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鼎の軽重を問う

・かの有名な戦国武将である、斎藤道三のネーミングは、幼い頃仏門に入り、青年期は商売をし、晩年期には武士として大名に上り詰めたという、これらの三つの道を指しているのであろう(司馬遼太郎氏の作品より)斎藤道三は、一国の主であったが、元々大名家に産まれていれば、娘の帰蝶と信長を結婚させてはいなかったであろうし、それ以上に、若ければ、自分で天下を取っていただろう。帰蝶が嫁入りしてまもなく、自分の娘婿に当たる 信長との対談が行われるのであるが、道三は国境の正徳寺で様子を見ていたらしい。すると、信長、長槍隊と鉄砲隊を連れて、背中には大きな一物の絵を描いた着物を纏っていたらしい。その後面会の段となり、道三が平服を着ていった所、信長は正装して出てきた。この時の道三の悔しさが手に取るように解る。その後、道三が、「我が家臣は、あのものに馬をつなぐ(家臣になる)ことだろう」と語ったエピソードは、あまりにも有名だ。

・私が小学校の頃、親父に、「戦国武将の争いなんて、今で言えば、ヤクザのシマ争いと変わらなかったんじゃあないのか?」と聞いたことがある。死んだ親父も、それを全然否定しなかった。

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