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2012年3月

タイプライターに拘る理由

・私の中一から高一までの間、テープレコーダーを廻すだけの授業を続けていた英語教師がいた。彼は、試験問題を、ワープロではなく、タイプライターで打っていた(ブラインドタッチが出来るわけでは無い)。ある生徒が、「先生、何でワープロを使わないんですか?」と言うほど読みにくいものだった。すると彼は、「私がタイプライターで打つ理由が解りますか?ワープロだと、万が一、停電になった際に使え無いけれど、タイプライターなら使えるからです」とカマした。すると、別の生徒が、「夜に停電になったらどうするんですか?そもそも、停電になったら、電車が動かないと思うのですが?」と質問した所、彼は、「朝になったら、電車は復旧するかもしれないじゃあないですか。教師として当然の心がけです」と、鼻高々に言っていた。話がおかしいと思った私は、「真っ暗闇の中で、懐中電灯を照らしながら、どうやって資料とタイプライターの両方を観るのでしょうか?」と問い詰めた所、彼は何も応えられなかった・・・彼が使うタイプライターの文字は読みにくかったし、当時はワープロだけで十万以上していた。要するにタイプライターを使い続けている事への言い訳であることが判明した。私はしなかったが、それから、彼の授業の際に、『読みにくいからテストの点数が落ちる。とっととワープロ買いやがれ』という様な落書きが黒板に書かれる様になった。しかし、彼も二人の子供とカミさんを抱えていたので、買いたくても買えなかったのであろう。なんぼ言われても、タイプライターを使い続けた。

・チャリンコで狭い所をすり抜ける癖が着くと、バランス感覚がよくなる。

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勉強ならどうにでもなる

・私の大学時代の友人のカミさんで、東大の理Ⅲを出た人がいた。私は、東大というのは、全国各地の秀才が集まっているので、プライドだけが高い馬鹿が多そうなイメージを持っていた。要するにギスギスし過ぎていると。しかしながら、その奥さんは、とても女らしい人だったので、昔、友人宅で『もんじゃの会』を何人かの友達でやった際、私は冗談で、「いやぁ~俺も理Ⅲに通ってみたかったよ・・・でも、三日でいい。疲れそうだから」と言った記憶がある。私の友達仲間でも、二人程、模試で理ⅢのA判定が出たと言っていたが、一人は、高校生の時に、実際に東大の授業にもぐってみて、「ギスギスし過ぎていて嫌だった」と語っていたし、もう一人は親父から行くなと止められ、しょうがないので従姉妹の姉ちゃんに、「一番、女にモテる大学はどこだ?」という様な野暮な理由から友達になった。しかしながら、例えば、東大には、アナウンサー上がりの草野仁の様な化け物もいるのが凄い所でもある。友人の奥さんも例外では無い。どこの大学でも、本当に優秀な人材など一握りであるのだろうが、本当の『お化け』みたいな存在はいる。自分が目標に出来る様な『お化け』がいるのだ。ただ成績がいいとか勉強が出来るとかだけでは無く、そういう存在は、どこか『お化け』の様に光っている。『何故、上の大学を目指すのか?』という理由も、そこら辺から見えてくるというものだ。

・人間は拘泥しすぎたら駄目だ。適度に忘れることだ。

・恋愛に関して言えば、私の知っている範疇では、男は酒に逃げるが、女はポーンと割り切れる。個人差はあるかも知れないが、男の方が純情なのかもな・・・

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天は万物を与えず

・『天は二物を与えず』と言うが、それは間違いである。『天は万物を与えず』というのが、私の思う所である。

・悪い文章を読むと、自ずから、悪い文章を書く様になる。いい文章を書きたければ、いい文章を読んで、日記などを付けて、文節や、熟語、諺、故事成語などの重なり方や、文章それぞれの語尾に気を遣ってあげることだ。そこら辺にも工夫の余地がある。もちろん重要なのは内容だが、文才と関係なく、努力さえすれば、上達する道はいくらでもある。

・学生時代の知り合いの結婚式の二次会で、カラオケに行ったらしい。友人曰く、「あいつにしてはいいカミさんもらったほうや」と笑っていたが、事件はカラオケの時に起きたらしいのである。カラオケで、お祝いの歌が相次ぐ中、当時、流行っていた、サザンの『ラヴ・アフェア』を歌った奴がいるとのことで、問題になった。『ラヴ・アフェア』とは、その名の通り、『不倫』などを意味する。つまり、歌った本人は、それに気が付いておらず、思いっきり場違いな曲を選んでいたらしい。会社の合宿で、「おやつは持って行ってもいいんでしょうか?」と、真顔で質問するほどの馬鹿だった。変わった奴だったなあ・・・

・1%は遺伝で決まる。99%は、努力と涙と汗で決まるのだ。

・なんぼ友達がいようが、本当の友達でなければ意味が無いんだよ。

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イメージが大切だ

・小学校の五年の時、風邪で休んだのだが、余りにも暇だったので、竹山道雄の『ビルマ(現・ミャンマー)の竪琴』を読んで絵にも描いたのだが、その時は誰にも相手にしてもらえなかったのだが、一年後には映画になった。それを観ていると、私の絵の通りに、出家した水島上等兵が、青い鳥を肩に乗せ、クライマックスのシーンのイメージ通りだった。もちろん、私には、映画関係者のつても無く、気合いで書いた水彩画だった。ちなみに、その映画の主役である水島上等兵役には、確か、中井貴一だった覚えがある。

・何かに集中していると、体調が悪い時には忘れるが、後で、三倍しんどくなる。

・車中泊の旅で、鹿児島まで行っておいて、雨で桜島が見えなかった、などということは、恥ずかしくて人には言えなかった。その代わり、指宿の砂風呂は、最高だった。

・ゴルフの指導免許を持っていて、カラオケもプロ並み、しかも、調理師免許まで持っているというガラス屋のおっちゃんが、胸焼けしないコロッケを開発した。これが美味しいコロッケで、いつも美味しく頂いている。今では、様々なデパ地下で売れているのだろうが、コロッケの味はともかく、凄く生活力のあるおっちゃんだと思う・・・この親父さんは、男気があって、倒産した本屋の親父さんを雇ってあげて、百貨店の営業も手伝ってもらっているそうだ。あちらこちらのイベントにも参加している。流行るといいんだけどなあ~。

