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2012年1月

なんでこの会が始まったんだっけ?(新年会その3)

・いろいろな話をするうちに、どんどん料理が運ばれてくる。そんな中で、「そもそも、この会ってどういう風に始まったんだっけ?」という話になった。私が、「始まりは学生時代。話せる友達に悩みの全てを聞いてもらったところから始まった」と言い、「そして、友人が一人増え、二人増え、鍋を囲んだりしている間にこうなった。俺も友達の幅が広かったけれど、十五年経っても変わらない友達というのは、結局、何でも話し合える友達だけが残った」というような話をした。「その後、友達の友達は皆友達だ、みたいな感じで、どんどん輪が広がっていったんだよ。来るもの拒まず、去る者追わず、って感じで」と話をしていたら、新しい友人も含めて、一人のキーパーソンが浮かんできた。その会のメンツのうちの半分は、そのキーパーソンを通じて知り合いになったのだ。新しく参加してきた彼も、例外ではない。というより、彼は、同じ中学・高校を出た仲なのだ。私は、そのキーパーソンの家にしょっちゅう泊まらせてもらったりしていたのだが、留守にするときも、泊めてくれ、「ここにエロ本があるからいくらでも観ていいぞ」などという、破天荒な奴だったな、などと言うと、彼が、「あいつの下宿先のシャワー・・・100円で三分しか使えなかったんだよな。冬はきつかった」と言い、笑いを誘うと、さらに、「あいつの下宿で一夜漬けしようということになったら、あいつ、勝手にAV流し始めたんだよ。俺は真面目に勉強したけれど、次の日、あいつが俺の後ろに座って、いざ、試験終了ということであいつの答案観てみると白紙なんだよな」ということで、また爆笑が起きた。そいつの尻ぬぐいは全て私がやったのだが、黙っておいた。彼が会に打ち解けることの方が重要だと思ったからである。

・100円で三分しか使えねえシャワーなんて、いらねえし、ボッたくりに近いぞ。

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嘔吐のキス(新年会その2)

・「大学通って、得た、唯一の財産が、今もこうやって集まれる友達だよな」などと語っているうちに、全員が集まり、乾杯した。しばらくは料理に舌鼓を打っていたのだが、昨年、私が世話になった友人も参加してくれたので、彼を引き立てようと思い、トイレに行った帰りに、彼の席が、ど真ん中になるように、私が席替えした。彼が新婚さんであることを告げると、『Katsu』の店長が一番驚いていた。そして、「同じサークルでつきあっていたやつと一緒になったのか?」と聞くと、その友人は、「いや違う。山口に出張で行っていた時に出会った。2~3年くらい前かなあ」という話をした。私が、「知らなかったとはいえ、披露宴の翌日に電話掛けちまったんだよ・・・ごめんな」などと言っていたら、彼は、「全然問題ないよ」と言ってくれたが、なんだかんだで、話は、彼のサークル時代の彼女との話になった。『Katsu』の店長が、「確か、サークルの合宿で、おまえが潰れて、ゲロを吐いていた時に、介抱してくれた女がいて、ゲロ吐いた唇でキスしたところから、つきあいが始まったんだよな」と言うと、みんな大爆笑していたが、続けて、「普通、ゲロ吐いた後にキスするか?」などと話したので、私が、「いい女じゃねえか」とフォローを入れた。結局、その娘とは7~8年つきあっていたが、彼がいろいろとフォローしながら別れたという話になった。そうして今度は、新婦さんの歳は?という話題になり、十二歳離れていることが判明し、みんな驚きの声を挙げた。すると今度は、店長が黙りだしたので、よくよく聞いてみると、つきあっている彼女が十二歳差とのこと。話の締めくくりは、店長がいつ結婚するのか、ということになったが、「来年か再来年」ということになった(つづく)。

・嘔吐の後のキス。母性本能をくすぐったのだろうが、多分、衝動的なものだろうなあ。

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『2012』(新年会その1)

・昨日の新年会は、P.M.5:00スタートの予定だったのだが、私は幹事としてP.M.4:30には、『Katsu』に到着していた。『ハイパーウコン』を飲み、万全の体制で臨んだ。やがて集合時間が近づくと、友人である店長がやってきて、別途、頼んでおいた、『グリーンカレー』の料金を前払いしようとしたが、6個で千円しか受け取ってもらえなかったのは、残念であると同時に感謝したい。やがて一人来て三人で話し出したのだが、店の経営状況や、某大学の食堂での販売状況などが好調ではあるが、味を伝承するのは難しいとの話を聞いた。そして、友人である店長が、定刻通りに来てくれた友人に、「今回はフレンチで、斗瓶作りの日本酒もある。この会のために、一本しか手に入らないものを、特別に取っておいたぞ」と話していた・・・みんな遅いな、という中で、携帯が鳴りまくり、みんな遅れるということなので、三人で飲み物だけ飲み出した。私が、「今日に合わせて夜型にしようと思ったのに、朝、地震があったろ」と言うと、太陽の黒点運動が盛んだ、という話になり、磁気嵐が激しくなっているとの話になった。磁気嵐がひどいと、飛行機も飛べなくなるらしい。他にも、惑星直列が起きるなどで、今月の25日に地震が起きるという噂があったけれども、起きなかった、でも、今朝起きた。などという話をしていた。私がマヤ歴に基づいて、一昨年、観た映画の、『2012』のストーリーを話したら、友人が、「例えば、大潮の日に人が亡くなる事が多いし、女性の生理の時期なども、根拠はないけれど、月と深く関係ある」と言うので、不思議だな、という話になった所で次の友人が現れた(つづく)。

・『2012』について、早稲田の大槻教授の話が聞いてみたい。

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新年会だ!!

