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あれから一年か・・・

・去年のこの日、私はパソコンを打っていた。電気が消えた後、揺れを感じて、お袋に、「地震だ!!」と叫んで、表に出た。横揺れが五分ぐらい続き、通りを観たら、近所の方達が溢れていた。母は犬を抱きしめて、しゃがみこんでいた。『東京なのか?』と最初に思った私は、あらゆる友人の顔が脳裏をよぎった。慌てて携帯のワンセグを見てみると、アナウンサーが、「津波が!!津波が!!」と絶叫していた。私の家には、東北方面に親族はいないが、近所のおばさんの出身と聞いて、暗いうちににミカンのお裾分けをした・・・あれから、もう、一年か・・・我が家では、一部の水道管がねじれた。計画停電も実行された。地震があるごとに、家がきしむ。親父が建てたこの城から逃げる訳にも行かぬ。私の父は、原発の配管設計をやっていたのだ。親父のことを本気で誇りに思っていたし、それで私は生きてこれたのだ。複雑な心境である・・・親父の名誉の為に言っておくと親父なら、下手なミスはしないということだ。福島第二や女川原発は、現に緊急停止したではないか!!・・・それでも福島近辺の方々には後ろめたい。責任は国や組織にあるのだ。それでも、報道を観ると涙が出るのだ。国が地方自治体に莫大な金を払っていたのも知っていた。マスコミは、そこばかりを叩くが、それで喰っていた人も、大勢いるのだ。原発が悪いからといっても、国のエネルギー政策上、やむを得ないではないか。千年に一度の地震が起きてから、あれこれ言う奴は駄目だ。大江健三郎やインチキ作家の広瀬隆などがしゃしゃり出てきた。『誰にも未来は判らない。まさしく不確定性原理というものだ』と、『電気の恩恵を受けた者は批判する資格がない』という事を真面目に考えて欲しい。

・親父は英語の原稿をどれだけ読んだのかは解らない。しかしエンジニアとしての誇りがあった。生き様にそれが滲み出ていた。親父の背中を追い続けた・・・それでも東北の方には、何か申し訳ないのだ・・・

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