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後で気付いたお守り

・私が初めて東北旅行に行った時には、のんびりのんびりと、各地のYHをつむぎ歩いて、一週間位してから、仙台に入った。土地勘が無いので、青葉城跡に行ったところ、立派な神社があったので、父の病を思って、護国神社にて祈祷してもらった。私は、真剣に父の恢復を祈ったし、神主さんに、「明日、私の父が、午前九時から命がけの手術をします。祝詞を唱えてくれとは申しませんが、どうか、午前九時頃に心の中でお簿いておいて頂けませんか:」と、無理を言った。その人は、「解りました」とだけ言って、去って行ったが、私は神社の社務所で一番のお守りを買った・・・その後、北海道まで行ったのだが、旅から帰ったら、父は八年間生きてくれた。二度程、その神社でお参りしたのだが、二回目は胸水が溜まり続けて危篤状態となった・・・まもなく父は、武士の様な死に様を見せた。母も、大分やつれていたが、私は、たとえ父が死んでも、絶対に泣かない様に決めていた。私が泣いたら示しが付かないと考えたからだ・・・その後、母と、父の遺品の整理をしていたら、父の札束入れの中のポケットの一つから、仙台で私が買って来た、護国神社の身体健全のお守りが出てきた・・・その時、私は泣いた。どこまでも見栄っ張りな父親に、「馬鹿野郎」と叫びたかった。いつも私の事ばかり心配していてくれていたが、その時ばかりは、「バカヤロー」と言いたくて仕方がなかった。

・父には感謝している。金の面を除いて・・・大体、二人で買った将棋盤が数万もしたのに、それから三ヶ月で逝く事は許されない。今は、母と力強く生きているが、母は、今でも、あなたの夢を見るそうだ。男子一代の仕事のせいとはいえ、空しい。

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