・日本は、北へ行けば行くほど、人の温もりが感じられる。それは、人々がやさしく、いい意味で、スレていないということだ。私は何度も北の方を旅したが、3.11の後、ボランティアに参加したくても参加できない要因があった。津波の情報を見ると、お世話になった方達の顔が浮かんだ。お金を寄付する事だけで、世話になったあらゆる人々への恩返しになるとは、毛頭考えてはいないが、『せめて』の気持ちで、できる範囲で寄付させていただいた。今後、機会があれば行きたいと思うし、ちょっとした寄付なんかより、現場で汗を流す事の方が大切な事は、福井の洪水の時のボランティアに参加して、痛いほど解っている・・・3.11は、あらゆる面で、何もかにもを潰してしまった。もう一度会いたい、平泉のくそったれ坊主や三陸の宮古で髪を切っていただいたおばさん、秋田の観光案内所のおばちゃん、八甲田の『エンヤ』好きのY.H.のおっちゃん・・・数え上げればきりがないのだが、全て、私にとって愛おしい方々である。『みんな無事だろうか?』という気持ちにならざるを得ない。辛い現実を受け止めるのにも、時間が掛かるし、覚悟もいる・・・3.11は、いろんな意味で、私から、そして多くの方々から、大切なものを奪い去った。

・「年に最低二回は、このメンツで集まろうよ」と提案した友人は、五年前の公約が守れて、双子を授かろうとしている。だから、今日の新年会には参加しない。3.11の影響で、夏に集まるのは控えた。およそ一年振りの、大学時代の友人達との新年会が、今日の夕方から開かれる。楽しみでならない。今年は『Katsu』で何を食べるのかは知っているのだが、内緒とのこと。

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『うすうす事変』

・高校の時、体育の時間には貴重品を預ける事になっていた。男子校なので、皆、教室で着替えていた・・・その時、事件は起こった。クラスでも元気のいい奴が、貴重品を預けようとして、定期入れを落っことした。拾った奴が、誰のだろうかと調べる為に中を見た所、『うすうす』と書かれた、正方形の物体を発見した。それが体育の時間に話題になり、「お前、『うすうす』って何だよ」などと、みんなにツッ込まれていたが、そいつは、「チャンスがいつ訪れるか解らないのに、男としてのエチケットとして当然だろう」と言い返していた。クラスでも一目置かれていた奴なので、皆、それ以上は、あまりツッコミを入れなかったが、「それにしても『うすうす』って何だよ」とみんな笑っていた・・・それからというもの、クラス中の男子が、定期入れの裏に密かに忍ばせる様になった。私も例外ではない。それを皆が、『うすうす事変』と名付けた。また、彼が色盲のせいで、某大学の推薦を逃した時、彼はクラスで大恥をかいた。私は帰宅してから、彼に電話を入れた。何も言う事はなかったのだが、私が、「俺も浪人一年覚悟している。お互いに頑張ろうな」と話をしたら、彼は、「今、兄ちゃんとファミスタやっているんだけど」と照れ隠しをしていた。その一言で電話は終わったのだが、彼は高校最後の最後の試験の時に、普段の遊び友達にではなく、私に引用された問題の解答を渡してくれた。

・人生に安牌(アンパイ)などない。

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話し言葉と書き言葉

・同じ鎌倉時代初期の文献である、『平家物語』は、『吾妻鏡』に比べて、比較にならない程の名文である事が何故なのかを考えてみた。『平家物語』といえば、所謂、盲目の琵琶法師達によって語り継がれてきた事が有名である。つまり、書き言葉としてではなく、話し言葉として継承されていった話である、という事がポイントになってくる。琵琶法師達が琵琶の音に合わせて、いかに上手く、人々に『平家』を語るかで競い合った事も容易に想像できる。そうして、話が洗練されてゆき、語り(文章)が変態していったと考えられる。つまり、話し言葉によって語られるものとは変化が激しいのであろう。それこそ、競争の中で、落語の噺家の様な世界であり、談志の様に突出した存在もいたのであろう。現代程、時の流れが速いものでもないだろうし、琵琶法師がいつまで居たのかも知らないが、それを文章化した時、素晴らしい『平家』へと化けたのであろう。それが私の思ってみた所であるが、逆に、『書き言葉』にもメリットが無いわけでもない。例えば、『般若心経』を始めとした、教典などというものは、変わらないから良いのであり、伝統の重みを感じざるを得ない。詮ずるところ、それぞれの違いを考察してみると、なかなか想像力が刺激されるというものである・・・上記の事は私の推論に過ぎないが、独りで、そういう事を考えてみるのも一興である。酒の肴に丁度いい。

・あらゆる思いやりや優しさというものは、『不幸』というよりも、『涙』の中からしか産まれない。

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死んでからいくらでも眠ればええんじゃ!!

・高校の優秀な方の英語の先生は、いろんな大学の赤本を観て、同じ文章が出ていると、容赦なく全てを問題にしていたので、問26とかまである様な、入試問題を集めた、長文読解用の問題集を、三年間で四冊出した。さらにその先生が凄いのは、全ての問題に対する詳しい解説入りのプリントを数え切れないくらい生徒達に配っていた事だ。その仕事量は尋常ではない。その先生は、自宅に帰ると、5Km位走って汗を流してから、三時間睡眠でプリントなどを作っていた。私は、先生のプリントの書き方を参考にして、同じ語学である、国語や古典のノートを取ったら、成績が上がった覚えがある。それだけ熱心な先生だから、ついて行く生徒が多かった。また、生徒に厳しい以上に、自分に厳しい先生だから、少なくとも私は、夏休みなどに、尋常な量ではない宿題を出されても、くらいついていった。まあ、ノート三冊分位を、三日三晩徹夜して仕上げていたのだが・・・高一の夏休みには何も言われなかったが、冬休みにノートを見せて、ハンコを押してもらった時に、初めて、「お前は、いつか必ず伸びる」と言われて、認められた気がした。そんな先生の授業で、眠っていた奴がいた時、先生は大声で、「そんなに眠りたかったら、死んでからいくらでも眠ればええんじゃ!!」と怒鳴った時には、思わず笑ってしまった。寝ていた奴も、飛び起きていた。

・歯医者の技術の進歩はありがたい事だが、歯科技工士という職業が消えつつある。

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お酌

・私は心に眼がある女性が好きである。具体的に言うならば、お酌の上手な娘には、人生で二度しか会った事がない。一人は友人の奥さんで、もう一人は数学塾時代の先輩である。お酌というものは、グラスが空いたから注ぐのではなく、飲みたいな、という時に、黙って酌をしてくれるのがポイントなのである。その間合いを見切るのは難しく、よっぽど気配りができる娘でなければ、その境地には至れない。そこに、その娘の優しさと人生を感じるのである。今時、お酌などしてくれる女性など珍しいが、私も研究室のOB会などで、先輩のグラスにビールがどの位入っているのかと、様子を伺いながら、必死で観察していた・・・本来は、後輩が気づくべき所なのだが、ボンクラと温室育ちばかりなので、仕方なく、私がものすごく気を遣うのである。

