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座右の銘として

・私と院の時に親しくなり、今でも腐れ縁で、十五年来の悪友がいる。知り合った当初、私から、自己紹介のメ-ルを送ったのだが、その項目の中の一つに、座右の銘として、私は寺山修司の言葉を引用し、『私には忘れてしまったことが多い。だが、それは、決して捨ててきたというわけではない。忘れることも愛するような気がするのである』と挙げたら、友人からの返信で、彼の座右の銘を送ってくれたのだが、それは、『強い人間なんていない。いるのは強いふりをする人間と、そうでない人間だけだ』と書かれていた。彼はどんなバイトでもやったし、いろんな人と話したし、私と似ているところが多かった。彼自身のコメントを見て、彼は、ある意味、人付き合いで達観しているのではないかと思った。

・週刊文春か新聞の将棋欄を読んでいると、将棋に興味を持っている小学生に、そのエッセイを書いているプロ棋士が、「将棋のコツはね、相手が陣形を整える前に仕掛けることが大切なんだよ」と、教えてあげていた。

・私は、人が書いた文章を読んでいて、漢字や送り仮名や文体等のミスには、とても敏感である(自分のミスには気づきにくいのだが・・・)。それは、何年にも渡って、本を読み、自ら文章を書き、美しい文体を求め続けた結果であると言わざるを得ない。他人の文章がおかしかったら、自然と違和感を覚えるのである。多分、骨董商なども、長年の修行により、偽物には、まず、違和感を覚えるのであろう。そこから鑑定に入るのであろう。

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