度、使い捨てカイロがあったから、それで拭いてきた」と笑って言うので、私達は、「正月早々、何やってんだ、お前。黒い粉がケツに付いていないか?」などと聞くと、そいつは、「いや~俺、昔、ボーイスカウトやっていたから木の葉っぱで拭いたこともあるからぜんぜん平気だ・・・でも、その時、漆じゃ無いんだけれど、一回だけ、かぶれる葉っぱでケツを拭いちまって、腫れ上がって、その晩は眠れなかった。その時の方がきつかったな」と言うので、もう一人の友人が、「正月早々、そんな汚ねえ話するんじゃあねえよ」と言っていた。そいつは他にも、「ボーイスカウトで墜落した日航機を観た」だのと言っていたので、みんな、「本当にダッチロールしていたのかよ?」などというツッコミが入っていた・・・しかしながら、よくよく考えたら、ボーイスカウトというのは生活力を上げさせてくれる様な所があると観ている。ちなみに、そいつは、学校の最寄り駅で必ずもよおす奴だったが、その時間も計算に入れてか、遅刻はしない奴だった。

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力学の大系

・まず、KgとKgwの違いが解るだろうか?Kgというのは、重力を関係無しとして、その物体の動きにくさが定義となっている。これは、ニュートン力学でも同じ事だ。一方でKgwというのは、地球上での力の単位である・・・全く似て非なるものなのだ。そこまでは、中学生のお勉強なのだが、ニュートン力学を学ぶと、F(力)=m(質量)α(加速度)というような、余りにも有名な式が成り立つ。つまり、等速運動では力が生じないのである。これによって、力の単位はN(ニュートン)として、国際的に認知されている。ニュートンとは、かの有名な、リンゴの木からリンゴが落ちることによって、引力に気付いた天才である。実際、宇宙空間でも狭い分野では(例えばロケットが月に行くなど)では、今でも成り立っている・・・ここまで力について述べてきたが、1905年に三つのノーベル賞級の論文を掲げたアインシュタインというお化けが現れた。ノーベル賞を獲ったのは、ブラウン運動についての論文だったが、相対性理論を掲げ、一躍時の人となった。まず、E(エネルギー)=m(質量)c二乗(光速の二乗)という論理が説かれ、質量(例えばあなたが持っている消しゴムひとつ)にも巨大なエネルギーがあることが証明された(その一番いい例が原爆である)。もう一つだけ挙げるとすればアインシュタインは、宇宙論について、重力によって空間がゆがむといった、ニュートン力学を打ち破った点である・・・まあ、両者とも偉大なことに変わりはないが。

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お経の土用干しです

・戦前、母方の曾祖父の従兄弟で、寺の子がいた。飛び抜けて数学が出来たらしく、その地方の神童だと言われていたそうだ。ある晴れの日、ふんどし一丁で寺の廊下に寝ていたそうだが、母親に、「何してんや?」と聞かれた所、その少年曰く、「お経の土用干しをしております」と応えたらしい。その人は戦前の陸軍で大佐ぐらいまで出世したそうだ。・・・その人の母親は、教育熱心で、曾祖父は、学校から帰ってきたら、本当に『読書百編』をやらされたそうだ。その後、曾祖父は酒屋の丁稚奉公をした後に、大工の親戚のおじさんを頼って、腕を磨いたらしい。大工の見習いをやりながら、夜間の高等専門学校に行って建築について学んだそうだが、その時、事件が起きた。教師の説明と、大工の棟梁が言ったこととが異なり、問答になったそうである。それじゃあ、実際に作って実験しよう、ということとなり、比べてみた結果、大工の棟梁の言っていたことの方が正しいことが証明されたらしい。戦後も満州から引き上げてきて文無しになって帰って来たが、建築家としての腕は磨かれていたので、すぐに復活したそうだ。私もその曾祖父に会ったことがあるが、いろんな建物の設計をしてきた、と話していた。その家系の男のおじさん達は、みんな、建築関係の仕事に就いた。中には、独立した叔父さんもいる。まあ、もう、引退してしまったが。