・塾講師時代、マークシートの模試で、4択問題なのに、偏差値が30を割ったという、とんでもない生徒がいた。同僚の国語の担当が、本人のいない所で、ブチ切れて言っていた。「こんなもん、サイコロを振っても、偏差値30以上は出るぞ」と言ったので、みんなで色々と言っているうちに、そいつのあだ名は、『六面体に負ける男』と決まった。それで何とか、塾講師達の怒りが収まった、という思い出がある。

・ここの所、母にパソコンを教えている。ノートパソコンなのだが、私のパソコンよりも性能がいい。車に例えたら、初心者がポルポル君(ポルシェ)に乗っている様なものである。

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親父には恥をかかせられない

・当時、数学塾に通っていた私は、叱られ役だった。父母参観という事で、父親も塾に足を運んだのだが、家にいた私は、父に相当な恥をかかせるのではないかと、アンニュイな気持ちでいた。ところが、親父もお袋も、上機嫌で帰って来たのには驚いた・・・話によると、一番最初に到着した両親が、恩師と10分程話す機会があったそうだ。そこで恩師が、「早いものですね、もう三年になりますね」と笑顔で語りかけられたらしい。私が書いた、『何故、勉強するのか』という作文を褒めて下さり、「受験の時には、実力よりもワンランク上の大学を受けさせて下さい」などと予想外の話をしてくれたそうだ。やがて、皆が集まると、一人ずつ受験や勉強の話をミーティングしたらしい。最初は私の両親に、「何故、勉強させるのか?」という質問が飛び、恩師は両親の話を黙って聞いていたらしいのだが、次の人が、「勉強の面白さを教えてやりたいからです」と言い終わった途端に、「それはどういう事ですか?」と恩師得意の、厳しいツッコミが入り、その人は五分ぐらい吊し上げられたそうだ。また、医者の娘は、毎日各科目の家庭教師を付けられ、恩師に泣きついたとのこと。すると、恩師は容赦なく、「娘さんは既に親を超えています」と言っていたらしい。その次の親父さんは、「自分は勉強をしていなくて、知り合いと付き会っていても、話が全然面白くない。だから、息子には学を付けさてやりたい」と語ったらしい。私の親父はその人の事を「偉いな」と言っていた。恩師も黙っていた。また、帰国子女の先輩については、「勉強もできるし、女の子にもモテる。言う事無いです」と語ったらしいが、家路につく際に、親父がお袋に、ポソッと、「帰国子女にも色々問題があるんやで」と言っていたそうだ。今思うに、アイデンティティの問題なのかと思う。

・人間は本能の生き物であるが、それを理性でカバーしなければならない面もある。しかしながら、合理主義者というのは、理性が本能に勝ると考えがちである。結局は、本能の壁に当たり負け、粉々にされるのだが・・・

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それが極意だ

・大学一年の頃、ある友人から聞かれた。

友人:「数学の基本は?」

私:「命題だ。公理も重要だけれど、あれが○か×かで全てが決まっちまう」

友人:「物理の基本は?」

私:「力学なら、ニュートン方程式。あれを微積分したら公式を覚える必要はない。電磁気学だったら、オームの法則だ」

友人:「英語の基本は?」

私:「文型だ。五文型が解らない奴は、伸びない」

友人:「化学の基本は?」

私:「メンデレーエフの周期表だ。あれを縦横斜めに使えるかで全てが決まっちまう」

友人:「国語の基本は?」

私:「片思いでもいいから、恋をして日記を付ける事だ。ただし、日記と言っても、小学生の絵日記みたいな物じゃあねえぞ」

友人:「・・・」

私:「それが極意だ」

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不愉快だから帰る!!

・N.Y.のMETオペラ映画である、(グノーの)『ファウスト』を観るべく映画館に足を運んだ。始まる前に、映画館のスタッフのミスにより、『ファウスト』以外のオペラが流れるというトラブルが生じた。結構、客も入っていたので、笑いを誘った。映画館で、そんなことが起きるなんて、初めての事である。いざ、上映となると、横の兄ちゃんが、第一部から、いきなり、いびきをかいて、もたれかかってきたので、何度も肘でプレッシャーを掛けたのだが、埒が明かなかった。段々、私も腹が立ってきたので、イライラしながら観る事となった。そういう目で観ていると、グノーの曲までもが陳腐な様に聞こえてくる様になった。そもそも『ファウスト』自体のストーリーを知っていたし、そういう風な気持ちで観出すと、演出も甘く感じられる様になってきた。イライラしていたのだが、休憩時間に入り、そいつが目を覚ますと同時に、「眠りたいなら、映画館で寝るな。お前、談志が相手だったら、出て行けと言われる所だぞ」という言葉を吐いたのだが、そいつは、鈍いのか、『何を言っているんだこいつは』という様な表情をした。私は頭に来て、「お前みたいなのが横にいたら迷惑だ。不愉快だから帰る!!」と捨て台詞を吐いて、家路についた。マナーの悪い客は、本当にうっとうしいと思うと同時に、ゲーテの『ファウスト』のオペラの作曲者が、モーツアルトだったら、どんなに素晴らしかった事だろうと思わずにはいられなかった。

・子供は、大人が思っているよりも、よく解っている。

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自分で自分をフォローする奴

・とある占い師が、テレ東の『開運なんでも鑑定団』で大きな屏風を出し、自信満々で、高い物だと言い切っていたが、全くのニセモノで、悲惨な値段が付けられていた。すると、その占い師は、一所懸命に、自分で自分をフォローしていた。それは、観る目がないという事であり、占い師としても同じ様な事をしているという事だ。つまり、本業でも、口八丁、手八丁で思いつくままに物を言っているという事である。自分で自分の墓穴を掘るとは、まさしく、こういう事である。誠実な占い師に対して失礼この上ない事である。