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レッスン

・先日、寝ぼけて、ゴルフの打ちっ放しに行ったのだが、隣席のおっちゃん二人からコーチを受けた。アイアンから始めたのだが、眠たいせいか、クリーンヒットが10発中1発しか出なかった。それ(クラブの音)を聞いていた隣のレーンのおっちゃんが、グリップの握り方から教えてくれた。クラブの握り方は、クセになっていたので、それを修正するまでに、何度も素振りし、基本から教えて頂いた(クセを直すのは、なかなか難しい)。その方には、身体の軸をしっかり意識して、背骨に沿って打つことの大切さを教えて頂いたのだが、私はスイングの際、下半身がぶれる(体重移動によって)最悪のスイングをしていたらしい。そのおっちゃんに観て頂いたら、どうも私は力みすぎていたらしい。スイングスピードとボールの打点の正確性は、今の私にとって反比例する様なものだった。けれそも、そのおっちゃんの後に来たおっちゃんにまで、同じ様なことを言われたので、よほどひどかったのであろう。そのおっちゃんは、脇を閉める練習として、「両脇に割り箸を入れてスイングしろ」と教えて下さった。教えて頂いたお二方が口にしたのは、脇の甘さとスイングのバランスの悪さについてのものだった。家の庭で素振りの練習が出来る様に、素振りマシーンの一番安い物を購入した。芯に当てる練習をする為にである。アドバイスをもらえるのは有り難いことこの上ない。そういう出会いはかけがえのないものだし、有り難く拝聴させて頂いた。だが十人いたら十人共から違う意見をもらうのは、誰を信じていいか解らなくなる。

・女が贅沢になった時代だけれど、それでも、男を立てなければいけない。

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道義に反する

・塾長と喧嘩して、塾講師をクビになった時に、よっぽど生徒を引き抜こうかと思い、親父と相談したら、「どんな馬鹿相手でも、道義に反する」と言われ、退くことにした。しかしながら、ハッタリ野郎と呼ばれていた奴は、相手が中学生なのをいいことに、金で二人を引き抜いた。ズル賢い奴だとは思ってはいたが、お互いに塾長に対して、(利用されることはあっても)恩など受けてはいない。私は静かに消えるつもりだったが、そいつが恩を仇で返す様な真似をしてくれたので、私の面子まで潰された様なものだった。そいつがそういうことをしたのを知ってから、暫くしてトラップを仕掛けた。結果、彼は、実力的にダメ出しを喰らった。

・小学校の五年生の頃から、麻雀を教わったのだが、塾から帰ると、家族中で雀卓を囲んでニコニコと笑って待っているのだ。同じ塾の友人は、井上靖の『天平の甍』を読んでいるのに対し、私は、真剣に麻雀の本を読んでいた。友人は、「お前、そんなので、大丈夫なのか?」と聞かれたが、私は、「それどころじゃあない。今日勝たないと、明日の昼飯がどうなるか解らないんだ」と、真顔で言った。だから、私の雀歴は小学校五年から始まる。その頃は、覚え立てで、負けてばかりだったが、歳を重ねるごとに勝てる様になった。ここ最近は、十年以上打っておらず、よく解らなくなってしまったが・・・

・高校時代の地理の先生が、『NHKスペシャル』や『クローズアップ現代』などを観なさい、と言っていた。先見性のある先生だったと感じる。

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料理のレシピ

・私がまだ、幼少の頃、母が関西出身なせいか、父の会社のお祭りで、お好み焼きの屋台を出す同僚の方から、父づてに、レシピを聞かれたそうだ。その時、母は気軽に教えて差し上げたそうだ。8枚焼くのに、玉子6個とCUP二杯の小麦粉と伝えたのだが、母は、いつも目分量で作っていたので、後で、小麦粉をCUP三杯の方が良かったと、気付いたらしい。しかしながら、伝える方法が無かった。その中にキャベツとイカを入れ、山芋も入れて、混ぜ合わせて焼くようにと、伝えたらしいのだが、おっちゃん達は、普通の生のスルメイカを入れる所で、刺身イカを入れてしまったらしい。これでは、イカの甘みが出ないので、失敗したと思ったそうだ。後に、父から聞くと、まるで卵焼きの様な物体が出来上がっていたそうである。母もしょんぼりしたらしいが、レシピをもっと正確に書いておくんだったと、悔やんだそうだ・・・だがしかし、男の手料理なんてこんなものだ、と私は思っている。現に親父の存命中に、半月ほど骨折で入院していた母の元を訪れた私は、最初に私と親父でも作れる、簡単な料理のレシピ帳を速攻でノートに書いてもらったのだが、慣れたら、親父も私も、『食えりゃあいいいか』モードに突入し、適当に済ませていた。レシピ帳が解りにくかったのも事実だが、男料理なんて、適当なものなのである。

・100円ショップで買ってきた油性マジックは、最初からインクが抜けていた感じだった。中古品か、よっぽど古い物を買わされていたのであろう。インクが滴る感触なぞなかった。詐欺以外の何物でも無い。

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生き方の基本

・敗戦国といえど、現在の日本の状況は、政治家や官僚が、国益も考えずに、自分達の利益だけを追求した結果である。私が官僚のオイしさを知ったのは、大学に入ってからである。私の高校時代の首席は、親父まで父兄参観に来るという中で、唯一の男の出席者だった。確かに官僚になったのだが、どうでもいい奴だった・・・今、時代は変わっている。地球も変わってきている。それまでのセオリーが通用しない。これを乗り越えるには、本当に数多くの優秀な人材達が活躍しなければ、本当に日本という、脆い国は、滅ぶぞ。

