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多くの屈辱の中に

・大学に入って、一番最初に驚いたのは、前期試験の二週間くらい前から、クラスメイト十数人かが、図書館で一緒に勉強している姿を観た時だった。皆が皆で教え合い、協力している姿を観ると、気持ちが悪かった。ヤッさんではないが、内心、『勉強ぐらい己一人で出来なくてどうするんや』と思った。当然、私は一緒に勉強することなどせず、クラスの中心の輪からは遠ざかったが、私と同じ考え方をしている奴も多く、後期はそいつらと付き合い、私が教室のど真ん中に座り、授業をその面子中心で盛り上げていたので、図書館グループも手を出せなかった・・・もっとも、授業などは聞かず、バカ話ばかりしている連中だったので、欠席率及び遅刻率も私を筆頭に、圧倒的に多かったが・・・

・自己紹介の時には、「何々の研究をしています」などという、研究報告では無く、オリジナリティーをアピールする方が重要である。というのも、私が研究室のOB会に行った時に、自己紹介で、学生全員が、研究の話しかしていなかったので、私は、内心、『お前は研究なのか?』という疑念を抱かずにはいられなかったである。自己PRなり何なり言ってくれないと、ただでさえまずい酒が、一層、まずくなる。面白味が無いではないか。

・多くの屈辱の中に、人間の価値が生まれる要素が多く含まれている。

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