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2013年3月

『のど自慢』での逆ギレ事件・・・ついに現れたか

・一昨日の朝一番に、ネットのニュースを観てみると、トップに、NHKの『のど自慢』で予選落ちした70歳の老人がブチ切れて、「会場を爆破する」という内容の脅迫電話を掛けたということで、威力業務妨害の罪で逮捕されたそうだ。この御老人、31日(つまり今日)放送の『のど自慢』への犯行予告であったらしい。私がこの報道を読んで、最初に思ったのは、もの凄い逆ギレの仕方で、久々に、やっさんを思い出したと同時に、どうせなら、以前、私が書いたように、『のど自慢』の本番中に、「何であいつが鐘3つなのに、俺が2つなんだよ!!おい、秋山!!」とブチ切れる奴が現れて欲しかったのだが、この逮捕された御老人は、それ以前の段階で(予選落ち)逆ギレしているのはマヌケだけれど、ついに、こういう出場希望者が現れたか、と爆笑が止まらなかった。それにしても、そのご老体、よっぽど自分の歌に自信があったのであろうか・・・私が『のど自慢』を観ていると、出てくる中年以上のおっさん達の顔が、半分ぐらい、ほのかに赤いと感じるのだが、家のTVが故障しているのか、私の眼の錯覚なのかが解らない。もし、私の眼が正しいならば、多分、緊張をほぐす為に、直前に一杯ひっかけているのではないかと、疑念を誘う・・・今回の事件で、『のど自慢』の視聴率は上がるであろうし、ブチ切れたご老人は、NHKの為になることをしたのだから、NHK側としては、密かに、『シメシメ』と思っているのでは無かろうか・・・

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今年の花見は・・・

・今年の桜は開花が異常に早かった。昨日、毎年行く公園に花見に行った所、散りまくっていた。それから、学生が春休みなので、公園に来ていた人も多かった。お花見は、賑やかな方がいい・・・そんなことを思いながら、昼から弁当をつつき、花見酒である。太陽こそ出ていたものの、曇っていたので、今年の桜は、今ひとつ生えなかった。しかしながら、私の持論としては、桜は散り際が良い、という意味では、結構感動した。はらりはらりと絶え間なく散ってくる桜の花片が、ちょっと風が吹いただけで、雪降るように幻想的に散っていた。今まで観たことのない感覚に、いい花見だと思った。2~3時間ぐらいいたであろうか、昼過ぎから、どんどんと人の数が増えていった。来週には、もう、葉桜になってしまうことを考えると、丁度、晴れてくれてよかった、と思うと同時に、今年も桜とお別れか、とぼんやり考えていた。三月に散る桜など、初めてなのではないか・・・写真を撮っている方も多かった。桜吹雪を何度も観ることの出来た私は、時代劇で江戸北町奉行の『遠山の金さん』を思い出していた。ガキの頃に観ていたが、インパクトが強かった覚えがある・・・今はもう、完全に消えてしまったが。とりあえず、風邪気味だったので、家に帰ると、風邪薬を飲み、六時間ぐらい寝てしまった。

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悶々

・今日は書くことが無く、悶々としている・・・花見にでも行くか。

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シュレディンガーの猫

・或る大学の物理学科で量子論を専門としている奴に、『シュレディンガーの猫』について尋ねてみた・・・『シュレディンガーの猫』とは、金庫のような物の中に、猫を入れて、少しづつ毒ガスを入れたと仮定すると、その猫が生きているか死んでいるかは、確率によってしか解らないという話である・・・量子論の基本中の基本だ。私でも、それが、不確定性原理の話だと一発で解るのだが、そいつは訳の分からない応対をした。私は内心で、『こいつ、基礎が解ってねえのに、相当狭い範囲の量子論しかかじってねえな』と思った。それで物理学者になろうとしているのだから、無謀だとも思った。はっきりいって、今の量子論の世界は行き詰まっている。私の考えでは、どんなに巨大な加速器が作られようとも、意味が無いと考えている。人間の好奇心というのは解るが、物質の最小単位を見つけよう、などというのは、宇宙の果てを模索するようなもので、おこがましいことこの上ない・・・結局、『シュレディンガーの猫』とは、設定に不備があり、相手にされなくなった。しかしながら、『不確定性原理』というのは実在する(時間と現象がある限り)。簡単に考えればいいのである。例えば、あなたがお花見に行った際、次にどの花片が落ちてくるかは、様々な不確定性要素(風など)があって、解らないのと同じ事なのである。