・塾講師時代の同僚の後輩で、とんでもないハッタリ野郎がいた。某私立大学で、「俺、大学で一番可愛いと言われている女と付き合ってるんスよ」と、皆に自慢していた。さらに、家が近いので、私が車で送ってやっていた時、『CHARA』の曲を掛けていたら、ある曲の時、「前の彼女が、この曲が好きだったんですよね」と言ったので、私が、「この曲の歌詞のポイントって、『どこにいったんだろう?あのバカは』って所じゃねえのか?」と言うと、そいつは、「俺ってバカだったんスね」と笑っていた・・・やがて師走に入り、クリスマス・イブが近づくと、そいつは、「あ~あ。後一週間しかねえ」と嘆いていたので、私が、「お前、大学一の美人と付き合っていたんじゃねえのか?」とツッコミを入れると、「いゃ~彼女大学辞めちゃったんスよ」と言うので、さらに私が、「辞めたって付き合いが終わる訳じゃねえだろ」と尋ねたら、そいつは、「いゃあ、男と女って会う機会がないと上手くいかないんスよね」と言うので、私は黙ったが、暫くして一言、「自分で自分の女の事を大学一だなんて言う奴なんて聞いた事がねえぞ」と、さらにツッコミを入れると、そいつは、「いゃ~俺が言った訳じゃないんスけど、そういう評判なんですよね」と、恥じらいもなく言い放った。

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素直に、『誕生日おめでとう!!』

・一番好きなものを、一番最後に取っておく僕は、素直に『好き』とも言えなかった。けれど、好きな娘には、真正面から好きと言いたい。『誕生日おめでとう!!』と。この何年か、素直に言えなかった言葉、『Happy Birthday!!』を捧げたい。何か、今日は、月も美しい気がする。私の父が、月が好きな人だったのだ。無論、私もそうだ・・・戦場で産まれてくる赤ん坊、何の為の命なのかと考えさせられる。命の意味について考えればきりがないけれど、君が産まれてきてくれた事に感謝する。改めて、誕生日おめでとう!!

・鎌倉の大銀杏、公暁が実朝を暗殺する為に隠れた地。それが倒れて、実朝の霊魂も鎮まると思うのは私だけであろうか?実朝は和歌の名人であったが、詩人とは、常人では考えられない程の『孤独』を持った人でなくては成り立たない。それがいい事なのか悪い事なのかは凡人の私には解る由もない。

・E.ピアフは、プロボクサーのチャンピオンを愛していた時、ピアフに会いに行く途中で、チャンピオンは飛行機事故で亡くなった。それから、ピアフは、家に閉じこもって涙を流していたが、恋人の死後、初めて聴衆の前に立った時、『愛の賛歌』を歌った。恋人を亡くす前と、後では、まるっきり違ったそうだ・・・だから、『愛の賛歌』には、ピアフやいろいろな人の思いが凝縮されているのだと思う。

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誕生日か・・・

・ドイツの女性は骨太なんだよな。スペイン女にイタリア男だ。

・(あの悲願千人切りで御高名な)米長大先生が、あろう事か、後手番とはいえ、コンピューター将棋で、僅か113手で敗北なさった。その記事を見た時、私は、米長大先生得意の、ご愛敬だと思い込みたかったが、負けた事には変わりがない。しかも、その時の将棋のソフトは、『ボンクラーズ』と言う名前で、米長大先生が、まともに相手をする名前ではない。しかし、敗れた事実は、否定のしようがない。千人切った刀でも、ナマクラになってしまったのであろうか、大先生がビールを飲み、トンカツを食いながら指していたのであろうか・・・将棋人気に、久々に影を落としたことは間違いない。もし、ナマクラな刀になっているならば、次回はユンケル、もしくはマカでも飲み、滋養強壮に励んで、打ち負かして頂きたいものである。

・今日は私の誕生日。イヤで嫌で仕方がない。三十代最後の誕生日であるが、若い頃と違って、後何年で、お迎えが来るかなと考える様にもなった。昨晩、父を亡くした当初の悲しみの夢を見た。だから、私がやらなければいけないのである。自分自身に、『しっかりしろ!!』と、喝を入れる。男子たるものは、自分の親父の背中を追いかける。私の学歴も親父と似た様なもので、追いかけていたが、私は自我に目覚めてから、全く違う茨の道を選んだ。迷惑も掛けた。でも、決してヤクザな道には進んではいない。目標としては、余りにも高い親父の壁を、少しずつでも乗り越えていける自分でありたい、という事である。

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すれ違い

・大学での選択科目で、第三希望まで書いて提出する事となり、私は水泳以外なら、何でも良かったのだが、親しい友人が目を付けた女の子が、スキーを第一志望にしていたので、「俺もスキーだ」と言ったことから、私もスキーを第一志望にした。別に何でも良かったのだ。すると、当選の時、スキーは第一志望者が多かったのか、友人はガッツポーズを決めたが、同時に、狙っていた娘もスキーから外されていた。落ち込む友人を見やりながら、その娘も私もスケートになった。実際に前の晩、クラコンで終電で帰った私は、翌日の昼には、アイスホッケーをやりに軽井沢に始発で行った。そこには友人の目当ての娘の姿もあった。私は、『ああ、この娘もスキーに落ちてスケートになったんだな・・・という思いと同時に、友人の空振りガッツポーズが傑作やな』と、そのすれ違いが、私の中で笑いを起こした。もちろん私は、友人の狙っている娘に、手出しはしない。他の狙っていた女の子にターゲッティングしていたが、振るとか振らないとかの問題ではなく、気持ちのよくない別れかたをした・・・当時、私は女性と喋れなかったし、失礼な振る舞いもあった。ちなみに、スキーに当選して喜んでいた友人とは、今でも、年賀状を交わす仲である。また、その友人は狙っていた娘とは一緒にならず、就職してから、いい娘と出会ったらしい。今は立派なパパである。