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ウダウダ言う奴

・夏の合宿で、当時、大学四年生だった私達は、M1の先輩に麻雀に誘われた。やりたくなかったのだのだが、先輩命令で雀卓と牌を借りてきた。やる際に、根に持つ奴だと思ったので、接待麻雀を打つことにした。風速は五で馬もあったのだが、ひたすら、その嫌な先輩を打ち筋を眺めているうちに、『これは相当なヘボだ』という結論に達した。本気で打つ気はなかったのだが、振り込まないようにだけはしていた。私に来る牌はほとんどクズ牌だったので、染めてみたりもしたが、ある局で引っかけリーチをかけた。染めてはいなかったのだが、迷彩を利かせてのリーチだった。すると、その相性が合わない奴は、牌を捨てる前に、10っ分ぐらい掛けて、「お前、これ、引っ掛けリーチだろ」と言ってきたので、「そんな卑怯な真似はしませんよ」と言ったら、お見事に振ってくれた・・・この場合聞く方が悪いと決めつけている私は、三味線を弾いたが、聞いてくる方が悪いのである。その後、そいつのウダウダも止まらなくなり、「お前が汚い待ちをしているのは、解っていたんだけどなあ」と言われても、私が、「だったら、振らないで下さいよ」と言い、結局その日は徹夜になった。私とそいつが潰し合い、私が上がっていた分だけプラスになり、2着になったが、そいつはボロ負けだった。私は何度も修羅場をくぐってきたし、小学生の頃からやっていたのである。負けるわけにはいかなかった。誘ってきたのは向こうの方だし、最初から勝つ気がなかったのに責められても仕方がない。

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いくら噛んでも割れないイクラ

・今は存在しているのか知らないが、私が小学生の頃、『小僧寿し』なるものがあった。そこの一番豪華な、にぎり寿司として、500円で『雅』という商品があった・・・ある時、お袋が風邪をこじらせて、「どうしても夕食が作れない」と言った日があったので、私が家族全員の分を買ってきた。会社から帰ってきた親父が、何ともいえない顔で、「お前、こんな寿司しか食べたことがないのか?ないんなら、今度寿司屋に連れて行ってやる」と言われ、相当な粗悪品なんだろうなと思った。後日、父は私を連れて、本当に寿司屋に連れて行ってくれた。特上のにぎり寿司を頼みながら、寿司用語を教えてくれた。「醤油はムラサキ、お茶はアガリ・・・」という風に。などと聞いているうちに、私のお茶が無くなったので、思い切って、「大将、アガリもう一杯!!」などと生意気なことを言っていた。しかし、その時の寿司の旨いことやら旨いことやら。あの時の寿司のうまさを味わって以来、もはや『小僧寿し』では納得がいかなくなってしまった。『小僧寿し』で出てくるイクラは、イクラ噛んでも噛んでも割れなかった。私の読みでは、多分、人造イクラなのではないかと疑った。もちろん、私の近所の『小僧寿し』は、まもなく潰れ、今でもシャッターが降りたまま、放置されている。

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そこにTVがあるだけで

・半年頃前、お世話になっている整形外科の待合室に、巨大なTVが壁に取り付けてある事に気がついた。最初は文字放送で、『鶴瓶の家族に乾杯』を流していたのだが、あの番組は、一度観たら、最後まで観たくなるので、不思議な現象が起きた。いっつも待合室で、自分の番はまだか、とイライラしていたご老人達が、名前を呼ばれても、「今、いい所だから、後にしてくれ」と言う様になり、必然的に待合室は、いつも人で溢れかえることとなった。それから、三ヶ月後に行くと、番組の内容が変わっていた・・・何度も書いたが、院長先生は気さくな方で、腕もいい。私が台湾で、紹興酒と小籠包を食べた話をして、「いい紹興酒って、おいしくないですか?」と聞くと、即座に、「旨い」と応えてくれるような、粋な九州男児の先生である。去年の秋に、東北を旅した際に、お土産をと考えていたのだが、『招き猫』の焼き物を、ついつい買ってしまった。受け渡す際に、「病院に招き猫というのも、何だか如何なものですが、旅行のお土産です」と言った所、先生と看護師さんが笑ってくれたので、助かった。