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ムエタイ観戦

・何年か前、高校時代の友人達との新年会で、タイの東洋一の歓楽街での話となった。すると面子のうちの一人が、その歓楽街で遊び呆けた話をしていたので、私が、「お前、あんな所で遊んでいたら、病気移されるのが関の山だぞ」と言うと、別の友人も、「確かに、タイで遊ぶ気はしねえなあ」と言っていた。私はホテルと駅の間に歓楽街があったのだが、昼間に通り、ザックが壊れたので、露天商が3500バーツと言う鞄をまけさせて、3000バーツで手に入れた。その鞄については、お互いにいい取引をしたと、私は今でも使っている・・・そして、タイといえば、やはり、ムエタイである。私は渋滞で多少、遅れたのだが、チャンピオンの試合には何とか間に合った。ムエタイのチケットというのは、いい値段なのだが、タイに行ったらムエタイを観ると決めていたので、躊躇しなかった。チャンピオンは2Rdか3Rdでハイキックを挑戦者のこめかみに入れ、一発で仕留めた。私は興奮して、「あのチャンピオンは何歳なんだ?」と関係者に聞くと、「22歳です」と応えたので、「あいつ強えーな」と言った後で、日本語で、『でも、ボクシングだったら、内藤の方が強ええだろうなあ』と思っていた・・・それにしても、タイの文化には驚いた。マッサージ店に入ったら、みんな誘ってくるので、油断ならない国だと思った。それにしても、やたら蒸し暑かったことだけは覚えている。

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心の空間

・昔、MLBで、ケン・グリフィーJrは、若い頃、ハンク・アーロンを超える逸材かもしれないと、騒がれていた。親父もメジャーリーガーであり、Jrには高級車やら、望む物を与えていたそうだ。普通の子供ならば、それを喜ぶ所であるが、Jrはもっと頭がよかった。いっつもかっつも、何で自分だけが・・・と思い悩んだ末に自殺未遂まで犯してしまった。二十代の頃は、全然、努力しなくても打てたが、コーチからは「今、しっかり練習しておかなければ、その後は悲惨な運命が待っているぞ」と、何度言われても練習をしなかった・・・イチローが海を渡る前年、Jrにある質問をしたそうだ。それは、「あなた程の方が、周囲からのプレッシャーにも負けず、どうやって自分を維持しているんでしょうか?そのヒントを教えてください」というものだった。ケン・グリフィーJrは静かな表情で、「簡単なことだ。自分の心の中に、誰にも入らせない空間を作ることだ」と答えたそうだ。私には、よく解らなかったのだが、仏教でいう禅に近い気がする。私の場合は、腹に漬物石を置いて、セルフコントロールしている。

・ケン・グリフィーJrが言った、心の空間というものが、私には四次元立方体を連想させた。当然、映画の『CUBE2』を思い出した。

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制限速度

・学生時代、毎週、OBの方がやってきて、プレゼンをするという、特別講義なるものがあった。ある時、エネルギー関連の方が来たのだが、その人曰く、「エネルギー需要と申しますが、その限度は、年々延びているんですよね。だから、ここ数年は心配しなくていいと思われます」というようなことを語っていた。しかし、あれから十五年でバランスは崩れた。他にも、某自動車企業のOBが来た時に、講義の後の質問タイムの時に、ある奴が、こういう質問をした。それは、「日本の高速道路では、100Km/hが制限速度なのに、どうして180Km/hも出せるように設計してあるんでしょうか?」というものだった。OBの方も、その質問には、まったく答えられず、あたふたしていたが、結局、「危険の回避などのためにそうしているのでしょう」とit言った時には、教室中で大爆笑が起きていたが、私が考えるに、あらゆる自動車メーカーの連中は、これには答えられないだろうと思った。

・高速で車を運転していて、制限速度を守りながら、ボブ・デュランの『ルート61』を、大きな音で掛けながら運転すると、いい気分転換になる。この戦法は友人から教わったのだが、彼は、ユーロビート派らしい。しかも彼はオープンカーを運転している。

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花粉症

・花粉症になったのか、鼻はぴくぴく、眼はかゆしです。

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かっぱえびせん

・母が内科に行ったとき、側のコンビニで必ず買ってくるのが、『かっぱえびせん』である。それを楽しみにいっているとしか考えられない。私が、スナック菓子は油で揚げているので、カロリーが高いから、控えるように勧めても、『やめられないとまらない』状態に入ってしまうのである。私が酒のつまみにしてみても、やっぱり『やめられないとまらない』状態に入ってしまった。『かっぱえびせん』のエビは、昔は瀬戸内海産だったらしいが、今はどこのものか知らないというのが、お袋から聞いた話だ。『かっぱえびせん』は、ビールのつまみなどとして、いい物なのだけれど、一度食べ出すと、それこそ、『やめられないとまらない』状態になるので、友人達へのお通しとしては、出しにくい。そんな中、母が内科の医院から帰ってくるときの『かっぱえびせん』の由来を聞いてみると、倒産しかけた菓子業者が、無理矢理作ったら、大ヒットして、その後、持ち直し、ポテトチップスなどに進出したらしい・・・現在、『かっぱえびせん』を食べているが、気がつくと、口の中に入っている。