・どういうわけか、人間というものは、突き詰めると、理性よりも本能の方が勝る。理性で恋をした人間など私は知らない(ゲーテ以外)。

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満州国の地図

・足元を観てごらん。そこには幸福になれるものが、いっぱい転がっている。問題は、それに気付くかどうかなんだ。

・塾講師をしていた頃、同僚でとんでもないハッタリ野郎がいた。ある時、私が、「高校時代の地図帳で、旧ソ連邦及び東ドイツと西ドイツの時代だったぞ」と語ると、そいつは、「俺のばあちゃんの地図帳には満州国って載ってましたよ」とハッタリをカマした。私が、「それ、本当なら持ってこい」と言うと、「ばあちゃん、去年死んじゃったんですよ」と言って逃げ切った。そいつはそんな事ばかり言っていたので、他の同僚からも、『オオカミ少年』扱いされていた。何でだかは解らないが、ばあちゃんが死んだにもかかわらず、翌年には年賀状がやってきた。

・昨日は親父の月命日だったので、墓参りに行ってきた。今年は富士山がよく見えない日が続く。寒い中、桶と柄杓で水を汲んだら、本当に凍死しそうになった。墓の親父も寒いだろうと、心持ち水を少なめに掛けた。線香を点け、ビールをお供えし、仏花をお供えすると、読経を始める。家は浄土真宗なのに、何故か、般若心経も唱える。まあ、何でもありという事で、うちの場合は済ましている。それにしても寒かった。

・勝負事の鉄則は、連敗してはならないという事だ。

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知らぬが仏

・麻酔を発見したシュバイツアーは確かに偉大である。もしも発見されてない時に産まれていたら、私はヘルニアで死んでいた。また、何かの資料で、麻酔が無かった時代には、痛みをごまかす為に、外傷程度のオペの前に、アルコールを飲んでいたとあったが、痛みに、とても耐えられなかったであろう。また別の資料では、シュバイツアーは、ピアノで食っていけるだけの腕を持っていたそうだ。

・Na(ナトリウム)はH2O(水)をかけると火が出る。この話は化学の先生に聞いた話なのだが、どこかの大学の化学の研究室でNaから火が出た時に、大慌てで水を掛けまくってしまい、事故を起こした事があるそうだ。その話をしてくれた先生は、「化学の世界では、『知らぬが仏』というのは、化学の知識をしっかり持っていなければ、本当に成仏してしまうという意味なのです」と話してくれた。一同爆笑した事は、言うまでもない。

・勉強が良く出来る事と、頭の回転の速さとは違う。勉強ができても、パソコンで言うならCPUが高いというわけではない様なものである。CPUが高い人というのは、食事などしていても、話がいきなり飛ぶのである。皆の話を聞きながらも、別のメモリーで、同時に『一人連想ゲーム』みたいな事をしているから、いきなり話題が変わったりするのである。逆に、いくらCPUが高くても、コミットメントが成り立たなければ、試験でいい点数を取る事もできない。何はともあれ、人間、バランスがとれている事が大切な気がする。

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ハッタリの使い方

・私の中学入試の時、面接があった。その面接の前日に、父がポツリと、「他の学校を受けてますか?と聞かれたら、受けてませんと応えるんやで」と言った。私は滑り止めの学校の試験の後の面接の待ち時間に、独り、『その質問がこなければいいのになあ』と、悶々とした気分でいた。そして、いざ、自分の番になると面接官の先生は、いくつかの質問の中で、私の通知簿を見ながら、最後に、「他の学校を受けていますか?」と聞いてきた。私は心の中で、『あちゃ~』と思ったが、ポーカーフェイスで、「受けてません」と応えた。その先生は、書道の先生なのだが、何も言わず、三秒ぐらいの沈黙の後、「では、終わりにしましょう」と言って、私は寂しい気持ちで家路についた覚えがある。・・・今思うに、父は、人生の岐路に立った時には、ハッタリも大切な事だと考えていたのだろうが、当時の私は、嘘をついた事で良心の呵責に苦しみ、見事、翌日の第一志望の学校に落ちて、その学校にお世話になる事となった。

・最近の床屋で、テレビを観ているのか、髪を切っているのか、判らない店があった。テレビを観ながら仕事をするなぞ、言語道断である。また他の店でも、お釣りを払うのにお札の向きをそろえない店があるが、そういう時に私は、これ見よがしに目の前で並べ替える。『これくらいは商売の基本だろうが』とばかりに・・・最悪の場合、客がお金を支払っても「ありがとうございました」とも言わない店も出てきた。お金を稼ぐという事をナメている商売人が増えつつある。経済学の授業で、商売に関しては、大阪の方が東京より上だと聞いた事がある。

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激論を交わす

・昔、『強すぎて憎たらしい』とまで言われた北の湖が、「頑張れ」というかけ声をもらった時、『俺もそろそろ潮時だな』と思ったと、確かたけしとの対談本で語っていた。私の友人が北の湖の事を小学生の時にTVで観ていて、「あいつ、無敵だよ。絶対に勝てねえよ、すばしっこいデブには」と語っていたのだが、その対談の本で、たけしが、失礼の無い様に、同じ様な質問をすると、北の湖も、「そういう面で有利だったのかも知れない」という様な受け答えをしていた。私がそれを友人に話すと、「やっぱり自覚していたのか。俺の説は間違ってはいなかった」と笑いながら言っていた。その友人は北の湖のファンだったのである。続けて、「デーモン木暮は(同じ時代の横綱であった)輪島派なんだよな。一回、あいつと激論を交わさなきゃならねえよ」と言うので、私が、「デーモンは手強いぞ」と応じた所、「片や無敵の大横綱。片や廃業の身、勝負にならねえよ」と、やはり笑って語ってくれていた。

・あの、『笑点』で最も華のない三遊亭好楽は、楽太郎が円楽になった事に拘りすぎている。そもそも芸名が良くない。カタカナにしたら、『ピンクの小粒、コーラック』になってしまうではないか。

・METオペラの映画版の『ファウスト』を観に行きたかったが、どうやら時間がなさそうだ。残念この上ない。本の『ファウスト』を読んだのは、大学時代だったが、内容は、大分、忘れている。博識のファウスト博士がメフィストと契約して、『若さ』を手に入れるのだが、それでも苦しむという悲劇だったと記憶している。

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笑わせてあげるよ

・「あのなぁ、確かに俺には何の才能もないかも知れない。でも、辛かった時には、いつでも連絡してこいよ。力にはなれないかも知れないけれど、話を聞く事はできる。・・・笑わせてあげる事もな!!」