・大人になるということは、自分の人生に対して、責任を持つということである・・・それが出来たら、他の困っている人達が、少しでも多く、幸せになれる様に、社会に還元するということだ。これは、お金の話では無い。心の問題だ。

・ゴルフの打ちっ放しで、友達同士で来ていたおっちゃんが、『脇をシメる大切さ』を説いていたので、そう意識してスイングしたら、思いっきりミスショットをしてしまった。『脇を締めて、円を描くフォーム』にはまだ遠い。

・小平邦彦、日本で初めて数学のノーベル賞と言われる、フィールズ賞を受賞した先生。曰く、「本当の数学というものは、高度に感覚的な学問である」(羽生の本より)。これは、救いだ。ロジックのみが世界を支配しているわけでは無いということだ。

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我が家の、がばいばあちゃん

・父方の祖母が現在施設に入っているが(今月の31日で96歳になる)、父の実家に居た頃、色々と話す機会が得られた事は、私にとって大きな財産となった。祖母は、信心深く、仏壇では一緒にお経を唱えた。その日は街に繰り出して行くつもりであったが、その時の旅の目的が、『凄い人に会うこと』というのがテーマだったので、長い旅を覚悟していたが、祖母(お年寄り)の知恵の偉大さが解ったので、街には遊びに行かず、一日中祖母と話をすることに決めた。一日中、話をしてみて、この祖母は、いわゆる『がばいばあちゃん』だということが、痛いほど解った。こんな祖母が、いつも居てくれたら面白いだろうなと思ったが、ばあちゃんは、地元から動く気は無かった。祖母と居る時、年寄りだから早く寝るだろうと思い、9時には床につく様にしていたが、私が眠るまで起きていてくれた。長居も出来ないので、翌日、実家に帰る旨を告げると、車だったので、「気いつけや」と何度も言ってくれた。そして、私が大学生の時に他界した祖父の本棚を観ていると、祖父が相当な目利きであることがすぐに解った。ばあちゃんに、「じいちゃんの本棚は、宝石箱みたいなものだよ」と伝えると、「あの人は、悪いことは何もせえへんかった。唯一の楽しみが、仕事の帰りに、有名な本屋に毎日寄ることだけやった」と言って、私に、「好きなだけ、本、もってかえってええぞ。まあ、価値のある本は親戚連中が持って行ったけどな。本の価値が解る、あんたならええ」と気前のいいことを言ってくれたのだが、選書するのに苦労した。本棚を観ていると、その人の性格まで解るものなのだ。

・ばあちゃん。しんどいやろうけど、長生きしてな。

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同じ挨拶するな

・三十の頃から、先輩命令で、ケンカ別れした教授の研究室のOB,OG会にやむを得ず参加することとなった(先輩はケンカ別れしたことを知らぬので、罪は無い)。元々、指導教官は、逆タマな上に、大先生に、実力も無いのに、おべっかを使って残った人間であることも、気に入らなかった。在学中は、研究上の意見が合わず、しょっちゅうケンカばかりしていた。名誉欲しか無い人間だと気が付いたのは、研究室に入って半年後ぐらいだった。ケツの穴の小さい人間だったので、私は相手をしたくなかったが、大恩ある先輩の命令で、「何があっても来い」ということだったので、それから三年間だけ出席した。指導教官のスピーチは三年連続、「ゴルフを始めました」というものであった・・・この人、ボケているのか、三年練習してもスコアが100切っていないかのどちらかだろうなと思った。友達がいないので、一緒に廻るOBを誘っていたのかも知れない。

・NFL(アメフト)の場合は選手同士がもめると、レフェリーがすぐに止めに入るのに、NHL(アイスホッケー)の場合は、何で、レフェリーが、ある程度のラフティングを止めないのか不思議に思った。

・将棋の羽生が、大山康晴十五代永世名人の葬儀の際、用事のある有人棋士から、同額の香典を包んでくれと頼まれた。後に友人棋士が、「何で、あんなに包まなければならなかったのだろう?」と言ったそうだ。要するに羽生の、『これからは任せて下さい』という決意なのだ。

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マリリン・マンソンに騙されて

・私の塾講師時代の後輩講師で、とんでもないハッタリ野郎がいた。私は、いろいろなジャンルの音楽を聴くのだが、そのハッタリ野郎が、事もあろうに、私に『マリリンマンソン』を勧めてきた。マリリンマンソンといえば、銃乱射事件の矢面に立っていた頃で、放送禁止用語をシャウトしていた奴でもある。後輩は、バンドを組んでいたらしいが、私の方が音感とリスニングが良かったので、一緒に車で送ってやる際、私が、「ここでファンの奴がこう言っているだろ」とか、「マンソンはこう言っているだろう」などと言うと、その場は黙っているのだが、一週間ぐらい経つと、「俺も、そこん所、ちょっとハードすぎると思っていたんスよね」と言っていた。私は黙っていたのだが、また、こいつの仮面がはげると思い、そいつの保身をしようかどうか迷っていた。塾の皆の前でやるのは論外だったが、いい加減ハッタリ野郎に愛想が尽きていた。そんな時、幸い、マリリンマンソンが日本ツアーをやるというので、そいつに観に行こうと誘った。「マンソンならチケット取るのも楽だろうし、一緒にコンサ-トに行かねえか?」と。すると、あれだけ熱く、マリリンマンソンを語っていた男が、即座に、「嫌ですよ。俺、殴られたくないですもん」と、引きつった顔で、醜態をさらした。メッキが剥がれた瞬間だった。車の中での話ではあるが・・・

・ハッタリ野郎の影響で、大学時代の友人に、「最近、マリリンマンソン聞いているんだよな」と言ったら、その帰国子女の友人から一言、「お前、聴く音楽間違っているよ」と言われた。もちろん、好きということでは無く、聴く音楽のジャンルを増やしたかっただけなのだが・・・