・中・高時代、確かに弁当も持って行くのだが、そんな物は朝に食べてしまうのである。昼食は食堂で、夕食は、学校側でカップラーメンを食べて塾に行っていた。

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人間の営み・・・『砂の女』と『死者の奢り』と

・医者にならないという条件付きで、理Ⅲをなんとか卒業させてもらい、作家になった、安部公房の作品で、私が唯一読んだ事があるのは、『砂の女』である。この作品、何も考えずに読んだら、退屈な感じなのだが、よ~く考えてみると、流砂にでも、のみ込まれる気分になり、人間の営みの虚しさを描写している作品だいうことが、嫌という程、伝わってくるのだ。主人公は、何のきっかけだったか忘れたが、蟻地獄のような砂の中にいて、崩れるのが分かっていても、砂を掘り続ける女と出会う。主人公は、その蟻地獄から脱出しようと、何度も試みるのであるが、何度も失敗しているうちに、段々と、その女がやっている事を真似し出すのである・・・そこら辺の所に人間の営みの虚しさというものを感じざるを得ないのだ。結局、主人公はその蟻地獄から抜け出せないのであるが、『我々が日常生活というものを営む事に、どんな意味があるのか?』という意味での、強力なアンチテーゼに思えて仕方が無いのである。はっきりいって、大江健三郎の『死者の奢り』で感じた寒気と同様な寒気を感じた・・・両者とも、小説では無く、人間の営みに対して、哲学的な問いかけをされているような気がしてならない。

・安部公房に医者にならないことを約束させた教授は、「卒業させといてやってよかった。一人の天才作家を潰すところであった」と語ったそうである。

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人生万事塞翁が馬・・・なんだよな

・隣の小学校に、どうしても勝てない二人がいた。自分の小学校では学年一位だったが、そいつらには、塾のテストでは歯が立たなかった。その二人のうちでも出来る方の奴と話をすると、半年後の勉強をしているのである。毎週々々日曜日になるとテストが行われ、10人に1人も名前が載らないという、競争社会に私は小学生の時から放り込ませてもらった。残酷な塾であった。何人もの親が、自分の子供の名前が順位表に載らない事で、辞めさせられて消えていったし(それだけお金が掛かる)、出来る方は出来る方で、勝ち誇っていた。私の場合は、授業を受けるだけで、頭に入ったが、そうで無い子は辛かったと思う。テストにもその調子で臨んでいたが、解けた。しかし、隣の小学校の二人には、永遠に勝てないのかと思った・・・私が一浪して大学に入り、必修のシーズンスポーツで、軽井沢にアイスホッケーをしに行った時に、いろいろとあったのだが、隣の小学校の奴が医学部生として参加していた。だがしかし、いざ、アイスホッケーとなると勝負にならなかったし、ファッションセンスも、いまいちだった。その時、私は、『たかが小学校の勉強なんて、小せえ小せえ』と思ったし、大学にも入ってみると、勉強だけでは無くて、あらゆる面(特に、異性の眼を意識するかなど)の方が、試験で点数を稼ぐのよりも、重要なファクターだと思った・・・だから、人生など、いくらでも逆転が効くのだ。

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芸のためなら

・『芸のためなら、女房も泣かす』という奴に限って、かみさんに頭が上がらないものである。本当に芸のために人生を賭けているのならば、女房を泣かすどころか、行き着く所、自分さえ殺してしまう。藤沢秀行や立川談志や阿佐田哲也、古くは志ん生などが、みんな、そんな死に方をして滅んでいったが、芸は超一級品ではなかったではないか。そうまでして残した芸は今でも光っている。

・男というのは一生に一度は詩人になる。

・友人は、高速を運転するときに、覆面対策として70%バックミラーを観ているそうだ。私はバックミラー50%であるが、その代わりミラーのでかいのを付けている。しかしながら、後方注意しながらも、夜であったが、覆面を追い越して捕まった事が二度ある。前方不注意だ。

・私の数学塾時代の講師は、アグネスチャンに会えると思って、沖縄から東京に上京したそうだが、現実を知って引っ越したそうだ。その講師の先生は、全盛期、何軒かの塾をはしごして、月に百万ぐらい稼いだらしいが、使う暇が無かったらしい。

