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大局観を磨く

・母からは、毎日、「勉強しなさい」という意味で、小さな人生を教わった。父は何も教えてくれないかわりに「勉強しろ」と言われた記憶が無い。小学生の時から、囲碁、将棋、麻雀を伝授され、物事を大局的に観る大切さを教わった。物事を大局的に観るという事は、ものすごく難しい事のようであるが、それが無ければ何も出来ないのである。塾でいくらトップを取っても、それがなければ意味が無い。例えるならば、サッカーなどの集団競技で、ボールに集中する様になったら、あえて、広いスペースのある逆サイドに行く選手は滅多にいない。大学に入ってからも、シーズンスポーツのアイスホッケーでも同じ思いをした・・・『こいつら、馬鹿なんじゃあねーのか?』と。大局観を見失うと何事も上手くは運ばない。スポーツの場合、大局観とは、視野の広さを言っているのだろうが、それが無い選手は、無能と言っていい。同様に、勉学に於いても、視野が狭いことは、大敵である。私は勉強で、塾では一番を取ったことが無い。最高で72位だった・・・しかし、15000人以上が受けているテストでである。それにしても、人間味溢れる多くの友が、小学校時代に、親に塾を辞めさせられていた姿を忘れ去ることが出来なかった。私は、当時の塾で一番上のクラスに入った事もあるが、全員の親が、いわゆる教育ママであり、人間性を疑うような生徒もいた。私がもっと努力していれば、親の為に特待生を取ってもよかった。でも、そうしなかったおかげで、幅広い視野を持つことが出来た。両親のおかげである。

・父は、大人になった私に、「本当の意味での馬鹿であれ」と語った。前にも書いたが、「馬鹿になろうとして失敗してきた奴は一杯いるが、本当の大馬鹿者になれば、案外、物事は上手くゆくものだ」と語っていた。私が、真っ先に思い浮かべたのは、碁打ちの秀行先生だ・・・これは失礼なことであろうか?

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