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グリーンカレーへの挑戦

・最近、私の買い物ばかりが続いていたので、母にティファールの圧力鍋のセールの時に、黙って足になった。母は既に圧力鍋を持っていたのだが、10年保証で1万円ということで足になったのだ。「前のが壊れてから使えばいいんだから」と言ったのだが、母は併用する事となった。キャンペーンで付いてきたレシピ本を観ているうちに、メニューの中で、『グリーンカレー』のレシピを見付けてしまったのである・・・『グリーンカレー』といえば、友人の店の物が絶品だったので、自分でも作りたくなったそうである。私が、「いくら頑張ったって、草加の『Katsu』の店長より、いい味は出せないんだから」と言っても、作り上げてみせた。具などは、大分パクらせて頂いた様であるが、それなりに美味かったので、三日で二回食べた。私が、「なかなかいけるじゃない」と言うと、母は、「店長のグリーンカレーは、澄んでいたけれど、私が作ったのは澄んでいなかった。その理由が解らない」と、専業主婦とプロとの違いに嘆いていた。母は、「店長はココナッツミルクの上澄みだけを使っているんだろうか?」と推測していたが、「これからも店長のグリーンカレー目指して頑張る」と言っていたが、私の中では徒労に終わると観ている。それまでに、どれだけの失敗作を食べさせられるのかと考えると、少し憂鬱でもある。

・私は、当初、辛い物が苦手であったのだが、『辛ラーメン』を食べているうちに、平気になった。今では、グリーンカレーも、安いけれど、高級品と思える様になった。

・昨日は、お彼岸ということで、親父の墓参りに行ったが、渋滞がひどかった。

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気分修正

・今日は、休み。書く気分になれない。

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球は当たるようになったか?

・先日、私の携帯に、ショートメールが入った。クラブをくれた友人からで、「球には当たる様になったかい?」と来たので、私は、「まだまだクラブごとの飛距離が判らない状況だよ。でも、やっと7Iで120y飛ぶ様になった」と書いたのだが、私は大きな勘違いをしていることに、後日気付いた。友人が言っているのは、『ドライバーの芯で打てる様になったかい?』と聞いているのに、未だ私は、打ちっ放しでボール二個置き状態で打っている段階である。友人(花粉症)は、「五月になったらコースに出るぞ」と書いてくれた。これは猛練習しか無いと覚悟した私は、手に水ぶくれが出来るまで振った。まずはフォームを固め、それから芯に当てる練習をしようかと思っている。幸い、フォームの方は、ケーブルTVで基礎をやっていたので、何度も見直し、固まりつつある。脇を締めるのに注意していると、膝がバテる歳になった。しかし、友人に気合いを注入されたので、通い詰める所存である。ドライバーで二個打ちをする場合は、二時間無制限でやっている。大きく円を描き、腰で打つものだと解ってはいても、バテてくるとフォームが崩れる。私の場合、膝をサスペンションのようにして打ち続けると、翌日は筋肉痛である。まあ、一晩寝ると治るのだが。一箱55球でドライバーでの二個打ちを三箱やったらバテる。もちろん最初は、アイアンから入るのだが、5番以外はそれなりに飛ぶ様になった。フォーム固めが終わったら、ドライバーの芯に当てる練習をしなければ。贅沢な悩みだが、いい気分転換になっている。

・独りで出来る面白いスポーツとして、打ちっ放しを見付けた。友人に感謝。

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韻を踏むコツ

・日本語で詩を書く時、韻を踏む際、自然と出てくるのが一番いいのだが、無理矢理にでも韻を踏みたいと思うならば、ローマ字で書いてみて、母音を合わせるのがコツである。私は、やったことは無いが・・・

・以前に書いた話と似ているのだが、ニュアンスが違うので書いてみる。高校時代、ラグビー部の主将をやっていた友達が、「ラグビーのTVドラマ、また、やってくれないかなあ~あれをやっていると入部希望者が増えるんだよ・・・でも、終わっちまったら、皆、辞めるんだよなあ」と言っていた。「ラグビーをナメているんだよなあ・・・」と言った後、「畜生!!」と私に語ってくれたことがある。

・私の卒業アルバムのページが剥がれ出したのは、『もう、過去を振り返るな』ということなのだろう。

・タイガーウッズがデビューしたての頃、友人が、「黒人が初めてプロゴルフ界に認められた」と言っていたが、鋭い批評だと思う。一方でアイスホッケーの世界では、銀盤の上を滑る黒人選手はまだいない。もしも、NHLで、他のスポーツの様になったら、どんなに面白い事になるだろうと、夢が膨らむ。しかしながらアイスホッケーは、一流になるまでに、金が掛かり過ぎる。また、『ゴルゴ13』のネタにもあった様に、差別が激しいのだろうか。

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クラクション鳴りっぱなし

・大学時代に友人で、卒業後も独り暮らしを続けていた友人がいた。彼とはお互いの部屋で、よく飲んだが、彼曰く、ある時、車のクラクションが最大音量で十分以上鳴り続けていたので、誰かが、よっぽどブチ切れたんじゃねえか?と思ったらしいが、単なる故障だったそうだ。人騒がせなトラブルだったが、近所の皆さんみんなが観に行ったらしい。私は機械科出身であるが、車のクラクションがぶっ壊れたということは、聞いたことが無かったので、大爆笑した・・・そんな事を故意にやるのは、ヤッさん位しかいないと思ったからだ。

・体育の先生のマサに誘われて、キャッチボールをしていた時、最初はウオーミングアップぐらいの気持ちで普通に投げていたのだが、気分転換に、スローカーブを投げたら、「キャッチボールでカーブを投げる奴なんて聞いたことが無い」と言われ、「キャッチボールは肩をほぐすことだろう」とも言われた。でも、マサ先生から誘ってもらったのが、この上なく嬉しかった。

・コナカで一番高いスーツを買わされた。一ヶ月後には倒産していた。

・成績で、オールSの奴なんて、女は付いてこないんだ。同じ人間同士、大した差は無い。大学生にもなったら、学業だけでは無く、社会勉強の方が、寧ろ大切なんだ。それは、ただバイトをすればいいというものではない。どうせ始めるんだったら、肉体労働から入るべきだ。私はそうした・・・結局、欠点があるからこそ、人間、解り合えるのだ。