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人生とは・・・

人生とは波長が短くなるSinカーブだと思っていた。それは、努力さえすれば、右斜め上の方に向かうカーヴだと思っていた。しかしながら、そうではなかった。振幅は増幅しながらも、決して右上上がりとなるものでは無かった。経験を積み重ねるだけで、所詮、人生など、幸福も不幸も背負った、戯れ言にしか見えなかった。

・Suikaをチャージする際に、金を払うのは当たり前の事だが、チャージする金が、どこか惜しいんだよな・・・

・死ぬときに、『生きててよかった』と思える人生が一番よいのかもしれないが、少なくとも私はそうは思わない。私はそうで無くても、前向きに倒れたい。

・Face bookで似顔絵を美化して描いた友人は何とも言えなかった。何かに似ていると考え込んだが、あまりにも美化しすぎているために、結局、思いついたのが、『子連れ狼』の『ちゃん』だった。今度から、あだ名は、『ちゃん』にしようかと考えている。

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奇跡の人

・主な国立大学の合格者の出身校を雑誌で観た。一瞬、頭の中が真白になったのだが、あろうことか、お袋の母校から阪大に一人だけ通っている子がいた・・・私は昔、お袋が、エスかレター式で上がれる短大の、家政学部食物科だと聞いて、「卒業試験は、スクランブルエッグと目玉焼きの作り分けだろう?」とからかっていたのだが、そうも言えなくなってしまった。お袋曰く、「多分、うちの学校初の元帝大生じゃないかなあ。私もこの目を疑ったよ」と、本人も驚いていた。阪大の事務などに就職した方はいっぱいいるのらしいのだが、私が、「この子には相当優秀な家庭教師がついていたとしか思えない」と言うと、母は、「学校の学力に比べて、飛び抜けて出来る子だったのだろう」と否定はしなかった。いろいろと努力したのは間違いないだろうが、『これから』が本当の勝負である。私の頃もそうだったが、私立に通わせながら、かつ、塾通いをしなければならなかった。教育とは、やたら金が掛かるものである。どちらにせよ、大学受験で頭打ちにならない事を望む。

・私は、大学受験で、コンピューターの入力ミスで通った奴を知っている。卒業できたかは知った所ではないが、試験が全然できなかったので、そうとしか考えられない、と本人が言っていた。

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最高におめでたいこと

・第一志望の大学の受験日の朝、夢精した事を後輩に語り、「それって最悪だろ」と話しかけると、「いやあ、それって最高におめでたい事なんじゃないですか」と返してくれたので、私は、「でもな、よりによって第一志望の大学の朝にやってくるとは・・・寒い中、朝からシャワーを浴びる自分が惨めだったぞ」と応えたら、それでも後輩は、「おめでたい事じゃあないですか。勝負強さからいって、騎手だったら、その日のダ-ビーを勝利確信するものですよ」と言ったので、乾杯し、その話は一件がついた。だが、これまた私がアメリカに行って、五日目で夢精した話をすると、爆笑となった。そして、同部屋の人達を起こさないように注意しながら、荷物からパンツを取り出し、やはり冷たいシャワーを浴びた旨を語ると、一層大爆笑してくれた。そして、私に、「それだけの精力があったら、百歳まで生きられますよ」と話をくくってくれた。

・『信長がかんしゃく持ちでしょうがなかった』という噂は、よく耳にするが、私は、それを一方的に認めるべきなのではないと思う。千年に一人の天才の言う事など、誰もが理解できないのだ。いつの時代もそう。天才の行動など凡才には解らないのだ。もしも、信長について、大逆転の発見があれば、KOEIが潰れるだけである。

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堺の商人

・中三の時の日本史の実力テストで、『戦国時代、堺で商売をしていた豪商は誰か?その名前を書け』という問題が出たのだが、私は『日本の歴史』という漫画で堺の商人を覚えていた。そして、徳川家康に本能寺の変を伝えた男として、茶屋四郎次郎という名前が書いてあったので、迷わずその名前を書いた。正解は今井宗久だったので、もろに×を食らった。しかしながら、後にゲームの『信長の野望』などをやっていると、余裕で堺の豪商として、今井宗久やら、茶屋四郎次郎が出てくるので、あの試験での失点は、明らかに教師側の問題不備だと認識した。その頃から先生越えをしていたので、ろくすっぽ授業を受けず、寝てばかりいた。高一の時の実力テストでも、点数こそ70点弱しか取れなカタッが、先生も、私の実力を認めるようになり(他の連中はみんな20点台だった)、悠々と眠れるようになった。もちろん、普段の試験などは、易しすぎた記憶がある。