・最近、自分が人の悪口を言った分だけ、自分が苦しむという気がしてきた。もちろん本人相手に面と向かっていうわけではないのだが・・・

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水で石を切る

・「みなさんは、硬い石などどの様に切るか知っていますか?」という問いを小六の時に先生から、クラス全員に聞かれた。私はその昔、学研漫画か何かで読んでいたので知っていた。でも、しばらく黙っておくことにした。すると、「斧とノミで削り取る」とか、様々な意見が出通っていた。ケース・バイ・ケースなのだろうが、その答えでもありだと思った。築山などを作る場合はそうするであろう。しかしそれは、最初の段階で、大まかに石を割る方法であって、仕上げの段階では通用しない。先生は、滑らかに切る方法を聞いていた。意見が出尽くした後で、私が手を上げ、「超高圧の水で切る。摩擦熱も生じないし、そのカッターの先には、ダイヤが用いられている」と答えた・・・それが正解なのだが、私は、改めて水というものの奥深さを知った。例えば、十九世紀、イギリスで産業革命が起こった際も、その主流は水を沸騰させた蒸気が主流であったし、鉄道という文明が人々の生活を変えた。疎かに出来ないものである。

・水蒸気と湯気の違いが分かっていない先生に代わって、個人的に質問していた女の子に教えてあげた。「水蒸気とは目には見えないものであって、それが冷えたら湯気になる」と。何も解っていない教師も問題だが、質問していた女の子は、相当、悔しそうだった。まあ、その娘も大学卒業してからは、いい会社に入ったそうだし、めでたしめでたしである。

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天気予報について

・昔、地理の授業で、ラジオで各地の気圧とか風向きを述べているものを基に、日本近辺の等圧線図を描いたことがあるから言えるのだが、最近の気象予報士の言っていることはなっちゃいない。と言うより、全然、予報が当たらない。私は風力や風向きを基に、高気圧や低気圧の張り出し方に着目して旅先などでも、次の日の天気を調べるのだが、曖昧な場合、普通の予報士よりも、私が予言した方が当たることが多すぎる。だから、天気予報は気象図だけを観て、自分で考え、後の予報士の言葉は無視している・・・そもそも気象庁に何台も置かれている、最新式のスーパーコンピューターの計算した予報は、ネットで見る限り、外れまくっているではないか。日本周辺の気象状態が変化してきているから、新たな気象学を構築しなければならない時期なのかもしれない。

・学生時代、「飲みに行こう」と誘われたら、絶対に断らなかった。留年が掛かった試験の前の日でも飲みに行っていたが、『一気』だけはやらせなかった。友人に事情を話すと、「お前、大丈夫なのかよ」という感じだったが、ビールを飲みながら、「徹夜すれば何とかなるだろ」と応えた。終電で帰ったのだが、本当に一夜漬けで、単位が来たのは幸いであった。

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雪舟の龍の絵

・東京の上野で雪舟展があるというので、昔、行ってみたが人だかりが、かなりうるさかった。その一週間前に友人の店の常連客で、ある人に聞いたのがきっかけであるが・・・その人は家族サービス位ののりで、映画でも観ようかと上野まで繰り出したのだが、雪舟展の話を聞いて、そちらに乗り換えたそうである。「雪舟の龍の絵を観ていると、背中に彫り込んでもらいたかった」というようなギャグを飛ばしていた。それから私も観に行ったのであるが、龍の絵を見た瞬間に贋作だと思った。同時に、彫り物とするには、質が低いとも思った。国宝の『天橋立絵図』は、間違いなく真作だと思った。見た瞬間に、全身に電気な様なものが走り、他の策貧全てが、贋作に見えた。もちろん龍の絵もである。しばらくして、友人の店に行った時、その人と会った。私は、「雪舟展観てきました。でも、あの龍の絵は贋作だと思うので、背中に入れるのは、ちょっと考えてからの方がいいですよ」と、思い切って言った。意外な顔をされたが、正直にものを言った。私の内心では、国宝の『天橋立絵図』以外は、ことごとく贋作にしか見えなかった。雪舟といえば、寺に預けられていた頃、粗相を犯し、寺の柱にくくりつけられたと聞いたが、涙を足で書いたことが有名なエピソードである。しかし、老人になっても、猫一匹、満足に描けないと言って死んでいった。本物の職人さんとは、そういう姿勢でなければならない。