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借金してでも

・中一から高一まで、テープレコ-ダーを廻し続けて凌いだ英語教師がいた。彼は、アメリカに行ったことも無いのに、何かにつけて、「民主的に考える事が大切です」と言っていたにもかかわらず、私が中二の時の担任をやっていた彼は、席順を級長に一任した。最初こそ、誰も何も言わなかったのだが、いざ出来上がった席順表を観て、私は手を挙げて文句を言った。すると彼は、「級長はクラスのリーダーなのだから、従いなさい」という様な事を言ったので、私はブチ切れた。そして、「こんなのどこが、いつも先生が言っている、先生なりの民主主義なんですか。これじゃあまるで独裁者の横暴と変わらないじゃ無いですか!!先生がいっつも言っている民主主義って、一体何なんですか?確かに級長は、クラスのリーダーかも知れませんけれど、こういうやり方というのは、無茶苦茶だと思います。まだ、クジで決める方が、民主的なんじゃあないですか?」と言ったら、その教師は一言も反論できなかった。言ってることと、やってることが正反対だから自分の矛盾に気付いていないのである。クラス中がザワザワし出して、彼は、大慌てで、「では、いい方法を教えて下さい」と聞いて来たので、私は、「その方法を決めるのが、先生と級長の役目なのでは無いですか・・・あくまで民主的に」と反論した所、彼は、「では、後日までに考えておきます」と言ったが、結局、何も変わらなかった。筋金入りのバカである。

・私はどの大学を受けても、英語はどこも60点止まりだった。

・昨日は誰かに借金してでも、君を誘ってあげたかった。

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思い切りよく

・ルーズソックスの全盛期、私が友人に文句を言った。「なんで、みんなルーズソックスを履くんだよ、だらしがなく観えてしょうがねえよ」と言ったら、友人に、「太い足を隠す為に履いていると思えば、かわいいものじゃねえかよ」と語られてみて、それもそうだなと、妙に納得した次第である。

・カリフォルニア州のサンフランシスコ近郊は、地中海性気候なので、ワイン作りに向いている。ちょっと東に行くと、『サクラメント』という田舎町がある。そこで葡萄を育てて、カリフォルニアワインを作るんだろうなあ。

・中学二年の時、クラス対抗戦のソフトボールで、選抜クラスと当たったことがある。私は、まだ背が低く、私がバッターボックスに入ると、相手チームの内野手がナメてきて、前進守備を仕掛けてきた。むかついて打ったら、レフト前ヒットになり、次の授業の時、選抜クラスの担任が、私のヒットを褒めてくれた。試合には負けたけれど・・・

・最近の若者が、英語を勉強するのは、いいことだと思う。自分ひとりで海外に行ってみて、その国の文化、哲学、料理、人間性・・・などを観察してくることは大切だ。若い時にしか出来ない事はやっておくことだ。そもそも、語学力を求め留学しても、慣れたらマリファナあたりを覚えて帰ってくるだけである。駄目だ。それでも強靱な意志の元、勇気を持って飛び出すことが大切だ。

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手ぐらい洗え

・ケーブルTVの営業の方に、私がblogを書いている旨を伝えると、ちょっと汚いネタではあるが、一つネタを提供してくれた。それは、男子トイレで手を洗わない奴が多い中、手を洗っていないのに、エアータオルで、手を乾かしている奴がいた、というものだった。要するに、お前、一体、何を乾かしているんだよ!!という事である。それ以来、私は、エアータオルを使う際には細心の注意を払う様になった・・・その営業の方は、すぐに文系であると判ったが、配線工事の方達は、やはり、すぐに理系だと判った。

・去る者追わず、来る者拒まず、実力さえあれば受け入れる・・・それが私が通っていた数学塾の方針だった。男の場合、早くて当日、遅くても一ヶ月で消えていった奴ばかりだった。私は、数学が好きだったから、どんな屈辱にも耐えられたが、そうでなければ到底絶えられるものでは無い、いわゆる、心の道場であった。私の学年で最後まで残ったのは、私ともう一人の友人だけだった。その代わり、もしも、その塾で数学を教わっていなかったら、私には、行く大学が無かったであろう。そう思うと、とてもありがたい気持ちにもなる。

・数学塾時代の恩師の言葉。「微分が出来ない奴が、どうやって積分を出来るんだよ」・・・これは私に対しての言葉では無いのだが、結構、どぎつく言われる事が判るというものだ。しかし的を得ているから、何も言い返せないのである。悔しかったら、必死で勉強するしかないのだ。理解できたら、微積分など楽だし、とても応用の利くものなのだが。

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芥川龍之介の皮肉

・昔も今も、学校などで、試験前にノートの貸し借りは、日常茶飯事であった。しかし、親父の話によると、一度、親父のノートを借りた奴は二度と頼むことがなかったそうだ。なぜならば、例えば電子をe-などという表記を繰り返すが為に、親父のノートを借りても、暗号の様なノートだったので、親父以外は、解読できなかったそうである。

・昔から、女子高生の年頃は、『箸が転げても笑う』というが、何故、あんなに下らない話を延々としているのか、いくつになっても解らない。おばちゃんの方が、余計に下らなくなって、黙って喫茶店を出たこともある・・・芥川龍之介は、『私はどんな女性と話していても、三十分以上話すのは、退屈であった』と書いているが、同感である。

・床屋のやっさんの話を考えてみると、要するに、結婚相手には、容姿も性格も、全部受け入れてくれる人でなければ、、長い間、一緒に暮らしていくことは出来ない・・・これが一番大切な事なんだぞ、と教わった。

・シーズンスポーツの合宿で、アイスホッケーをやった際に、最後の夜開けに、ルームメイトが、酒が入った際、「女の子に抱きついちゃったよ」と、何とも言えない顔で嬉しそうに言っていた。私は同部屋のライバルチームの優勝祝賀会みたいで、同席せずにクラ友の友人の部屋で、日本酒を飲みながら、過ごしていた。抱きついた友人もいい奴だったが、卒業名簿に名前が載っていなかったので、不安に思った。