・大学時代、数理科には学部で卒業する場合、卒論が無かった。だから、それを狙って入ってくる奴もいた。だから、馬鹿ばかりなのである。馬鹿の中の一人は、大学名の名刺を刷ってナンパしていたし、教えるという聖職で得た金で、パチンコで五万スッたという馬鹿もいた。自慢していたつもりになっているだけなのである。

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意地の一言

・私が、現役の時、受けた大学、すべてに落ちた。一方で、友人から、「俺が東大受かるかどうか、三万賭けないか?」と持ちかけられたので、応じた。私は全滅していたのだが、屈辱的な思いで御祝儀を送った。その代わり、そいつを始めとして、いらなくなった参考書を、いろんな友達から貰いまくった。山ほどたまり、時には同じ本が3冊重なる珍事もあった・・・浪人するという事は、確かに悔しい事なのだが、参考書を貰った友人達も、みんな一浪か一留はしていた・・・だから、人間、何が幸で、何が不幸かなぞ解らない。

・桶狭間(田楽狭間)の決戦の地とは、実はJRAの中京競馬場のすぐ側にある。

・人間なんか、悔しい、悔しい思いをしてしか、人の心というものが解るものではない。卑怯な奴は嘘をつくが、真っ正面から受け止めて自己研鑽を積み重ねた者だけに解る世界がある。だから、諦めて欲しくないし、世界中の人間に役立てる人間にもなれる。

・演出家、宮本亜門だけが知っているというのは、ウソだ・・・あんなおぼちゃま君、他には知らない。デリカシーが無い。

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白菜漬けのブルース

・白菜の漬け物を食べている。白菜の漬け物は自家製なのだが、ぴりっと辛いぐらいが、通には旨い・・・学生時代の友人の祖父が、ふぐの肝をちょっとだけ舌に乗せて、「ぴりっと辛いぐらいがちょうどええ」と言って豪遊していたらしいが、友人曰く、「そんな危ねえ遊びばかりをしていたから、早死にしたんだよ、家のじいちゃん」と語っていたが、私は、「粋でいいじゃあねえか」と話した記憶がある・・・家は、白菜漬けに、一般的な輪切り唐辛子を入れる位だから、まだまだあまい。でも、舌にはビリビリとくる。白菜の旬というのは11月から2月位までらしいが、今や既に3月。白菜とお別れの季節である。勿論、今、食べながら打っているのだが、舌にピリリとくる感触と、歯ごたえがたまらない…今日語っているのは、白菜漬けテツガクであるが、今年も白菜漬けとは、もう、疎遠になりそうである。母は、毎年、極秘のレシピで白菜を漬けるのだが、一番最後のものが一番うまい。しかしながら、今日、それを完食してしまいそうである。その別れ方、潔くても、唐辛子の辛さからか、眼が少しかすむ。漬物は他にもいろいろとあるのであろうが、たくあん等の甘いものは舌に合わない…今日は、『白菜漬けのブルース』ということについて、綴ってみた…別れはいつも切ない。今年の冬まで生きている保証も無い。さよならだけが人生なのかもしれない…

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立たない奴等

・先日の衆院選の結果を分析すると、民主と維新が潰し合いをしたのは、間抜けであった。私としては、どちらが第一野党になってもよかったが、結局、自民と公明に漁夫の利をさらわれた。私は候補者を誰にしようか、無理矢理入れられたパンフレットを読んで、掲示板を見た所、どいつもこいつも甘ちゃんだったので、無効票を覚悟に、首相になってもらいたい人の名前を書く事にした。結果、『ビートたけし』か『テリー伊藤』しか残らなかった。それ程現在の国会議員というものには、ハクが無く、決断力に欠け、みんな、『坊や坊や』してきた奴等ばかりの顔が揃ってしまった。知らぬ間に、あんなに情けない辞め方をした安倍が首相になり、円安は進み、何とか円高で繰っていた庶民の生活が苦しくなった。やたら右めいた事ばかりを言っているが、あんな辞め方をした男が、一国の主たるわけにはいかない。いつぞやのニュースで、自分の故郷の山口県に墓参りに行った時に、「私も長州人足る所を・・・」と述べていたが、それを会津の人たちが聞いたら、シャレにならない発言だと思った。安倍君のこれからの行動にもよるが、『何で、麻生が副総理なんだよ』と思うと同時に、この国の人材の少なさにも驚いた。