・いかにアドリブで対処するかという事に、最近は凝っている。ちょっとした、ご近所の挨拶でも気の効かせようがあるだろうと考える。その人を、いかに笑わせようかと考える・・・自分にパワーのある時なら、幾らでも可能だったが、自分にパワーがない時には難しい。『品のいい、ユーモアの効いた笑い』が最上のものだと信じている。アメリカンジョークがつまらないのは、アメリカ人が脳天気な事もあるが、心に繊細さというものが欠けているからだと考える。

・人前だけでニコニコしているのは偽善者である。心の本質は、もっとドロドロしたものなのだ。私は、『愛』の反対語は『偽善』だと受け止めている。

・私は、私をけなした者を憐れだと思う勇気を手に入れた。妬んだりもしない。けれど、苦しむ。どうしてあの人はあの時、そんな皮肉を言う必要性があったのかと苦しむ。全部、自分の行いが悪いせいではないかとも苦しむ。気持ちがどんどん沈んでゆく・・・私は何もしていないのに、あんな皮肉を言わすのは、人間や社会のどういう歪みだろうかと、苦しむ。私の事を公に軽蔑してもらっても構わない。そこに私の発言の場があるならば。しかし、陰口は、いやらしい。

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ニート扱いされて

・これまでに、私に向かって『ニート(学校にも通わず、働きもせず)』扱いした奴は、三人いる。今年の新年会でも、誰かから言われたが、気にしない事にしている。言った奴には、必ず、強烈なバチが当たっているからだ。確かに、現在、私は働いてはいない。しかし、学問はしている。学校で学ぶ事も大切なのかも知れないが、私の場合、ジャンルが広すぎて、学校が付いてきてくれない。本や旅が世の中を教えてくれる。それを励みに、孤独な創造を繰り返す。『評判』という屈辱にも耐える事ができる様になった。私に、「自由な時間が無限にあっていいねえ」などと言う馬鹿もいたが、そういう奴に限って、『嫌々仕事をしているんだな』と解る。ブルーハーツの曲の歌詞で、「・・・さらに弱いものを叩く」という皮肉があったが、あれは事実である。自分の安心を得る為に、そういう奴らがいるのだ。相手にしないつもりでも、何日か経って、ひどく落ち込む事もある。私の悪業なのではないかと。死にたいとは思わないが、生き抜きたいという、巨大なエネルギーの反作用だと思う。辛い時には寝る事にしている・・・これから先、社会の常識というものがぶっ壊れる気がする。もう、みんな、悲鳴を上げているのだ。新しい社会の価値観というのは解らないが、キーワードは見える。好奇心、勇気、気配り、決断力、創造性、溢れんばかりの智力・・・こういった所だと思う。だから友人に本を紹介してくれと頼まれた時、升田幸三の自伝を紹介した。まあ、バチは当てるものではなくて、当たるものというのが信条だ。

・今の世の中、みんな暗い影を落としている。幸福とは、貧しさの中からしか得られないのに。

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シャア大佐

・新年会は一昨日だった。一次会は予約の都合で、禁煙席だった。遅れて合流したメンバーも盛り上がってくれたが、金額よりも、禁煙席なのに文句を言っていた。私は、ヨーロッパにでも行くつもりで、禁煙していたが、外で二本吸ってしまった。皆、なんだかんだで、トイレのついでに吸っていた。みんな男子校の友達、喫煙者ばかりなのである・・・それは、先輩から、「お前も付き合え」と言われてしまうと、断りようのない社会なのだ。一次会は、鶏料理ばっかりだったので、店を選んだ奴に、「鶏アレルギーの奴がいたらどうするんだ?」という様なことも言ったが、みんな大丈夫だった。一緒に幹事をやってくれた奴は飲みたかったらしく、千鳥足だった。また、友人の子供をあやすのに天才的な友達もいた。そんなこんなで、一次会は終わったのだが、二次会で、タバコを吸える場所として、カラオケを選んだ。勧誘のあんちゃんと、「話にならん」とか言いつつ、相当、まけさせて、みんなで話をしていた。飲み放題なのでガ.ンガン飲んでいたが、誰かが、「失恋の時の歌を入れようよ」と言ったので、B.G.Mとしてみんなが入れていた。私も爆風スランプの『それから』を入れた。失恋と言うより、その頃は女の子と口がきけなかった。今でも、本当に好きな娘の前では、言葉を失う。みんなで青春を語っていた。不思議だったのは、大学関連でかみさんを見付けようとした奴が多かった事だ。僕は大学をそういう風にはとらえていなかった。でも、そういう風にとらえている奴が多いのには、驚いた。時間が来て、みんな終電で帰ったのだが、続きはいずれまた書く。

・カーネルサンダースは本当にカーネル(大佐)なのか?私はシャア大佐の方が好きだ。

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中高時代の新年会

・内藤圀雄は、詰め将棋を創作する名人である。若かりし頃、『ベンハー』を観て感激し、飛車が動き回る詰め将棋を創った。それ以外にも、先手、後手の初型からの詰め将棋を、何十年も掛かって創り上げた。確か、どちらかかで悩み続けたらしいのだが、執念か情熱が天に通じたのか、ある時、新幹線の中でパッとヒラめいたらしい。内藤圀雄は名人にこそなれなかったものの、その名は歴史に残るであろう。世知辛い世の中、先生の将棋を観ていると、励まされている気がする。米長大先生もそうだ。