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あれから一年か・・・

・去年のこの日、私はパソコンを打っていた。電気が消えた後、揺れを感じて、お袋に、「地震だ!!」と叫んで、表に出た。横揺れが五分ぐらい続き、通りを観たら、近所の方達が溢れていた。母は犬を抱きしめて、しゃがみこんでいた。『東京なのか?』と最初に思った私は、あらゆる友人の顔が脳裏をよぎった。慌てて携帯のワンセグを見てみると、アナウンサーが、「津波が!!津波が!!」と絶叫していた。私の家には、東北方面に親族はいないが、近所のおばさんの出身と聞いて、暗いうちににミカンのお裾分けをした・・・あれから、もう、一年か・・・我が家では、一部の水道管がねじれた。計画停電も実行された。地震があるごとに、家がきしむ。親父が建てたこの城から逃げる訳にも行かぬ。私の父は、原発の配管設計をやっていたのだ。親父のことを本気で誇りに思っていたし、それで私は生きてこれたのだ。複雑な心境である・・・親父の名誉の為に言っておくと親父なら、下手なミスはしないということだ。福島第二や女川原発は、現に緊急停止したではないか!!・・・それでも福島近辺の方々には後ろめたい。責任は国や組織にあるのだ。それでも、報道を観ると涙が出るのだ。国が地方自治体に莫大な金を払っていたのも知っていた。マスコミは、そこばかりを叩くが、それで喰っていた人も、大勢いるのだ。原発が悪いからといっても、国のエネルギー政策上、やむを得ないではないか。千年に一度の地震が起きてから、あれこれ言う奴は駄目だ。大江健三郎やインチキ作家の広瀬隆などがしゃしゃり出てきた。『誰にも未来は判らない。まさしく不確定性原理というものだ』と、『電気の恩恵を受けた者は批判する資格がない』という事を真面目に考えて欲しい。

・親父は英語の原稿をどれだけ読んだのかは解らない。しかしエンジニアとしての誇りがあった。生き様にそれが滲み出ていた。親父の背中を追い続けた・・・それでも東北の方には、何か申し訳ないのだ・・・

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流氷が観たかった

・昔、友人が泊まりで遊びに来てくれた時に、馬鹿話から哲学論まで、色々と話していたのだが、朝刊を観ていると、新聞広告で、五木寛之大先生の本の宣伝の写真があった。私は、「何でこいつ、こんなに暑いのに、コートを着て、遠くを見つめてるんだよ。しかもこいつのコートだけが風になびいている。扇風機でも使ったんじゃあねえのか?自分をダンディに見せようとしているのがありありと解る」と話すと、友人は爆笑し、「カメラも左斜め45度からの構図になっているな」と、相槌を打ってくれたので、再び私が、「本の中身は大したことじゃ無いのに、写真だけはカッコ付けやがって、これって、究極のハッタリやぞ」と言うと、友人が、「『ゴキヒロユキ』でいいんじゃあねえのか」と言い、続けて、「ヒロユキ、オホーツクにキユ」と言ったので、私が爆笑し、「その為には理由が必要だな。例えば、遺書に、『流氷が観たかった』とか、『カニをたらふく喰いたかった』とかっていう理由がな」と話して盛り上がった記憶がある。・・・ちなみに、そのシリーズの次の新聞広告では、『後ろ姿』であったので、ダンディズムを強調しているという私の推論も、まんざら外れてはいないであろうと、感じた次第である。また、港で雨の中、傘を差した上半身の後ろ姿、という写真もあった気がする。

・友人は、「ヒロユキ、キユ」と呟いていたのだが、大昔のゲーム、『オホーツクに消ゆ』と結びつけて考えたのである。そして、五木寛之が法然でも親鸞でも良寛でも無く、『蓮如』という本を出したことに納得がいかない様子であった。私もその本を読んだが、中途半端に仏教をかじっている奴としか思えなかった。つまらなかった事は言うまでも無い。

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絶えぬ色欲

・本当か嘘かは判らないが、(あの、悲願千人斬りで御高名な)米長邦雄大先生がまたしても、齢六十八にしてやってくれた。未だ、女好きなのか、今週発売の、『週刊新潮』でセクハラ・パワハラ疑惑が話題になっていた。何でも、将棋連盟会長の立場を利用した、連盟の女子職員に対するセクハラ疑惑を暴露されていた。大先生は、歳を取られたせいか、自らの保身に走ったとのこと。そして、セクハラを告発した、自分の弟子を、常任理事から、無理矢理辞退させたとのこと。その月の棋士の会合では、ヤジが飛び交ったそうだ・・・私は、以前、米長邦雄大先生の考え方は既に古いと書いたが、タバコが社会から抹殺されようとしている様に、女性についての考え方が変わりつつあるのに、全く気が付いてないのだ。もはや千人斬りなどというのは、よっぽどのAV男優にでもならなければ不可能な時代なのだ。大先生の気持ちがお若いのは解るが、六十八歳にもなって、肝心の一物から赤い玉が出てしまったのではないか、という疑惑を感じざるを得ない・・・老齢で、権力の名の下に、女癖が悪いのは、老醜むき出しというものである。はっきり言って、『突撃します』の中原と同様、将棋界にとってマイナスな話題である事は否めない。

・私学では、卒業生から、校長とか教頭とかにするのが、一番賢い方法だが、よそ者の先生は、生徒よりキャリアが少ない場合には、八割方、いびられていた。ナメられない先生というのは、外者でも、仕事が出来る先生である。私は、大勢で一人をいじめたりするのは嫌いだったので、参加しなかったが、一度ナメられると悲惨なものだった。

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たゆたう

・私の最高のリフレッシュ方法は、手こぎボートで湖の沖に出て、オールをたたみ、独り、寝っ転がる事である。ボケ~~としながら、一面の青空を眺め、僅かな揺れにたゆたう時の心地よいこと、この上無い。問題は、湖が近くに無いことであり、だから、そんな贅沢は滅多にはしないが、旅先などでボート乗り場を見付けると、必ずこれをやる。

