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『自分の場所』の一つが無くなった

・先日、高三の時の模試をサボって、丸一日掛けてサイクリングしたコースを、車で走ってみた。まず第一に感じたことは、あの頃の俺には、パワーがあったんだなあ、ということである。街並みを走って行けば、やがて海が開け、潮風の心地良い場所に着いた。チャリンコの時は、確か、ここら辺で弁当を食べたなあ、などと思い出しながら、海岸線を走っていった。そこを過ぎると、勾配が厳しくなり、車が行く中、死にもの狂いでペダルを漕いで、時々、一服したなあ、と思ったら、新しい道が出来ていやがった。そして、日が傾く中、磯の岩場で黄昏れていたなあ、と思いながら、そこを、『自分の場所』の一つに指定した。それからも、何か考え事がある度に、時々、車で来ていた。東日本大震災の後、初めて行ってみたら、磯の岩場を歩いていると、かなりの地殻変動を起こしていた。そして、『自分の場所』に向かおうかと思ったら、あろう事か、巨大な岩石が二つに割れており、行けなくなってしまった事には、かなりショックを受けた。高三の時は、その後、ひたすら下の道で自転車を漕いで帰ったのだが、先日は、高速を通って帰ってしまった。

・親父が存命中に、その岩場で釣りを楽しんでいたのだが、小学校高学年ぐらいのグループがやって来て、「あの~断層って何なんですか?できれば写真を撮りたいんですが?」と質問してきた。辺りを見廻すと、そこいら全体が断層の様なものだったのだが、釣り竿を置いて見廻し、地層がないかと探した。断層のある、丁度いい地層があったので、地層の説明をしてから、断層の話をした。質問もバシバシ飛んできたが、最後は、お礼を言われて、手を振って別れた。「足下、気をつけるんだよ」と、言った記憶がある。

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