・昨日は、中高時代の友人達との飲み会だった。終電で帰って来て、今、こうして打っている。美味しく飲んで美味しく食べたのだが、去年という年もあり、結構、みんな深刻な内情を背負っていた。表面は明るい飲み会なのだが、どこか影があった気がする。友人の一人に、第三子が五月に産まれるということで、私は、「計算したのか?」と振ってみたら、「いやぁ~」という感じだった。少子化ニッポンを支えると共に、明るい話題だった。その友人の奥さんが、日に日に綺麗になっている様な気がした。釈迦の教えで、『結婚している夫婦のかみさんに近付いてはならない』という教えがあったので、控えめにしていたが、奥さんは、私の事まで心配して下さり、「千葉の、私のおばあちゃんに会ってみたら?」とまで言って下さった。ありがたいことこの上ない。また、私と一緒に幹事を引き受けてくれている友人とは、来年の新年会のことで(気が早い)激論を交わした。それを観た一人が、それが口ケンカに映ったらしく、諫めてくれたが、それは口ゲンカではなく、来年、もしくは今年、いかにやったら上手くいくかという真剣な討論なのである。また、ある友人には、つれあいを亡くした悲しみというものを説明し、独身で自宅住まいの理由を述べた。男はもろいというが、これに関しては性別は関係ないと思う。愛別離苦である。何で、人は生きるのだろうとか、なんで?なんで?と考えている間に、簡単に年月は去る。あっという間に爺さんになってしまう。ヒマがあったら学び、問い続けることだ。みんなに、「お前の尊敬する作家は誰なんだ?」と聞かれ、「宮沢賢治」と即答した。「銀河鉄道の夜か」と言う中、「いや違う、確かにあれも好きなんだけど、詩集の方だ・・・というより、その魂だ」と言った。それは、『いかに、人同士が妬みを捨て、明るく、前向きに生き、穏やかであって、我欲に縛られないか』ということなのだ・・・眠い。寝るとするか。

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水道料金二十万也

・以前、ご近所に住まわれていたおっちゃんは、シャイな内面に裏打ちされたやんちゃさで、愛嬌があった。ある時、そのおっちゃんが、水道のメーターを数人でいじっていたのだが、後で事情を聞くと、なんと、水道料金が一ヶ月で二十万以上掛かっていたらしく、それを知らなくて、放っておいたら、そういう、とんでもない額になったそうだ。原因は庭の木の根っこが、水道管を破裂さていたらしい。おっちゃんは、すぐに水道局に電話し、来た職員に、「温泉ランドじゃあるまいし、民家で、一ヶ月に二十万も水道使う奴がいるか!!」とブチ切れて、「こんな水道代払うもんか!!」と息巻いていたが、結局、徴収されたらしい。それからというもの、特に3.11以降、水道局の検針員さんは、いつもより水道料金が微妙に上がると、声を掛けてくれる様になった。おっちゃんの功績である。

・下関から見えた陸地を観て、あれが九州か、と感慨深げに思ったが、ご当地名物の『ふく』を食べて(ちなみに道中の朝飯はバナナ、昼は抜き、夜にご当地名物を味わうというスタイル)、車中泊できる場所を探していた。コンビニで100円の買い物をして情報収集すると、「彦島の駐車場でどうだろう」となりかけたが、「いや、あそこは治安が悪い」などと親切に教えて下さった。結局、展望台の駐車場に泊まろうとしたが、料金所の人に断られ、やむを得ないので、下関の高速のS.A.の一区間のみで一夜を明かした。

・今日は、中高時代の友人達と飲む日だが、どうなる事やら・・・風邪で声が出ない。

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エンジンに憧れて

・私には、寝返りを打たない癖がついたらしい。いつも寝た姿勢で目覚める。しかし、それもやむを得ないことなのかも知れない。学生時代から鞄を枕に寝ていたので、寝返りを打ったら、おでこを痛くぶつけるのである。また、それは、大教室のつまらない授業などで、勝手に寝ていたバチが当たったのかも知れない。

・たけしが(最近、たけしさんネタ多いな・・・)、SMAPがデビューした頃、「『M』が『W』になっちまったら、どんでもねえ事になっちまうじゃねえか!!」と語っていたが、売れ出すと、たけしは沈黙を守った。元々、東スポやら週刊ポストなどを味方に付けて、ゴシップ対策に力を入れている所は、さすがである。

・機械科に行く人間は、大抵、エンジンに憧れて入ってくる。学校では理論ばかりしか教えてもらえない中、乗っていた原付バイクを改造すると言ったら、弟に馬鹿にされたが、それでも関係ないのである。バイクに詳しい友人に手伝ってもらって、原付で時速80Km/h出る原付に改造した。しばらくは無敵だったのだが、郵便配達のおっちゃんのカブに負けた思い出がある。何ccなのかは知らないが、ミラーで見る限り、余裕で付いてきていた。その、愛する改造原チャリも、駆動系のベルトが切れ、壊れてしまった。色々とあったが、よくよく考えてみると、原付の法定速度は30Km/hだから、80㎞/h越えで走っていたら、原付バイクで50Km/h越えのスピード違反になっている所だった。これは恐ろしい記録だ。くわばら、くわばら。

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大人になったらいらっしゃい

・中世の哲学者兼数学者兼いろんな人であるパスカルは、歯が痛い時に、その痛さを紛らわす為に数学の研究などを行っていたそうだ。考えてみれば、凄まじい集中力だなと、感心する。

・ある友人が、実家から高校まで通う際に、必ず途中で、いわゆる『花街』を通らなければならなかったらしい。高校三年間通学しているうちに、あるお店の姐ちゃんから、「坊や、大人になったらいつでもいらっしゃいね」と声を掛けられて、実家から通える大学には行かないことにしようと、決意したそうだ。

・いかりや長介のベースは渋かった。でも、志村けんとは上手くいっていなかったらしい。ドリフターズと言えば、私の中では、お笑いグループである。

・家で飼っている、♂のミニダックスに、食べ物を分けてやっていたら、かなり太ってしまった。獣医に注意されたので、心を鬼にして、ドッグフードだけを与えることにしたのだが、なかなか食べようとしない。散歩の時間を長めにしたりと、ダイエットに取り組んだら、少しずつ痩せだした。しかし、それでもドッグフードしか与えなかったら、なかなか食べようとしない。そんな彼が妥協して食べるのは、私が漬け物でご飯を食べる時だけである。どうやら、私の食事が贅沢でないと判断したら、納得して食べる様子である。そんな彼も正月太りしてしまった。