・とある友人の結婚式で、友人代表のスピーチを頼まれたことがあるが、かなり緊張した記憶がある。しかしとても名誉なことなので、自分なりに精一杯スピーチした・・・その友人は、もの凄く性格がいいので、友人が多かった。同じ大学の独り暮らしの友人から、合い鍵を持たしてもらえる程だった。何の為に使っていたのかは知らないが・・・

・歯医者で治療中に思ったのだが、麻酔をかけ、ドリルでキュィ~ンと歯を削っている真っ最中に停電になったら怖ろしいなと思い、身の毛がよだつ気分になった。

・私が一番警戒していることは、充実感の無い一生を送ることである。

・最近は寝覚めがあまり良くない。朝、起きてから三十分ぐらいはボーッとしていることが多い。のんびりお茶でも飲みながら。

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眠る理由

・中高六年間、軽蔑して、ずっと授業中眠り通した数学の教師がいた。そもそも、そいつの授業は、50分の時間のうち、45分が前日のプロ野球の話で、残り5分で教科書を読むだけで、「後は皆さん、復習しておいてください」という様な、ふざけた授業をしていた。寄席でも無いのに、寝不足で忙しい中、そいつの授業なんて聞いてはいられなかった。そいつは、中学生の時に、教師になりたいと志し、早稲田の教育学部の数学科を出ていたのだが、私が個人的に通っていた数学塾の恩師は、「数理学部数理科の教師で無ければ、何も解っていないのと一緒です」と語っておられた。当然私は師匠の言葉を重んじたし、その通りだった。そいつには高三まで習ったが、問題がハイレベレルになってくると、そいつ自身がついてこられなくなってきた。そいつの授業は、私にとって快眠の時間になっていった・・・ある時、虫の居所が悪かったのか、カミさんとケンカしたのかは解らないが、いつも眠っている私を皮肉ってこう言った。「横浜高校の愛甲は、甲子園で優勝しましたが、普段の授業中は、全然話を聞かず、眠っていたそうですね。うちのクラスにもそういう生徒がいますね」と。私は数学が嫌いで寝ていたのでは無く、そいつの授業が馬鹿馬鹿しいから寝ていたのである。現に、そいつが期末テストの問題に、イヤミで出した早稲田の問題を、学年で私一人だけが解いた。

・理論でとやかく言ってもしょうが無い。物事というのは、八割以上が本人の気合いで決まるものなのだ。

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いいんスか?

・NHLのオールスター戦を観た。オールスターだから、当然、上手い選手ばかりなのだが、12対9と、ゴールラッシュで、ペナルティが0だった。怪我をしない程度に、お祭りの様に盛り上がっていた。この結果を裏返せば、普段、いかに、こすずるいプレイをやっているのかが、解るというものである。普段はせいぜい5点差くらいしかつかないものである・・・ぶつかり合い、激しいチェックをしなければ、ホッケーの面白味が出ない。ここ一番では、身体が潰れる覚悟でやらなければ、美しいとは感じない。

・ハッタリ野郎にやった物は数え切れない。ラジカセ、エレキギター、古いパソコン、食い物・・・どんなに高価な物をやっても、「いいんスか?」と言って、全てを済まし、ありがとうの一言も無く、give and take で言うなら、giveばっかりを求める奴だった。

・赤塚不二夫の映画を観た。『バカになりきりなさい』と勧められている様なストーリーだった。ただ、赤塚不二夫役の俳優の演技が、バカになりきれていない、という矛盾をはらんだ作品だった。

・朝日から日経に代えて数ヶ月経つが、金の話しか載っていない。個人投資家向けの新聞なのか、ヤマ師のための新聞なのか、スポーツ欄の競馬の情報は、なぜか充実している。なんだかなあ・・・地球が金で回っているのが現代哲学な気がして、寂しい。

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NTTのあんちゃん

・母が、ノートパソコンでワープロをやってみたいというので、重量感のあるノートPCを購入した。それで、ネットが使える様に、私の部屋のデスクトップパソコンから、無線LANでネットも使える様にしたのだが、契約の際に、ケーブルTVやブルーレイデッキ等も含めて、月額で今までよりも、圧倒的に安かったので、即座に契約をした。すると、契約の途中で、NTTからKDDIに乗り換える事が判明した。不可抗力である。それまでの私はNTTのルーターをレンタルしていたので、外しに来てもらう事となった。何とも言えず、アンニュイな気持ちでその日を迎えたのだが、私よりも、遙かに年下の奴が取り外しに来て、取り外すついでに、KDDIのルーターの電源まで取り外してくれた。ルーターのランプが消えたので、すぐに気が付いたのだが、そいつは何食わぬ顔をして、「電源が落ちちゃったんですかねえ。もう一度観てみます」と言って、自分で抜いたコンセントをつなぎなおした。よっぽど、脇腹を蹴っ飛ばしてやりたかったし、普段の私だったら、ブチ切れて、「お前の名刺をよこせ」と文句を言っている所であったが、意識的にでは無いのだが、NTTからKDDIに移った後ろめたさから、そのあんちゃんには腰を低くしていた。悪質かつ陰険な嫌がらせを目の前でされて、気分が悪かったのは言うまでも無い。そのあんちゃんは、いずれ、痛い目に遭うだろうな、と思った。

・普通、コンセントが自動的に抜けるか?母が立ち合っていたら、間違いなく、ヤられていた所だった。よっぽど、ぶん殴ってやりたかった。自分の部屋ということもあり、自制したが、どんなことであれ、仁義に反することは、やってはならない。

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『おはよう』で終わり

・人間というものは、皆が一緒だと面白くない。一人一人、個性があるからいい。家族でも、上手くいく時は上手くいくけれど、当然、ケンカをする事もある。家族間の人間関係で、お互いが、どれだけ思いやっているのかというのは、次の日になって判る。『おはよう』の一言で済まさなければいけないんだ。要は、ケンカをしても、男であろうが、女であろうが、引きずらなければいいんだ。その為には、自分の方が正しくても、あえて謝る事もあるんだ。

・どんな不幸も、結局は、試練と受け止めて、自分で乗り切るしか無い。『あなたには、乗り越える力があるから、こういう試練を与えたのです』と、神様が言っている気がする。だから頑張ろう!!