・『たちあがれ日本』という政党があったが、どいつもこいつも高齢者ばかりで、立たない連中が、何ゆえに、立つのだろう?という疑念を捨てきれなかった。」

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返してくれたまえ

・3.11の時、首相だった、菅直人君は、自分の進退で大いに驚いたことであろう。電源車が配備されながら、一台も行かなかった事は、管の失態であり、現場の失態である(現に現場に出たことがない消防士が年金で飯を食っている例もある。そういう奴が率先して行くべきだ)。電源車が来ない中で、現場の所長が、独断ででも、海水を注入したのは、正確な判断だったと思うし、そうせざるを得なかったのであろう…管君に文句が言いたいのは、その前後のことを本にしたことである。印税欲しさにそうしたのかは知らないが、本来は、ユーチュブなどで、無償で公開されるべきものではないのか?・・・かつて、海上保安管が、人生を賭けてでも、尖閣での中国漁船からの衝突を、動画サイトに公開した行為の方が、よっぽど勇ましい・・・菅君、君は見事に落選したけれど、これからはかいわれ草でも福島の危険区域の中で作って、晴耕雨読の日々を送る事だね。間違っても返り咲きなど狙わない様に言っておく。

・原子力技術者であった亡き父は危険な状態の時に、部下を連れて、自ら先陣を切る男であった。がんで早死にしたときには経団連と国を恨んだ・・・何か文句あるか?

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風化させているのは誰か?

今日で震災から二年になる。復興もままならず、原発問題もままならない中で、本当に世論を曲げたのは、マスコミなんじゃないか?現実を伝えず、国民一同が騙されているのではないだろうか?実際には津波から助かった人も、多くの方が自ら命を絶っている。メディアはそのことを、あえて伝えてはいない。どうしようもない矛盾を感じてならない。そういう方々も含めて黙祷したい。国民も都合よく、忘れようとしているのだ。

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『宅浪の心得』

・その1・・・周りに左右されない事・・・私が六大学に受かったら、俺は東大受け直す、という癖の悪い奴がいたが、実際私が合格すると、消えた。

・その2・・・休む日を作る事・・・一週間は7日だが、そのうちの1日でも、完全に勉強から解放される日を作る事(私の場合は日曜日だったが)。

・その3・・・模試は必ず受ける事・・・自分の実力の状態が解る。

・その4・・・生活リズムは、必ず整える事・・・生活リズムが整わないと、試験前に眠れないなどのひどい目を覚悟すべし。

・その5・・・リズムで勉強すべし・・・これは体得しなければ解らないと思うのだが、万物同じ様に、勉強もリズムに乗ると、一気に延びるものである。

・その6・・・春先から飛ばさない・・・私の友人などは、春先から赤本を解いていたのだが、最初こそ『A』判定だったらしいのだが、受験の天王山である、現役生にとっての夏休みから追いつかれ、偏差値がみるみる下がっていって、焦ったと言っていた。

・その7・・・低い大学から受けろ・・・いきなり東大を受ける馬鹿はいない。低い学校から受けて、勝ち癖をつけろということだ。それから、大勝負に臨む物だ。

・その8・・・スケジュールは週単位で組み立てろ・・・なぜならば、毎日のスケジュール表を作っても、絵に描いた餅になるからだ。休みたい時には休め。だから週単位なのだ。

・その9・・・参考書はもらえ・・・現役生が勝ち誇っている間に、友人から参考書をもらう。無い物は買うしか無いが、同じ参考書が、集まる事だろう。これは浪人生の知恵である。

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『宅浪の仕方』

・浪人時代、私は安いボールペンを何本も空にして喜んでいた。ベッドの側には、ベンゼン環の反応表を貼り付けて、毎日、少しずつ覚えていった。そんな中で、私が宅浪して見つけた事と言うのは、毎日短時間でも勉強していたら、リズムという物が産まれてくるんだという事だった。それは、続けて行くほどに、爆発的に伸びるという事に他ならない。勉強面においては、塾の師匠曰く、「浪人して、春先から飛ばす奴は馬鹿だ」と言っていた。勝負はあくまでも天王山である現役生の伸びてくる、夏休み明けの模試の結果だと言っていた。友人にはこの鉄則を守らずに、心を壊していた奴もいたが、私はこの教えを守った・・・つまり、現役生のように勉強したのだ。すると、面白いように偏差値は、上がって行き、いい思いをさせてもらった。しかし、受験に関しては、あくまで、一発勝負という思いは消えなかった。満面に準備を怠らなかったのだが、選りに選って、志望大学の受験日の朝に夢精してしまった。私自身は神が与えたが、今年の新年会で、そのことをみんなに話したら、『そんなおめでたいって事無いんじゃあねえか?』という結論になった。何だかんだ言っても、大学に入って、恥ずかしくないだけの勉強はしておくべきだ。