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負けず嫌いな先生

・自宅から徒歩一分の所にある整形外科の先生は、二階のリハビリ施設で潤っている。開業当初は、整形外科なのにレントゲンの装置がぶっ壊れたりしていたので、患者の一部からは、今ひとつの評判であった。数年前、私がお世話になった時、評判を払拭する為か、診察室に某国立大学の卒業証書が患者の目に留まる所に置かれてあった。その負けん気だけでも可愛らしいのだが、私が注目したのは、その先生が元旦産まれであるということであった・・・その先生は、松葉杖を無料で貸して下さったりと、非常に愛のある先生なので、妙に憎めないのである。根が優しい方なので、今では、診察の待ち時間も長くなった。ところが、私の足にこぶができた時に、痛風を見抜けなかったので、悪いと思いつつ、別の整形外科の先生に世話になっている。しかしながら、とても愛のある先生なので、会いたくなったら、気軽に通わして頂いている。それでも、嫌な顔一つしない、人徳のある先生である。ちなみに、その整形外科では、常にモーツアルトが掛かっているので、耳に焼き付いて離れないのは、問題ではあるが・・・

・故親父が車を買う時に、分割払いと一括払いとで買ったことがあるそうだ。一括払いで買った時に、ディーラーの人が、「分割で買って頂く方が、店側としてはありがたいんですよ」と言ったことがあるそうだ。要するに、分割の利ざやで稼ぐ面もあるということだろう。車は、故親父のたった一つの道楽であった。

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非対称から対称へ

・非対称が対象になった瞬間に次へ繋がるというのは、簡単なことの様で、結構深い。男と女が惹かれ合うのも、エントロピー増大系というのも、何かしらの非対称なものが対象に向かうことによって、何らかの力を発するという気がしてならない。

・たけしは、バイク事故を起こしてから変わった。それまでは天下人の様であったが、今では自分の弟分を、いかに食わせていくかということの為に動いている様な気がしてならない。

・伸び盛りの若者は、食事のバランス次第で、運動能力が見違える様になるという話を聞いたことがある。

・(あの悲願千人切りで御高名な)米長大先生が、新年のお好み対局で、解説がうっとうしすぎる加藤一二三に敗れていた。一二三君は勝ち誇り、ややトーンの高い声で、いつも以上の早口で、嬉しそうに感想戦で喋りまくっていた。大先生が一二三君ごときに敗れるとはなんたる屈辱か!!・・・その昔、某マンガ雑誌で、将棋のマンガが連載されていた頃に、読者からのコメントの欄で、『加藤一二三元名人の解説はとても解りやすくて為になります』という様なコメントが載っていたが、あれは間違いなく自分で書いたものだと、容易に想像できた。

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正月というもの

・今日、弟が、かみさんとガキ二人をつれてやってくる。いろいろと接待するのだが、問題は、『お年玉』の額である。今までは、珍しいということで、二千円札でごまかしていたのだが、今年は銀行に行っても二千円札のピン札が無いということで、やむを得ず、『樋口一葉』にUPしてしまった。何はともあれ、早いとこ『諭吉様』をやれるような甲斐性を身につけたい。

・今日は一体どんな日になるのであろうか。弟のガキともしばらく会っていないので、どれくらい成長したのか観てみるのが楽しみである。今回も将棋でもやることになるのだろうか・・・親父が生きていた頃は、よく私の部屋で勝負したものだが、現在は対局相手がいないので、新聞将棋ぐらいしか観ていない。果たして勝てるだろうか。

・『人間というものは、決してデジタル化できない』というのが、私の信念である。

・マイケルジャクソンの生前、十年以上前に『ヒストリーツアー』というワールドツアーをやるという情報を得て、マイケル好きで、高校の体操部をダンス部に変えてしまった友人と一緒に行くことになった。その日を迎えて、実際に東京ドームに行ってみると、ドーム脇にガンダムぐらいの大きさの、マイケルの像が置いてあったのにはビックリした・・・と同時に、相当、自意識過剰な奴なんだろうなと、思ったが、そのガンダムマイケルが世界中を飛び回っていたということを考えたら、少し滑稽だった。コンサートはもちろん良かった。

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元旦や、餅で押し出す、・・・・・

・初詣に行く道中の店で、でかでかと、『大凶を引いた方には、おしるこ無料プレゼント』と書いてある店があった。私は、『正月には大凶は入れてないだろうから、店の宣伝だとう』と思っていたのだが、ようく観ると、店の前のいくつかのテーブルで、何とも言えない顔をしておしるこを食べているおっさんとオバちゃんを達が5~6人程いたので、『本当に大凶を引いたのだな』と、早速、新年の初笑いをもらった。雰囲気が雰囲気なのである。よくよく観察してみると、みんなつまらなそうな顔をして、ラッキーなんだかアンラッキーなんだか判らない顔をしながら食べている。他人の不幸を笑うつもりはないが、その微妙な空気感が妙におかしく、失礼ながら初笑いをさせてもらった。その店のアイデアはなかなか粋な計らいである。元旦にみくじを引くのには度胸がいる。ちなみに、私は『吉』だったが^、よくよく読んでみると、『国語をしっかりと勉強しなさい』と書いてあった。友人達との約束から始めた、この『毎日blog』という荒行を、何の為に書いているのかと、途方に暮れた。

・最近、家の照明の一部をLEDに代えたのだが、それがきっかけで思い出した話がある。それは、就寝前には、なるべく部屋の照明を暗くした方が、睡眠が深くなるという話である。確か、NHKの『ためしてガッテン』辺りでやっていたはずだ。

・学問をすると勉強が楽しくなる。しかし、私は、「勉強しなさい」よりも、「大人(タイジン)になりなさい」という方向で行きたかった。器というのは、なかなか難しいものである。

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未来はなんだか明るい気がした

・新年あけましておめでとうございます。これから、おせちと雑煮を食べて、初詣に行く予定です。

・先は見えなかったけれど、明るく、笑って過ごしていたので、多少の困難は糧として、未来(さき)は何だか、明るい気がした。

・初日の出ではないけれど、窓からおひさまを観て、体内時計を戻すと共に、「今年も宜しく」と、心の中で呟いた。

・昔、親戚の銀行マンのおっちゃんが、「元旦が日曜日だと、休みが減るんだよなあ」と嘆いていた。

・今年は、日めくりカレンダーをめくることにした。このブログを書く時のモチベーションに少しでもなってくれればと思った。

・寒い。でも、おかげさまで、風邪は治った。

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