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野球漬け

・私の弟の長男は、リトルリーグの頃から、野球にのめり込んでいる。今年中1になったが、即座に野球部に入り、ショートで四番というポジションを手にした。その後、三番になり、悔しそうな顔をしていたので、私は、史上最強の助っ人外人である、R..バースに話をした。すると、また頑張る様子になったので、安心した。例え公立の中学でも、一年生がレギュラーになれば、先輩が外れることになる。外れた先輩の親は、当然面白くない。弟のかみさんもそういう事で悩んだせいか、性格が昔より丸くなった・・・その倅、中学一年の時の前期の通知簿で、5が三つあったそうだが、私が、『当然、一つは体育やろう』と思っていたら、なんと体育は4とのことで、驚いた・・・他には、私の家系は体が硬いので、「毎日、ストレッチする癖を付けさせた方がいい」などということを、弟夫婦に告げた。また、体育会という所は、上下関係がこの上なく厳しい。上級生の命令は絶対的なものである。たとえ、どんなに滅茶苦茶な理屈でも、「はい、解りました」と言わねばならない時もある。強い根性で乗り切っていって行って欲しい。しかし、野球というものは、集団競技である以上、残酷な面もある。一度、ひどい屈辱を体験した方が、人生的には、後につながると思う。リトルリーグでピッチャーをやっていた頃、打たれる度に、泣きながら投げていた自分を大切にして欲しい。

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携帯どうしようかなあ・・・

・先週の土日、土曜日には従兄弟夫妻、そして日曜日には、弟夫妻がやって来た。午前11:00にやってくるというので、待っていたら、いつも通り、遅刻してやって来た。夜中の三時頃に起きた私は、漬け物しか食べていなかったので、先にうどんを食っておく作戦に出た。申し訳ないな、と思っていたら、インターフォンが鳴り、『あしたのジョー』で有名な、西が鼻からうどんをたらすシーンが脳裏をよぎったのだが、気合で押し通した。いつも通りの挨拶を終えたが、その日会った弟夫婦に倦怠感を感じた私は、軽い話から始めた。私のお袋が作るうどんは、関西風なのであるが、弟が大好物であり」、2.5人前を食べ、即座に眠りについた。その後、弟の次男が、やたら弟のスマホをいじっていたので、弟のかみさんに、スマホについていろいろと教えてもらった。かなり詳しく聞いたのだが、ここで私に、究極の選択が待っていた。私は、今まで、携帯を選ぶ時には、友人関係から、docomoのpと決めつけて買っていたのだが、旅好きな私に、弟のかみさんから、iPhoneの電波エリアが広がったという話を聞き、迷った。まあ、詳しいことは店の人に聞いてみようか、とも思うのだが、弟のかみさんからは、パソコン無しでもネットがいじれるコースをお勧めされた。どうなることか解らないが、何はともあれ、携帯ショップというのは、異常に混むのが気に入らない。

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サバイバル

・三月の頭頃、従兄弟から電話があった。彼は大学時代に出逢った中国人の女の子と所帯を持つこととなった。電話の内容は、現在、近所に住んでいるので、男の子が産まれたのをきっかけに一度ご挨拶したい、ということであった。簡単なおもてなししか出来なかったが、子煩悩な夫婦だと思った。奥さんとは初対面だったが、子供の話を聞くよりも、奥さんの武勇伝を聞くことの方が楽しかった。まだ、中国経済が弱かった頃に、単身、日本にやってきて、ボロアパートの敷金と礼金を払ったら、五万円しか残っていなかったそうだ。大慌てで、バイトを探したものの、日本語の読み書きは出来ても、聞くことと喋ることに苦労して、ことごとく断られたそうだが、先輩の勧めで、中華料理屋でのバイトが決まり、何とか凌いだそうである。まさしく、日本に骨を埋める覚悟でやって来たのだなと思った。従兄弟よりも、そういう風にして生き残ったかみさんの方が、よっぽど頭脳明晰で、ハキハキ喋る子だと思った。日本語を聞き取るのに三ヶ月掛かり、半年後には口から日本語がすらすらと出てくるようになったと語っていた。中国のこともいろいろ質問したのだが、いやみの無い質問にした。私が知っている中国とは、『三国志』と『項羽と劉邦』位からしかしらないので、出身地を聞いても、よく解らなかったが、黄河の近辺で、青島と北京に近いらしい。今の日中間には様々な問題があるが、民間レベルから親しくなって行くのが、一番いいと思った。

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