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堕落坊主

・世の中のほぼ全ての仕事には、責任の対象がある。例えば主婦の内職一つを取っても、お金をもらう限り、責任が明確である。しかしながら、坊主の、全く知らぬ故人の為に経を唱え、布施を頂くという仕事というのは、責任が明確ではなく、恐ろしいと感じた事がある。冥界を相手にする仕事というのは、そもそも成り立つのか、疑問に感じざるを得ない・・・例えば、私が知っている堕落坊主との問答では、お布施を頂いている根拠として、「自分たちを見守っていらっしゃる仏様への功徳です」と述べた。私が、「仏の慈悲というものは、万人に至るものではないのでしょうか?」と尋ねた所、その堕落坊主は、「我々を必要としていらっしゃる方々に、御仏のお力を借りているだけの事です。お布施というのは、やはり、我々にではなく、御仏のお気持ちだと受け止めております」と抜かした。私は、全く信心のなさそうなその坊主連中の懐に布施が入るのを疑問に感じたので、こう質問した。「お堂の賽銭箱に『浄罪』と書かれてあったが、それはいかなるものですか?」と。そのクソ坊主は恥ずかしげも無く、「やはり、それも御仏への功徳だと考えています」と面倒くさそうに答えた。私は、静かに、「御仏への功徳の為の為の浄罪ならば、今頃、あの賽銭箱は溢れかえっている筈なのではないか?」と尋ねた。するとその坊主は急に用事を思い出し去っていった・・・本当の浄罪とは、お金の問題ではなく、ボランティアの様な無償のものではないのか、と考えさせられた。ちなみに、その寺は、鐘を一回つく度に10円という箱が置いてあった。

・本気になった男は鞘に納まるものではない。

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