・子供のおもちゃでは、レゴが一番いい。『モモ』の著者の、ミヒャエル・エンデもそういっていた。私だったら、遊び飽きたら、接着剤でくっつけてしまうのだろうが・・・

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野獣死すべし・・・・・

・オイルシェルという物を知ったのは、高二の終わり頃だった。当時は現実味が無く、夢のような話であった。オイルシェルというのはオイルを含んだ砂を実用化するという試みである。当時の教師は、需要と供給のバランスがとれないと、言っていた。しかし近年の石油相場の莫大な投機により、現実味を増してきた。私がある友人より聞くと、「東アジアの通貨危機や南米の通貨危機を起こした連中と、そういう投機を繰り返しているのか?」と聞いたら、「そうだ」とだけ応えた。周前だったので、それ以上話を大きくしなかったのだが、そいつらのやっている事といえば、累進課税をやってない、ある国で、金儲けのためなら、一国を潰す事も辞さず、それでも平気な連中なのである。世界中の人たちにとって、そいつらは迷惑なだけである。まじめに働いている人が馬鹿を見て、そいつらがやり放題にやる世界はおかしい。投機相場で、1バレルあたり、初めて100$を超させたという自慢話をしていた馬鹿もいたが、はなはだ迷惑な話である・・・原点に返ると、オイルシェルなどというものが、マネーゲームの中で実用化されるということが、そもそもおかしい。『ホテカル』の歌詞のように、宴の中で、人間のきりのない欲を象徴している、『ビースト』を殺しきれないのも、人間の業なのだろう。そいつらなどと資本主義について語る気は無い。

・おい、中華人民共和国!!レアアース暴落おめでとう!!独り占めしようなんて考えるな、この、馬鹿!!

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白梅、ウグイスをを楽しませる

・先日、庭の木を見やると、勝ち誇るような白梅の中に、ウグイスの子供がいた。ウグイスというのは不思議な鳥で、『ホーホケキョ』と鳴くのが、当たり前とされているが、そこに行き着く前には、かなりの日数を要するのである。最初は、『ケキョ』位から鳴き始め、梅の花の季節頃に一人前になるのである。不思議な鳥だなと考えているうちに、いつの間にかいなくなってしまうのである・・・まるで、私の女性遍歴のようで、あっさりとしているものなのである・・・居間のテーブルの上で、花瓶に花を生ける様になってから、庭のの水仙を飾ったが、勢いがなかった。スズランも見頃だよ、と言われつつ思い切って庭の梅の木の枝をカットして生けてみると、中々の味であった。今、観ても、なかなかの按配である。私はもちろんお花などは習ったことはないのであるが、三年習った母よりも筋がいい。しかしながら、今回のはなかなか筋がいい。やや粗雑だが、梅の花の生命力というものを感じる。たばこを一服する前に眺めると、最高にリラックスできる・・・次は桜の季節だと面白く思っている。

・世の中に『脳科学』などというものを宣伝した茂木君、脱税で少しは懲りたかね。

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栄冠への道

・日能研の夏期講習で、上位2クラスだけが他のビルでの授業となった。そのビルの側には、現在でも続いている和菓子屋さんと、おじいさんおばあさんの店があった。駅前にはマクドナルド等もあったが、そこにゆくまでの時間がもったいなかったのである。もちろん、みたらし団子等も食べたのだが、おじいさんとおばあさんの店で済ます事も多かった。ある時、おばあちゃんの店で、賞味期限切れの『ペヤング』があったので指摘すると、おばあちゃんは、「それは私達が食べるから」と言って新しい物を出してくれたのだが、何かきまりが悪かった。半分は申し訳なかったが、その夏休み、ばあちゃんの店は特需景気を迎えていた事は容易に想像がついた。おじいちゃんとおばあちゃんの店だったので、三十年以上経った今日、跡形も無く消えているのだが、おそらく、お二方、他界されていると思う。今でもそこの通りを通る度に、さみしさを感じる。

・六年生の日能研の夏期講習の前期試験で、私は初めて友人に追い越された…朝はおと打つと六時からラジオ体操。疲れて家に帰ってきても、麻雀大会である。普通の勉強よりも、麻雀の勉強のほうが先立ったのである。罪は親父にあったとはいえ、親父なりの気分転換法であろう。

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『事実は小説よりも奇なり』

・ある時、親父から、『事実は小説よりも奇なり』という言葉を教えてもらったが、それは、人生程、ドラマティックなものは無いと認識した。たかが小説などというものは、作家の頭の中でのシュミレーションに過ぎない物だと私は受け止めている。百人いたら百人の人生があり、十人十色なのが現実なのだ。それを否定するならば、その作家は奢っている。確かに頭のいい奴が作家として名をなしているがフィクション作家というものは、私には私にはあまり頂けない。なぜならば、『人生は小説よりも奇なり』だからだ。『事実は小説よりも奇なり』ということをまじめに考えれば、小説は自伝以上の物は書けないことになる・・・自分の人生に後悔しない様にしたければ、まず、『過去を振り返らないようにしない事』と『自分がそれまで積み重ねてきた努力と生涯の友人達も含めて感謝しながら前を向いて歩く』という事である。そうでなければ、人生などやってられないし、簡単に潰されてしまず物である。