・母は、片思いの場合のみ、何度か失恋したそうだ(女子校だったので、男と口がきけなかった)。言い寄ってくる男も多かったらしいが、故父以外とはつきあった事が無いそうだ。

・『継続は力なり』という言葉は知ってはいたが、このblogを続けてみて、実は、もの凄いメンタルパワーだという事に気が付いた。上手くは言えないのだが、blogの場合、続ければ続けるほど、プレッシャーやネタなし地獄に陥るのだが、それを背負い続けて続けていくと、やがて、心の筋肉が付く、という事に気が付いた。ドラマの『24』ではないが、24時間以内に書かなければ爆発するダイナマイトを持っている様なものだ。でも、それにも慣れた。

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『禁じられた遊び』

・桑田佳祐のソロ、『孤独の太陽』の中の『鏡』という曲を聴いていたら、ギターの音がいつもと違う音を発していた。大学の頃の友人にその話をすると、それは、『カッティング』という技術で、ガラスの筒などを指にはめ込んで弾くと、そういう透明感のある音が出るとの事だった。数年後、塾講師時代のハッタリ野郎に同じ事を聞いてみた所、バンドを組んでギターをやっているにもかかわらず、その意味が解らなかったらしくて、「カッティングっていうのはこうっスよ」と言い、右手を大きく上下させただけだった。『こいつまたハッタリ言ってやがる』と思ったが、黙っていた。そいつは、簡単な英語のリスニングも出来ず、音楽を聴いても、私より音感が鈍い奴だったが、バンドでギターをやっているというだけで、一目置かれていた。ある時、国語専門の誠実な講師が、好いた女に振られた時、私が、「あいつのバンドでも観に行こうぜ」と励まし、ハッタリ野郎に相談した所、「いやあ、うちのバンド解散しちゃったんスよ。ドラムの男とヴォーカルの女がくっついちゃって、駄目になっちゃったんスよ。元々ドラムの奴は、『ペッタンペッタン』という音しか出せませんでしたし、俺も付いて行けませんでしたよ」と言い放った。その三人で我が家で飲んでいた時、試しに五線紙を出したらオタマジャクシが読めず、「それでもいいから何かやれ」と言ったら、アコースティックギターで、『禁じられた遊び』を弾いていた。それはそれで、笑いがとれてよかった。

・カッコだけ付けるのはよせ。

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塩のアイスクリーム

・徳川家康が、約定を破って、大坂城の外堀と内堀とを一辺に二つ埋めたが、そんなものは、勢いみたいなものだ。歴史とはそういうことで決まる。

・ブラッシングでは、歯垢を落とすのも重要だが、歯茎のマッサージをするのも重要だと、歯科医が教えてくれた。そして、歯垢を落とすには、堅いブラシでガリガリ磨くよりも、むしろ、柔らかいブラシで角度を考えたり、ブラシを縦に使ったりして、ソフトに磨く方が、重要だと解った。最近は、歯茎のマッサージが気持ちよくて、長々とブラッシングしている。口からこぼれそうになる歯磨き粉を、必死にこらえながらブラッシングしている。

・十数年前の車中泊の旅で、しまなみ海道の途中にある島に降りた。村上水軍の資料館に寄ると、当時でも豪華なものが沢山あったのと同時に、家系図を見た。必ずしも長男が後を継いでいるわけでは無く、養子縁組までして家を残そうとしているのがよく解った。その島だったかどうかは忘れたが、急斜面を登った所に、展望台があると聞いて行ってみた。すると、アイスクリームを売っている人がいて、伯方の塩で出来たものが名産品だと聞いた。TVにも出たとの事で、試しに食べてみると、案外いけた。その人に、母の故郷の島を尋ねたら、「その島は、こっから見えるよ」と言って、双眼鏡を貸してくれた。「あの、左から二つ目の島じゃ」と教えてくれたのだが、モヤが掛かっていて、はっきりとは判らなかった。質問を変えて、村上水軍の本拠を聞いたら、二つの説があると、詳しく教えてくれた。そして、「私も村上ですけん」と名刺を頂いた。あの辺には村上さんが多いんだろうなと、漠然と思った。

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サングラスをかけます

・就職面接を十人ぐらいで受けている夢を見た。皆が就職を希望する中、面談で、一番最初にある奴が、「私を採用して下さい」と抜け駆けしたら、採用が決まった。私は自己PRをしなかったのだが、次の一人は決まらなかった。そこで、皆で本屋に行き、本を選ぶ事となった。好きな本をポンポン選んでいったら、結構な量になってしまった。皆で選んだ本を見比べると、私の選んだ本は、全て帯が同じ色だったのに対して、他の奴の帯の色は、みんなバラバラだった。それを観た面接官が、私に、「君は電子書籍は読まないのかい?2030年頃迄に、紙の本は殆どなくなってしまう見込みだが、どうするかい?」と聞かれ、私は、「電子書籍で読むと眼が疲れて嫌なのですが、その時は、サングラスをかけて読みます」と応えると、皆が黙った。でも、採用が決まった。

・以前、中華料理を食べに行ったら、ツバメの巣とフカヒレの姿煮のどちらを食べようか迷った挙げ句、フカヒレにしたのだが、確かに歯ごたえは良かったのだが、『こんなものか』と思った記憶がある。チンゲン菜の炒め物の方が、よっぽど美味しかった。

・男も女も、いざとなったら本気で抱き合うだろ、だったら、普段から『真剣にやれ』というのが私の信条である。本当の意味でぶつかり合わなければ、意味が無い。ただ、買ったり、拾ったりしてまで、女を抱く気にはなれない。それは、勝負でも何でもないからだ。

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