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人にやさしく・・・

・大江健三郎が、ダンテの『神曲』を取り上げて、「なぜ人間は、一度地獄を味合わなければ天国に行けないのか?」と言っていた。その場合、当然、氏の長男の光君のことがメインパートになるのだが、あの人は、障害児を抱えて文体が変わっていった。大江氏も、もし光君がいなければ、ほかの作家と同じく、短命であったかもしれない。親として、光君を残しては、死ぬに死ねないのであろう・・・ドストエフスキーの『白痴』という小説があるが、私も、そういう風に産まれてきた子と、みんなから認められる子供とで、どちらが幸せなのかは解らない。白痴で産まれてくる子は神の子かもしれないのだ。所詮、人間なぞ、何が幸せで何が不幸かなど解らない。何年か前、外で奇声が聞こえたので、女の子でも襲われているのかと思い、自室の窓を開けた所、ご近所さんにそういう子がいたのだ。それを知った私は、恥ずかしくなり、一礼して窓を閉めた・・・私が疑問に思ったのは、大江健三郎が性善説の立場を取っているのか、性悪説の立場を取っているのか考えてみたからである。いつまでもケリのつかない論争の中で、氏はどう考えているのかが知りたい。ダンテの『神曲』は三部作であるが、まず最初は、地獄編である。そこでは門に、『あらゆる希望を捨てよ』と書かれている。もの凄いインパクトだ・・・本に限らず、インパクトの強い作品というのは感受性豊かな人間を潰す。ゆえに大江氏も「何故、一度地獄を見なければ、人は人の気持ちが解るようにならないのか?」という命題と戦っているのだろう。

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