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クソ坊主・・・殴んなきゃあわからねえのか

・親父の四十九日の日、坊主は遅れてやって来た。確かに解りにくい場所だったが、親族が集まっているのに、坊主が遅れてくることは許されることじゃあない。そいつはエヘラエヘラと笑っていた。その時点で私はブチ切れていた。そいつが読経を始めると、線香の煙で、ゲホゲホ言いながらだったので、雰囲気もぶち壊しだった。私は、その日読まれたお経があまりいいものではないと解った時点で、お袋に、お布施の額で読むお経を代える寺に対しての不信感を述べた。その寺は、訳の分からない時期に、お布施を要求したりで、とてもじゃあないけれど、本当に仏門に仕えている寺とは思えなかった。私が以前、京都の伏見で行をしている人に、こそっと千円札を懐に入れ、何気なく質問した。結果、「現代の俗な僧を、師匠は全く認めていませんし、現状を嘆いておられます」と教えてくれた。私はそれから坊主を見る目が変わった。四十九日の時の坊主はバイトだったし、お布施をもらう時だけ笑顔になり、その上、石屋のおっちゃんと口ゲンカまでしだした。そして携帯電話を取りだして、解らない事を聞いたりしていたので、もし、親父の四十九日で無ければ、殴り飛ばしていたところである。その怒りを何とか静めながら、帰り道の車の中で、母に、「寺代えようか・・・あんな野郎に法要してもらっても、親父は喜ばないよ」と、言ったら、母は、「私の時には坊主呼ばんでいいよ」と、悔しそうに言っていた。

・今年の正月に弟の家族が我が家に来てくれた際、みんな仏壇に線香を上げてくれたので、閉めに私が般若心経を唱えた。そして、「四十九日の時のバイトの坊主はひどかったな」という話題になったら、弟のかみさんが、「あんなのにお金払うぐらいなら、私の時でもお兄さんに読経してもらいたいですよ」と言ってくれた、が、「俺より先に逝くなよ」というのが、今年の初笑いであった。

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