・人生はドラマティックであり、先に何が起こるのかが解らないから面白いと、少なくとも私はそういう信念で生きてゆきたい。以前、友人に、『大切な事は、いきなりなんだよ』とメールで書いたら、友人は『確かにそうだ。そういうことに気づける感性を大切にしてくれ』と言ってくれた。

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教育と馬鹿と

・その子は決して恵まれた家庭で育った訳ではないし(お袋さんが子宮がんで入院していたこともある)、そういう所を観てきていたから、医学部に行きたいと言っていた。医学部に行くのなら、私大だと、半端じゃ無い金が必要なことも、具体的な資料を見せて教えてあげた・・・実力がない事は見切っていたが、黙っていたが。

・体育の授業で、拍子を変える体操をした時、何回やっても駄目な奴がいた。そいつには、「よく、お前、高校の時に特待生になったな。俺が体育の教師だったら、お前赤点にしてるぞ。相当、レベルの低い高校だったんだな」と言い放った。そいつは最後まで、何度も挑戦していたが、私が一発でクリアーしたのに、結局、クリアできなかった。みんながみんな、『何であいつが特待生なんだよ』と不思議に思っていた・・・その馬鹿は、パチンコで五万すったことを自慢するような馬鹿だった。『運動神経って本当にあるんだな』と思った次第である。

・私はいくら試験でいい点数を取っても、一度も親から褒められたことは無い。

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教え子たち

・塾講師時代には、講師みんなが真剣に教えていたので、卒業生でも、時々、遊びに来る連中が多かった。講師室に入ってくるのだが、みんなそつない話をするのだが、トップ校にドンケツで入った女の子が、大手予備校の問題で、一問だけ解らない所があり、理由は知らないが、予備校の講師もバイトも教えてくれなかったらしい。うちの塾のその時の顔ぶれといえば、文系三人に理系の私だけだった。私と、国語の専任講師が一番のベテランだったので、新任講師達にやらせようとした。実力を試すいい機会だと・・・一人目に振ると、訳がわからない様子であった。二人目に振っても、「教えられません」と逃げた。やむを得ず、私が、「とりあえずテキスト見せてごらん」と言って、問題文を見てみると、簡単な分詞構文の問題だったので、現在分詞と過去分詞についての説明をして、その問題の別の書き方を考えさせた。それから私は、その子に二つの質問をした。『as』の使い方をどれくらい知っているのかを、まず聞いた。するとその子は、四つくらいしか答えられなかったので、「甘い」と言った。「最低十個くらいは覚えておけ」と言ったら、悔しそうな顔をしたので、「出直してこい」とハッパを入れた。そして、「もしも浪人したらどうするつもりだ?」と聞いたら、「しません」と言ったので、「馬鹿野郎!!なりたくて浪人する奴なんていない。もしも浪人したら、お茶に通え」とだけは言っておいた。彼女は医学部志望だったからである。

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プライオリティー・シート

・最近の電車の中では、優先席に平気で座れる男女が増えた(学生も含めて)。私の頃は、自分のプライドにかけてでも、そういう恥ずかしい真似はできなかったし、自分でもしたくは無かった。ところがシャカシャカうるさいヘッドホンをつけて、携帯電話の電源も切らずに、あくまで、地球は自分中心に回っているという様な、大馬鹿どもが増えてきたな、と感じる。私の母などは、右くるぶし一周を複雑骨折した経歴があるのに、そういう奴等は一向に代わろうとはしない。お袋が松葉杖をついて通院していた頃も、席を譲ってくれたのは、お年寄りの方が多かったそうだ。平成生まれだか昭和生まれだかは知らないが、そこまで常識外れな事をする連中に、生きる資格は無い。若者は老人を思いやり、そして、年少には大らかであることが最低条件なのでは無かろうか?最近の若者は自転車を漕いでいても、赤信号を無視するので、おちおち車の運転も出来ない。

・モンスターペアレント等という言葉が、数年前に流行ったが、特例を除き、「給食費等、納める必要が無い」という家にベンツが二台止まっているという矛盾は許しがたい。そういう連中は、子供が同じように真似るであろう・・・その家は長続きするはずがない。

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寸止め失敗

・今日のblogは、昨日の最後のものと、考えて下さい。

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